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「グローバル製薬大手×中国バイオテック」の新構造

ーーなぜPfizerは中国企業に最大1.5兆円を約束したのか


製薬業界の解説シリーズも取り組んでいます→ 目次は第1回の記事でご確認いただけます。


2026年5月28日、PfizerとInnovent Biologicsは、最大105億ドル(約1兆5000億円)のグローバル戦略提携を発表した。

もっとも、これはPfizerが最初から1.5兆円を支払う契約ではない。前払い金は6.5億ドルで、残りの大部分は開発・承認・販売の達成に応じたマイルストーンである。

対象は、ADCや多重特異性抗体を含む12のがん領域プログラムだ。

この提携で見るべきなのは、金額そのものよりも、Pfizerのような大手製薬企業が中国バイオテックのパイプラインを本格的に取り込もうとしている点である。

では、なぜ今、中国バイオテックなのか。

その背景には、欧米大手の特許切れと、中国企業がADCや多重特異性抗体で存在感を高めていることがある。



第1部 欧米製薬大手を襲う「次の特許の崖」

Pfizerは、2022年に新型コロナ関連製品だけで約567億ドルを売り上げた。しかし2026年のCOVID-19関連製品の売上予想は約50億ドルにとどまる。

コロナ特需は、ほぼ終わった。

さらにPfizerには、主力品の特許切れも重なる。Eliquis、Ibrance、Xtandi、Vyndaqel、Xeljanzなど、2027〜2030年にかけて独占期間をめぐるリスクが続く。

つまりPfizerは、コロナ収益の縮小と特許切れという2つの圧力を同時に受けている。

そしてこれはPfizerだけの話ではない。欧米大手全体が、2030年頃まで続く「特許の崖」に直面している。

自社R&Dだけで失う売上を埋めるには、時間も成功確率も足りない。だから大手製薬は、有望な外部資産を積極的に取り込みに行く。


第2部 なぜ中国なのか

では、なぜ中国のバイオテックが選ばれるのか。

理由は2つある。技術と、スピードである。

中国バイオテックが注目される理由は、単に「安いから」ではない。技術領域と開発スピードの両方で、欧米大手にとって魅力的な条件がそろっている。


ADCと二重特異性抗体という「新世代モダリティ」

現在、がん治療の最前線で注目されているのがADCと二重特異性抗体である。

ADCは、抗体に抗がん剤を結合させた薬である。抗体ががん細胞の表面にある目印を認識し、抗がん剤を届ける仕組みだ。

二重特異性抗体は、2種類の標的に同時に結合できる抗体である。がん細胞と免疫細胞を近づけ、免疫細胞にがんを攻撃させるような使い方ができる。

これらのモダリティについては過去の記事で詳しく整理しているため、基本的な仕組みを知りたい方はこちらも参照してほしい。

これらは、従来の抗体医薬、つまりモノクローナル抗体の次の世代にあたる技術である。

ここに、中国バイオテックが存在感を高めている理由がある。

欧米の大手製薬企業は、モノクローナル抗体や既存の大型製品で大きな成功を収めてきた。一方、中国の新興バイオテックは、既存の大型製品ポートフォリオを守る制約が相対的に小さく、ADCや二重特異性抗体など新しいモダリティに最初から経営資源を集中しやすかった。

ここに、後発組ならではの機動性がある。

業界分析では、中国バイオテックがグローバルなADCライセンス活動の大きな割合を占め、約90%に達するとの見方もある。PD-1/VEGF系二重特異性抗体でも、臨床開発中の候補の多くが中国バイオテック由来とされる。

もちろん、これは「中国企業なら何でも有望」という意味ではない。重要なのは、ADCや二重特異性抗体といった特定のモダリティで、中国企業が世界の大手製薬から真剣に評価される存在になってきたという点である。


臨床スピードという差

もう一つがスピードである。

中国では、患者集積の速さ、専門施設の集中、初期臨床開発の経験蓄積を背景に、がん領域の早期試験を相対的に速く進めやすいとされる。

すべての試験で一律に速いわけではないが、欧米大手にとっては「早期データを短期間で得られる」ことが大きな魅力になっている。

ただし、中国でのフェーズ1データだけでFDA承認まで到達できるわけではない。

中国での早期試験は、あくまで安全性・有効性シグナルを確認する場であり、FDA・EMA承認を狙うには、通常、米国・欧州を含むグローバル開発で再現性を示す必要がある。

中国の「スピード」は、欧米での本格開発に入る前のふるい分けを速くする役割を担っている。

また、中国の台頭は、個別企業の印象論だけではない。

McKinsey Global Institute(2026年6月)の分析では、中国は2025年時点で世界の創薬パイプラインの約30%を占め、10年前の約2%から急拡大している。

