相撲軍団あらわる
大相撲九州場所が開幕しました。
ちょっと引っかかる春日山部屋問題が残っていますが、それでも相撲はつづいています。14名にのぼる力士が休場あつかいになったまま。なんとかいい方向へ進むことを願います。
で、そんなさなかにふと妄想したのが、じゃあ万が一の場合、彼らがまとまって再就職できる先はどこかにないだろうかということ。
そこで思いついたのが、プロレス。彼らが「旧・春日山軍団」として、プロレス界に殴り込むのはどうでしょう。
いやいや、無理ですよ、そんなこと。そんな簡単にプロレスで通用するわけではないですし、そうなればよりスキャンダラスに取り上げられてしまうでしょうから。でもストーリー性抜群の背景だけに、どうですか、同じく川崎が地元のHEAT UP!あたりででも……と妄想だけしてみました。
ご存知のように、元・力士のプロレスラーは、古今に多数おります。
日本のプロレスの父・力道山にしてからが元・関脇ですし、東富士、輪島、双羽黒(北尾)、曙ら元・横綱のプロレスラーもいますよね。そして、ミスター・プロレスの異名を持って去年引退した天龍源一郎も、もちろん元・力士です。日本だけではなく海外でブレイクしたトンガ力士の例もあります。
なかでも、相撲色を前面に出した異色の存在が、1994年にWARに出現した「相撲軍団」です。
そもそもは、天龍源一郎率いるWARのリングに現われたユニット。いや当時としてはなかなかに特徴のあるユニットで、ちょっとしたセンセーションを巻き起こしました。
天龍自身が大相撲出身なので「相撲軍団」だと思いきや、これ、エースの天龍に対立するヒールユニットとして誕生したのです。
ということで、WARのリングに突如として現われたのが、いわく「史上初の覆面力士」
その名も「嵐」
いまではジャニーズ方面から抹殺されること間違いなしのネーミングですが、あちらより5年も早いんだから、もちろんそんな事態にはならなかったですね。よかったよかった。
190センチ、150キロ以上の巨体、田吾作タイツに締め込み(腹囲だけ)裸足というスタイルはまさに「力士」っぽく、それとマスクの取り合わせは超新鮮。とにかくインパクトがあり、東京スポーツ紙の一面をドーンと占拠しました。
そういう意味では大成功したギミックと言えましょう。
その正体は、かつて大相撲の花篭部屋に所属し、最高位十両東9枚目まで進んだホンモノの元・力士。日本大学在学中に学生横綱を獲得してプロ入りしたのですが、先輩の輪島のように大成はなりませんでした。本名は小谷一美といい、力士時代の四股名は花嵐。大学の先輩で師匠だった輪島が不祥事で親方廃業に追い込まれた1985年末に、一緒に角界を去っていました。
それが10年近くたってからリングに舞い降りたのは、大学と大相撲では輪島の後輩、プロレスでは先輩だった、やはり元・力士プロレスラーだった石川敬士の引きだったとか。石川は当然ながら小谷=花嵐の先輩でもあるのです。
華々しく登場した「嵐」でしたが、やはりその外見に比してプロレスの実力はいまひとつ。だが、仕掛人の石川はさらに手を打ちます。
それ以前にヒットしていた新日本プロレスのストロングマシーン軍団に想を得たのでしょう、メンバーを増殖させたのです。
たしか両国国技館でのビッグマッチだったと記憶しますが、「嵐」のセコンドに、さらに大型の力士レスラーが登場したのです。おまけに今度は覆面ではなく、顔面にペイントを施した、これまたインパクト充分な「史上初のペイント力士」
その正体はやはり元・力士で、こちらは最高位・西前頭15枚目まで進んだ、堂々の元・幕内力士(1場所だけだけど) 1994年1月場所を最後に廃業していて、現役時代の四股名は太刀光。
史上初のペイント力士はその名も「大和」を名乗りました。こちらは顔がわかったのと、曲がりなりにも幕内経験のある力士だったので、正体はすぐわかったけど。
「大和」も評判になり、味をしめた「相撲軍団」はさらなる増殖を試みます。
またしても東京スポーツの一面に登場した第3の力士レスラーは、またも覆面で、その名も「武蔵」でした。うーん、早くもオリジナリティが底をついたのでしょうか?
