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【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第三章 9

第三章 赤目の盗賊

9 深まる謎

 ヴィンセントとミルダンが去った後、ハゼルとシオンは、部屋に残り、少し話し合った。
「ハゼル、ルーレオ殿のことで、何かわかったことはありましたか?」
 シオンの娘、ディアネに付きまとっている若者、魔法使い組合の幹部であるルーレオについて、シオンから相談を受けたハゼルは、彼のことをひそかに調査していたのだった。
 シオンの問いに、ハゼルはかぶりを振った。
「いえ、それが、さっぱり……。確かに、あの男は、今回の件を、やたらとぎ回っています。盗賊組合にまで、情報収集に来ましたからね。表向きは組合の用事とのことでしたが、それが単なる口実だということは、見え透いています。けれども、それ以外には、不審な点は見つかっていません。もしあの男が連中の仲間なのだとしたら、実に巧妙に振る舞っていますよ」
 盗賊組合にまで足を運んで調べようとするとは、いくらディアネに恋焦こいこがれているからとて、いささか度を越している。しかし、それ以外には何も怪しい点がないとすると、やはり、単にディアネへの恋慕の情に駆り立てられているだけなのだろうか。

 と、不意に、部屋の扉が機械的なリズムで叩かれた。いぶかしげにまゆをひそめながらも、二人は、入室を促した。すると、形式ばった礼をして、一人の若者が入って来た。中背で白皙はくせきの、面長な若者。そのはしばみ色の瞳は何の感情も映さず、ひどく無機的だった。
 シオンもハゼルも、仰天ぎょうてんした。それも、無理はない。突如、話題の当人であるルーレオが現れたのだ。しかし二人とも、一瞬瞳に驚愕きょうがくぎらせただけで、平静を保った。シオンが、穏やかに尋ねる。
「ルーレオ殿。どうしたのだね?」
 ルーレオは平板な、しかし幾分非難のにじむ声で言った。
「シオンきょう、ハゼル殿。こちらにおいでだとうかがいまして、参りました。ハシャル殿たちに関わる事件の重要な容疑者に、逃げられてしまいましたね」
 ハゼルとシオンは、眉根を寄せた。なんと情報の早いことだろう。余程注意深く、彼はこの件について、調べているに違いない。そのことが、図らずも証明された。
「ええ、残念ながら。ですが、盗賊組合と当局、それに神殿で調査を行っておりますので、どうぞお気遣きづかいなさらず」
 シオンの言葉にも、ルーレオは引き下がらなかった。
「だから申し上げたのです。わたしもご協力すると。先程、わたしは、問題のシュティンク座の座長、カルヴェントがいたという天幕を、見てきたのです。明らかに、魔法を使った痕跡こんせきがありました。魔法で姿を見えなくし、気配、音を消して、ひそかに抜け出したものと思われます。わたしが協力していれば、あの男の逃亡を防げたのに、まことに口惜しくてなりません。どうか、今後は、ご遠慮なさらず、わたしに協力させてくださいますよう」
 一呼吸おき、言う。
「それに、得体の知れない秘石魔法の使い手が、ハシャル殿と一緒にいるとか」
 そこでルーレオは、わずかに眉をひそめた。が、それは、一瞬だった。
「魔法使い組合に、そうした者に心当たりがある者がいないかどうか、調べてみましょう。何かわかりましたら、お知らせ致しますので。では、失礼致します」
 抑揚よくようのない声で一息に話すと、ルーレオは、やはり形式ばったお辞儀をして、さっさと退室してしまった。

 しばし、シオンとハゼルは、ルーレオの去った後を見て、呆然としていた。ようやく気を取り直し、シオンは言葉を紡いだ。
「……何なのでしょう、あの男は?」
 ハゼルはうなった。
「なんだか、ますますわからなくなってきましたね……」
 本当にディアネを掌中にしたいがゆえに、嗅ぎ回っているのだろうか。それとも、ハゼルらが彼を疑い、彼について探っていることに気付き、疑念の矛先ほこさきを鈍らせようと、このように二人に協力するふりをしたのか。
 考えるうちに、ふと二人は、疑念を抱いた。ルーレオは、ハシャルらが一緒にいる男を、秘石魔法の使い手だと言った。その男が魔法使いであるらしいということは、広く知らせてあった。けれども、彼が秘石魔法を用いるということは、この件に関わっている者以外には、伏せてあった。真正の秘石は、貴重品である。カルヴェントらのことだけで既に充分厄介なのに、この上彼の持つ秘石を狙うやからが現れでもしたら、困るからだ。それなのに、何故なにゆえ、ルーレオは、知ったのだろう。どこかで情報が漏れたのだろうか。それにルーレオは、秘石魔法の使い手のことを口にした際、眉をひそめた。ルーレオは、ハシャルらと共にいるその男に、心当たりがあるのか。とすると、ルーレオもその男も、ともにカルヴェントらの一味か。そうだとすれば、由々しいことだ。だが、確証は何もない。
 そっと息を吐いて、シオンは言った。
「ともかく、もうしばらく、用心して様子を見るしかありませんね」
「ええ。引き続き、調査しますよ」
 快く承知したハゼルに、シオンは深い謝意を込めて、礼を述べた。
「ありがとう、ハゼル」
「いいえ、子供たちのためですから」
 もしルーレオがカルヴェントらの一味であるならば、ハシャルらを無事に連れ戻すための有力な手がかりとなるかもしれない。それに、息子、ロルドの思いを、ハゼルは、察していた。
 厳格な顔に、ふっと、柔和にゅうわな笑みを、シオンは浮かべた。
「そうですな」

続く


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