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【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第一章 5

第一章 王都の邂逅かいこう

5 恋の悩みはひとまずおいて


 最後、エーヴィンの占いが終わる頃には、午後も遅くなっていた。ハシャル、エーヴィン、ミルディー、シエラ、そしてロルドとディオンは、そろって、我が家のある旧市街のアルタ通りへと、帰路を辿り始めた。
 先頭を行くのはディオンで、シエラがしきりに彼にまつわりつき、小鳥のようにぺちゃくちゃとおしゃべりりしている。ディオンは、彼女のとりとめのない話に丁寧に耳を傾け、相槌あいづちを打っている。その後ろに、少し離れて、ロルドが続き、ミルディーは彼と並び、夢中で話し込んでいる。そこからさらに後ろ、やや距離を取って、ハシャルはエーヴィンと連れ立って歩いていた。

 エーヴィンが、ロルドと話しているミルディーにうらみがましい視線を向け、不機嫌そうに小声でこぼした。
「あーあ、ちくしょう、ミルディーを助けそこなっちまった。俺はあいつを守ってやれるってとこ、見せたかったのに」
「エーヴィン、そんなこと言うと、またミルディーになぐられるぜ」
 前に一度、エーヴィンが、ミルディーに対して、お前は俺が守る、というようなことを言ったことがあった。そのとき、ミルディーは彼を軽く殴って、言ったのだ。
 ――あたしは、あんたに守ってもらわなきゃいけないような女じゃないよ。
 彼女は、戦士としての誇りを傷つけられたと思ったのだろう。
 エーヴィンは、冒険者盗賊を目指し、修行を積む傍ら、剣術もたしなんでいる。剣術大会の少年部門で、八強まで勝ち進んだこともある。だから、剣術に関しても、いささか過剰ともいえる自負心を抱いている。けれども、ミルディーの剣技は、そのエーヴィンの上をいく。
 そんなミルディーも、しかし、ハシャルの兄、ロルドの助けは、素直に受け入れるのだった。

 実際、兄はすごい。ハシャルはそう思っている。兄、ロルドは、ミリスリィ盗賊組合の護衛部に所属している。隠密行動もこなせば、武器の扱いも一流。おまけに、長身痩躯そうくで、眉目びもくの整った、精悍せいかんな顔立ち。寡黙で、男らしい立ち居振舞い。我が兄ながら、また、同性から見ても、思わず賛嘆せずにはいられないような、自慢の兄だ。
 ミルディーが兄に惹かれたとしても、無理はない、と思う。だから、こうして兄とミルディーが仲良く話しているのを見て、胸が針で突かれたように痛むのも、嫉妬しっとのためばかりではなかった。ミルディーが兄と結ばれるのなら、悲しく、苦しい思いはあるけれども、それでも、納得できる。しかし、そうはならないだろう。
 ――兄さんは、別の女性ひとに、思いを寄せている。
 そのことに、ミルディーも、おそらく気付いているはずだ。そして、エーヴィンも、察している。それでエーヴィンは、ミルディーの気を惹こうと、躍起になっているのだ。ミルディーが傷つくのを、見たくないから。その気持は、ハシャルも、同じだった。だからこそ、今年の盗賊競技会は、思い切って成人の部に出場した。
 エーヴィンに言ったように、より上を目指したいという気持も、確かに存在する。ハシャルは、盗賊としての自負心を、充分に抱いている。だが、それだけではなかった。これまで、ハシャルが盗賊競技会の少年の部で優勝した際、ミルディーは、彼を賞賛してくれた。けれども、それは、彼女の心を捕らえるほどのことではなかった。彼女に真実認められるには、やはり、もっと大きな実績が必要なのだ。そう考えた。
 結果、あえなく準決勝で敗退。ミルディーは、ハシャルをめてくれた。しかし、これで彼女の好意を得たとは、言いがたかった。

 物思いにふけりながら歩いているうちに、いつのまにか、前のロルドとミルディーに、大分近付いていた。二人の話が耳に流れ込んできた。どうやら、剣の技について、話しているようだ。それを耳聡みみざとく聞きつけるや、エーヴィンは、二人の会話に加わっていった。次第に、三人で盛り上がっていく。
 ハシャルは独り、そっと嘆息した。
 やはり、ただの盗賊では、駄目なのだろうか。戦士でなくては。
 ミルディーは、優れた戦士に惹かれているように思われる。そして、戦士仲間とは、おのずと会話も弾むのだ。もちろん、ハシャルも、彼女とよく他愛もないお喋りをする。そんなとき、ハシャルも楽しいし、彼女も、きっと楽しんでいると思う。けれども、おそらく戦士同士であれば、そのような楽しさ以上の、もっと深い何かを、共有できるのだ。

 夏祭の前だというのに、憂鬱ゆううつおちいりかけて、ハシャルは、頭を振り、己を叱咤しったした。
 ――こんなことで悩んでて、どうするんだ! 夏祭を自由に楽しむことさえ、できない人がいるっていうのに……。
 そう、あの占い師、フロイは、母親から引き離された上、ハシャルのように、自由に街中を歩き回ることもできない。恋しただのなんだのと、悩むことも許されないだろう。そんなフロイの身の上を、ハシャルは、気の毒に思わずにはいられなかった。
 あの少年は、細く小柄な体格と、声変わり中のややかすれた声からして、まだ、十二、三歳といったところではないか。その年頃といえば、ハシャルは、相当なやんちゃ坊主で、元気一杯にあちこちを駆け回り、いたずらをしでかしては、大人たちや兄、それに兄のような存在でもあるディオンに、さんざん叱られたものだった。けれども、兄はそんなにしつこくは言わない。一番お節介なのは、ディオンだ。彼は世話焼きで、結構口うるさい。あと、こまっしゃくれた妹が、両親に、ご親切にも告げ口をしてくれたこともあったっけ、と、ハシャルは、思い出した。そういえば、ミルディーにも、時々怒られた。
 そういった思い出も、あの少年には、ないのではないか。
 ――そんなの、ひどすぎる。
 ふつふつと、怒りが湧いてきた。
 恋の悩みは、ひとまずおくとしよう。まず、フロイをどうにかして助ける方法を、考えなければ。
 そして、もう一つ、気がかりなことがある。フロイが最後にハシャルに与えた言葉だ。運命の銀竜に会うとは、どういうことなのだろう。遥か北方の竜大陸に領土を構える、リタフェーズ王国、竜騎士の国として知られるその王国には、気高くも美しい、銀竜リデスフィアが住んでいるという。いつか、その銀竜に会えるということなのだろうか。それとも、占い師の十八番おはこの、謎めいた言い回しで、何か違うことを象徴しているのだろうか。はっきりとしたことがわからないだけに、気になって仕方がない。

続く



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