ygchさんとレビュー。ボカロ曲に潜る。語り継ぐ「広い音楽」。「異形」、「醜さ」の「美しさ」。あるいはボカロ曲の音響的魅力と父さんが残した熱い想い。母さんがくれたあのまなざし。(相互レビュー投稿祭2026プレイベント・インタビュー③)
僕が相互レビュー投稿祭の記事を書いた時に参照した方に声をかけて、お話を伺いました。「レビューって何?おいしいの?」「やったことない!」という方に、レビューという営みがどんな感じなのか、どんなエピソードがあるのか、レビューをするとお話します。
第3回はygchさんのお話を伺いました。
X:https://x.com/yag_yaguchi
posfi(Xのポストのアーカイブ):https://posfie.com/@yag_yaguchi

1「ボカロ」というジャンル?との出会い。
ygchさん:何かのきっかけで初音ミクという言葉を知って、SF的興味から調べてみたのが多分2009年ごろです。ギブスンの「あいどる」のレイ・トーエイ(投影麗)みたいな?「マクロス・プラス」のシャロン・アップルみたいな?と。
その後、再生の多い順・人気の順に聴いていって、いくつかの曲を知って…まずkzの”packaged”、bakerの”Celluloid”、そして決定的だったのがsasakure.UKの”カムパネルラ”です。堂々としたエレクトロニカで「これは今まで好きだった音楽の延長上にある。これを聴かなければ駄目だ」と思いました。
自分の合成音声の初体験は多分、小学校の先生に無理やり布教された冨田勲です。(パピプペ親父で知られるドビュッシーの”月の光”のシンセのカバー。)同じく布教されて知ったYMOと並んで音楽的原体験です。その後(ポップめの)現代音楽や民族音楽、エレクトロポップっぽい「録音音楽」をずっと聴いていた、その音楽と重なるものだなあと。もともとナチュラルでない人の声や音響が好きだったので。
だいぶ経って雑誌で読んだ、初音ミクの開発者の佐々木渉氏のインタビュー記事(大友良英との対談だったかもしれません)で、氏があげた初音ミクを生む前に聴いていた「人でないような声」の音楽、例えばCarl Stone や Meredith Monk、竹村延和 などを、自分もヘビーローテーションしていた時期があって「やっぱり自分はボカロを聴くべくして聴いたんだなあ」と改めて感じたりしました。
sasakure.UK - For Campanella feat. GUMI / カムパネルラ
パピプペ親父
https://note.com/tsukinami_voca/n/nc143b77ee200#caadc1a3-0941-42c6-a30b-7a4f53f1eb63
合成音声の歴史
https://note.com/tsukinami_voca/n/nc143b77ee200
冨田勲 「月の光」 Isao Tomita / "Clair de Lune"
(「歌って」いるのがわかる音源をygchさんに教えていただきました。1:20ぐらいから、パプパプ「歌って」います。)
3) 冨田勲 - 月の光
— ygch (@yag_yaguchi) May 26, 2023
アラベスク第1番 (ドビュッシー)https://t.co/vlzs2C5s40#ボカロ曲みたいに聴いてる
(いわゆる「パピプペ親父」の曲です。ボカロ曲の始祖的な。ボカロカバー曲的な。)
hitoiki:知らない人や曲がたくさんあって驚いています。一つ一つが記憶に残るくらい強い音楽体験だったのかなとおもいました。SF的興味から、というところでygchさんがいろんな本も読んできたんだな、と想像しました。初音ミクというキャラクターが「合成音声で歌う?どんな声だろう」という興味からボカロに入ったんですね。初音ミクが生み出された背景を知らなかったのですが、いろんな人の「新しさ」が積み重なって、これからもまた別の「新しさ」が出てくる予感を感じました。
小学校のとき、、、、小さい時にくらった音楽体験、、、僕はテレビから流れるJPOPしかきいていなかったのでYMOを布教する大人との出会いの壮絶さを想像するしかありませんが、、、幼心に掴まれるなにかを思い浮かべようとしています。「え?何この音?ん?うおおおおお!」みたいな感じでしょうか(息づかい)。僕は十分にエモいとおもいました爆。もしかしたら、全曲レビュー、という営みは小学校の「推されて感動した」経験がきっかけになっているのかなとおもいました。(レビューを始めたきっかけになるエピソードはなんですか?)
ーー
Shing Kee (1986 ) - Carl Stone
"Scared Song" - Meredith Monk
Curious Child - 竹村延和 (Child's View)
Music Plans - YMO (詞・曲 坂本龍一、補作詞 Peter Barakan)
hitoiki:リンクありがとうございます。聴きました!まとめての感想を。すごい、息づかい空間…僕は電子音ベース(シンセ)の音に身体内部の感覚を感じていて、もしかしたらそういう音へのygchさんの敏感さが、ygchさんの「身体感覚」のレビュー(と僕が勝手にラベリングしたもの)につながっているのかな、と思いました。外に広がる、というより内に広がる感じ?(←うまくいえていません)でしょうか。改めて、音の感じ方の不思議を感じました。(すげー!)
