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【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第一章 4

第一章 王都の邂逅かいこう

4 身の上話、そして占い


 日が差し込まず、明かりといえば卓上の細い蝋燭ろうそくほのおのみの、小さな空間に、ハシャルは、占い師の少年フロイと向かい合って座った。フロイが占いを行っている天幕の中だった。厚い布でできた小さな天幕の内部は、やはり厚い布で三つに仕切られており、ふたりが座っているのは、その中心の空間だった。辺りには微かに香の匂いが立ち込め、卓上の蝋燭の脇におかれた、ハシャルの両の手で包み込むには少々余りそうな、大きな水晶の玉が、揺れる火影ほかげを内に抱き込み、神秘的な輝きを放つ。
 しかし、ハシャルは、天幕内の雰囲気に酔うどころではなかった。女の子たちは、このような、どこかこの世ならぬ、えもいわれぬ不思議な空気に、魅せられるのだろうか。それで、占いなどという当てにもならぬものに、惹かれるのだろうか。そのような、愚にもつかぬことを考えてしまった。

 演物だしものが終わった後、まずミルディーが、次にシエラが、この占い師に運勢を見てもらったのだが、二人とも、至ってご満悦まんえつのようだった。何か、心弾むような、輝かしい未来でも、告げられたのだろうか。
 それで、自分には、どのような未来が告げられるのだろう。
 そんな疑念、そして期待も、ちらりと頭をかすめただけだった。肝要な点は、別のところにあった。
 ――こいつ、何で俺に興味を持ったんだ?
 フロイの占いを願い出たのは、何よりも、それを知りたかったからだ。
 着席するなり、ハシャルは、疑問を彼に率直にぶつけようと、口を開いた。
「あのさ、あんた――」
 言い終わらぬうちに、フロイがおごそかな口調で告げた。この場の神秘的な雰囲気の中で、その声は、少年とは思えぬ、大人びた色を帯びていた。
「さあ、あなたはわたしに、何を見ることをお望みですか? ……拝見しますところ、あなたは、恋にお悩みですね……」
 言い当てられ、ハシャルは、少なからず虚をかれた。そして、もう一つ、驚くべきことが行われていた。
 ――話をさえぎって、ごめんなさい。でも、盗み聞きされているかもしれないんだ。
 フロイは、ほっそりとした指を蝋燭の明かりの中に差し出して、指で文字をつづっていたのだ。
 ハシャルは、仰天しつつも、自分も指で文字を書いて返答した。同時に、口での会話も、続ける。
 ――わかった。じゃあ、このやり方でいこう。
「……よくわかったな。で、その……とりあえず、彼女に俺がどう思われてるか、知りたい……かな……」
 語尾は、弱々しくなった。こんなことは、わざわざ尋ねなくても、わかっていた。いや、もとより、占いなどに頼るつもりはなかった。けれども、ひとまず会話を成り立たせるために、口に上せた。
「そうですか。では、それを見てみましょう。しかし、これは……ちょっと難しい……」
 占いを続けるふりをしつつ、フロイは、指で文字を書き続けた。

 ――昨日の盗賊競技会を見たよ。すごかった。君は、とても腕のいい盗賊なんだね。
 ――ありがとう。それで、あんたは、俺に興味を持ったのかい?
 ハシャルも返事を紡ぐ。こうして、しばし、無音の会話が続いた。
 ――そうなんだ。というか、君がうらやましくて。
 ――俺が? どうして。
 ――君は、自由で、すばらしい能力と技を持っていて、それを自分の望むように活かすことができるけれど、僕にはそんな自由も、能力も技も、ない。
 ハシャルは、占い師の無言の叫びに、困惑した。
 ――あんたは、占い師として、けっこう繁盛してるんじゃないかい?
 天幕の前に順番待ちの列ができていたことから、ハシャルはそう推測した。しかしフロイは、首を横に振った。
 ――確かに、占いの評判は、けっこういいんだよ。でも、僕には、それを自由に活かすことはできない。
 ――どうして? あんたは、自分の意志でこの一座で働いているんじゃあ、ないのかい?
 ――違うよ。僕は、幼い頃、かどわかされたんだ。
 突然明かされた、フロイの深刻な過去に、ハシャルは数瞬、二の句が継げなかった。その間に、フロイは、せきが切れてほとばしる水のように、滔々とうとうと、語り続けた。
 ――僕は、南のジディア王国で生まれた。母は、自治区域の村の出身だった。父の名前は知らないけど、さる高貴な方だったらしいよ。父は、母を愛したんだけれど、そのことを、公にするわけにはいかなかった。僕を自分の子として認めることも、できなかった。それで、母が、女手一つで僕を育ててくれていたんだけれど、あるとき、たまたま、少し目を離していた隙に、賊が僕をさらった。そいつらが、僕をこの芸人一座に売ったんだ。僕には占いの力があった。それでこの芸人一座は、僕を、大枚はたいて買ったんだよ。それからは、僕は、一座の占い師をして、働くことになったんだ。買うのに大金を費やしたんだからって、ずっと、こき使われてるよ。

