【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第二章 2
第二章 真夏の逃避行
2 三人の行方は
そのとき、玄関の呼び鈴が、早朝という時間帯に配慮してであろう、控え目に鳴らされた。ローナが階下の玄関へと向かう。二言三言、扉越しに言葉が交わされ、それから、扉が開かれる。抑えた、しかし焦りの滲む声が、二階へと低く流れてくる。ハゼルもシエラも、よく聞き知った、隣人の声だった。二人は、客を迎えるべく、居間へと移った。少々待つと、ローナが、客人を居間へと招き入れた。
客人は、二人。一人は、筋骨逞しく、体格のよい、いかつい顔立ちの、四十歳くらいの男。濃い髭をたくわえ、鮮やかな赤毛を短く切っている。もう一人は、長身ですらりとした、やはり四十歳くらいの、端整な容貌の、伊達男。艶やかな栗毛を首筋の辺りで束ね、口髭を美しく整えている。
二人は、ハゼルとシエラに簡単に挨拶した。そして、赤毛の男が切り出す。
「ハゼル、実はうちの娘が、夜のうちにいなくなったんだが、ひょっとして、お宅のハシャルも、いなくなったり、していないかな?」
平静を装ってはいるが、その金色の双眸には、心配の色がたゆたっている。顔立ちこそ似ていないが、その髪も瞳も、娘、ミルディーとそっくり同じ色をしていた。
ハゼルは、頷いた。
「ああ。そうなんだよ、ミルダン。ハシャルも、いなくなったんだ。……もしかして、ヴィンセントのところも、何か?」
切れ長の茶色の瞳を少々伏せて、もう一人の栗毛の男が答える。彼の方は、顔立ちも、息子のエーヴィンに酷似している。
「そう、上の子の方が、見当たらないんだ」
三人の男は、顔を見合わせた。そして、同時に、深々と溜め息を吐く。
「これは……三人揃って、行ってしまったということかな?」
言ってハゼルは、ミルディーの父、ミルダン・カークと、エーヴィンの父、ヴィンセント・ジュグレットに、ハシャルの置手紙を見せた。二人は、順に目を通し、ハゼルへと戻す。
「……いったい、どこに行ったんだろうな?」
ミルダンが腕組して唸った。
「ミルディーとエーヴィンは、何か手紙などは、残していないのかな?」
ハゼルの問いに、二人は揃って、首を横に振った。ヴィンセントが、腹立たしげに吐き捨てる。
「何も残していないんだよ。どころか、旅に出る支度をしていた節もない。何を企んでいることやら……。今度という今度は、許せん。帰ったら、たっぷり懲らしめてやる」
息巻くヴィンセントを、まあまあ、と宥めてから、ハゼルは、ミルダンに尋ねた。
「それにしても、ミルダン。うちの息子とエーヴィンはともかく、ミルディーが、夜の間に、何も告げずに出て行くというのは、おかしいな」
ハシャルとエーヴィンは、時折、夜間に家を抜け出すことがあったものの、ミルディーはこれまで、そのような真似はしていなかった。
ミルダンも、腑に落ちない様子だった。
「何か、事情があったのかな……」
まるでわけがわからなかったが、三人は、ともかく、いなくなった三人の子供たちを捜すことにした。まずは当局と盗賊組合に捜索を依頼しよう。そう決めて、三人は、朝食も後回しにして、早速家を出ようとした。シエラが、三人を見送りについてきた。
四人が玄関口に来たところ、ラサ家の長男、ロルドが、脇目もふらず、駆けてきた。ミルダンとヴィンセントの姿を認めると、近付き、挨拶をするや、一枚の蝋板を差し出した。
「これはカークさんとジュグレットさんに、宛てられたものです」
それは、ミルディーとエーヴィンの連名の手紙になっていた。文面は、書き手こそ異なるものの、ハシャルが残していったものと、内容に大差はなかった。二人は、文面に目を走らせると、ロルドに訊いた。
「ロルド、これはいったい、どこで手に入れたのかね? 二人に、会ったのか?」
