ジャッキー・チェンと勝負する(38)
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今回は、1980年作品「ヤング・マスター/師弟出馬」
ジャッキー史の上で大きな意味を持つ作品。それまでのロー・ウェイ傘下から脱し、レイモンド・チョウのゴールデン・ハーヴェスト社に移籍した第1回作品であり、自ら監督・脚本・主演をつとめた作品であると同時に、ジャッキーの事実上最後の純粋カンフー映画ともいえる。
この「ヤング・マスター」の日本初公開は、1981年で、ジャッキー映画の日本公開順としては、まだ7作目。この作品に先行して公開されていたのは「ドランクモンキー」「スネーキーモンキー」「クレージーモンキー」「拳精」「バトルクリーク・ブロー」「少林寺木人拳」だけ。
ちなみのこの「ヤング・マスター」 私は封切りでは見ていない。実際に目にしたのはずいぶん後で、たしかテレビ放送でちょろっと見た程度。名画座でめぐりあったこともないはずだ。つまり今回が、キチンと見た最初ということになる。すまん、ジャッキー。
日本初公開時(1981年)には、ジャッキー映画がなんたるかはよく理解されていなかったし、これより前にジャッキーが出演していた「伝統的カンフー映画」もほとんど見ることができなかった。
そんな中で公開された「ヤング・マスター」は、製作年から公開までの間がほとんどない、ほぼリアルタイムで見られた事実上初めてのジャッキー映画だった(「バトルクリーク・ブロー」は別にして)
なので、日本初公開時は「ジャッキーのバリバリの新作」という側面が意識されていたと思う。「ジャッキーの新境地」的な意味合いが、うっすらと見えていたように思う。
ところが、今この作品を見ると、やっぱり「ただのカンフー映画」なのである。
その後に数多く目にしてきたジャッキー映画と比べれば、そりゃあカテゴリー的にはまったくの「カンフー映画」だ。時代劇であり、カンフーアクションが主体であり、師弟の関係が重要な意味を持つ。今この映画を何も知らずに見せられたら、「これはカンフー映画」だと思うのが普通だろう。
35年もたったのだから当然だろうが、映画から受ける印象が時間の流れの影響を受ける好例と言えよう。
これが、長いあいだ私が「ヤング・マスター」を敢えて見ることがなかった原因である(もちろんめぐりあいの運不運もあるが)
その後の現代アクションとして完成されたジャッキー映画を見た目からすれば「古いカンフー映画」でありながら、いっぽうレア感のある「伝統的カンフー映画」でもない「ヤング・マスター」は、21世紀の時点から見れば、まことに中途半端なジャッキー映画なのである。
ただこの作品がジャッキー史の分水嶺であることも間違いない。たぶん「ヤング・マスター」とその続編的位置づけの「ドラゴンロード」で試みたことが、ジャッキー自身にとって100%ではなかったのだろう。それは、やはり「カンフー映画」から完全に脱さねば出来ないことだとの意を強くしたのではないだろうか。このあと数年を経ずして、ジャッキー映画は完全な現代アクションへと変貌してゆく。
同時代的に見ていると案外と気づかなかったことだが、ジャッキー・チェンは「カンフー映画」から「アクション映画」へと変針するのに、けっこう試行錯誤していたのだ。
自らのイメージを変えるのは、やっぱり大変なことなんだな。
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