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【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第二章 7

第二章 真夏の逃避行

7 心配事は多かれど

 ストラクティスで南へと飛びながら、ロルドとディオンは、しばし沈黙していた。心地よい上空の風を総身に受けながらも、二人とも、じっとりと重く垂れ込める霧に閉ざされたかのように、不快な思いを味わっていた。ディアネとの穏やかな別れが、一人の男によって台無しにされてしまったのだ。実に腹立たしかった。ルーレオは、いくら情を欠いているとはいえ、愚鈍ではない。ディアネの想いが自分に向いてはいないことに、そして彼女の想いが向かう先に、気付いているはずだ。それにもかかわらず、彼は、ディアネに付きまとうことをやめない。ロルドがいても、その存在を、歯牙にもかけない。
 ようやく、ディオンが口を開いた。
「まったく、ルーレオ殿には、困ったものですね」
 ロルドはうなずいた。
「あまりぞんざいに扱うわけにもいかないから、なおのこと厄介だ。けれども、ディアネ様は、うまく対処されるだろう」
「ええ、姉は、しっかりしていますからね。それにしても、ミリスリィの魔法使いたちが、ジディアの魔法使いほどの力を擁していなくて、よかった」
 隣国ジディアは、魔法使いが王侯、貴族として、統治する国である。
 もしミリスリィの魔法使い組合が、ジディアの魔法使いたちのように政権を握るほどの権力を有したならば、ルーレオはより高圧的な態度に出ていただろう。しかし、ミリスリィの魔法使い組合は、実際は、それほど大きな権力は握っていない。むしろ盗賊組合の権力の方が、遥かに強大である。そして、政権を握っているのは、魔法使いではなく、聖職者である。

 ジディアの魔法使いのことに考えが及び、ロルドは、昨年の秋に、ジディアの魔法戦士団領で会った一人の少年のことを思い出した。ミリスリィ聖騎士団とジディア魔法戦士団の合同訓練に、ディオンと共に同行した際に、会ったのだった。
「弟たちは、ジディアへと向かっているようだが……。今、ジディアは、王位継承の問題を巡って、貴族たちが二派に分かれて対立し、緊迫した状況だというな。あの方――シェイス様は、どうされているだろう」
 ディオンも、ロルドの言った少年のことを思い起こした。青みを帯びた銀の髪に深い青の瞳の、たいそう美しい少年。優秀なだけに、生意気そうなところもあったが、その実、真っ直ぐで努力家の少年。出会ったとき、彼は、ひどい呪いを受けていた。それで、ディオンが彼を助けたのだった。
 その少年、シェイスは、対立する貴族たちの一方、第一王子派の領袖りょうしゅう、ラルティウス公ガイウスの孫にあたる。もし内紛が生じたならば、いや、生じずとも、この緊迫の中、何らかの危害が及ばぬとも限らない。
 それに加えて、彼には、何者かによって狙われている節があった。過日、ディオンが解いた、彼にかけられていた呪いは、対象が特殊で、通常は誰も興味を示さないようなものだった。そのような魔法を、彼を苦しめるためにわざわざ調べ、用いてくる者がいる。それは、尋常じんじょうならざることだった。その背景には、何か、闇よりも暗い、邪悪極まりない意図が、働いているのではないか。
 ディオンも、彼のことは、ずっと気になっていた。
「お元気でいらっしゃるといいのですけれどね。実は、しばらく前に、あの方のご友人、フォドルス殿の頼みで、呪いから身を守る護符をお送りしたんですよ。シェイス殿への贈り物になさるおつもりだそうです。それが、あの方を守ってくれればよいのですが」
「そうだな」
 言ってロルドは、遥か前方、南、ジディアの方角へと、視線を向けた。そちらの方角に、かの銀髪の少年がいる。そして、弟たちが、向かっている。

 手のかかる弟と、その幼馴染おさななじみの少年と少女。悪い虫が付きまとっている、想い人。そして、かの銀髪の少年。ロルドも、心配事が多くて、大変なことだ。友人の横顔を見て、ディオンはそう思った。
 ロルドがジディアの銀髪の少年、シェイスに一方ひとかたならぬ関心を抱き、その身をこれほど案じるのには、理由があった。その少年と父親を、ロルドの父ハゼルが、かつて護衛し、ミリスリィからジディアへと逃がしたのである。もっとも、そのとき、シェイスは、まだ赤子だった。
 考えているうちに、ふと自分も、ロルドと同じくらい心配事を抱え込んでいることに気付き、ディオンは苦笑した。こうして、ロルドのことまで気にかけているありさまだ。
 心配事はいろいろある。しかし、まずは、ハシャルたちのことだ。早く、ファーガスを見つけねばならない。ディオンは、傾いてきている陽光の下、眼下のうねる平原に視線を向けた。

続く


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