2 レビューを始めたきっかけ
ygchさん:#vocanew タグをつけての曲推しツイートを始めたのは2016年の9月1日です。(Twitterを実質的に始めたのもこの日です。)これは「2007年からの全ての!ボカロ曲」を聴いてそこから選曲しているコバチカさんが、Twitterや自身のブログ「ボカロとヒトのあいだ」を閉鎖した日の翌日です。
少しさかのぼって説明します。
自分は、ボカロ曲の魅力を見出してから、最初は週刊ぼからんや日刊ぼからんなどのランキング動画で曲に出会っていました。特に運営がYAMAHAに移ってからの日刊のランク外のおすすめはかなりエッジが強くて夢中になりました。(今の日刊ぼかさんとはまた違うテイストで。)それからVocalonobisの検索も。
そしてTwitter上でリスナーがおすすめをシェアする#vocanewに出会います。自分は「Twitterは怖い」と思って手を出していなかったので、毎日まとめられるtogetterのまとめを週末ごとにチェックしていました。現在までずっと続いているリスナーの方もいますし、毎日まとめられるTogetter(posfie)まとめも現在まで継続しています。
その中でコバチカさんの存在を知ります。彼の勧める曲は他の方の選曲と一線を画していました。ボカロの枠ではないもっと広い音楽全般と共鳴してそれを超えるもの。紹介文も広い音楽を参照・比較して語られる、段違いの音楽性を強く感じるものでした。その日の曲を全部聴いて、その日の未明のうちに更新していました。その彼が全てのTweetやブログを閉じる。「自分がこれだけ推しても誰も聴かないし何も世界は変わらないから」と。自分はとてもショックを受けました。地図もコンパスも無くなってしまうように感じるほどに。彼にこれまで受けた「恩」をどうやって返せばいいんだろうとも思いました。それで気づきます。「vocanewは誰が書いてもいいんだから、自分も全曲チェックをしてみればいいんじゃないか」と。とりあえず1日、できたからもう1日…と続けて、今に至ります。
(コバチカさんは、もう文章レビューを公開してはいないのですが、その後、現在に至るまでも全曲チェックは続けていて、その選曲リストを公開しています。 cobachican.hatenadiary.jp )
週刊ぼからん https://www.nicovideo.jp/user/983487
日刊トップテン https://www.nicovideo.jp/user/682515
日刊ぼからん https://www.nicovideo.jp/user/22571066 (2015年終了)
コバチカさんの「ボカロ曲 月間30選 ノミネート」cobachican.hatenadiary.jp
hitoiki:歴史…歴史…歴史を感じました。ボカロ曲に出会って、いろいろ聴きたいと思った時に、ランキング、ピックアップ、何らかの(誰かの)アルゴリズムで選ばれたものを聴くというのは自然な流れですね。そこからお気に入り?の選者、コバチカさんに出会った。「ボカロとヒトのあいだ」を調べてみました。別の方(シンヤタマモさん@rirogumodoki)のブログを見つけました。(https://rirogumodoki.blog.fc2.com/blog-entry-290.html)。
>一般から一線を画した、ひたすら未来を見据えたボカロ界への渇望。……まぁ、その「上から目線」「傲慢」「無責任」「独善的」「厭世的」(シンヤタマモさん)
>ボカロの枠ではないもっと広い音楽全般と共鳴してそれを超えるもの。紹介文も広い音楽を参照・比較して語られる、段違いの音楽性を強く感じるものでした。その彼が全てのTweetやブログを閉じる。「自分がこれだけ推しても誰も聴かないし何も世界は変わらないから」と。
hitoiki:この言葉からコバチカさんの佇まいを想像しています。なんか親しみが爆。話が逸れるかもですが(逸れますが)、別の方とのインタビューをしながら、「プレイリスト」「⚪︎選」って、「古今和歌集」みたいな編纂なんだなぁと。思ったのです。昔ならそうやってまとめなかったら残らなかった。今なら電子の海に漂って顧みられない。(すくなくとも大衆には)。「古今和歌集」が残ったのはその権威性、歴史的なイベントとしての希少性によるものだと思います。また別のことを思い浮かべました。民謡というのは、いわゆる「流行り」が伝播したケースがあり、節周りや歌詞を変えながらゆっくり「歌い継がれる」ものでした。ただなんか流行っているから。いいなとおもえるからまねる。ボカロ曲は僕にとっては民謡です。ボカロ曲の場合は、僕にとってのその価値は「誰かの日記」を読むのに似ていて、「話」と変わらない感覚を持っています。それは防人が身の上話を歌にしたのと似たような、生々しい「漏れ出す息」のようなもので。その息にこもった作り手の感情や思考に興味があるんです。(ygchさんの熱に当てられて暴走してしまいました。すみません。全然違う話になってしましました)。話を戻します。
ygchさんがコバチカさんからもらっていた「恩」というのは、ygchさんがボカロ曲に出会う旅をコバチカさんと一緒にしてきた、「ボカロとヒトのあいだ」を通じて毎日がワクワクするような体験をしてきた。ということなのかなと思いました。人と人がつながるきっかけは複雑ですが、特定のキャラクターが好きとか、年代が好きとか、そういうものじゃなくて、音楽性、人間性でつながる代用がきかない関係の喪失感は、想像にあまるものがあります。(僕はその都度、一度死にます。今死にかけています。いや、もう死んでいます)。
2−2 機械の声
hitoiki: 「人でないような声」の音楽、「もともとナチュラルでない人の声や音響」という言葉から、またSFという言葉から、ygchさんがテクノロジー、あるいは(声に限らず、物理的?な機構としての)機械に関心を持っている気がしたのですが。(そんなことありますか?)←本筋とは分岐する話題ですがよろしければ。
