モーニングノートは未来を変えなかった ─ 変わったのは私の行動だった
前回の続きである。
モーニングノートが私に残したもので、
役に立ったと思えるものはまだある。
それは、「本当に欲しいものを明確化できる」ということだ。
強く願うことを繰り返し書く形式でも、
思いついたことをつらつら書き連ねる形式でも、
本当に「やりたいこと」や「欲しいもの」は何度も顔を出す。
一ページの中に何回も出てくることもあるし、
日にちをまたいで十回、二十回と書いていることもある。

別に願いが叶いやすくなるわけではない。
奇跡が起きやすくなるわけでもない。
でも、繰り返し書くことで、
「わたし」が「私」の願いを知るのである。
そして、「わたし」が「私」の願いを叶えるのだ。
ある日のモーニングノートには、
「イクラの瓶を買う」
という言葉が三回も出てきた。
料理上手の友人が、お正月用に漬けたイクラを分けてくれるという。
「瓶を持っておいで」
と言われた私は、何が何でも瓶を用意しなければならなかった。
家族みんなが大好きな、友人特製のイクラの醤油漬けである。
起き抜けの頭で、
「イクラの瓶を買う!」
「イクラの瓶!」
「絶対に瓶!」
と、まるで選挙演説のように何度も書いているのだから面白い。
そして私はちゃんと瓶を買った。
(どの大きさにしようかは、本気で悩んだ。
あまり大きくても申し訳ないし、小さいと家族に恨まれるし・・・)
無事にイクラを受け取り、家族みんなでおいしくいただいた。
特別な奇跡が起きたわけではない。
ただ、「瓶を買いたい」という願いを
何度も見返したから忘れなかった。
そして忘れなかったから行動した。
その結果、家族全員が幸せになったのである。

一方で、あるイベントの前には、
「イベントまでに10キロやせる!」
と何度も書いていた。
よくある話である。
イベントを口実に、自分のダイエット魂を呼び起こそうという魂胆だ。
しかし、もちろんそんな都合のいい話はなかった。
なぜなら、ダイエットをするのも、しないのも「わたし」だからである。
ノートに何回書いても、
夜中にポテトチップスを食べる自由は残されている。
ノートに何回書いても、
エレベーターではなく階段を選ぶかどうかは私次第だ。
つまり、モーニングノートは願いを叶えてくれる魔法の道具ではない。
どちらかというと、
「私はこれを望んでいますよ」
と、自分自身に何度も通知を送るための道具なのだと思う。
毎朝通知が届く。
もちろん、送信者は私である。
それを見て行動するかどうかは、自分次第。
だから願いが叶うこともあれば、叶わないこともある。
けれど少なくとも、
「本当は何を望んでいたのか分からなくなった」
という状態にはなりにくい。
何しろ昨日も今日も、一週間前も一か月前も、
自分で何度も書いているのだから。
何度も願いを書くことで未来が変わったのではない。
願いを忘れなかったから、行動が変わったのだ。
モーニングノートは未来を変えるノートではなかった。
ただ、「私が本当に欲しかったもの」を、
誰よりも先に私自身へ教えてくれるノートだったのである。
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