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会計不正の予兆は6つある──監査役協会が直近5事案から抽出した「黄色信号」

こんにちは、「IA Insight Lab(IAラボ)」管理人のHIROです。GRC/内部監査専門のコンサルファームの代表をしています。このシリーズでは、公認不正検査士/公認内部監査人の私が世の中の不正や不祥事といったインシデントを分かりやすく解説します。今日は、公益社団法人日本監査役協会の会計委員会が2026年7月28日に公表した報告書「監査役等による会計不正への対応-予兆の早期把握と予防の徹底-」について解説します。

会計不正のニュースを見るたびに、私はいつも同じことを考えます。この会社の中に、おかしいと感じていた人は本当に一人もいなかったのだろうか、と。答えは、たいてい「いた」です。

今回取り上げる全26頁の報告書は、その「いた」を出発点にしています。ニデック、オルツ、エア・ウォーター、KDDI、イーエムネットジャパン。直近に第三者委員会等の調査報告書が公表された5つの会計不正事案を横断的に読み込み、繰り返し現れる予兆を6つの類型に整理し、それを防ぐ備えを4つの柱にまとめた資料です。

この記事を読むことで、会計不正がどんな「黄色信号」を出しながら進行するのか、そして組織としてどこに手を打てばよいのかが理解できるようになります。専門用語はその都度かみ砕いて説明しますので、経理や監査の仕事をしていない方も安心して読み進めてください。



記事全体のサマリー

本文を読み進める前に、まずは本記事のサマリー画像を掲載しますので、全体の理解促進にお役立ていただければ幸いです。

記事全体のサマリー

1. 事案解説:5つの会計不正を並べて見えた「共通の骨格」

1-1. この報告書は誰が、何のために書いたのか

日本監査役協会は、企業の監査役・監査等委員・監査委員の実務を支える公益社団法人です。報告書ではこの三者をまとめて「監査役等」と呼びます。日本の会社には監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社という三つの機関設計があり、監査を担う人の呼び名が違うためです。以下、この記事でも同じ呼び方を使います。

書いたのは協会の会計委員会。委員長はパナソニック ホールディングスの常任監査役である馬場英俊氏で、専門委員として明治大学専門職大学院会計専門職研究科教授の弥永真生氏、日本公認会計士協会常務理事の山中彰子氏が加わっています。企業の実務家、研究者、会計監査を担う側の当事者が同じテーブルについた顔ぶれです。

そして、とても誠実な断り書きが一つあります。取り上げた事案については公表された調査報告書を参照・引用しているだけであって、その内容の正確性を検証・評価するものではない、と明記されているのです。指摘された原因は、どんな会社でも起こりうる。その前提で自社を点検するための資料だということです。

なお報告書には、2026年1月1日から6月30日までの半年間に第三者委員会等の報告書を公表した主な会社の一覧も参考として載っています。数えると15社。「第三者委員会ドットコム」掲載分からの抜粋なので網羅的な件数ではありませんが、それでも半年で15社が並ぶ密度です。

この26頁は、他社を裁くための資料ではない。「どこでも起こりうる」という前提で自社を点検するための資料である。

1-2. 事案①ニデック──「無理な目標」が会計を歪めるまで

一つ目はニデック株式会社の事案です。第三者委員会の調査報告書(最終報告)は2026年4月17日に公表されました。報告書が付けたラベルは「マネジメントオーバーライド(経営者による内部統制の無効化)・上層部による過度なプレッシャー」。

マネジメントオーバーライドとは、社内のルールを守らせる立場の人が、そのルールを自分の権限で無効にしてしまう状態のことです。金庫の鍵を管理する人が、金庫の管理規程そのものを書き換えてしまう状況を想像すると近いと思います。

発見された不正は多彩でした。販売見込みが極めて低く資産性のない在庫に資産性があると偽って評価損を計上しない。減損テストの前提となる売上計画に実現確度の低い案件を含めて減損を回避する。固定資産に計上すべきでない人件費を計上して費用計上を先延ばしにする。ほかにも補助金の性質を偽った収益計上や貸倒引当金の不計上などが挙がっています。手口はバラバラに見えますが、向きは一つです。すべて「損を将来に押しやる」か「利益を今に引き寄せる」かのどちらかです。

