日本の薬価制度解説——承認後も価格が下がり続ける理由 #22
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前回まで、米国の薬価を見てきた。米国では、価格(いくら払われるか)とアクセス(誰がどうカバーするか)は切り離せず、しかも、民間・公的に分散した払い手ごとに、価格やカバーの条件を交渉・調整する必要があるため、複雑だった。
日本は、ここが大きく違う。
日本では、国が薬価を決めて薬価収載されると、全国共通の公的医療保険の対象になる。実際に患者へ届くまでには医療機関での採用・供給体制・適応条件なども関わるが、保険者ごとに価格やカバーを交渉する米国と比べれば、保険償還への入口は一つに集約されている。米国では価格とアクセスを払い手ごとに一つひとつ獲得しにいく必要があったのに対し、日本では薬価収載という一つの決定が、価格の決定と全国共通の保険償還への入口を同時にもたらす。
これは、患者アクセスの面では大きなメリットである。
ただし、薬価は一度決まったら終わりではない。
収載後も価格は見直され続ける。
製薬企業の決算や売上予測を見るうえでも、この「収載後も価格が見直され続ける構造」は重要である。
では日本では、薬の値段はどう決まり、承認後にどのように見直されていくのか。
この記事では、日本の薬価制度を、初心者向けに整理していく。
日本の薬価制度の基本——公定価格という仕組み
個別の算定方式に入る前に、日本の薬価制度の全体像を押さえておきたい。
日本の薬の価格は、大きく2つに分けて見ると理解しやすい。
薬価 国の制度の中で決められる、保険請求の基準価格
市場実勢価格 病院や薬局が、医薬品卸などから実際に仕入れる価格
患者の窓口負担や公的保険からの支払いは、薬価を基準に計算される。
一方、市場実勢価格は取引の中で決まるため、薬価より低くなることがある。
この差が、いわゆる薬価差である。
たとえば、ある既存薬の薬価が10,000円で、医療機関がこれを9,000円で仕入れた場合、単純化すれば1,000円の差額が生じる。ただし、この差がそのまま医療機関や薬局の利益になるわけではない(在庫・廃棄・管理コストなどを差し引く必要がある)。

もちろん現実の医薬品流通はもっと複雑だ。
ただ、初心者向けにはまず、
国が決める薬価と、実際の取引価格は別物である
と理解しておけばよい。
まず薬価が収載時に決まる。
その後、市場での取引価格との乖離を見ながら、薬価は定期的に見直される。
この記事では、まず「薬価がどう決まるか」を見たうえで、次に「なぜ収載後も薬価が見直されるのか」を整理していく。
薬価は誰が決めるのか——「中医協」という舞台
算定方式に入る前に、薬価を誰が決めているのかを押さえておきたい。
中心となるのが、中医協(中央社会保険医療協議会)である。厚生労働大臣の諮問機関として、診療報酬や薬価など、公的医療保険の価格を審議・答申する。最終的には厚生労働大臣が告示するが、内容を実質的に固める場が中医協だ。
委員は、次の3者で構成される。

