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【小説】〈隻翼の竜の書〉赤目の盗賊 第二章 11

第二章 真夏の逃避行

11 護衛としては役立たず

 空が溶かした蜜のような黄金色に染まり、次第に赤みを帯び、そして紫、あいへと色を変えていく中、それぞれ一人ずつ乗り手を乗せたストラクティスが四羽、ミリスリィ王国の南の境、ジディア王国との国境へと近付いていた。四人の乗り手の眼前には、雲くように高い山々が、重なり合う低い山々や丘の背後に、目路めじの限り、東西に重畳ちょうじょうと連なっていた。白き衣まとう大地の貴婦人とたたえられる、ケリス山脈だ。高度四千メートルにも及ぶ山々をいただく山脈で、その頂上付近は、真夏であっても、まばゆい白雪を纏っている。その頂の白き衣は、今、そのひだを、残照と夜の闇の狭間はざまで、えもいわれぬ紫色に染めていた。そのふもとの谷間に、小さな町が見えた。四人は、その町へと、ストラクティスを降下させた。日没前に、町に入らねばならなかった。

 山麓さんろくの町、ジュナに入る手続きを駆け足で終え、山越えの道を利用する旅人や商人向けのこぢんまりとした宿に落ち着く頃には、すっかり日も暮れていた。ストラクティスは、その宿が管理する宿泊客向けの騎獣舎に預けた。この日も、わずかな休息を入れるのみで、ずっとストラクティスを飛ばし続けた。さしものミルディーでさえ疲労困憊こんぱいした様子だった。フロイは、立っているのがやっとのありさま。エーヴィンは意地を張って、平気なふりをしているが、実際は、すぐにも寝台に横になりたいところだった。ハシャルも、気を抜いたら最後、場所を構わずへなへなとくずおれ、眠り込んでしまいそうだった。
 けれども、辛い思いをしただけの成果はあった。そう、ハシャルは考えていた。王都ミリィスから遥かに隔たったこの町に、二日で辿たどり着いたのだ。後は山脈を越えて、ジディアに入るのみ。この分だと、追手の姿は一度も見ることなく、すんなりと逃亡できそうだった。

 しかし、用心するに越したことはない。一行が借りた部屋に落ち着くと、ハシャルは、夕食を食堂でではなく、自分たちの部屋に運んでとるべきだと主張した。だが、エーヴィンが難色を示した。
「あのなあ、ハシャル。そこまで気を遣う必要は、ないだろ。追手の気配なんて、道中、これっぽっちも感じなかったぜ」
「けれども、フロイの話では、南の方にも一座の仲間がいるってことだった。やっぱり、用心しないと」
 フロイが、控え目にこくりとうなずいた。エーヴィンは、呆れたように嘆息した。
「何言ってんだよ。もしものときのために、俺たちがいるんだから、そう神経質になることも、ないさ。そんなに心配なら、お前たちは部屋で食事しろよ。俺は、階下したで食べてくる。でもって、ついでに、山越えの道とか、この辺のことの情報でも、仕入れてくるよ。ミルディー、お前は、俺と一緒に、来ないか?」
 言ってミルディーに、手を差し延べる。階下の食堂からは、ささやかではあるが楽しげな、旅芸人たちの歌や踊りの音楽、それに客たちの笑いさざめく声が聞こえてくる。それらに心かれた様子ではあったが、しかしミルディーは、かぶりを振った。
「ううん、いいよ。あたしは、フロイの側にいるから。あんたは、行っておいでよ」
 瞳に失望の色を浮かべ、エーヴィンは、行き場をくした手を引っ込めた。律儀りちぎなミルディーは、飽くまでも、守るべきフロイを、一人にはしないつもりなのだ。
「そうか。じゃあ、後で俺と交代しないか? 俺がフロイを守っている間、お前はちょっと休むといい」
 ミルディーは、にっこりと笑った。
「ありがとう。じゃ、そうするね」

 エーヴィンにも、いいところがあるものだ。ハシャルは、ちょっと感心した。が、それは、早過ぎた。
「ハシャル、お前、ぼーっとしてないで、情報収集でもしてきたらどうだ? お前は護衛の役には立たないんだからな。まあ、見つかるのが怖けりゃ、宿にこもってるのも、仕方ないけどな」
 そのエーヴィンの言葉に、一瞬にして、ハシャルの感心は霧散した。怒りで、ほおに血が上った。
「エーヴィン、てめえ……!」
 いきり立つハシャルを、ミルディーがなだめた。そして、エーヴィンをたしなめる。
「ちょっと、エーヴィン、あんた、言い過ぎよ」
 エーヴィンは肩をすくめて、ハシャルには取り合わず、さっときびすを返すや、部屋を出て、階段を下りていってしまった。
 ややあって、ハシャルは、荒い息を吐いた。それから、ミルディーとフロイが止めようとするのを軽く振り払って、扉へと向かう。二人が余計な心配をすることがないように、出て行きしな、肩越しに、告げる。
「ちょっと町の中を見てくるよ。何か、役に立つ情報があるかもしれないし」
 声がやや刺々とげとげしくなるのを、抑えきれない。
 ミルディーは、双眸そうぼうに心配の色をたたえながら、少々傷ついたような声で、言った。
「……そう。気をつけてね」
 何か言い返そうとして、ハシャルは口を開きかけたが、しかしそのままもう一度閉ざし、もはや振り返らず、部屋を出た。

続く


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