【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第二章 9
第二章 真夏の逃避行
9 フロイの密かな決意
四人は、近くの町へと急いだ。なんとか閉門に間に合い、入ることができた。ストラクティスを騎獣舎に預け、門の衛兵に、落ち着いた雰囲気の、主に巡礼者が使用する宿屋を教えてもらい、そこに部屋をとった。寝台が三つに、長椅子が一脚ある部屋だった。
部屋の鍵をかけ、さらに用心のため、扉の前に椅子や卓をおき、すぐには開けられないようにする。そして、ハシャルは小剣を、エーヴィンとミルディーは長剣を傍らに、ハシャルは長椅子に、エーヴィンとミルディーは寝台に、横になった。フロイも寝台に身を横たえる。
寝台が三つに長椅子が一脚、ということで、誰が長椅子に寝るか、悶着が起きるのではないかと、フロイは危惧した。が、予測は外れ、あっさりと、振り分けられた。ハシャルが長椅子だった。疲れ切った、年少のフロイを長椅子で寝ませるわけにはいかない。ミルディーに長椅子を使わせるなんて、論外だ。その点で、ハシャルとエーヴィンは、すんなりと合意した。ミルディーは、自分が長椅子でもいいと主張したが、二人は無視した。フロイが、自分が一番小柄だからと、長椅子で寝ると申し出ても、三人は、一蹴してしまった。それから、エーヴィンは、自分は一人二役をこなしていると、言い張った。するとハシャルが、肩を竦めて、エーヴィンの方が背が高いからと、寝台を譲ってしまったのだ。
なんというお人好しだろう。
寝台の上で上体を起こし、フロイは、ほのかな常夜灯の明かりを頼りに、ハシャルの方を見やった。
ミルディーとエーヴィンに対しては、夜明け前頃にあの場所に来るように、布石を敷いてあった。けれども、ハシャルに対しては、そのようなことは、していない。ただ、彼の関心を引くようにして、それから自分の境遇を語っただけだ。それだけで、この少年の同情を得るには充分だろう。そう直感したからだ。その直感は、正しかった。この少年は、直ちに行動を起こしてくれた。結果、フロイは今、シュティンク座から逃れ、遥か南の、この町にいる。ジディアに、近付いている。
喜んでよい筈だった。しかし、胸の底に、じりじりと炙られるような疼きがあった。
こんなに親切で、お人好しな人を騙してしまって、よいものだろうか。
ハシャルは、フロイの話を、つゆほども疑っていない。一生懸命、フロイを助けようとしてくれる。そして、他の二人も、フロイを見捨てようとはしなかった。夜明け前、空家で再会したときに、フロイについて、少なからぬ疑念を抱いたに違いないのだが。
そうした人々を欺き、利用しているということに、フロイは、身を焦がすような罪悪感を覚えた。固めた決意が、萎えそうになる。
フロイは、首を強く横に振った。欺かれているのは、自分の方かもしれない。心中、己に言い聞かせる。たとえいい人に見えたとしても、本当にそうであるとは、限らない。それに、本当のことを打ち明けたならば、途端に怖じ気づいて、掌を返したように、フロイを見捨てるかもしれない。だから、簡単に信用するわけにはいかない。いや、自分には、人を本当に信じることなど、できはしない。
忘れられなかった。フロイは、かつて最も信頼していた人に、裏切られたのだ。
そのときのことを思い出し、目の奥が熱くなった。零れそうになった涙を、乱暴に拭う。
懐から、首飾りを取り出す。花を象った銀細工に、花びらのように、赤と黄の宝石が鏤められた首飾り。中央に、僅かに黄色がかった透明な丸い宝石が座し、神秘的な深い輝きを湛えている。ハシャルに、座長の許から盗み出してもらったものだった。
今夜、足跡を残してしまう危険を冒してまでも、町の宿屋に泊まることを望んだのは、何も疲れて身体が痛いからではなかった。もちろん、快適な宿の寝台の方が、固い地面よりもありがたい。しかし、眼目は、むしろ、この首飾りを守ることだった。野宿をして、夜盗などに襲われたら、この首飾りは奪われてしまう。ミルディーとエーヴィンはそれなりに腕が立つようだが、多人数の夜盗を敵に回したならば、どこまで抵抗できるものか。
――これを持って、ジディアに行くんだ……必ず! そして、あいつらの悪事を、挫いてやるんだ。
首飾りを握り締め、その決意を、改めて胸に刻んだ。
続く
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