この3者が、薬価をどう決めるかを議論し、答申をまとめる。
製薬企業の関係者は、中医協では「専門委員」という立場で参加する。専門委員は、専門的な知識を提供して議論を補助する役割だ。
製薬企業は意見を述べられるが、薬価を決める票は持たない。
この構造については、産業側の意見が価格に反映されにくいとの批判がある。一方、中医協は支払側・診療側・公益のバランスを取る仕組みであり、製薬企業に採決権がないことだけで薬価抑制を説明できるわけではない。
ただし、薬価が十分に評価されなければ、日本市場の魅力が下がり、ドラッグ・ラグ/ロスにつながる可能性も指摘されている。
承認されると、薬価はどう決まるのか——収載までの流れ
ここで、よくある疑問に答えておきたい。
承認されれば、自動的に薬価が決まるのか。
答えは、完全な自動ではない。承認は、薬価が決まるための前提ではあるが、ゴールではない。
承認後の流れは、おおむね次のようになる。
承認される
企業が、保険適用を受けるために薬価収載を申請する
薬価算定組織が、後述の算定方式に沿って薬価案を計算する
企業は、案に不服があれば不服意見書を提出できる
中医協の了承を経て、薬価収載(保険適用)となる
このとき、企業が収載を希望する新薬については、承認から薬価収載までの標準的な事務処理期間が原則60日以内(遅くとも90日以内)とされている。
そして、新薬の収載は、いつでも個別に行われるわけではなく、決まったタイミングにまとめて行われる。従来は年4回が基本だったが、患者アクセスを早めるため、承認頻度の増加に合わせて2025年から年7回に増やされた。承認の時期も、この収載に間に合うよう逆算して設定されている。
つまり、承認された新薬は、「次の収載のタイミング」に乗せられる。
この収載機会の年7回化(2025年〜)も、記事17で見たドラッグ・ラグ/ロスへの対応の一つである。
ただし近年は、承認後すぐには薬価収載に至らない品目が増えているとの指摘もある。その背景として、日本の薬価水準やグローバル価格戦略との関係を挙げる報道もある。この点は、記事の終盤で改めて取り上げる。
では、その薬価そのものは、どう計算されるのか。ここからが本題である。
新薬の薬価はどう決まるか——2つの方式
新薬がPMDAの審査を経て厚生労働大臣に承認されると、企業は薬価収載の手続きに進む。
薬価決定には、主に2つの方式がある。
どちらの方式を使うかは、企業が自由に選ぶわけではない。
基本的には、比較できる類似薬が存在するかによって判断される。
① 類似薬効比較方式
最も一般的な方式が、類似薬効比較方式である。
これは、すでに市場にある既存薬のうち、効能・効果、薬理作用、投与方法などが似ている薬を「比較薬」として選び、その薬価を基準に新薬の価格を算定する方法だ。
たとえば、比較薬(既存薬)の薬価が1回投与あたり10,000円だったとする。
新薬Xが、その比較薬よりも有効性や安全性の面で優れていると評価されれば、補正加算が付くことがある。
仮に有用性加算30%が認められれば、単純化したイメージでは、
10,000円 × 1.3 = 13,000円
となる。この13,000円が、新薬Xの収載時の薬価だ。以降の章も、このXを追っていく。なお、以降の数値例は、各制度の作用を単独で示すための独立した試算であり(いずれも収載時の13,000円を起点に考える)、Xの薬価を時系列で連続計算したものではない。

逆に、有効性や安全性の面で劣ると判断される場合には、減算されることもある。
日本の薬価算定では、まずこの類似薬効比較方式が使えるかどうかが重要になる。
② 原価計算方式
もう一つが、原価計算方式である。
これは、比較できる類似薬が存在しない場合に用いられる方式だ。
製造原価、販売費・研究開発費を含む一般管理費、営業利益、流通経費などを、制度上の基準に沿って積み上げて薬価を計算する。なお、企業が申告した原価をそのまま全額認める制度ではなく、原価の開示度が低い場合には加算が制限されることもある。
一見するとわかりやすいが、実際には難しさもある。
特に新しいモダリティや希少疾患向けの薬では、どの費用をどこまで薬価に反映するかが論点になりやすい。
患者数が少ない薬では、開発費を回収できる患者数も限られるため、1人あたりに配賦されるコストが大きくなりやすい。
ただし、高額薬の価格は原価だけで決まるわけではない。
臨床的価値、希少性、代替治療の有無、海外価格など、複数の要素が関係する。
加算制度——革新性への上乗せ
薬価算定では、新薬の価値を評価するための補正加算が付くことがある。
革新性、有用性、市場性、小児適応などを評価し、薬価に上乗せする仕組みだ。
主な加算には、次のようなものがある。

