【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第一章 6
第一章 王都の邂逅
6 助ける方法は
「父さん。よその国で攫われて、売られちまって、今、ミリスリィで無理に働かされているような人を助ける方法って、何か、ないかなあ?」
家族が揃った夕食の席で、ハシャルは、だしぬけに父にそう尋ねた。
二階に設けられた、程よい広さの、床にモザイクで花の模様が描かれている心地よい居間で、ラサ家の一家は、木製の食卓を囲んでいた。一家の大黒柱であるハシャルの父、ハゼル。家庭を切り盛りする、しっかり者の母、ローナ。ハシャルの尊敬する兄、ロルド。ませた妹、シエラ。そして、ハシャルの、計五人である。
ハシャルの突拍子もない問いに、ハゼルは、子供たちによく似た顔に、驚きの色を浮かべた。が、詮索する前に、答えてくれた。
「それは、どこの国でそういうことになったのかにも、よるなあ。もしその国でも人身売買が禁じられているならば、そうした売買は無効であるわけだから、その不法な売買の証拠を示すことができれば、その人は自由になれるだろう」
さすがに父は、ミリスリィ盗賊組合の護衛部の幹部である。法や何かについても、詳しいのだ。
ミリスリィの盗賊組合は、他の国の盗賊組合とは、その構成、そして性質の点で、大きく異なっている。他国の盗賊組合が、すりや空き巣、さらに場合によっては、夜盗や追い剥ぎなど、一般に犯罪とされることを生業とする者も含めた、盗賊全般から構成される場合が多いのに対し、ミリスリィのそれは、基本的に冒険者盗賊からなる組織である。犯罪者は、加入することを認められていない。
冒険者盗賊とは、各地に点在する古代遺跡などを探索する際に必要な技術を身に付け、それを活かすことを生業とする者である。ミリスリィで盗賊といった場合は、普通、この冒険者盗賊を指す。ミリスリィ盗賊組合の構成員の大多数を占めるのが、この冒険者盗賊であり、組合の部門の内、冒険者盗賊が属する盗賊部が、最大の部門となっている。
しかし、他方、ミリスリィの盗賊組合は、裏では国家の諜報機関としての役割を果たしている。主としてその役割を担うのが、諜報部である。また、組合には護衛部という部門が設けられている。この護衛部に所属する者は、組合の盗賊を護衛するばかりでなく、ミリスリィの要人や、ミリスリィを訪れた異国の要人の護衛を行うなど、国から依頼される任務も請け負っている。いわば組合の護衛は、国家認定の職でもあるのだった。そうした点でも、ミリスリィの盗賊組合は、他国の組合と際立った相違を示す。
ハシャルは、問いを付け加えた。
「じゃあ、その国で、人身売買が禁じられていない場合は、どうすればいいの?」
「その場合は、難しいな。他国の政治や文化に、干渉するわけにはいかない。たとえ正しくないことだとしても、それをやめるようにと、他国に強制することはできない。だから、法的に救済措置をとることは、困難だな。もし、その人が酷く虐待されているとか、何か特別な事情があれば、当局が動くことも、あるだろうがね。でなければ、神殿に逃げ込んで、保護を求めるしか、ないだろう。つまり、聖職者になるってことだが」
フロイの言っていたとおり、駄目なのか。ハシャルは、唇を噛み締めた。聖職者になるという方法は、ハシャルも、思いついた。ミリスリィにおいて、聖職に就いた者は、神のものになったと見做される。神からは、何人たりとも、いかなるものであれ、奪うことは許されない。しかし、はたしてフロイは、それを望むだろうか。もし望むのであれば、とうに逃げ出して、聖職者になっていたのではないか。
いつになく思い迷うような表情を見せるハシャルに、ハゼルは、穏やかな声で尋ねた。
「ハシャル、どうしたんだ? 誰か、そうした人を、助けたいと思っているのかい」
しばし逡巡してから、ハシャルは、ちらりと打ち明けた。
「……うん。ちょっと、気の毒に思った人がいて」
「その人は、何か酷い目に遭っているのかい」
「いや、詳しいことはわからないよ。少し話しただけだから」
一度言葉を切って、続ける。
「でも、その人は、自由がなくて、悲しそうだった」
一同に、重い沈黙が降りた。歓談の場であるべき食卓でこのような話題を持ち出してしまったことに、ハシャルは、臍を噛んだ。
やや間があり、気詰まりな空気を、少女の声が破った。
「ねえ、父さん。こういう問題は、お金で解決することって、できないの? その人を買った人に、それなりのお金を払えば、放してもらえるんじゃないかな」
すぐに大人ぶる、小生意気なシエラであるが、根は優しいのだ。それにしても、お金の話を持ち出すとは、現実主義でしっかり者の、彼女らしい。
父は、静かに頭を振り、優しく諭した。
「確かに、相応のお金を受け取れば、その人を買った人は、満足するかもしれない。けれども、考えてごらん。そうした行為をすれば、それは即ち、その人の自由を、お金で売り買いすることになる。人身売買を認め、自ら行ってしまうことになるんだ。もちろん、こうした行為は、違法だし、何より、道徳に悖ることなんだよ」
シエラは、残念そうに呟いた。
「そうか……そうだよね……」
ハシャルは、なおも諦めきれずに、食い下がった。
「じゃあ、そういう不幸な人には、助かる術がないってこと? それじゃあ、あんまりだよ」
父は、嘆息した。
「その人に聖職者になる意志があるのでなければ、難しい。でなければ、その人が、何らかの酷い扱いを受けていることをはっきりと証明できない限りは、無理だ」
「でも……」
しつこく問うハシャルを、母が窘めた。
「これ、ハシャル。お父さんを困らせるんじゃないよ。さあ、みんなも、深刻な話はこの辺にして、せっかくの料理が冷める前に、食べておくれ」
これから夏祭だというので、卓には、常よりも手の込んだ、豪華な料理の数々が並べられている。鶏肉のロースト、川魚の揚げ物にさっぱりとしたソースをかけたもの、肉と野菜を詰めた熱々のパイ、新鮮な野菜がふんだんに盛られたサラダ、焼きたての香ばしい白パン、こくのあるバターにとろりとしたクリーム。両親、そして兄には、ミリスリィが誇る麦酒、ハシャルとシエラには、果実水。母の愛情のこもった、おいしいご馳走を、無駄にする手はない。
――よし、まずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできねえぞ。
ハシャルは気持を切り替えて、料理に舌鼓を打った。このとき、彼の脳裏には既に、ある計画が描き出されていたのだ。
兄、ロルドは、ハシャルの様子に何か不審なものを感じたように、微かに眉根を寄せたが、さりげなくハシャルを観察しただけで、何も問い質そうとはしなかった。
夕食が済むと、ロルドは、仕事の打ち合わせのため、盗賊組合の館へと向かった。今夜は遅くなるので、そちらに泊まるとのことだった。それは、ハシャルにとって、思いがけぬ幸運だった。兄がいると、夜中にこっそり家を抜け出すことは、困難になる。やはり、兄が留守の今夜、決行するのがよいだろう。ハシャルは、意を固めた。
続く
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