ygchさん:自分は文系だと思うので技術知識や論理思考はあまりないのですが、SFは好きでよく読んでいました。父に無理やり連れられてリバイバル上映の「2001年宇宙の旅」を観に行ったりとかも。そして小学生の頃にYMO・坂本龍一に出会い「不思議な音響」に惹かれていきます。その後、美大の空間デザインの学科に行って、現代演劇を集中して観たり、音楽オブジェの制作ワークショップのお手伝いをしたりしたのも、「非日常の音響」に惹かれる一要素だったと感じています。
本能的に人間は、日常でない音響や声を出したいんだと思います。山に登れば山びこを返し、トンネルの中でカエルの歌を歌い、お風呂の中ではずっと奇声を発してお母さんに怒られたりする。教会や寺院を作り祈ったり唸ったりする。リズムを反復して普段しないような動き…踊りを延々と繰り返したりする。そして録音をする。ナチュラルに音を記録するだけではなく、ヘンテコな響きを加えたりする…この、謎の声・変な音を響かせたい本能の正当な延長として、ボーカロイドはあると思います。声のシンセサイザーとしての魅力であり可能性です。
hitoiki: 「非日常の音響」としてのボーカロイド、という視点が新鮮でした。思えばSFも、未来都市、宇宙、現代にはない「不思議な音響」や匂いが漂っているジャンルなのかもなとおもいました。トンネルの中で声をだしたくなる、風呂で歌いたくなる気持ち、この本能の名前は好奇心、といってもいいのでしょうか。音響としてのボーカロイド(シンセサイザー?)の特性、SF性という感覚がとても新鮮でした。別の世界(非日常)に連れて行ってくれる声。(キミナミさんがボーカロイドに体があったら…という話をしていました)。ygchさんのレビューに身体感覚の表現が多いのも「音」の純粋な経験への敏感さからくるものかもしれないですね。
美大やワークショップに行ったりしていた!ygchさんの音楽への熱量は、、、不思議です。そういう(音で世界と強くつながる身体性の)星もあるのかな、などとおもっています。ありがとうございます。
3 レビューをしながら、レビューしてみて感じること、考えることは何ですか
ygchさん:聴くこと、そしてその曲を選ぶこと。自分の中ではその部分で比重が10割です。選曲が全て、本当は余分な推し文はいらないのかもしれません。でも何か一言そえて聴かれやすくなることがあるなら…という、CDショップの店員さんが書く売り場POPのような気持ちで書いています。曲を売りたい。
以下のことは意識しています。「youtubeのリンクも入れる」「日付を書く」「作者名を必ず書く」です。検索性と記録としての機能性の両面で。いずれもニコニコでボカロ曲をツイートする人のほとんどがやりませんが、これは大事なことだと思います。こよみ(歴)があって ふみ(史)があって「歴史」としてたどれる記録になるからです。
hitoiki: 書くこと、が入っていないことに驚きました。「家族ドライブで車中でかけられる曲」ということにも驚きました。(実際、ドライブでかけているんですか?それとも比喩でしょうか)。選曲の基準(傾向)を他のレビュアーの方にも聞いてみたいな、と思いました。
ygchさん:プレイリストですが、しばらく月毎の20曲程度のリストを作って、CD-Rに焼いて、家族ドライブの時にかけていました。月に二度ほど、車で隣の埼玉県まで、当時小学生の娘氏を乗馬に通わせていたので(というとすごいブルジョアな感じですが、そんなに高くない質実剛健なスクールで。)
3−1 レビューを書く時のフォーマットについて
hitoiki:暦と史の話はなるほどですね。流れて知ってしまうXに残す、残したいとなると、記録に能うフォーマットが必要になる。一つ僕が気になっていることがあって…僕は作者の人に伝わるように@でメンションするようにしています。ygchさんは代わりに#ニコニコ作品IDを使っていると思うのですが、限られた字数でXでの検索されやすさを優先しているのでしょうか(いちいち報告されるのは迷惑?)。(それにしてもYoutubeのURLまで載せるのは行き届いているな…と思います。「歴史(記録)」としてだけではなく、Youtubeで曲を聞く人にも届きやすい、という意味で。(作者の名前については、僕もこれから必ず!いれようとおもいました。作者さんありきの曲だとおもって)。
ygchさん:「レビュー内に作者の@アカウントを入れる」もしくは「作者の告知ツイートを引用ツイートする形にする」これを自分はしません。理由の一つは2014年ごろからの(当初は他薦紹介タグだった)#vocanewがみんなそうであったから、という単純な物です。でももう一つは「作者に直接通知が行くのは、読め!と押し付けるような形で、何かレビューというものにそぐわない」と感じるのもあります。
自分は必ずツイートを書く前に作者のSNSを読みに行きます。それは少しでも作者が意図や作品のヒントに触れていないかを確認するため、そしてyoutubeのURLを確認するためですが、その時に告知ツイートに「いいね」をするようにしています。ささやかに「聴きました」と淡く告知をする気持ちで。
hitoiki:相手への接し方、悩ましいものがあります。#vocanew で有名な曲の作り手さんが大量の通知もらって面食らう姿を想像してみました。作者のSNSまで見に行く!?ことも、@の代わりにいいねを残していくのもygchさんの真摯さなのだと思いました。(なんでも名詞にしてまとめてすみませんなんか編なことのように感じました)。これは僕の気持ちですが、誰かからの反応をうれしくおもう曲の作り手さんを僕は想像していました。けど新しい曲なら曲の作り手さんがエゴサするかもですし。Xでの立ち振る舞いを考え直そうをおもいました。ありがとうございます。
3−2 選曲について
ygchさん:「家族ドライブで車中でかけられる曲」です。かけてて恥ずかしかったり言い訳しなきゃいけなかったりしない曲は避けます。実はこれで「ボカロ然とした曲」「ミリオンヒットの曲」「歌詞がわからないくらい早口の曲「歌謡曲っぽい曲」は全部はねられます。(Deco*27なんて、あんな歪んだ恋愛観の曲を、娘に奥さんの前で聴かせられますか !?)
