【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第三章 8
第三章 赤目の盗賊
8 失踪後
第五の月第三の週五日。この日の朝、事情聴取のために当局に訪れることになっていたカルヴェントは、定刻を過ぎても、一向に姿を現さなかった。不審に思った役人がシュティンク座に兵士と神官を送り、調べさせたところ、カルヴェントは、忽然と姿を消していた。
事情聴取に同席するために王都公安庁の庁舎に集まっていたハゼル、ヴィンセント、ミルダン、それにシオンの、アルタ通りの四家の父親たちは、その報を受け、驚き、かつ呆れ、また、感心したのだった。
四人は、庁舎の会談用の一室で、話し合った。
「役所の連中は、何をやってるのかねえ。重要な、今回の事件の鍵となる人物を、こうも簡単に逃がしちまうとは。職務怠慢じゃないのか?」
エーヴィンの父、ヴィンセントが役所をこき下ろした。ハシャルの父、ハゼルが、苦笑して頭を振った。
「いや、ヴィンセント、役所を責めるのは、気の毒なのではないかな。役所が配した見張りが、任務を疎かにしたとは、言えないよ。ただ、彼らが見張るよう命じられた相手が、悪すぎたんだ。それが証拠に、我らが盗賊組合でさえ、あの男の逃亡には、今の今まで、気付かなかったのさ」
フロイの失踪の件の調査を進めるうちに、シュティンク座を巡り、様々な芳しくない噂や評判が明らかになっていた。やはり、一座に関わった者が姿を消した事件は、実際に幾度か起こっていたようだ。そのため、王都公安庁は、カルヴェントに、密かに見張りをつけていた。それとは別に、盗賊組合でも、優れた盗賊を数人、見張りに配していた。皆、実力のある者ばかりだった。それに加えて、組合で雇っている魔法使いも、一人、配されていた。その彼らの目すら欺いたとなれば、都市の見張りは、察知できなくて当然だ。
思慮深げに、ディオンの父、シオンが考えを述べた。
「カルヴェントは、前にローナさんが示唆したように、魔法を使ったのではないでしょうか。彼は、魔法使いなのでは? 見張りの魔法使いにすら気付かれなかったとすると、相当の術者であると思われます」
ミルディーの父、ミルダンが頷いた。
「それが、一番考えられることですな。そうであれば、こうも鮮やかに姿を消したことにも、納得できる」
ヴィンセントは、眉間に深く皺を刻んだ。
「確かにな。あいつは、遠くの仲間と連絡を取り合っているようだったが、鳥を使っているのでもない。人を使ったのでは、伝達に時間がかかる。やっぱり、魔法を使ってたんだろうな」
盗賊組合でも、急を要する連絡については、魔法に頼ることが多い。王都の本部ではもちろん、主要な都市の支部でも、そういった連絡のために、また、他の、魔法を必要とする場合に備えて、常に数人の魔法使いが雇われている。後は、伝書用の鳥を利用したり、ストラクティスの乗り手を動員したりする。
ハゼルが言った。
「これで、奴が当局に行ったフロイの告発は、無効になる。しかし、奴は、フロイを追うことを、やめるだろうか?」
カルヴェントの放った部下、ファーガスが現在、ロルドとディオンと共に、フロイを追っている。彼は、どうするのだろう。
シオンは、難しい顔をした。
「わたしは、やめるとは思いません。あの男は、是が非でもフロイを取り戻したいと考えているように、わたしには感じられました。たとえ一座を捨てたとしても、フロイのことを放棄するとは、思えません。それに、あの男の仲間のこともある」
そうだ。カルヴェントの仲間たちは、いかなる組織、集団なのか、その全貌は、闇に包まれている。だが、いずれにせよ、彼らは、フロイを狙っている。たとえカルヴェントが窮地に追い込まれようと、彼の仲間がまだ残っている。そして、もう一つ、気にかかることがあった。
ヴィンセントが己の疑念を口にした。
「今、ハシャルたちと一緒にいるという男……ハシャルたちを助けたという男は、何者なんだ? カルヴェントが蒸発しちまったことで、そいつには、何か影響するんだろうか?」
その点については、誰も、明確な答えを提示し得なかった。その男は、真実、善意からフロイを助けたのか。それとも、一枚岩ではなく、仲間内でも争っているらしい、カルヴェントらの一味で、フロイを狙っているのか。はたまた、カルヴェントらとは無関係の、何か別の企みを持つ第三者か。
エーヴィンとミルディーは、フロイらと別れ、ギルラトの町で保護された。しかし、ハシャルはまだ、フロイと共に、その正体不明の男と行を共にしている。その彼らを、ロルドとディオンが追っている。二人とも、相当の手練だ。そして、盗賊組合でも、ギルラトの町から、追手を繰り出した。だが、フロイらは追手を巻こうと様々な手段を講じているであろうし、他方、それを追跡しているロルドらとしても、後を追っている組合の者のためであれ、下手に痕跡を残すことはできまい。そうすると、他の、歓迎されざる追手に対しても、手がかりを与えてしまうことになりかねないからだ。
フロイらと共にいる謎の男は、秘石魔法の使い手だという。もしその男が敵であり、その男と戦わねばならなくなったならば、たとえ手練のロルドとディオンといえど、苦戦することになるのではないか。
「まったく、とんでもないことに首を突っ込んでくれたものだな、ハシャルたちは」
思わず言葉が、ハゼルの口を突いて出た。シオンが、静かに言った。
「とはいえ、そのお蔭で、連中の悪事が明るみに出ました。後は、皆が無事に帰ってくることを祈りましょう」
シオンとて、末子のディオンのことを案じ、内心、気が気でない筈だった。それでも落ち着いて振る舞う彼に、皆は、尊敬の念を新たにした。
自分の子供は既に保護され、安全であるヴィンセントとミルダンも、口々に言った。
「大丈夫さ。ロルドもディオンも、優秀なんだから。ハシャルだって、悪運が強いんだし」
「ヴィンセントの言うとおりですよ。三人は、きっとうまくやりますよ」
とにかく今は、二人の若者の力と、一人の少年の強運を信じて、自分たちにできる限りのことをやり、待つしかない。
暗澹たる思いを振り払うように、ハゼルは大きく息を吸い、吐き出した。親が子供を信じないで、どうする。二人とも、自慢の息子じゃないか。そう、己を叱咤する。力強く、ハゼルは言った。
「そうだな。わたしたちも、最善を尽くして、皆が戻ってくるのを迎える準備をしておこう」
カルヴェントの一座についても、さらに調査しなければならない。連中の仲間とおぼしき者たちについても、同様だ。もちろん、ハシャルらの行方も追わねばならない。フロイの扱いについても、検討せねばならない。様々な方面に、連絡を取らねばならない。やるべきことは、山積している。それを一つ一つ着実にこなしながら、戻ってくる子供たちを迎える準備を、万端整えておくのだ。
続く
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