【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第二章 4
第二章 真夏の逃避行
4 大ニュース
「シュティンク座の占い師が姿を消したことは、確実です」
ハシャルの父、ハゼルは言った。
ハシャル、ミルディー、エーヴィンの失踪が判明した日の午後遅く、そのハシャルらが、旅の一日目の夜を迎える前に少しでも距離を稼ごうと、一心にストラクティスを駆っている頃、ラサ家の居間に、ミルディーの父ミルダン、それにエーヴィンの父ヴィンセントの二人が、再び訪れていた。ハゼルの妻ローナ、長男ロルドが同席している。加えて、今回は、ラサ家の南隣のグライス家の主シオンと、その末っ子のディオンもやって来ていた。シオンは、白いものの交じり始めた、波打つ金髪を肩の辺りまで垂らした、長身痩躯の男だった。瞳の色は、息子のディオンと同じく深い緑色。顔立ちは、ディオンとは似ておらず、引き締まった鋭い目鼻立ちをしており、謹厳実直な空気を漂わせている。
ヴィンセントが、ハゼルの言葉の後を続けた。年長のシオンに説明する形になるので、先程のハゼル同様、丁寧な口調だった。
「それで、シュティンク座の連中は、その占い師を追おうと、行方を調べているようですよ。どうやら、ハシャルとエーヴィンがその占い師の失踪に関係していると踏んで、二人のことを調べて回ったらしい」
さらにロルドが付け加えた。
「で、その占い師、フロイですが、シュティンク座がジディアで見出だしたそうです。そして、そのシュティンク座というのが、そもそもジディアとミリスリィを行き来していると見られている。人気のある芸人一座で、占い師も、よく当たると評判です。けれども、芳しくない噂もある。一座の演物を見に行った者が、その後行方をくらましたことがあるというのです。しかし、ごく少数の事例で、シュティンク座にはこれといって不審な点もなく、そのため、さしたる騒ぎにはなっておらず、当局も動いてはいないのですが」
さすがに、ミリスリィ王国の陰の諜報機関としての機能も備えている盗賊組合は、所有する情報の量も、質も、早さも、一流だった。短時間のうちに、これだけのことが判明したのである。
話しながら、ロルドは、心中に疑念を抱いていた。芳しくない噂が付き纏いながらも、順調に興行を続けるシュティンク座。少数の事例とはいえ、人が行方知れずになるということは、軽々しく扱える問題ではない。その悪評が表沙汰にならない背景には、何か、あるのではないか。たとえば、何者かが情報操作を行っている――あるいは、そうしたよくない話を揉み消しているのではないか。
他の同席者の心にも、そうした疑念が兆した。しかし、少なくとも今回の件については、シュティンク座もフロイの行方を懸命に追っていることから推して、シュティンク座による企てではあるまい。従って、謎解きはさておいて、まずは、ハシャルらの行方を追わねばならない。
「では、その占い師が逃亡したのだとすると、行き先は、故郷のジディアでしょうか。それとも、一座の手の届かない別のところを目指すのでしょうか」
シオンの問いに、ミルダンが答えた。
「各都市の衛兵の間の連絡網を使って確認したところ、南のダーラムの町で、少年三人と少女一人の四人組を見かけたとの情報がありました。そのうち、少女は、鮮やかな赤毛で背が高かったといいます。おそらく、ミルディーでしょう。となると、四人は、南、ジディアへ向かっているのではないでしょうか」
ダーラムの町は、王都ミリィスから百キロ以上南に位置している。その遥か南に、ジディア王国は、横たわる。
