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書いたことは忘れた。でも~朝の3ページが残したもの ~

スピオタク度とスピ狂度がMAXだったころ、
引き寄せノートと同じくらい好んで作っていたノートがある。

それが――

「モーニングノート」

である。

朝起きたら、まずノートを開く。
顔も洗わず、トイレにも行かず、体重も測らず、
白湯も飲まず(そんな意識高いことはしたことないけど)、
とにかく最初にノートを開くのだ。

モーニングノートAパターンは、
朝、ノート3ページに心に浮かんだことを書き出すというもの。
自分しか見ないので、ちゃんとした文章である必要はない。
思いつくまま、頭に浮かんだことをひたすら書いていく。
寝起きに書くので、罫線に収まりきらず、
余白や欄外にまで文字が侵食していくこともあった。

罫線に入らない時もあった

モーニングノートパターンB(使徒ではない)。
こちらは、その時の自分の願いを30回ノートに書くというものだ。

あまりにも有名なセリフへのオマージュである

私はAパターンの方が気に入って、比較的長く続いた。
私が試したモーニングノートには、一つだけ注意書きがあった。
「すぐに読み返してはいけない。読むなら2週間くらいは間を空けること」
というものだ。

もちろん私はそれをちゃんと守った。
もっとも、守らなくても問題なかったかもしれない。
なぜなら私は、
1冊のノートを使い切る頃には
古いノートの在り処が分からなくなるタイプの人間だからである。

要するに、片付けが苦手で雑なのだ。

そんなわけで、何を書いたかなんて、たいていは記憶の彼方へ消えていく。
ただ、不思議なことに、書いた内容の大半は忘れてしまうのに、
ぼんやり心に残るものがいくつかある。

それは大抵、人に関することだった。

朝一番なので、悪口やゴシップのようなものはあまり浮かばない。
「あの人に仕事を頼んで助かったな。今日もお願いしたいなぁ」
とか、
「もらったお菓子がおいしかったから、今度何かお返ししよう」
とか。
そんな些細なことだ。
けれど、嬉しかったことや感謝したことは、
朝一番でもちゃんと心に浮かんでくる。
そして、忘れてしまうはずの雑多な記憶の中からでも、
不思議と消えずに残っている。

もしかしたら、人は本当に大切に思っていることだけを、
最後まで手放さずに持ち続けるのかもしれない。

だから何年経っても、私のモーニングノートには、
出来事より先に「誰か」のことが残っているのだろう。


私は書いた内容の九割九分を忘れてしまった。
ノートの保管場所も忘れた。
けれど、不思議と人から受けた親切だけは残っている。

もしモーニングノートの効果があるとしたら、
私にとってはまずそれだったのかもしれない。

もっとも、モーニングノートが私に残したものは、
それだけではなかったのだけれど。

こちらもよかったら。

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妃沙 彩未 「続きを読みたい」「また見たい」と思っていただけたことが何より嬉しいです。 いただいたチップは、これからの創作活動に大切に役立てます。