ボカロを聴き始めて一年位経った頃、youtubeで公式の初音ミクライブの(非公式の)公開動画を夜中に見ていた時に、後ろに奥さんが立っていてものすごい勢いで怒られました。「ただの絵、CGじゃん!生きてないじゃん!こんなオンナの何がいいの!!離婚!リコン!!」と。(ミクXルカの「マグネット」でした。)
それに対して「音楽はいいんだよ」「創作の連鎖ガー」と渾身のプレイリストを作り、一生懸命弁解をしました。これが初めての選曲で、初めてのレビューです。(創作の連鎖ガーというのは誤植ではないです。あたふたと建前チックに言ってみるさまを表現しています)
hitoiki: 奥さんへの渾身の「プレゼン」が最初のレビュー、エピソードということ。いろんなことが噛み合わさって今に至る劇性を感じました。(奥さんには伝わった…のだと思います!)。ygchさんの選曲の幅広さというのが、このエピソードにも現れているような気が、しました。(ボカロボカロした裏大通りでなく表通りのボカロ曲?←言葉が難しい)
3−2−1 選曲の基準について
hitoiki: 初めて奥さんへの?プレイリストを作ったあと、コバチカさんさんに出会ったり、レビューを続ける過程でも選曲の基準は変わりませんでしたか?(誰だったっか、歌愛ユキ、を使い続けている作り手さんの曲をygchさんが「追っている」ような気がしているので、他の視点もあるようにおもっておききしました)。
ygchさん:一貫して変わりません。もちろん曲の方は世につれ変わっていくのですが、意外に温故知新な感じもします。
「家族に聴かせられる普遍性のある曲」というのを先に書きましたが、もう一つあって、それは
「坂本龍一がセレクトするであろう曲」です。
遠い昔のNHK-FMの「サウンドストリート」そして死去の直前まで続いたJ-Waveの「RADIO SAKAMOTO」で、坂本龍一はデモ音源の公募をして広く新しい作り手をピックアップし続けました。例えば前者でのテイ・トーワ、後者でのコトリンゴ。シリアスな作品だけでなく「ネタ曲」もたくさんありました。(有名なのは「ゴジラとメカゴジラ」、聴いたことがあるかもしれません。)
もともとオケしかなかっゴジラのテーマに歌詞をあてがった!