先ほどXの薬価を10,000円から13,000円に押し上げたのも、この補正加算(有用性加算)だった。画期性加算や市場性加算なども、同じように薬価へ上乗せされる。
ただし、加算の認定は簡単ではない。
企業にとってはイノベーション評価の仕組みであり、支払う側にとっては医療費とのバランスを取る仕組みでもある。
収載後も薬価は見直される——薬価改定の仕組み
ここまで見てきたように、新薬の薬価は、類似薬効比較方式や原価計算方式、補正加算などを通じて決まる。
しかし、日本の薬価制度では、収載時に決まった薬価がそのまま長く維持されるとは限らない。
収載後の薬は、市場での実際の取引価格、つまり市場実勢価格が薬価を下回ることが多い。
この薬価と実勢価格の乖離を、定期的に是正するのが薬価改定である。
つまり日本には、次のようなサイクルがある。
薬価が決まる
市場では薬価より低い価格で取引される
実勢価格を調査する
乖離があれば薬価が見直される
これが、日本では薬価が下がりやすいと言われる理由の一つである。
具体的な数字で見てみよう。
収載時に13,000円だった新薬Xを、引き続き例に考えよう。市場で実際に取引される価格(市場実勢価格)が、値引きによって11,700円(約1割安)まで下がっていたとする。
改定では、この実勢価格11,700円に「調整幅」(改定前薬価13,000円の2%=260円)を上乗せした額が、新しい薬価になる。
11,700円 + 260円 = 11,960円
13,000円だったXの薬価が、11,960円に下がる。これが、収載後に薬価が下がっていく基本的な仕組みだ。

ただし、特許期間中の革新的な新薬には例外がある。新薬創出加算の対象になると、下がった分が補われ、薬価が維持されやすい(Xなら、11,960円に加算が乗って13,000円に戻るイメージだ)。

投資の目で見ると、ここが重要になる。新薬創出加算の対象かどうかで、特許期間中に薬価がどれだけ「持つ」かが変わる。同じ売上規模の薬でも、価格の維持力には差が出るのだ。
ここで、先に出てきた補正加算(画期性加算・有用性加算など)との違いを整理しておきたい。両者は名前が似ているが、効くタイミングと目的が違う。
補正加算:収載時、つまり最初の値付けで、革新性に応じて価格を上乗せする仕組み
新薬創出加算:改定時、特許期間中に、値下げを打ち消して価格を維持する仕組み
つまり、補正加算が「入口でいくら高くつけられるか」だとすれば、新薬創出加算は「その価格を特許期間中どれだけ守れるか」である。
新薬創出加算は、永久に薬価を守る制度ではない。後発品の収載や特許切れ後には対象から外れ、薬価が大きく下がることがある。
薬価改定は2021年度以降、対象品目を限定しながら毎年実施されている。一方で、革新的新薬や不採算品の価格を下支えする仕組みもある。
製薬企業の売上を見る際は、収載時の薬価だけでなく、その後の価格変化も考える必要がある。
市場拡大再算定——売れすぎると薬価が下がる
市場拡大再算定とは、当初の予測を大きく超えて売れた薬の薬価を、追加的に引き下げる仕組みである。
新薬の薬価は、承認時点の対象患者数や予測売上を前提に決められる。しかし、適応拡大などで患者数や売上が大きく増えると、医療費への影響も拡大する。
そこで、
当初の前提が変わったなら、薬価も見直す
という考え方が適用される。
対象になりやすいのは、次の両方を満たす薬である。
予測を大きく上回って売れている
売上規模そのものも大きい
新薬Xが適応拡大によって予測販売額を大きく上回り、制度上の基準も超えた場合、市場拡大再算定の対象になりうる。仮に20%引き下げられれば、13,000円の薬価は約10,400円になる。
医療費への影響が特に大きい品目には、さらに大きな引き下げが適用される場合もある。
象徴的な例が**オプジーボ(ニボルマブ)**である。当初は限られた患者を対象に高い薬価が設定されたが、肺がんなどへの適応拡大で市場が急拡大し、2017年2月に特例的な対応として薬価が50%引き下げられた。
この事例が示すのは、日本では売上数量が伸びても、価格がそのまま維持されるとは限らないという点である。
HTA——費用対効果を薬価に反映する仕組み
もう一つ重要なのが、HTA(医療技術評価)である。
日本では2019年に費用対効果評価制度が本格導入された。すべての新薬ではなく、主に高額で市場規模が大きく、医療費への影響が大きい品目が対象になる。
代表的な指標がICERである。これは、
追加で1QALY(健康で過ごせる1年間)を得るために、いくら追加費用がかかるか
を示す。標準的な基準の一つとして、500万円/QALYが用いられる。
ただし、費用対効果が悪いからといって、薬価全体が機械的に下がるわけではない。主に有用性加算や営業利益など、定められた部分が調整対象になる。
たとえば、新薬Xの薬価13,000円のうち、有用性加算3,000円が調整対象だとする。評価結果によってこの部分が半減すれば、薬価は11,500円になる。
つまり、日本のHTAは、
高額薬を中心に費用対効果を評価し、結果を薬価の一部に反映する制度
である。英国NICEのように保険適用の可否を直接決めるのではなく、主に価格調整に使われる点が特徴だ。
ここまで見てきたように、日本では薬価収載後も、通常の薬価改定、市場拡大再算定、費用対効果評価などによって価格が動く。
そのため製薬企業の売上を見る際は、単純な「患者数 × 収載時の薬価」だけでなく、その薬価がどこまで維持されるかも考える必要がある。