原因は四点。非現実的な目標設定と苛烈なプレッシャー。創業者に経営権限、特に人事権が過度に集中していたことによる、過度な業績プレッシャーと問題の先送り。業績プレッシャーが会計不正の原因と認識しながら問題に切り込むことを回避したことによる、経理部門、内部監査部門およびコンプライアンス部門の牽制機能不全。そして会計監査人への不誠実な対応です。

三つ目に注目してください。「知らなかった」ではなく、「認識しながら回避した」と書かれています。監査役等についても、業績プレッシャーについて問題提起し是正に取り組まなかったことによる監査等委員会(監査役会)の牽制機能不全があった、と指摘されました。

1-3. 事案②オルツ──お金が一周して「売上」になる

二つ目は株式会社オルツの事案。ラベルは「循環取引」です。

循環取引とは、複数の企業が共謀して商品の転売や役務の提供を繰り返すことで、取引が存在するかのように仮装し、売上や利益を水増しする行為の総称です。友人同士で同じ品物を売り買いして、全員が「今月は売上が立った」と言い張る構図を思い浮かべてください。

オルツの中核にあったのは資金循環取引でした。同社は広告宣伝費の名目で広告代理店へ、研究開発費の名目で研究開発業者へ多額の資金を支出します。その資金は広告代理店や研究開発業者を経由して販売パートナーへ還流し、販売パートナーはその還流資金で有料ライセンス代金をオルツに支払う。オルツはそれを売上として計上する。

自分の財布から出したお金が、何人かの手を渡って、自分の売上として戻ってくる。外から見れば取引が成立していますが、実態としては何も増えていません。計上された売上の中身も、実際には利用実態のない有料アカウントの売上であり、調査報告書は経済的実態を伴わない「架空売上(売上の過大計上)」と評価しています。

原因は六点。売上の拡大および上場を強く志向していたこと。経営トップに求められる「誠実性」の欠如。実効性のある内部統制・ガバナンスが構築されなかったこと。担当部門・管理部門における内部統制上の機能不全。会計監査人への説明・対応が不適切であったこと。そして、最先端の事業に対するバイアス等の可能性です。

最後の一点は含蓄があります。最先端の技術を扱う会社に対しては、周囲が「よく分からないが、きっとすごいのだろう」と受け止め、検証の目が緩む。技術の新しさが、そのまま検証の甘さに変換されてしまうということです。

1-4. 事案③エア・ウォーター──守りの層が、ほぼ全部倒れていた

三つ目はエア・ウォーター株式会社の事案。特別調査委員会による調査報告書が2026年4月3日に公表されています(調査が継続していた子会社については、同年6月22日に追加調査報告書が公表されました)。

確認されたのは、複数社・複数年度にわたる組織的・恒常的な不適切会計処理でした。在庫の過大計上や廃棄損失の先送り、架空または実体に乏しい在庫計上、売上の前倒しや二重計上、原価や費用の付替による利益操作、そして二重商流や不要な取引先の介在による連結売上高の水増しです。

この事案の特徴は、原因として挙げられた項目の「数」にあります。14項目です。

売上・利益成長至上主義の目標設定と過度なプレッシャーに始まり、経営トップによる不適切な会計処理の容認、経営トップに忖度したマネジメント層の関与と内部統制の無効化、規範意識の鈍麻した不健全な企業風土と続きます。そして後半に並ぶのが、守りの機能の総崩れです。管理部門と内部監査部門それぞれのモニタリング機能の欠如。取締役会による経営トップへの監視・牽制の不足。監査役会による監査機能の不足。内部通報制度の機能不全。そして社内の風通しの悪さ。