ジディアでは、現在、国王が病臥している。その現王には、二人の王子と一人の姫がいる。その三人の子のうち、二人の王子のいずれが王位を継承するかを巡り、貴族たちが対立しており、今にも内紛が勃発しそうな、緊迫した情勢が続いている。そんな状態のところへ、行こうというのか。もっとも、ジディアのうちでも、ミリスリィとの国境に接している四領のうち二領、アスラル領と魔法戦士団領は中立を守っており、それほどの緊張はないようであるが。反面、他の二領、西側のロディオル領とクレスツス領は、公然と第二王子を支持している上、全体的に概ね排他的なジディア王国にあっても、とりわけ他国の者に対してよい感情を抱いていないところである。
おそらく、ハシャルらとて、そうしたことに関し、最低限の知識は持っている筈だ。それでも、やはり心配がいや増してくる。
一同は、考え込んだ。
重い沈黙が垂れこめた中、不意に、軽やかな足音が、二階へと上ってきた。足音の主は、軽くノックするや、返事を待つ暇も惜しいとばかりに、勢いよく飛び込んできた。
「こら、シエラ! お客様の前で、はしたないぞ」
ハゼルが、入室者を窘めた。が、入室者、ハゼルの末娘シエラは、聞く耳を持たず、弾んだ息が少しずつ収まると、一息に言った。
「大ニュースよ! シュティンク座の連中ね、南に向けて、追手を差し向けたよ」
その知らせに、一同は揃って少女に注目した。ヴィンセントが、腕組して言った。
「そうか、やはり南か……。あいつらは、ジディアを目指しているんだな」
シエラの情報を、彼は、疑わなかった。シエラがその兄たち同様、優秀な盗賊の卵であることを、彼は、承知していた。それは、父親のハゼルも、他の大人たちも、同様だった。シエラには、情報収集にかけては、正確で有用なものを効率よく掴む、天性の冴えがあった。そして、鋭い直感。この二つが相俟って、彼女は、いずれは盗賊組合の重鎮にまで出世するだろうと目されていた。
頷いてから、ハゼルは眉をひそめた。
「シエラ、お前はこの件に首を突っ込むなと、言っておいた筈だぞ」
この件からは、どうも危険な臭いがする。だからハゼルとしては、まだ十三歳の自分の末娘を、巻き込みたくなかった。しかしシエラは、惚けた表情で言った。
「えー、あたしはただ、市場広場とか、その辺を見て回ってただけだよ。みんな忘れてるみたいだけど、今、夏祭前なんだからね。で、たまたま、シュティンク座の連中が、あいつは南に逃げたとか何とか、話してるのを聞いちゃったの。それから、一座の人――なんて言ったっけ、えらの張った顔の、体格のいい人、ああ、そうそう、ファーガスだっけ、その人が南の門から、南へ向かう道を、馬で走っていくのを、偶然見かけたってわけ。早く追っかけた方が、いいんじゃない?」
ただ見て回っていただけ、たまたま聞いた、偶然見かけた。全て真っ赤な嘘であることを、ハゼルは見抜いていた。深く嘆息する。兄も兄なら、妹も妹だ。
「ごまかすんじゃない。お前という子は、危ない真似をするなと、何回言ったらわかるんだ」
シエラは頬を膨らませた。
「何言ってんのよ、お父さん。危ない真似をしちゃ駄目だなんて言ってたら、盗賊になんて、なれないじゃない。あたしには、すごい盗賊になるっていう、夢があるんだからね。それに、今回は、別に、危ないことなんてしてないよ。ちゃんと、あたしだってわからないように、変装して行ったんだからね」
昨日、一座の者に、顔を見られている。だからシエラは、わざわざ、少年のなりをして街に繰り出したのだ。今は、いつもの恰好に戻っているが。その上、不審に思われぬよう、細心の注意を払いもした。
さらに叱ろうとするハゼルを止めたのは、最も思いがけない人物だった。
「まあまあ、あんた、その辺にして。シエラはよくやったよ。さすが、あたしの娘だね」
言ってローナは、シエラに微笑みかけた。
「シエラ、あんたはもう充分に働いたよ。後は、任せといで」
母のその言葉を聞くと、シエラは、機嫌をよくした。
「うん、わかった、お母さん。後は、頼むね」
そう素直に返事するや、三階の自室へと引き取った。
続く
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