つまり現在の構図は、中国が候補探索や臨床開発のスピードと規模を担い、米国が資金、薬事、商業化、巨大市場へのアクセスを担うという、相互補完的なものになりつつある。


第3部 「グローバル大手×中国」の勝ちパターン

Pfizer-Innoventは孤立した事例ではない。

ここ1〜2年で、同じ構図の大型提携が相次いでいる。

武田薬品とアステラスが参加していることにも注目したい。

これは「欧米vs中国」の話ではない。日本の製薬大手も、この構造の中に入っている。

なお、今回Pfizerが提携したInnovent Biologicsは、武田薬品とも別の提携を結んでいる企業である。Innoventは品目を分けて、複数の大手と交渉できる立場にある。

中国側の交渉力がいかに強まっているかが分かる。


第4部 役割分担の構造——どこで試験し、どこで売るのか

この種の提携には、ある程度共通した役割分担がある。

もちろん、すべての案件が完全に同じ形ではない。

Pfizer-Innoventの場合も、12プログラムは「Pfizerのグローバル独占」「Greater China以外の独占」「米欧での共同開発・共同商業化」の3層に分かれている。

ただし、大きな構造としては、中国側が早期開発と中国権利を担い、グローバル大手が後期開発・薬事・商業化を担う形が基本線である。

中国バイオテックは「中国権利」を手放さない。中国市場の成長果実は自社に残しながら、グローバルな開発コストとリスクを欧米・日本のパートナーに分担してもらう構造である。

一方、グローバル大手にとっては、FDA・EMA承認後に米国・欧州・日本という巨大市場で販売できる権利を得ることが、投資を正当化する根拠となる。

また、最大総額の多くはマイルストーン払いであり、すべてが支払われるわけではない。実際の支払額は、各プログラムの開発成否によって大きく変わる。


第5部 「もはや安くない」——価格交渉力の変化

ただし、中国バイオテックはもはや“安い買い物”ではない。

かつて、中国バイオテックとの提携は「格安パイプラインを安く仕入れる」感覚で語られていた。

しかし状況は変わった。

アナリストはこう表現している。

「中国はもはやバイオ製薬ライセンスの『格安品売り場』ではない」

数字がそれを裏付けている。

案件規模は2021年比で約6倍、前払い金額も大きく上昇している。

欧米・日本の大手が競って買いに来る構造が、中国側の価格交渉力を押し上げている。

ただし、中国バイオテックとの提携には地政学リスクもある。米国ではBIOSECURE Actのように、中国バイオテックを含む一部企業との取引に制限をかけようとする動きがある。

すべての中国バイオテックが対象になるわけではないが、米中関係、規制動向、臨床データの質、FDA・EMAでの再現性によって、個々の案件の評価は大きく変わりうる。


第6部 投資家への示唆

このトレンドは一時的なブームではない。

構造的なドライバーが2つある。

1つは、欧米大手の特許切れが2030年頃まで続くこと。自前では補えない分、外部から買い続ける必要がある。

もう1つは、中国バイオテックのパイプラインが毎年厚くなっていること。フェーズ1を通過した候補が増えるほど、欧米・日本の大手が選べる資産も増える。

製薬株を見るうえで、次の問いが使えるかもしれない。


欧米・日本大手を見る場合

  • 特許切れで失う売上を、どの新薬や導入品で補おうとしているか

  • 会社が注力する領域に、十分なパイプラインがあるか

  • 導入品がフェーズ2・フェーズ3まで進んでいるか

大型提携の発表や、導入品のFDA承認は、株価のカタリストになりやすい。

ただし、提携総額の大きさだけで評価するのは危険である。前払い金がいくらか、対象品目が何本あるか、開発段階はどこか、後期試験まで進める資金力があるかを見る必要がある。


中国バイオテックを見る場合

  • 対外ライセンスの実績があるか

  • どの大手製薬が提携先になっているか

  • 最大総額ではなく、前払い金がどの程度か

  • フェーズ2以降に進んでいるプログラムが複数あるか

新たなライセンスアウト契約の発表は、株価を動かすきっかけになりやすい。

ただし、中国バイオテックを見る場合も、「欧米大手と契約したから成功確定」ではない。契約後にグローバル試験でデータを再現できるか、FDA・EMAの審査に耐えられるかが最終的な勝負になる。

個別のニュースが出るたびに「また中国との提携か」と受け流すのではなく、「どのモダリティで、どの段階の資産を、誰が買ったか」を見る習慣をつけると、そのニュースが単なる一案件なのか、業界全体の流れを示す重要な動きなのかを判断しやすくなる。