一つ二つの守りが破られたのではなく、ほぼすべての層が同時に機能していなかった。だからこそ「複数社・複数年度」という規模になりました。監査役会については、監査が受動的であったこと、監査室との情報共有や、社内監査役と社外監査役の連携が十分でなかったことが指摘されています。

一方でこの事案には、後の章で重要になる工夫がありました。社内リニエンシー制度を導入したことによって、多数の不適切な事例が把握されるに至ったという記述です。リニエンシーとは、自主的に申告した人の処分を減免する仕組みのことです。

1-5. 事案④KDDI──気づいていた人は、いた

四つ目はKDDI株式会社の事案。特別調査委員会による調査報告書がまとめられ、ラベルは「架空循環取引」です。

舞台はウェブ広告の代理事業を行う2社の子会社でした。実際には広告主からの委託が存在しないにもかかわらず、それが存在するかのように装い、上流代理店から架空の広告掲載業務を受注し、下流代理店に同じ業務を発注する。その上で、上流代理店、当事会社、下流代理店、上流代理店という順序で報酬の支払を行わせる。これで架空の循環取引が成立していました。原因としては、子会社側で業務の属人化、発注・支払プロセスにおける権限分離の不十分さ、取引の実在性を確認しないままの売上計上、内部監査が不十分であったことが挙げられ、親会社側でも広告代理事業の不正リスクに対するより専門的な内部監査を実施していなかったことが指摘されています。

ただ、この事案で私がもっとも注目したのは原因リストではなく、報告書が丁寧に記した時系列です。

2025年2月、当時のKDDIの代表取締役社長は、経営戦略会議の場で、子会社であるビッグローブ株式会社(以下、ビッグローブ社)の広告代理事業の大幅な業績向上に対し、コンプライアンス上の問題の有無について懸念を示しました。これを受けてKDDIでは、監査本部による同年度の内部監査で広告代理事業が監査対象に加えられます。また常勤監査役は、当時のビッグローブ社の監査役に対し注意して監査するよう指示し、その後は会計監査人や監査本部とも協議し、連携しながら子会社監査に向けた予備調査を進めていました。そして2025年10月、会計監査人から架空循環取引の可能性が指摘されたことを受け、監査役および監査本部が連携して外部専門家も登用した社内調査が開始されます。

トップが業績の急伸に対してコンプライアンス上の懸念を口に出し、内部監査の網がかかり、監査役が動き、8か月後に会計監査人が引き金を引いた。予兆を掴んでから社内調査の開始に至るまでの、教科書のような連鎖です。

ところが報告書は、同じ事案の中に対照的な事実も併記しています。当時のビッグローブ社の監査役は、2025年度のマスタープラン検討時に事業の日商の売上金額規模が非常に大きかったことを認識していたものの、不自然に感じることはなく、リアライズ事業本部長の収益計画に対して異議を唱えることはなかった、と述べているのです。

同じ数字を、片方は「おかしい」と感じ、もう片方は「そういうものか」と受け止めた。この差は能力の差ではありません。その数字を、どこの物差しで見ていたかの差です。

予兆は、見えていなかったのではない。見えていたのに、違和感として言葉にされなかった。

1-6. 事案⑤イーエムネットジャパン──一人が退職した日から始まった

五つ目は株式会社イーエムネットジャパンの事案。性格が異なり、会社資金の横領です。

元CFOが私的な用途に充てることを企図して同社の資金を領得し、それを隠蔽する目的で会計帳簿の改ざんを行った結果、開示書類にも影響が及びました。手口は概ね二つ。会社名義のキャッシュカードで会社の銀行口座から現金を引き出す方法と、会社の銀行口座から自己名義の口座へ振込送金する方法です。

私がこの事案でもっとも印象に残ったのは、不正が始まった「きっかけ」の記述でした。財務担当マネージャーであった社員が退職したことに伴い、元CFOのみが実質的に金庫やその中の現金・キャッシュカードを管理するようになった頃から、資金の私的流用に及んだ、と書かれています。

