史上最強の大横綱〔その1〕
これまで、「史上最強の関脇」を皮切りに、つづいて「小結」「平幕」と最強力士を探ってきた。当然つぎは「史上最強の十両」をと思っていたのだが、横綱・白鵬が33回目の優勝を飾ったので、予定変更。ちょっとこの大記録をたたえてみようと思う。
というのは、こういう記録が出ると必ず言われることだが「大鵬の記録を破ったと言っても価値が違う。当時の大鵬には強力なライバルが多かったが、白鵬は独走状態。同じ優勝回数でも質が違うウンヌン」
まあこれは、ほんとうの最強は誰かっていう、あらゆるスポーツで永遠のテーマなので、ほんとは時空を超えたトーナメントでもしなくちゃわからないことなんだが、今回は目安として「優勝占有率」というのを考えた。
その力士の初優勝から最後の優勝までの期間(つまりその力士の時代だ)に、どのくらい優勝を独占していたかを示す割合だ。この数字が高ければ高いほど、ライバル不在、つまり独走状態だったということになるんじゃないか。
まずは大鵬と白鵬を比較してみよう。
大鵬(優勝32回)
初優勝 1960年11月場所 最終優勝 1971年1月場所
優勝期間 63場所 優勝占有率 50.7%
白鵬(優勝33回)2015年1月場所時点まで
初優勝 2006年5月場所 最終優勝 2015年1月場所
優勝期間 53場所 優勝占有率 62.2%
なるほど、大鵬よりも白鵬のほうが独走状態のようだ。
だが、大鵬のほうは晩年の時期が含まれていることを忘れてはいけない。晩年の大鵬は北の富士、玉の海らの追い上げを受けて苦戦し、優勝ペースもだいぶ落としていた。白鵬はまだ晩年を迎えていない。そこで、30回目優勝までの期間を比較してみると、こうなる。
大鵬 52場所 優勝占有率 57.6%
白鵬 49場所 優勝占有率 61.2%
だいぶ数字が接近してきている。
ではさらに細かく、優勝10回ごとの数字も比較してみよう。
大鵬
初優勝~10回目 15場所 66.6%
11回目~20回目 19場所 52.6%
21回目~30回目 18場所 55.5%
白鵬
初優勝~10回目 18場所 55.5%
11回目~20回目 14場所 71.4%
21回目~30回目 17場所 58.8%
大鵬は初優勝からのスタートダッシュ時期に上位に立ちはだかる先輩横綱がいなかったことがわかる。すでに栃若時代の両雄は最晩年で、大鵬の初優勝後に優勝した先輩横綱は朝潮の1回のみ。以降は、ライバルの柏戸(優勝5回)や、後輩横綱の栃ノ海(優勝3回)、佐田の山(優勝6回)と争ったくらいで、次の世代の北の富士、玉の海らが台頭するまではけっこう独走状態だったのだ。
一方の白鵬は、スタートダッシュ時期には優勝27回を誇る朝青龍が立ちふさがっていたせいもあって、10回目の優勝を果たすまでには大鵬よりも時間がかかっているのだ。
大鵬が、その優勝期間中、晩年を除いてもっとも優勝から遠ざかったのは1967年11月場所から翌年7月場所までの連続5場所で、これは怪我による休場のため。その直前6場所のうち3場所を制しており、その直後にも3連覇をはたしているのだから、ここでの負傷がなければもっと数字を伸ばしていただろう。占有率もこの期間で大きく落としている。
もちろん白鵬も、もし朝青龍があんなことで突然引退しなければどうなっていたか。あるいは今よりも数字は下回っていたのかどうか。
こうしてみると、大鵬と白鵬、そんなに対戦相手の強弱で差はついていないように思うが、どうだろうか。
それにしても、この数字を見ていると、いろいろと想像が広がって、なかなか面白い。
面白いついでに、次回はもっと他の横綱の優勝占有率を調べてみよう。