第7部 第一三共にとって何を意味するか

この流れは、海外大手と中国企業だけの話ではない。日本株を見る投資家にとっても、第一三共のようなADC先行企業への影響は無視できない。

第一三共は、エンハーツやダトロウェイを中心に、DXd ADCプラットフォームで世界的な存在感を築いてきた。AstraZenecaやMerckとの大型提携もあり、ADC領域の先行企業の一つであることは間違いない。

ただし、中国バイオテックが得意とするのも、まさにADCや二重特異性抗体である。

Kelun-BiotechのMK-2870はTROP2 ADCであり、第一三共/AstraZenecaのダトロウェイと同じ標的を狙う。乳がんなどでは将来的に競合する可能性がある一方、がん種や治療ライン、併用療法によって住み分けが起こる可能性もある。

つまり、ADCで先行していることは大きな強みだが、それだけで守れる時代ではなくなっている。第一三共にとっては、エンハーツやダトロウェイに続く「次のADC」を出せるかが重要になる。


おわりに

Pfizer-Innoventの提携は、1つの大きなニュースである。

しかしその本質は、欧米・日本の製薬大手が抱える特許切れという構造的な危機と、中国バイオテックが新世代技術で台頭してきた流れが交差した結果である。

この提携は「成功が約束された取引」というより、特許切れの圧力を抱えるPfizerが、将来の成長候補をまとめて確保するための合理的な賭けである。

さらに、このグローバル大手×中国バイオテックの構造は、次の段階に進み始めている。

2026年6月、イーライリリーは中国のAbbisko Therapeuticsと、最大19億ドルの研究開発提携を発表した。リリーが治療標的を選び、Abbiskoが候補薬の探索から初期開発までを担う契約である。

これは、すでに臨床開発に入った薬を導入するだけの提携ではない。グローバル大手が、中国企業の候補探索や初期開発を進める研究能力そのものを活用する動きである。

中国バイオテックの役割は、「有望な薬の供給元」から「グローバル大手の外部R&D」へ広がりつつある。

今後、同じような提携ニュースを読むときは、提携総額だけでなく、どのモダリティで、どの標的を狙い、どの開発段階を中国企業が担い、グローバル大手が何の権利を取得したのかを見ていきたい。


本記事は公開情報に基づく個人的な整理であり、投資推奨ではありません。


あわせて読みたい

  • 初期の医薬品開発プログラムに占める中国のシェア拡大を報じた業界調査

  • 製薬業界の仕組みを初心者向けにわかりやすく解説しているシリーズがあります。


参考資料

一次情報

  • Pfizer / Innovent Biologics, "Pfizer and Innovent Biologics Enter Global Strategic Collaboration to Accelerate Development of Innovative Oncology Medicines," Pfizer Press Release, May 28, 2026.

  • Pfizer, "Pfizer Reaffirms Full-Year 2025 EPS Guidance and Provides 2026 Financial Guidance," Pfizer Press Release, 2025.

  • Pfizer, "2022 Annual Review / Performance," 2023.

  • Innovent Biologics / Takeda Pharmaceutical, "Innovent Biologics Announces Global Strategic Partnership with Takeda," PR Newswire, October 2025.

  • Merck, "Merck and Kelun-Biotech Announce Exclusive License and Collaboration Agreement for Seven Investigational Antibody-Drug Conjugate Candidates for the Treatment of Cancer," Merck Press Release, December 2022.

  • GSK, "GSK and Hengrui Pharma Enter Agreements," GSK Press Release, 2025.

  • Astellas Pharma, "Astellas Enters Exclusive License Agreement with Evopoint Biosciences for XNW27011, a Novel Clinical-stage Antibody-Drug Conjugate Targeting CLDN18.2," Astellas Press Release, 2025.

  • ClinicalTrials.gov, "A Study of DS-9606a in Participants With Advanced Solid Tumors," NCT05394675.

業界分析・報道

  • Reuters, "China biotech licensing boom to hit record in 2026 as pipeline swells," February 2026.

  • Reuters, "China's Innovent signs $11.4 billion cancer therapy deal with Japan's Takeda," October 2025.

  • BioPharma Dive, "Drugs from China are reshaping biotech. Track the licensing deals here," 2025.

  • McKinsey Global Institute, "Biopharma R&D: The evolving formula for discovery and development," June 2026.

  • Fierce Biotech, "After 230% deal size explosion, China is no longer the 'bargain basement' for biopharma licensing," 2026.

  • Fierce Biotech, "Daiichi stops internal development of next-wave ADC," 2026.

  • BioSpace, "Daiichi Sankyo Dumps Next-Gen ADC From Development Pipeline," 2026.

  • AnswersNews, 「第一三共、5ADC開発の現在地…エンハーツは『史上最大の乳がん治療薬に』」, 2026.

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