新しい制度が入ったわけでも、大きな組織変更があったわけでもありません。一人が辞めた。それだけで、二人で見ていたものが一人だけのものになった。報告書が私的流用の開始時期として指し示すのは、まさにその頃です。

原因は七点。元CFOへの権限の集中、管理統括部内における牽制機能の欠如、内部監査部門による牽制機能の欠如、監査等委員会監査を軽視する姿勢、親会社による内部監査を軽視する姿勢、実効性に欠ける内部通報制度、そして元CFOに対して意見を言えない・言わない組織風土です。この事案に付された提言は具体性の点で際立っているので、第4章で改めて取り上げます。

1-7. 手口はバラバラ、入口はほぼ同じ

5つを並べてみましょう。ニデックは損の先送り、オルツは資金を回して売上を作る手口、エア・ウォーターは組織ぐるみの期ズレと在庫操作、KDDIは子会社の架空循環取引、イーエムネットジャパンは個人による横領。手口という意味では、まったく違う話です。

ところが原因の記述を並べると、驚くほど似た言葉が繰り返し出てきます。権限の集中。業績プレッシャー。牽制機能の不全。通報制度の形骸化。そして、言うべきことが言えない空気。

手口は事案ごとに違う。しかし入口は、どの事案もほとんど同じところにある。

だからこそ、予兆は類型化できる。ここからが報告書の本題です。

5事案の手口と共通する入口

2. 会計不正の「黄色信号」6類型──報告書が示す予兆の見つけ方

報告書の第3章は、5事案の原因として指摘された事項を横断的に拾い直し、予兆を6つに整理しています。信号でいえば、赤になる前の黄色という比喩です。

2-1. 一つ目:経営トップの誠実性

まず着目すべきは、経営トップが経営姿勢としてコンプライアンスを重視し、特に信頼ある財務報告を行うことを重視しているかという点です。報告書は、コンプライアンスをないがしろにして「売上拡大」や「上場達成」への極端な執着がみられる場合に警戒が必要だとします。目標の達成が最優先になると、その売上が実際の事業活動に裏付けられたものか、将来にわたって持続可能なものかという検証が後回しになるからです。

具体的な予兆としては、毎期の業績目標達成を強く意識するあまり、損失計上や評価減の要否について楽観的な見積りや判断が繰り返されることが挙げられています。決算のたびに判断がいつも会社に都合のいい方向に転ぶ、という状態です。一度なら偶然かもしれません。毎回なら、それは方針です。

そして報告書は、監査役等はコンプライアンス軽視の経営姿勢に対して改善を促し、時には経営トップと対峙する覚悟を持つことが必要だ、と書いています。協会の公式文書としては、かなり踏み込んだ表現です。

2-2. 二つ目:過度な業績プレッシャー

過度なプレッシャーによる目標達成の促進は、不正が起こりうる大きな要因になります。ただしここは慎重な線引きが要ります。企業の成長には高い目標設定も必要であり、業績プレッシャーの存在だけをもって不正の要因と断じることは難しい、と報告書自身が認めています。

ではどこで線を引くのか。答えは「予算策定プロセスを見よ」です。現場の実態や市場環境を十分に反映しないまま達成困難な予算が設定されていないか。現場からの積み上げではなく、経営陣のトップダウンで一方的に数値目標が決定されていないか。この二つが重要な確認事項とされています。

見るべきは、結果として並んだ数字ではなく、その数字がどう決まったかという手続きです。同じ「前年比130%」でも、現場が積み上げた130%と上から降ってきた130%では意味がまったく違います。そして社内にいると、その圧力は「うちの文化」に見えてしまう。だからこそ社外の監査役等や社外取締役との意見交換が必要だとされています。

2-3. 三つ目:循環取引

三つ目は循環取引です。すでに二つの事案で登場しましたが、報告書は独立した類型としてかなりの紙幅を割いています。

まず、なぜこれほど見つけにくいのか。循環取引は通常の取引と同様に注文書や物品受領書といった証憑が作成・保存され、証憑間の整合性が取れることが多く、資金のやり取りも含めて偽装されるのが一般的です。実在する多数の企業が関与して複雑な商流が作られるため、一度通常の取引として認識されると発見が困難になります。しかも当初は少額で始まり、徐々に高額となり、最後は巨額になっていたというケースもある。そして物理的な商品が存在しないサービス業でも発生しており、業種を問わず警戒が必要だとされています。

