歳を取るのも悪いことじゃない--69歳の挑戦で身をもって感じた、うまくいかない日々の先にある光
新しい何かが始まるとき。あるいは、目の前の壁に心が少し重たくなっているとき。私自身が、そんな時にそっと思い出すようになった出来事があります。
石垣島の海が教えてくれた、ささやかだけれど、私の世界の見え方を大きく変えてくれたお話です。
「老い」とは、何かを失っていく過程…?
「老い」とは、何かを失っていく過程なのだと、ずっと思っていました。体力、記憶力、そして若い頃のような情熱が年齢と共に失われていくことを実感することもあります。
子供の頃、同居していた祖母に「おばあちゃん、昨日の話忘れちゃったの?!」と半ばあきれ顔で言ったこともありました。
あるいは、大人になってから、「どっこいしょ!」と掛け声をかけて、ゆっくりと腰を上げる老いた母の機敏さのかけらもない動きを間近にして、自分が幼い頃には元気いっぱいに動き回っていた彼女の変わりように、寂しさを通り越して哀しみを覚えたこともありました。
祖母にしても、母にしても、「老い」がそうさせているのは明らかでした。「老い」は二人からさまざまなことを奪っていきました。
しかし、当時、私の目の前で展開する二人の「老い」は、「自分ごと」ではなくて、(肉親のこととはいえ)所詮は「他人ごと」でしかありませんでした。
物忘れが激しくなるのも、動作が鈍くなるのも、若かった私が自分のこととして実感できるものではありませんでした。
だから、昔の若かった私は、人間は大切な「何か」を加齢によって失っていくのだと言うことを、祖母や老いた母の仕草をみながら「理解」はしていても、それはこの2人を襲った出来事であり、やや薄情な言い方をすれば、自分とは関係のない事--つまり、「他人ごと」--でしかなかったのです。
しかし、年齢を重ねて、自分が昔の祖母や母の年齢に近づくに連れて、物忘れも、「どっこいしょ」も、だんだんと「自分ごと」になっていきました。
昔、物忘れが激しくなって、約束を忘れた祖母をなじったときに、彼女が悲しそうな顔をしたのも、老いた母が若い頃のように機敏に身体を動かせないことを、何よりも母自身がもどかしく感じていたであろうことも、かつての彼女らと同じぐらいの年齢に達してきた私にはよくわかるようになってきました。
なぜなら、私自身、いつの間にか物忘れが激しくなっていましたし、若い頃の機敏さや体力の衰えもしょっちゅう体験するようになってきたからでした。
結局、祖母が経験し、母も経験してきた道を、私も経験しているわけです。
「歳を取るのも悪くない」
しかし、65歳で大学を辞めて、「自由」を取り戻した私は、最近は「歳を取るのも悪いことばかりじゃない」と感じることもよくあります。
例えば、映画館での「シニア割」。
家でNetflixやAmazon Prime Videoで映画を観ることばかりになりつつある私ですが、それでも東京にいるときには、動画配信サービスでまだ公開されていない新作映画を観るために映画館に足を運ぶこともたまにあります。
そういうときに「シニア割」の恩恵を被ります。割引率は映画館によっても違いますが、通常料金の半額ぐらいのこともあります。
「実利」という面では、これは歳を取ることのメリットです。
でも、私が本当に心を揺さぶられたのは、お金では決して手に入らない、もっと本質的な「ギフト」との出会いでした。ここ石垣島での暮らしは、年齢を重ねることには、失うばかりではないメリットがあると教えてくれました。

70歳を目前に、私はSUP(スタンドアップパドルボード)、そしてこのSUPの延長系とも言えるSUPを使って波に乗るSUPサーフィンという、人生でまったく新しい挑戦を始めました。
私の若い頃は、若者の間ではサーフィンが大流行していました。高校時代までを過ごした湘南は、まさにサーフィンのメッカ。週末ともなれば、車の上にサーフボードを積んだサーファーたちがたくさんやってきて、道は大渋滞でした。
そんな中、「文系」だった私は、サーフィンなんて異世界の出来事とばかりに、遠く沖合いで波待ちをしているサーファーたちを横目で眺めていました。
だから、あれから50年近く経った今、自分がボードに乗って波待ちをすることになるなんて、夢にも思いませんでした。
実際、石垣島にも、私と同年齢の(中には私よりもずっと年上の)サーファーやSUPサーファーはいますが、たいていの人は若い頃からサーフィンをやってきた経験者ばかりです。みなさん、海を庭のようにして育ってきた人たちばかり。
そんな中で、ボードの上に立つことすらおぼつかない私は、明らかに異質な存在です。
応援し、助けてくれる人たち
それでも、私がこの無謀とも思える挑戦を続けられたのは、応援してくれる人がいたからです。
50代のベテランSUPサーファーTさんは、こんな歳になっても無謀とも言えるチャレンジをする私のことを面白がってくれたのか、仕事で日頃忙しくしておられるにもかかわらず、私にSUPサーフィンをゼロから教えてくださいました。
Tさんは、ことあるごとに「今日は多田浜が良い波ですよ!」などと言って、私を海に誘い出してくれます。海の上ではまるで子供を育てる親鳥のように、私の安全を見守りながら、根気強く技術を教えてくれます。
彼の存在は、私の挑戦が孤独ではないと教えてくれる、何よりの支えでした。
あるいは時々身体のメンテナンスのために通っている整体のY先生、あるいはSUPサーファーが集まるBと言うレストランのオーナーシェフのSさん。
他にもいろいろな方がいらっしゃいますが、みなさん会えばSUPを漕ぐコツや気をつけるべきことなどを懇切丁寧に教えてくださいます。
底地ビーチでの出会い
最近もこんなことがありました。
石垣島に底地(すくじ)ビーチという美しい浜があります。