ygchさん:それはまさに、ニコニコでのボカロ曲のありようそのものとよく似ている!と聴き始めの時に自分は感じました。
違うのは年間数千の曲を聴いて評価するのが坂本龍一1人ではなくて無数のリスナーが聴いて、自律的にピックアップされて日刊・週刊のヒットチャートが作られる、そのオープンさです。
「坂本龍一のように楽曲を聴いていく」、これはJ-POPの影響下の楽曲やこれまでのボカロヒットを下敷きにした曲だけではなくて、もっと広い音楽や非ポップな音楽も含めた感性を持つという事です。自分はこの引き出しが小さいのですが、でも自分なりのバイアスもこれも一つの視点だと思って、聴くときの物差しにしています。
RADIO SAKAMOTO(2003年から2023年まで)
テイ・トーワ
コトリンゴ
hitoiki: 坂本龍一さんのような「広い音楽や非ポップな音楽も含めた感性」ですか。「ゴジラとメカゴジラ」、知っています(歌詞をあてがった動画が見つからなかったのでありがたいです。サカナクションの替え歌「社畜」を思い出しました。「音」の文脈を変える。文脈を強める。そういう音楽の営みもあるなと。「ことばの泉投稿祭」の記事に付け足しました!)。RADIO 誰でもプラットフォームで発信できるようになって、ぼかれびゅのタグやvocanewでいろんな人がレビューをしているのが当たり前の時代ですが、一人一人が別々の尺度で選曲して、集合的に「広い感性」にアクセスできるのかもな、と思いました。(逆に分散していて?結局「狭い感性」にとどまっている可能性も感じつつ)。坂本龍一さんの話を聞き、ygchさんの選曲の幅広さの文脈を感じました。ygchさんがコバチカさんの選曲に感じていた「ボカロの枠ではないもっと広い音楽全般と共鳴してそれを超えるもの」というのも踏まえると、ygchさんは「ボカロ」を「ボカロの外」に出すような、そういう聴き方をしているように感じました。(選曲の話でコバチカさんがでてくるかとおもっていたのですが、出てこなかったのでちょっと話題にしてみました。)
本人と笑う、最高の怪獣替え歌『社畜』
3−2−1 広い世界と共鳴するボカロ曲(コバチカさん的な聴き方)
ygchさん:2017年という年を上げさせてください。初音ミク生誕10年(≒ニコニコのボカロ生態系の10周年)、この年のボカロ曲のトピックは、ハチ(米津玄師)の「砂の惑星」で間違いありませんが、同時にPuhyunecoの「アイドル」がリリースされた年でもあります。
ygchさん:同年か次の年か、何人かのオルタナティブな音楽家がPuhyunecoを10ベストに上げています。(World’s End Girlfriend と 長谷川白紙)。同年、ele-king booksから「初音ミク10周年ーボーカロイド音楽の深化と拡張」が全国書店扱いの書籍として出版されます。監修で深く関わったのはStripeless LabelでコンピCD”MIKUHOP”を企画した、しま氏。
ygchさん:2008年のユリイカ「初音ミク」以来の硬派な音楽評論の冊子で、この本はそのまま(現在も毎年同人出版される)「合成音声音楽の世界」につながっていきます。
そんなふうに、アニソンへの起用や、米津玄師やヨルシカのようなポップスターとしての受け入れられ方とは別の動線、「新しい音楽への広がり」を期待する空気感を感じていました。空気だけで終わってしまったのですが…
ここまでが前置きです。
この2017年、「ボカロ界隈」の”外”から突然乱入した人がいます。インディーズのアヴァンポップの音楽家、スッパマイクロパンチョップ さんです。
ある日突然、yeahyoutooとPuhyunecoの楽曲に偶然出会い、オルタナティブなボカロ曲の世界を知ってビックリしたんだそうです。数ヶ月で膨大なボカロ曲を掘り、Twitterで膨大な数のボカロPとリスナーをフォローし、DJ ミックスをクラブでかけ、UTAUを入手してボカロ曲を(作りたてのニコニコアカウントで)公開し、「ボカロのアングラといえばこの人」というヒッキーPと組んで三鷹のライブハウスで月一の、みんなでボカロ曲を掘るイベント「でたらめ音楽教室」を始めます。(一年以上続きました)。
アニソンとの親和性やキャラ人気、あるいは「創造の連鎖」といったトピックとは別の、もっと広い音楽からの視点。音楽としてユニークなんだという視点。当時のスッパ氏のブログを紹介します。(最後の方に自分の名前もちょこっと出てきます)
ygchさん:当時のスッパ氏のボカロ曲を、他のボカロ曲と並列にいつものようにレビューした中から1曲
てぃきたかぺこぱ https://t.co/wTF2U3pwIG #sm33114553 suppa micro pamchoppさん #vocanew
— ygch (@yag_yaguchi) April 26, 2018
純粋に音と遊ぶ、げんこつで鍵盤をゴロゴロ転がすような音から、メディアや技術でブーストされたハイパーアマチュアリズム賛歌、アジテーションへ。スッパさんのこれまでの仕事、今関わってる事と一貫
ygchさん:自分は例えばこんなふうに、ボカロ曲を「ボカロと関係なく」音楽として聴きたい、他の音楽と対照して「すごく面白いんだ」と感じる物差しを持っていたい。つまりコバチカさんのように音楽を見出したい。そんなふうに思っています。
>ボカロ曲を「ボカロと関係なく」音楽として聴きたい、他の音楽と対照して「すごく面白いんだ」と感じる物差しを持っていたい。
hitoiki:ボカロ曲が好き、というより音楽が好き。音楽の中でボカロ曲に感じる面白さを眼差していたい。ygchさんのそんな気持ちを感じています。
Puhyunecoさんを代表する「新しい音楽への広がり」ルートがあったこと、初めて知りました。今年の無色透名祭で曲が広がる動線を追ってみましたが、多くの人が語るという当たり前のことが大事なのだとわかりました。その流れが、Puhyunecoさんルートでは途中で止まってしまった、ということだと想像しています。(同時に、今もその小さな揺れは続いているとおもいます)。
すごく新鮮で僕のことも少し話そうと思いました。僕のボカロ曲への眼差しは、音楽というよりも、言葉です。語りたいことを語る。ボカロ曲という表現形式に。言葉にしたいことを、声に出したいことを注ぎ込む。そして話者と聞き手がいる場所としてのニコニコ。音楽(言葉)を誰でも「作っていい」「語っていい」という雰囲気を僕はボカロ界隈?の魅力だと思っています。(音楽の中で言葉が占める割合が重たいんですね、僕は)。
音楽として、音として?ボカロ曲をききたいとき、コバチカさんさんや(スッパマイクロパンチョップ さんがそうしたように、)ygchさんの選曲にガイドしてもらうことはありだな。と感じています。
hitoiki:Puhyunecoさんの『アイドル』ききました。(最果タヒさんがいうところの)現代詩を思い出しました。音の配置というものにも現代詩っぽさがあるのかな(配置がいいな…←個人的感想です)。そんなことを感じました。