報告書は兆候を四つの角度から整理しています。一つ目は取引の事業上の合理性。同業他社から仕入れたものを同業他社に販売している、仕入先も販売先も決まっているのに仲介を要請されて商流に参加している、取引名が「●●一式」などで詳細が記載されていない、といった「なぜこの取引が必要なのか」を説明しにくい形です。

二つ目は取引そのものの特徴。直送取引や倉庫での名義変更取引のようにモノの移動が捕捉しにくい取引、複数の会社が介在してエンドユーザーが不明確な取引、技術やソフトウェアのように価値を第三者が客観的に判断しにくい取引などです。

三つ目は人。営業担当者が受注だけでなく仕入先の選定や発注業務にも関与している、担当得意先のローテーションがなく同一担当者が長期間担当している、「秘匿性がある」といった理由で一部の担当者しか関与していない。こうした状況は本業でない新規部門や子会社で生じる事例が多いと注意が促されています。

四つ目は財務諸表上の数字。特定の取引先への取引量が急増する、売掛金や在庫が滞留しているのに仕入れが継続している、買掛金の支払サイトに比べて売掛金の回収サイトが異常に長い、といった特徴です。

四つの角度を一言でまとめるなら、モノが見えない、人が一人しか知らない、お金の戻りが遅い、です。

2-4. 四つ目:内部統制・ガバナンスの機能不全

四つ目は、予兆を捉える仕組みそのものが壊れているという類型です。内部統制やガバナンスが機能していなければ予兆を捉えることは難しく、おのずと不正を防げなくなります。

では機能していないことは何で分かるのか。報告書が挙げるのは、内部統制の有効性やコンプライアンス・ガバナンスに関する議論が限定的であること、リスク管理に関する議題が少ない状況になっていることです。これは点検が簡単です。取締役会や監査役会の議事録を1年分めくって、リスクやコンプライアンスの議題が何回登場したかを数えればいい。ゼロに近ければ、それが答えです。

さらに報告書は、内部監査部門による指摘事項や発見事項が経営陣だけでなく監査役等のガバナンス機関にも共有されているか、独立性が確保されているかという点も予兆として察知できる部分だと指摘します。そして、監査役等自身が定期的に自社の監査役会等の実効性について評価を行うことも考えられる、としています。監査する側が監査される側に回るという提案です。

2-5. 五つ目:会計監査人への不適切な対応

五つ目は、私がこの報告書でもっとも実務的だと感じた類型です。会計監査人とは、会社法上の会計監査を担う監査法人や公認会計士のこと。社外の専門家として財務諸表が正しいかを検証する立場にあります。

報告書の着眼点はこうです。経理部が自ら循環取引や架空売上を実行している、あるいは他部署の不正を隠蔽している、または他部署の不正を長期間見過ごしやすい状況にある。そうした状況は、会計監査人への対応の仕方に表れていることがある、というのです。

具体例はどれも生々しいものです。売上を裏付ける外部証憑を提供せず「業界慣行で外部証憑はない」と言って社内資料しか出さない。営業担当者や工場担当者への直接質問を「現場は忙しい」といった理由で拒否する。エンドユーザーへのコンタクトや売上債権の残高確認状の発送を拒否する。棚卸資産の立会で倉庫全体の観察や現場従業員への質問といった手続を制限する。取締役会の議事録は提供するのに、経営会議のようなより実務的な会議体の議事録や稟議書は拒否する。そして、内部監査部門による監査結果報告書の提供を拒否する。

どれも単体では「まあ、そういうこともある」と流せてしまいます。しかし並べてみると、共通しているのは「外部の目が、現場と現物と生の記録に届かないようにしている」という一点です。