「いいえ。先程、仕事から帰る途中で、市門近くの騎獣舎から、アルタ通りに向かっていた、連絡役の少年に会ったのです。この手紙は、その少年から受け取りました。なんでも、明け方に、ミルディーとエーヴィンから、夜明けから一時間くらい経った頃に、家に届けるようにと、頼まれたとのことです」
一呼吸おいて、続ける。
「それで、怪しいと思い、その少年に問い質したところ、ミルディーとエーヴィンは、夜明け、市門が開く少し前に、西の市門の近くの騎獣舎に、ストラクティスを連れに来たというのです。そこで、騎獣舎に行って確認したところ、カークさんのところとジュグレットさんのところのストラクティスが、一羽ずつ連れ出されていました。さらに、うちのストラクティスも、二羽、連れ出されていたのです」
父親たち三人は、ロルドの知らせに、顔を見合わせた。これは、三人一緒に出かけたと見做して、よいだろう。しかし、ストラクティスに乗っていったとすると、追跡は困難だ。
ハゼルは、いなくなったストラクティスについて、ロルドに確認した。
「ロルド、うちのストラクティスは、一羽ではなく、二羽、連れ出されていると言ったな?」
「ああ、父さん。その点についても、門番に訊いたんだ。門番が言うには、ハシャルは、同じ年頃の少年と少女の他、もう一人、少し年下、十二歳くらいの少年か少女を連れていたそうだ。門を出た後、西へ飛んでいったというけれど……」
そのまま西へ飛んだのか、それともその後方向を変えたのか、俄かには知る術もない。
「まいったな……」
ハゼルの口から、呟きが漏れた。これまで黙っていたシエラが、もどかしげに、口を挟む。
「ねえ、お兄ちゃん。ハシャルと一緒にいた、十二歳くらいの子って、誰なの?」
「なんでも、襞がたっぷりある長い衣を纏っていて、淡い茶色の髪で色白の、ほっそりとした小柄な子だったそうだよ」
シエラは目を見開き、興奮した様子でまくしたてた。
「それ、きっと、昨日の占い師だよ! フロイっていったっけ? ほら、シュティンク座の……」
言われて、ロルドは、フロイの姿を思い出した。彼は、フロイの顔は見ていない。が、確かに、年齢や服装が、合致する。そして、もう一つ――。
「ハシャルは、昨日、様子がおかしかったな。突然占いに興味を示したり、夕食のときに、妙なことを父さんに尋いたり」
父の方を向く。
「父さん。東の市場広場で、シュティンク座という芸人一座が興行しているってことは、昨日話したね。まず、そこを調べてみてはどうかな。ひょっとするとこの件には、そこの占い師が絡んでいるのかもしれない」
もしそうだとするならば、その占い師と芸人一座について詳しいことがわかれば、ハシャルらがなぜ突然出発したのか、そしてどこへ行こうとしているのか、わかるかもしれない。ストラクティスで行ったものを、方向も定まらず闇雲に捜したとて、見つけられるものではない。まずは、情報収集が必要だ。
「そうだな。早速、調べてみるとしよう」
ミルダンとヴィンセントも、気は焦りながらも、ハゼルの言葉に同意した。
それから、ラサ家とカーク家とジュグレット家の者たちは、それぞれ、情報収集に奔走した。ハゼルとヴィンセントは、盗賊組合へと向かった。ミルダンは、衛兵の詰め所へ。そしてロルドは、父の指示で、南隣のグライス家を訪れた。一家の主シオン、その妻ディレーネ、娘ディアネ、末子ディオンに、事情を説明する。長男の聖騎士レオンは生憎留守だったが、グライス家の人々は、快く協力を申し出た。聖騎士であるシオン、神官であるディアネとディオンは、自分たちの仕える光風の神ラガーゾの神殿に働きかけることになった。
三人の子供たちが、妙な事件に巻き込まれたのではないことを、早く、無事に戻ることを、アルタ通りの四家の人々は、祈っていた。
続く
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければまたお付き合いください。
ご感想等いただけましたらとてもうれしいです。
続きはこちらです。↓
前の話はこちらです。↓