おまけに、この「武蔵」はけっきょくちゃんと試合はしないままでした。実際に姿を現わしたかどうかも定かでなし。ですが、すぐに4番手の「刃」が登場します。
やはり覆面の、でもこちらは力士らしからぬ細身。フライングニールキックなどの打撃技を使うなど、元・力士でないのは明らかで、早くも「相撲軍団」というコンセプトが揺らいでしまったようです(締め込みタイツは踏襲していたように記憶してますが)
「刃」の正体は、W★INGでデビューし、邪道&外道の子分だった非道(高山秀男) 相撲経験のない、純粋なプロレスラーでした。なんで彼が「相撲軍団」に抜擢されたのかは、謎です。
このへんが限界だった気がしますが、それとはぜんぜん別の事情で、「相撲軍団」はあっけなく消滅しました。
仕掛け人だった石川敬士がWARを退団して、新団体の東京プロレスへと転身したので、おもだった軍団員もそれに従ったのです。東京プロレスでは相撲ギミックは使われず、けっきょく「相撲軍団」は、わずか半年ほどでその幕を閉じたのであります。こうしてあらためて振り返ると、短命ユニットだったんですね。
では、その後の「相撲軍団」構成員の足取りをたどってみましょう。
「嵐」は東京プロレス参戦後はダンク・タニと名乗り、さらに1995年からグレート・カブキとタッグを組んだのをきっかけに大黒坊弁慶と改名。IWAジャパンや大日本プロレスでも主力として活躍しましたが、惜しくも2014年に引退しました。現在は大日本プロレスのスタッフだとか。
ちなみに、現在も現役の「嵐」は二代目。やはり元力士で、現役時代は十両まで昇進した卓越山。1986年の廃業後にプロレスに転向、全日本プロレスでは高木功のリングネームで活躍し、天龍に従ってSWSへ転じた後は、PWC、SPWFなどを渡り歩きました。WAR参戦時に二代目の「嵐」を襲名。二代目だけど、相撲でもプロレスでも、初代より先輩なのが可笑しい。
「大和」は、WARだけでなく、大日本プロレスやSPWFなどで活躍したあと、2000年にはPRIDEに参戦。次いでDEEPなどの総合格闘技団体へ進出しました。
現在はリングからは退いていますが、実の息子が2008年に阿武松部屋から大相撲入りし、阿光の四股名を名乗っています。この九州場所の番付は東三段目63枚目。出世して父の四股名・太刀光を継げるようになる(由緒ある四股名です)まで、頑張ってもらいたいものです。
「大和」というネーミングはその後も、現役のYAMATO(ドラゴンゲート)や大和ヒロシ(レッスル1)らが名乗っていますが、彼らは相撲とは関係ないですね。
「武蔵」の正体は、今日に至るまで不明のまま。
そして「刃」は、BADBOY非道を名乗り、FMW、大日本、WEW、ZERO-ONEなどインディマットで戦いつづけ、内臓疾患で欠場するなどブランクも大きかったですが、FFFプロレスリングなどで、現在も現役です。
ただ、アイドル人気レスラーだった工藤めぐみと結婚したので、けっきょくプロレスファンには「くどめの旦那」になってしまった感がありますね。
紆余曲折、有為転変、彼らのその後もけっこうドラマですねぇ。
わずか数カ月間存在しただけの「相撲軍団」でしたが、やはりインパクトは絶大だったようで、その後あちこちのリングで、さまざまなメンバーで、名称だけは復活したりもしました。ですが、やはりこれだけの人材を集めるのはむずかしいようで、いずれも不発気味に消えています。
現在のプロレス界では、曙(元・横綱)と浜亮太(元・幕下の北勝嵐)の元・三冠王者コンビが、SMOPなるタッグチームで活動中。そこにこれまた元・力士の将軍岡本(元・十両の霧の若)が加入するとかしないとか。
面子もなかなかのこの軍団、もう何人か加えて、「シン・相撲軍団」として活動するのもいいと思いますが、ヨコヅナいかがですか?