そして報告書はさらに一段深い着眼点を示します。会計監査人が計画した監査手続を実施できず代替的な監査手続を選択している場合には、なぜ当初計画から変更したのかを会計監査人に確認し、その変更が関係部署の不適切または不十分な対応によるものではないかを評価することも有用である、というものです。

これはうまい発想だと思います。「拒否した」という事実は記録に残りにくい。しかし「監査手続が当初計画から変更された」という事実は、必ず記録に残るからです。

不正の予兆は、帳簿より先に「外部監査人への態度」に表れる。

2-6. 六つ目:業務の形骸化と、動機のはっきりしない不正

六つ目は、少し性格の違う類型です。不正を語るとき、よく「不正のトライアングル」という枠組みが使われます。動機、機会、正当化という三つの要素が揃ったときに不正は起きるという考え方です。ところが報告書は、実際にはこの三つに必ずしも該当しない不正事案もみられる、と指摘します。

背景にあるのは、何か問題につながりうる事態が生じても「問題を顕在化させないこと」を暗黙の了解とする風土です。その下では、目標未達成やミスの発生といった本来開示・是正すべき事項についても、上司や組織に迷惑をかけたくないという心理が働き、不適切な会計処理や隠蔽へとつながっていきます。報告書はこの特徴を、必ずしも利己的な動機のみから生じるものではなく、組織への同調意識や関係者への配慮といった一見肯定的な価値観を起点として発生する点にある、と表現します。

ここが怖いところです。誰も私腹を肥やそうとしていないのに、不正は起きる。むしろ「みんなに迷惑をかけたくない」という善意が入口になる。

では何を観察すればよいのか。報告書は企業風土の側面を継続的に観察・評価することが重要だとして、四つの問いを挙げます。情報が共有されているか。異論や問題提起が許容される多様性があるか。失敗を適切に報告できる環境があるか。言うべきことが言える風土であるか。具体的な指標としては、内部通報制度の利用状況、会議での発言の偏り、報告内容の形式化・形骸化の有無が挙げられています。


3. 会計不正を防ぐ「4つの備え」──報告書の提言

黄色信号の見つけ方が分かったところで、報告書は第4章で予防と体制整備へ話を進めます。柱は四つです。

3-1. 一つ目:社外監査役等との情報共有

社内出身の監査役等や常勤監査役等は、日常的に社内にいる分、不正の端緒や予兆を把握できる可能性が比較的高いといえます。しかし報告書は、その先に大事な一文を置きます。不確実な情報の段階であっても、社外監査役等や非常勤監査役等に伝えることを躊躇すべきではない、というものです。

なぜか。会社の常識が必ずしも一般の常識とは限らず、社内の監査役等は自社での経験に基づく視点に偏る可能性があるからです。KDDIのビッグローブ社の監査役を思い出してください。売上規模が非常に大きいことを認識していたのに不自然には感じなかった。それは怠慢ではなく、その数字が社内では見慣れたものだったからかもしれません。社外の目は、その「見慣れ」を壊すために存在します。

報告書はコーポレートガバナンス・コードの原則4-6も引いています。金融庁が2026年7月21日に確定を公表した2026年改訂版です。監査役および監査役会は、独立した客観的な立場において適切な判断を行い、能動的・積極的に権限を行使し、取締役会または経営陣に対して適切に意見を述べるべきである。解釈指針では、自らの守備範囲を過度に狭く捉えることは適切ではない、とされています。

「確証を得てから報告する」では、予兆の共有には遅すぎる。

3-2. 二つ目:三様監査の連携

ここで「三様監査」という言葉が出てきます。監査役等による監査、会計監査人による会計監査、内部監査部門による内部監査。この三つを合わせた呼び名です。

報告書は、監査役等が「三様監査を統括する意識」を持って主体的な役割を果たすべきだとします。ただし仲良し委員会になれという話ではありません。相互に改善点について意見交換を行うなど「一定の緊張感を保ちながら」連携すべきである、と明記されています。