スッパマイクロパンチョップ さんの記事にあった「ピュアネス」あるいは「イノセンス」がよくわからなかったのでChatGPTに調べてもらいました。(Puhyunecoの「ピュアネス」あるいは「イノセンス」についてまとめて)

hitoiki:今この曲を聴きながらこの箇所を書いているのですが。なるほどな。「人間」の生々しい、狭い「音楽」からは溢れ出てしまう「広い音楽」を指し示す言葉として「ピュアネス」「イノセンス」はありだな、とおもいいました。広い「音楽」の1つの側面(である「ピュアネス」「イノセンス」)は、狭い「音楽」に乗らない、狭い「音楽」にしてしまうと息を止めてしまう言葉が呼吸できる音を配した音楽かもしれないな。と思いました。
「広い音楽」のうち、現代詩(←辻褄があわなくても言葉を整える加工するより出てきたそのままを「自然のまま」配置する詩の表現形式だとして)を想豫させるもの、「ピュアネス」あるいは「イノセンス」について、ygchさんの話を聞きたいなという気持ちです。
ygchさん:ボカロにおける「イノセンス」という言葉、自分は(vocanewの記事を書くときに特に)使わないようにしていました。2017〜2018年くらい?結構使われていた「ジャンル」名称で、反感を持つ人も少なくなかったと憶えています。「オルタナティブ」「パーソナル」そんな感触だと思います。
毎年リスナーが年末になると選ぶ「ボカロ10選」、これを集計してまとめてた人が当時いたのですが、2017年の1位はwowakaの”アンノウンマザーグース”。で、2位がPuhyuneco”アイドル”です。3位は目赤くなる”違います”、これもアヴァンポップです。4位の”砂の惑星”を抑えて。印象が強かったんでしょうね。
hacosato.hatenablog.com/entry/20180120/vocalo
違います - 目赤くなる
イノセンス、こんな感じかなあという事で4曲貼ります。
am - 離木かな (2017)
UNO/雨月 - 空中るさ (2016)
春 etc./初音ミク/piptotao (2017)
Do nothing together - el - フェザーミーム (2020)
3−2−2 追っている作者はいるか
ygchさん:基本的に「並列にその日の公開曲を全部聴く」聴き方で、特定の作者を追って聴くことはしません。でもコンスタントに多作な作者、それでいてルーティン的でなくとても音楽性が高い、そして例外なくあまり聴かれない作者…という方は何人かいます。そういう人は頻繁にレビューする結果になるので「追っている」ように見えるかもしれません。
2025年だったら、-4℃さん、のいどさん、m・o・eさん。楽曲を全部消してしまいましたがnagatsutaさん。
歌愛ユキの声ということなら新見狂犬さん(この作者は圧倒的に独自だけれどわかりづらい)
-4℃ さん
https://x.com/minus_4_
https://www.nicovideo.jp/user/141397061
m・o・e さん
https://x.com/EW5lMCoWakzR2mK
https://www.nicovideo.jp/user/123257840
のいど さん
Twitter : @DODOSAN333
www.nicovideo.jp/user/139510223
www.nicovideo.jp/user/121950733
www.youtube.com/@noinoi-dododo
新見凶犬 さん
https://x.com/213kyoken
https://www.nicovideo.jp/user/122119248
ygchさん:自分は声のキャラクターをファン的に追っていく聴き方はしませんが、活躍が目立つなあというのは重音テトはもちろんですが、印象が強いのは知声と花隈千冬です。この声を選ぶ作者に表現が強い人が多い、という印象があります。
好きな声はUTAUの ORIGAMI-I です。この声を選んで作る作者が好きだったという事です。鈴木凹・DS-8・wtnb・airbabe…なので体験的に自分も作ってみようという時には迷わずORIGAMI-Iを選びました。鈴木凹さんやwtnbさんに聴いてもらえた、そしてORIGAMI-Iの音源を作った方にも聴いてもらえて感想をもらえたのは、自分の宝物です。
鈴木凹 さん
https://x.com/_suzuki_o
https://www.nicovideo.jp/user/54855662
wtnb さん
twitter.com/wtnb9
https://www.nicovideo.jp/user/1299725
airbabe さん
https://x.com/airbabe99
https://www.nicovideo.jp/user/27800081
https://www.youtube.com/channel/UCPlmRa-EdSPYcxf_fRJ8KMQ
DS_8 さん
Twitter : @DS_8
www.nicovideo.jp/mylist/12047134
www.youtube.com/@dogsugar8
(hitoikiがDS_8 さん、のいど さんのアカウントが見つからなくてygchさんに訊いた流れで)
ygch:お二人の曲で、自分が書いたレビューからひとつづつ上げます。
結末 / ORIGAMI-I (4:40) https://t.co/sMdp0tF4Pw #sm32875282 ds_8さん #vocanew
— ygch (@yag_yaguchi) March 12, 2018
遠くポルトガルやアルゼンチンや、ここで陸地が終わる、この先には人の住む陸塊はなく、彼方から聴こえる、平坦な世界の果ての淵から水がどうどうと落ちていく音を背にして踊る。そんな越境する音楽。素敵。
ひとりあるき/夏色花梨https://t.co/1q6fXWFovK#sm45470656
— ygch (@yag_yaguchi) October 5, 2025
のいど さん #vocanew (10/02)
1月に公開した曲を再公開。
透明でシンプルで、空にとけてなくなってしまいそうな大きな感情で、大きくて小さくて、大きくて、普遍的で切なくて、胸がきゅう、と搾られる。#ぼかれびゅ ↓ https://t.co/6p1tmjxFQI
hitoiki: ORIGAMI-Iの声聞きました。大人っぽい声!あ、なんかいいかも…とおもっちゃいました。この機会に名前が上がった方の曲を聞きました。広い!「音楽」を刺激される感覚です。言葉を中心に聞いているので久しぶりに「音」を浴びた気分です。(←自分で書いてて意味がわかりませんでした)。新鮮でした。ありがとうございます!