ここは一年を通して、波の少ない穏やかな海面が広がるビーチで、街からは少し離れていますが、SUPの練習には最適な場所です。
先日、このビーチにSUPを浮かべて、一人でターンの練習をしていた時のことです。
足をサーフィンのように横向きにして(この姿勢をサーフスタンスと言います)、重心をボードの後ろにずらして回転するその技は、私にとってあまりに難しく、挑戦するたびにバランスを崩し、ザブンと海に落ちる。ただその繰り返しでした。
石垣島の穏やかな海と暖かい海水が、その時ばかりは自分の未熟さを突きつける刃に変わってしまったかのようで、心が折れかけていました。
「もう、この歳でこんなことをするのは無理なのかもしれない」。そんな諦めが胸をよぎった、その時でした。
「もしよかったら、少しアドバイスさせてもらえませんか?」振り向くと、SUPツアーのインストラクターであろう青年が、浜辺に立っていました。
底地に来ると顔を合わせることもよくあって、会えば挨拶を交わす人でした。でも、逆に言えば、その方とそれ以上の話をしたことはありませんでした。
その彼がなぜ!?
驚く私に、彼はまるで魔法使いのように、私が失敗する理由を的確に指摘してくださいました。要するに重心の置き方が悪い、とのことでした。かかとに力が入りすぎていて、それでバランスを崩してしまう、足先に重心を置けば落ちませんよ、とのことでした。
それと、最初からターンを試みようとするから、バランスを崩しやすくなってしまう。まずは、ターンのことは忘れてサーフスタンスで落水しないでボードを漕ぐ練習をした方が良いですよ、とも。
それから、彼は私のボードに乗って、実演してくれました。
実に分かりやすい指導でしたので、この方のアドバイス通りにやってみると、あれほど手こずっていたのが、嘘のようにできてしまったのです。

何歳になっても「一生懸命」であることの大切さ
ありがたくて、嬉しくて、頭を下げる私に、彼は少し照れたように、忘れられない言葉をかけてくれました。
「いえいえ。何度も海に落ちながらも、またボードに這い上がって練習している姿を見て。あまりにも一生懸命やっておられるから、手助けしたくなったんです」この言葉は、私の心を打ちました。
彼は、私が「高齢者だから」手を貸してくれたのではありませんでした。ただ、ひたむきに、不器用に、それでも諦めずにボードに這い上がる私の「一生懸命」な姿を見て、心を動かしてくれたのです。
その瞬間、私は悟りました。 人生において本当に大切なのは、うまくできることや、若さや、才能ではないのかもしれない、と。
たとえ無様でも、何度も失敗しても、それでも「うまくなりたい」「できるようになりたい」と願い、ひたむきに努力を続ける姿そのものに、人の心を動かす力があるのだと。
そしてその姿は、年齢や環境といったあらゆる壁を越えて、誰かの応援や助けを、温かい繋がりを引き寄せることもあるのだということを、身をもって知ったのです。
これから先の人生でも、きっと、思うようにいかないことや、高い壁にぶつかることがあるでしょう。
でも、そんな時はきっとこの日のことを思い出すのだと思います。不器用でも、格好悪くても、ただひたむきに何かに打ち込んでいれば、その姿を誰かが見ていてくれるのかもしれない。そして、思いがけない形で、世界はふと優しさを見せてくれるのかもしれない、と。
あの見知らぬ青年がくれた温かい言葉と、石垣島の美しい海。この小さな奇跡が、これからの私の人生にとって、何よりの道しるべになった、そんな気がしています。
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