会計監査人との連携では、事業リスクや会計リスクの共有に加え、会社側の経理業務遂行能力、受査体制、監査過程での重要な議論内容、グループ監査の状況までを議論すべきだとされます。さらに、監査品質の向上には十分なリソースが要るため、適切な監査報酬の水準を満たしているかにも注目せよ、とあります。監査報酬を値切ることは、自社の防御力を値切ることでもある、というわけです。そして有事には、会計監査人は専門性やリソース面で非常に強力な味方となるため、兆候を感知した段階ですぐに情報共有を行い連携して行動すべきだとされています。KDDIの事案では、実際に会計監査人からの指摘が調査開始の引き金になりました。

内部監査部門との連携では、監査計画や監査実施状況の情報共有に加え、継続的なモニタリングの強化やデータ分析等の活用を促すこと、そして必要に応じて監査手法の改善やリソース面における内部監査部門の充実について執行側に改善を促すことも重要だとされています。人が足りない、ツールが足りないという話を、監査役等が経営陣に対して代弁してくれる立場にあるということです。

3-3. 三つ目:内部統制システムの整備

報告書は、内部統制決議の内容および内部統制システムの構築・運用の状況を監視し検証することは監査役等「自らの責務」であると位置づけ、子会社がある場合には企業集団の観点で進める必要があるとします。

そのうえで、会計不正に特有の難しさが指摘されます。会計不正の事案では経営者等による内部統制機能の無効化を図るケースがある。そうした場合には、現場である第1ラインの統制環境整備に加えて、三様監査の機能発揮と連携がなければ、内部統制機能の正常化を図ることが困難になる、というものです。

ここで出てくるのが3ラインモデルという考え方です。現場での管理・監督が第1のライン、内部統制部門が第2のライン、内部監査部門が第3のライン。サッカーの守備でいえば、前線からのプレス、中盤の網、最終ラインという三層構造にあたります。ただし決定的な違いが一つあります。前の二つが日々の業務の中に組み込まれた守りであるのに対し、第3のラインだけは業務執行から独立して全体を検証する立場にあるという点です。報告書は、自社のみならずグループ全体でこれを有効に機能させる取組みが不可欠だとし、子会社等で不祥事が発生した場合には親会社の執行側だけでなく監査役等にも遅滞なく報告される体制を築くべきだと提案しています。

3-4. 四つ目:内部通報制度の整備

四つ目は内部通報制度です。協会のアンケート調査では、機能した事例として機密漏えい、経費架空請求、データの改ざん行為、在庫品の横流しなどが挙がり、海外を含めた子会社の役職者による贈賄懸念、横領、架空売上に関するものも多かったといいます。

一方、有効に機能していない原因として挙がったのは、社内での周知不足、通報の意義に対する認識不足、通報への抵抗感つまり敷居の高さ、通報者保護への不安、漏えいの不安、記名式であること、そしてコンプライアンス意識の低さでした。制度がないのではなく、あるのに使われないということです。

子会社には固有の落とし穴もあります。子会社が独自の通報制度を整備しても、従業員数が少ない子会社では匿名でも職場環境や業務状況から通報者が特定される可能性が高い。それが心理的障壁となり制度が機能しない懸念がある。だからこそ、グループ全体としての制度を確立し、親会社主導による統一的な仕組みを構築することが望ましいとされています。

平時の工夫として紹介されるのがエア・ウォーターの事例です。社内リニエンシー制度の導入や少人数制の対話型説明会の実施によって多くの疑義が明るみに出た。有事の調査手法として知られるこれらの制度は、平時における活用も考えられるというのが報告書の見立てです。そして最後に、2026年12月1日から施行される改正公益通報者保護法について周知することも有効な手段となるだろう、と結ばれています。施行はもう目前です。


4. 本事案から学ぶこと:内部監査人がこの26頁を読むべき理由

4-1. 5事案中4事案で「内部監査」が名指しされている

ここまで見てきたとおり、これは監査役等に向けて書かれた報告書です。それでも私は、内部監査に関わる人こそこの26頁を読むべきだと考えています。理由は単純で、取り上げられた5事案のうち4事案で、原因として内部監査部門が名指しされているからです。