>そしてORIGAMI-Iの音源を作った方にも聴いてもらえて感想をもらえたのは、自分の宝物です。
hitoiki: 作った曲に感想をもらえる…親しさを感じている方から言葉をもらえる…(言葉で適切にあらわせそうにないのでうおおおーー!!!!!と言っておきます)。
3−3 書くときの表現について
ygchさん:音楽の話をするときに音楽用語を入れると正確に密度濃く書けると思います。でも自分は全く知りません。特に(移り変わり激しい)クラブミュージック周りの言葉は、知ったかぶって書いて間違えると恥ずかしいです。チルとかドロップとか曖昧です。コード進行もそうです。
なのでなるべくふわふわとぼやかして書かざるを得ません。それで普遍性だったり文学っぽい雰囲気が醸し出されるといいなあと思います。「BPM=160」と書くより「早鐘のような鼓動で」と書いたり、絵で描くような表現に置き換えたりします。
hitoiki: 曲を表現するのに音楽用語を入れるのと、平易な、普段使いの言葉で表現する違いがありますね。文学っぽい言葉は、「広い音楽」を表現する広い言葉のように僕は感じました。(ちなみにBPMは体感と違うなぁと思ったりします)
4 自身のレビューポスト(記事)を紹介
(ygchさんの場合、聴くことと選曲が10割、とのことで、レビューというより、印象に残っている曲、になるかもしれません)
ygchさん:まず既出ですが
結末 / ORIGAMI-I - DS_8
結末 / ORIGAMI-I (4:40) https://t.co/sMdp0tF4Pw #sm32875282 ds_8さん #vocanew
— ygch (@yag_yaguchi) March 12, 2018
遠くポルトガルやアルゼンチンや、ここで陸地が終わる、この先には人の住む陸塊はなく、彼方から聴こえる、平坦な世界の果ての淵から水がどうどうと落ちていく音を背にして踊る。そんな越境する音楽。素敵。
ygchさん:端的に字数内で表現しようと徹しています。ファドやフラメンコのニュアンス、辺境や辺縁を歩くような絶対の厳しさや寄る方なさ。ダンサブルなビートについて。
akane - Puhyuneko
akane https://t.co/OQlwplyUbI #sm35618833 Puhyunecoさん #vocanew
— ygch (@yag_yaguchi) September 1, 2019
8/31公開 初音ミク誕生祭。
ボカロは声を作るシンセ。感情に一番近い音を、根底から生み出せるパレット。揃わないたくさんの歌声が、根底から生み出された歌声が、塊になって一つの感情になる。
普遍的に誰の心をも動かす感情
ygchさん:デジタルクワイア、声の重ね方について伝えようとしています。真摯で真実で、だからこそ「異形」に聴こえるかもしれない、その美しさについて
ひなた - アマモリウタタネ (無色透名祭)
ひなた / 知声・小春立花 https://t.co/JDXGLEWAuq #so40803917
— ぼかれびゅ🎶🎵🎶 (@vocareview) August 3, 2022
気持ち悪い…そう思うだろう。時を経て告白したって許されはしない。だから一生の秘密にして、そのこつりと硬いしこりが真珠のように覆われるまで隠して…。醜くい影の色、その美しい色。(ygch)#ぼかれびゅ #無色透名祭 #vocanew
ygchさん:歌のテーマについて「いじめ」というような直接の言葉を使わずに、決して許せはしないけれど…と、歌を聴いたときの情景のショックを端的に書いています。(ぼかれびゅ公式)
『音楽を楽しく正しく聞くことに慣れている私たちにとって、不愉快で非合理なものこそが必要だ。そうして私は、この雑音の反復さえ、意味があるのだと言ってしまう。』- ukiyojingu
ukiyojinguさん #vocanew (8/22)
— ygch (@yag_yaguchi) August 29, 2021
30分近い大曲。シンプルな背景音楽に乗せて長いモノローグが続く。こういう作品はとにかく初めから最後まで飛ばさずに通してみないと判断できない。
なので休日まで持ち越し、30分間のルーチン作業を用意した。家族分の自転車3台の空気入れ、ブレーキワイヤー調整(続 https://t.co/4ffLUREFfK
ygchさん:リプを6個つなげて書いています。30分のポエトリーリーディングを聴くために30分の暮らしの作業を用意して、そこからの連想も含めて書いています。この聴き方・書き方で良かったと思います。
akane - Puhyuneko