 ハシャルの瞳に、同情の色が浮かんだ。このミリスリィでは、人身売買は、法によって禁じられている。人が、その意志を顧みられることもなく、金銭で物のように売買される。世の中にはそういうこともあるのだと、知識として知ってはいたが、しかし、こうして実際に被害者を目の前にして、信じられない思いだった。
 動揺しつつも、ハシャルは、指を走らせた。
 ――だったら、攫われて売られたんだって、当局か神殿に訴えたらどうだい? この国では、人身売買は認められていないよ。だから、あんたを物のように売り買いすることは、誰にも、できないはずなんだ。あんたは、自由を取り戻せるよ。
 フロイはかぶりを振った。
 ――駄目だよ。僕が攫われて、売られたのは、ジディアでだよ。よその国で行われたことに対して、当局や神殿が干渉することはできないよ。
 ジディアは、ミリスリィ王国の南に領土を占める王国である。排他的な国ではあるが、国境を接する隣国であり、一部の領地とは交流もあるので、情勢等に関してのおおまかな情報は、このミリスリィ王国にも入ってくる。ハシャルも、ジディアのことを、多少は知っていた。そこで、尋ねた。
 ――たしか、ジディアでも、人身売買は禁じられてるんじゃなかったっけ?
 ――そうだけど、僕はジディアの民じゃない。自治区域の民なんだ。ジディアの法は、僕ら自治区域の民は、守ってくれないよ。
 ジディア王国には、ジディアの民の他に、自治区域の民と呼ばれる人々がいる。彼らは、ジディアの民とはそもそも異なる民族であり、ジディアの領主たちの保護下には入っていない。この自治区域の民は、ミリスリィ西部の広大な森林地帯、ハディの森に住まうハデト族と繋がりがあるのではないかと言われているが、真偽の程は定かではない。

 法に訴えるのは、見込みがない。となると、残る手段は、一つだ。
 ――じゃあ、いっそ、この一座から逃げ出して、自分の村に帰ったら……? お母さんが、今も心配して、あんたを捜してるんじゃないか?
 フロイは悲しげに目を伏せた。
 ――できないよ。
 ――どうして?
 ――無理なんだ。僕一人の力じゃ、逃げ切れないよ。前に、逃げようとしたことがあるけれど、捕まって、たっぷりおきゅうをすえられたよ。この一座の連中は、僕が金づるだから、手放したくないんだよ。
 ――カルヴェントっていったっけ、あの、座長のおじいさん、優しそうに見えるけど……。
 フロイは、とんでもない、という具合に、激しく首を振った。
 ――あの人は、恐ろしいよ。ファーガスは、すぐ暴力をふるって、嫌だけれど、座長は……底が知れなくて、怖いよ。
 どうやら、ハシャルがあの老人の双眸そうぼうを目にして抱いた感覚は、当たっていたらしい。
 そこまで語り、フロイは、そろそろ時間切れだと判断した。口を開く。
「……やっと見えてきた。彼女は、今のところ、あなたに好意は持っていても、それは、友情にとどまっています。あなたの恋路こいじは、当面は忍耐の時期が続きます。その後については、あなたの努力次第です」
 重い身の上話が続いた後、出てきた占いの結果が、これだった。ハシャルは、ひどい肩透かしを食らった気がした。最初、悩みを言い当てられたときには、思わず感心しただけに、失望も大きくなった。努力次第。そんなことは、言われるまでもない。当たり前のことではないか。こんな占いがありがたがられているとは、到底理解できないと思った。それでも、フロイは、きっとまじめに占ってくれたのだろう。そう考え、ハシャルは、礼を言って、ひとまずこの場を去ろうと、立ち上がった。
 そのとき、フロイが、遥か遠くを見るようなで、ハシャルをじっと凝視ぎょうしした。魂が、この世ならぬところを彷徨さきよっているかのようだった。
「――フロイ?」
 心配げに問うハシャルの声に、フロイは、はっと、我に返った。そして、ハシャルに言った。
「――君は、いずれ、運命の銀竜に会うよ」

続く


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