ニデックでは、経理部門、内部監査部門およびコンプライアンス部門の牽制機能不全。エア・ウォーターでは、14項目の原因の8番目に「当社内部監査部門によるモニタリング機能の欠如」。KDDIでは、子会社側の原因として「内部監査が不十分であったこと」、親会社側の原因として「広告代理事業の不正リスクに対するより専門的な内部監査の不実施」。イーエムネットジャパンでは、「内部監査部門による牽制機能の欠如」に加えて「親会社による内部監査を軽視する姿勢」。

なお残る一つであるオルツについては、原因リストに内部監査部門への直接の言及はなく、「担当部門・管理部門における内部統制上の機能不全」という表現になっています。ここは正確に押さえておきたい点です。とはいえ、5つのうち4つ。この比率は偶然では説明しにくいものです。

5事案中4事案。これは個々の担当者の問題ではなく、構造の問題として読むべき数字です。

平時と有事のレポートライン

4-2. 「独立したレポートライン」と「認識しながら回避した」

構造の問題には、構造で応じるしかありません。その意味で、イーエムネットジャパンに付された提言はもっとも具体的な処方箋になっています。内部監査室から監査等委員会への独立したレポートラインを明確化すること。監査結果を直接監査等委員会へ報告できる体制を整備すること。そして、役員不正リスクが発生した際には内部監査室を業務執行ラインから切り離し、監査等委員会の指示の下で監査を行う仕組みの導入も検討すべきであること。

三つ目が肝だと思います。平時のレポートラインと有事のレポートラインを、あらかじめ分けて設計しておくということです。有事に「今回は誰の指示で動くのか」を決めようとしても、そのときにはもう、決める相手が疑いの対象になっているかもしれません。

一方で、構造だけでは届かない領域も、この報告書は正面から書いています。ニデックの原因の三つ目、業績プレッシャーが会計不正の原因と「認識しながら問題に切り込むことを回避した」という一文です。これは監査手続の設計でも、サンプリングの精度でも、データ分析ツールの有無でもない。書けるかどうか、言えるかどうかという問題です。報告書が「時には経営トップと対峙する覚悟」という言葉を使い、おわりにでも「組織内の力関係や圧力に左右されることなく、監査役等が自らの責務を全うする覚悟を持つことが不可欠である」と繰り返しているのは、そのためだと思います。技術で解ける問題なら、覚悟という言葉は要りません。

4-3. 明日からできる3つの自己点検

最後に、この報告書を自分の組織に当てはめるための問いを三つ挙げて終わりにします。

一つ目は、直近1年の内部監査の指摘事項のうち、経営陣だけでなく監査役等にも共有されたものがどれだけあるか、という問いです。報告書が予兆として挙げているのは、まさに「共有されていない状態」でした。共有の有無は、記録を数えれば分かります。

二つ目は、会計監査人が当初の監査計画から手続を変更した事例が直近にあったか、そしてその理由を把握しているか、という問いです。これは本来、監査役等の着眼点として示されたものですが、内部監査部門も同じ情報にアクセスできる立場にあることが多いはずです。そして前述のとおり、変更の記録は必ず残ります。

三つ目は、有事に自部門が誰の指示で動くのかが文書で決まっているか、という問いです。決まっていなければ、それは今のうちに決めておくべきものです。

会計不正は、ある日突然生まれるものではありません。予兆は、たいてい誰かの視界には入っています。問題は、それが「違和感」のまま個人の中にとどまるのか、それとも組織の記録として共有され、検証されるのか。この報告書が26頁をかけて示しているのは、結局のところその一点だと私は受け取りました。


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【引用元】

公益社団法人日本監査役協会 会計委員会「監査役等による会計不正への対応-予兆の早期把握と予防の徹底-」(2026年7月28日)

https://www.kansa.or.jp/wp-content/uploads/2026/07/el20260728-2.pdf

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