犬だった君と人間だった私の物語【第2話】新しい姿
新しい姿
あれから、どれくらい時間が経っただろうか。
一ヶ月、一年、十年、いや、もしかしたらたったの十分かもしれない。
何やら辺りが騒がしい…… 敏子はゆっくりと目を覚ました。ここはもう、見飽きたあの病室ではない。それだけは、はっきりと分かった。
箱のような狭い空間に自分一人。そこに大きな窓ガラスがあり、そこからは沢山の人が行き交う外の景色が見える。静かに後ろを振り返ると、反対側は透明なアクリル板がスライドする出入り口になっており、ロックがかかっている。そのアクリル板越しには、壁一面が複数のケージになっており、その中には思い思いの格好でくつろぐ猫たちの姿が見えるのだ。
ここは…… ペットショップだった。
(もしかして……)
恐る恐る自分の手に目をやると、敏子の手は白い靴下をはめたかのような、短い毛の生えた丸っこい手になっている。
(あ…… 私は…… 猫に生まれ変わったのね……)
敏子は、自分が死に、そして生まれ変わった事を不思議と冷静に理解した。
ここは都心から電車に揺られ二十分ほどの所にある賑やかなエリアだ。駅前には古くからある喫茶店や時計屋もあれば、最近海外から渡ってきたレストランやアパレルショップもあり、古き良き時代と新しい魅力が混在している。
敏子のいるペットショップはそんな駅前広場の一角にあった。敏子はショーケースに並べられ、街行く人の目にさらされていたのだ。窓ガラス越しに外の風景をよく見てみると、沢山の人がせわしなく改札を出入りしている。それは敏子が見たことがない、都会の風景だった。
そんな人間たちを見つめながら、敏子は
「私の前世は人間だったのよね……」
と小声で
「ワン……」
とつぶやいた。
(…… ワン?…… どうやら私は猫ではなく、犬に生まれ変わったようね)
敏子は店内のケージにいる猫たちを見て自分も猫になったのだと思ったが、向かい側には猫のケージ、そして駅前通りに面した敏子側には犬のケージが並んでいたのだ。
敏子は自分の体を見ようと振り向いたが、体が小さいためグルグルとケージの中で回るだけで自分の胴体がよく見えない。白い尻尾がフリフリとリズム良く揺れているのだけは確認ができた。
(この尻尾、犬に間違いない)
敏子は自分の正体を確認すると、ペタンと伏せ、窓ガラスから外の景色をもう一度眺めた。
(あの頃も、こうやってよく外の景色を眺めていたわ……)
敏子は自分が入院していた頃、病室の窓からいつも中庭を眺めていたことを思い出していた。
第3話につづく
第1話 別れ
第2話 新しい姿
第3話 中庭
第4話 再会
第5話 ペットショップ
第6話 疑惑
第7話 奇跡
第8話 理由
第9話 可能性
第10話 動物病院
第11話 青年
第12話 記憶
第13話 名前
第14話 松田との暮らし
第15話 紀花
第16話 伝えたいこと
第17話 目撃
第18話 河川敷
第19話 数年後(最終話)