日本の薬価は、グローバル価格戦略にも影響しうる——米国MFN
ここまでは、日本の薬価を「国内で決まる仕組み」として見てきた。しかし近年、新たな論点が浮上している。米国のMFN(最恵国待遇)型の薬価政策だ。
米国政府は、一定の高所得国で販売される医薬品の価格を参照し、米国内の価格を引き下げる方針を示している。制度設計によっては、日本の薬価も参照対象になりうる。
ここで効いてくるのが市場規模の差だ。世界の医薬品市場に占める割合は、集計方法によるが米国が約半分、日本は数%程度。すると企業には、「日本で低い薬価を受け入れると、その価格が米国を含む他市場の価格交渉に影響するのではないか」という懸念が生じる。日本の低い薬価が、グローバル価格戦略上の「リスク」に変わりうる、という構図である。
ただし、MFN政策の対象品目・参照価格・法的拘束力・実施方法はなお流動的だ。日本での収載遅延や発売見送りとの因果関係も、企業が公式に理由を表明しているわけではなく、現時点では慎重に見る必要がある。
それでも、日本の薬価が国内売上だけでなく、グローバルな価格戦略の一部として判断される可能性が高まっている——記事17で見たドラッグ・ラグ/ロスとも絡む、この視点は押さえておきたい。
制度は毎年見直されている——2026年度改革を例に
ここまで見てきた仕組みは、固定されたものではない。日本の薬価制度は、ほぼ毎年のように細部が見直されている。
直近の例が、2026年度薬価制度改革での、市場拡大再算定における「共連れルール」の廃止である。
従来は、ある品目が市場拡大再算定の対象になると、類似薬まで薬価引き下げの影響を受ける場合があった。企業から見ると、自社品が直接売上を伸ばしたわけではないのに、類似薬であることを理由に薬価が下がる可能性があった。
2026年度改革では、この類似薬への適用(共連れ)が廃止された。
こうした見直しは毎年積み重なる。だからこそ、個別の品目を見るときは「いま、どの制度のもとで薬価が動いているのか」を合わせて押さえておきたい。
まとめ——日本では、承認後も薬価が見直され続ける
日本では、薬価は国の制度の中で決められる。
薬価収載されれば、公的医療保険の中で全国的に使われる道が開かれる。
これは、患者アクセスの面では大きな強みである。
一方で、収載後も薬価は見直され続ける。
市場実勢価格を踏まえた薬価改定。
市場拡大再算定。
費用対効果評価による薬価調整。

そのため、製薬企業を見るときは、承認されたかどうかだけでなく、どの価格で収載され、その薬価がどのくらい維持されそうかまで見る必要がある。
ここまでで、米国と日本の「価格」と「アクセス」を見てきた。薬価がつき、保険でカバーされる——ここまでで、薬はようやく「使える」状態になる。
しかし、使える状態になっても、医師が処方しなければ売上にはつながらない。
次回は、薬の価値を医療現場(医師)に伝え、実際に処方される薬にしていく仕事——製薬マーケティングを見ていく。
さらに詳しく知りたい方へ(外部の専門解説)
本記事は「投資・経営視点での読み方」に絞っているため、制度の細目までは踏み込んでいない。薬価の用語・算定ルールを網羅的に確認したい場合は、以下が詳しい。
厚生労働省「薬価制度」関連ページ(中医協資料・薬価算定基準など、一次情報)
AnswersNews Plus「薬価の基本」(薬価基準・薬価改定・市場実勢価などの用語解説)
AnswersNews Plus「新薬の薬価はどう決まる?」(収載申請から算定方式までの流れ)
数字や制度の詳細は、必ずこうした一次情報・専門解説で最新の内容をご確認いただきたい。
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