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【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第二章 5

第二章 真夏の逃避行

5 すぐにも追跡すべし

 父親たちは、唖然として、ローナと、彼女の自慢の娘が去っていった方とを、見つめていた。ロルドとディオンの二人は、顔を見合わせて、微かに笑みをこぼした。今はもう大人と見做みなされている二人であるが、一年程前までは子供扱いされていたわけで、大人ぶりたがるシエラの気持が、よくわかったのだ。ハシャルやエーヴィン、ミルディーに対しては、時に口うるさくなるディオンだが、シエラに対しては、少々甘いところがあった。

 ハゼルが、困ったように言った。
「おいおい、ローナ、シエラをあまり得意がらせないでおくれよ」
 するとローナは、夫を、きっとにらえたのだった。
「シエラだって、立派な盗賊の卵なんだよ。それに、あの子は、自分にできることとそうでないことは、きちんとわきまえてるよ。あの子の言うとおり、本当に危険なことは、していないだろうさ。いいかい、あの子も、あの子なりに、ハシャルたちのことを心配してるんだよ。ただじっとしてろったって、無理ってものね。あの子なりに、協力してもらった方が、いい。実際、あの子の持ってきた情報、役に立つじゃないの」
 妻の熱弁に圧倒されて、ハゼルは、もごもごと言った。
「それはそうだが……でも、やっぱり、父親としては、心配で……」
「なんだい、あんた、女の子は家でおとなしくしていればいいなんて、おかしなことを言い出すんじゃないでしょうね?」
「いや、決してそんなことは……」
 ミリスリィ盗賊組合の幹部であり、地位も名誉も実力も備えるハゼルであるが、昔から、妻には頭が上がらないのだった。いや、ハゼルだけではない。もとよりこのアルタ通りに、ローナに立ち向かえる男など、存在しない。
 困り果てたハゼルを見かねて、自らも娘を持つミルダンとシオンが、仲裁に入った。
「まあ、ローナさん、落ち着いて」
「男親というものは、どうしても、娘のこととなると、心配になってしまうものなのですよ」
 子供は男の子二人で、娘のいないヴィンセントも、わかるわかるとうなずいた。
「そうでしょうなあ。やはり、女の子は、男の子とは違うでしょうなあ」

 皆がローナをなだめすかしたところで、うまい具合に、ディオンが話題を元に戻そうと、口を挟んだ。
「ところで、シュティンク座の人々は、どうして、フロイが南に逃げたと知ったのでしょう?」
 ローナが真っ先に答えた。
「連中も、何らかの情報網を持っているのでしょうね。あるいは、何か、魔法を使っているのか。ことによったら、あちこちに仲間がいるのかも。だから、ハシャルたちはストラクティスで行ったっていうのに、馬でゆっくり追いかけるんじゃないかい? たとえ追いつけなかったとしても、ハシャルたちが行った先にいる仲間に、捕まえさせる魂胆こんたんだとかね」
 ローナは、かつて盗賊組合の諜報部で働いていた。その端整なきりりとした容貌ようぼうも若者たちの注目の的だったが、それだけではなく、彼女の優れた情報収集能力、分析力に、仲間たちは、皆、一目置いていた。今は家庭を切り盛りし、組合の仕事からは離れている彼女であるが、そのえは、健在だった。シエラの俊才しゅんさいは、彼女譲りのものかもしれない。

 眉根まゆねを寄せて、何か一心に考えていたロルドが、静かな声をらした。
「もし連中が、何らかの方法で四人の居場所を知ることができるならば……四人を追っていった男を、追跡してみた方がいいかもしれない」
 ジディアを目指していることが判明したとはいえ、ジディアとの国境は広い。どこで国境を越えるつもりなのかわからなければ、見つけようがない。ハシャルらの行方を正確に把握する手段がこちらにない以上、連中を利用するのが得策だろう。一同は、ロルドの意見に同意した。
「ロルドの言うとおりだ。その男を、追うとしよう。急がねばな」
 一座の目的は、フロイを取り戻すことだ。ハシャルらに用があるわけではあるまい。だが、ハシャルらがフロイを逃がそうとして、追手に抵抗したならば、危害を加えられることが、ないとはいえない。
 言うなり、ハゼルは、自ら追跡を行おうと、立ち上がった。他の者も、立ち上がる。ミルダンとヴィンセントが、共に行こうと、名乗りをあげかける。その機先を、ロルドが制した。
「父さん。その男を追うのは、俺がやるよ」
「お前が?」
「ああ。父さんたちは、残ってより詳しい情報の収集と、各地への連絡をすると、いいんじゃないかな」
 確かにロルドは腕も立つし、隠密行動もこなすので、追跡にはうってつけの人物といえた。尾行であるからには、本来、多人数で行くべきではない。子供が心配だからとて、父親が三人そろって行くべきではなかった。情報収集や連絡も、行わねばならない。それに、三人には、仕事もある。ロルドにも仕事はあるが、幹部である父たちよりは、まだ休暇を取りやすい。
 ロルドの申し出に、父親たち三人は、頭を冷やされた。だが、まだ若いロルドを、一人で行かせるわけにはいかない。少なくとも、誰か一人は、ロルドと共に行くべきだ。
 三人の思いを読み取ったかのように、ディオンがロルドの傍らに歩み寄った。
「わたしも、ロルドと一緒に行きます」
 ロルドは、ちょっと目を見開いて、ディオンを見た。
「君が?」
「そうです。わたしが一緒に行けば、行った先々で神殿の協力を得やすくなりますよ。それに、わたしは戦士でもありますから、いざというとき、足手纏あしでまといにはなりません。むしろ、あなたの背中を守れるでしょう」
 父親、シオンを真っ直ぐに見て、ディオンは許可を求めた。
「父上、よろしいですよね?」
 シオンは即座に首を縦に振った。
「よかろう。気をつけてな」
「はい、父上。最善を尽くします」

続く


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