hitoiki: よくよく聞くと、world's end girlfriendと重なる文脈があるのかな、キミナミさんも。と思いました。(こういう「分類」が音楽への何がしかの真摯さを削るような気もしますが)。最果タヒさんの「自然」状態の言葉が(最果タヒさんにとっての)詩であるというように、この曲の声も「自然」状態、整えられる前の姿、「これでもいい」「これがいい」と思わせる姿を想像しました(「キレイ」ではない生々しさ←ygchさんのいうところの「異形」「感情に近い音」)。合成音声だからできることって、こういう表現なのかなと思いました。僕なら声の聞き取れなさをどうしようかとまどろんでいます。ygchさんが感情という言葉を何度も使っているのが気になりました。
world's end girlfriendさんのこの曲を聴きながら日課のようにぐにゃぐにゃしていた時期があったので思い入れがあり貼り付けます。(サムネでこの曲に辿り着きました。思い出すのにサムネ大事なのかな…)
world's end girlfriend - All Imperfect Love Song
ひなた - アマモリウタタネ (無色透名祭)
hitoiki: ygchさんの言葉に「醜い」を見つけました。何より、この曲へのygchさんのレビューは音よりも言葉に焦点が当てられていると感じました。(音でいえば、なんかこの曲はモード(旋法?)がメジャーなものではないけど言葉がそれを求めているのに作者が応じた(選べた)ような自然さを感じました。硬い音がする鉄琴?がygchさんに「真珠」を思わせたのかな、とも。あと、旋法?に合った速度というものがあるのかもしれないなと思いました)。
『音楽を楽しく正しく聞くことに慣れている私たちにとって、不愉快で非合理なものこそが必要だ。そうして私は、この雑音の反復さえ、意味があるのだと言ってしまう。』- ukiyojingu
hitoiki: まず、僕は面と向かって腰を落ち着けて聞かないと気が済まないようなところがあって、状況を変えて聞くことをしていなかったので新鮮でした。コンセプトプレイリスト投稿祭のインタビューでmityaさんも「いろんな状況で聴くと発見がある」ということを言っていたのを思い出します。家族分の自転車3台の空気入れ、ブレーキワイヤー調整、自分の自転車のシートポストの高さ調整をしながら、曲を「理解」「感じる」こと。(ちなみにノイズはカオスという現象的にはどこかに収束する以前の発散的な状態を指し示すことができるのかもしれないと思いました)。音楽を聴く時も「自然」であるとは?と思いふけりました。
hitoiki: 3つのレビューに共通する「美しくなさ」「醜さ」というもの、整えるまえの状態。僕は広い意味で(実際にそうかどうかはわからないけれど、その音を選んだという点において)曲の作り手の音楽への純粋さを感じました(僕はピュアネスとかイノセンスという言葉をそのように、音楽への構えとして感じているようです)。この点、ygchさんの言うところの「異形さ」「醜さ」の美しさというものが、「広い音楽」の一つの水脈であるように感じました。この3つを取り上げたのはそれを意識してのことでしょうか?
ygchさん:「醜い」を普段意識したり積極的に求めていったり…は無いのですが、レビュー4つからそこに連想が動くのですね…。
「真珠」については、真珠は異物が核になって、そこにカルシウムや分泌物が沈着して覆う事で作られていきます。子供の頃の暗部の思い出を覆い隠すように…その直接の例えとして書きました。曲の木琴については「子供感」「ジュブナイル感」を自分は連想します。
いびつさや不完全さを求めるわけでは無いのですが、でもシェークスピアの劇の有名なセリフ「きれいはきたない きたないはきれい」は好きで、たまに引用したりします。
hitoiki: 同じ音でも別の印象をもつ、とてもわくわくする時間でした。ありがとうございます。
5 これから初めてレビューをする方へのメッセージ
ygchさん:まず曲を(歌)を聴くこと。普段の普通の日の1日分の「全曲チェック」をお勧めします。普段の平日の”VOCALOID”タグの検索で大体100~150曲(ニコニコで)、そのうち6割くらいがオリジナルの新曲です。(あとはニコカラやMMDカバーなど)
これをイントロチェック的に聴いていくと1~2時間くらいです。ボカコレなど「投稿祭」の曲数は大変なので、まずは普段の日で、ぜひ。
6 フリートーク
ygchさん:ボカロ曲の推しレビューをTwitterでずっと続けていて、実生活でも「人をほめる」ことに気恥ずかしさがなくなりました。ぜひリアルでもそれ以外でも「ほめ上手」になってください。
hitoiki: 書くよりもなによりも、聴く、ということの大事さを、お話をしながら感じました。わくわくする時間でした!ygchさん、ありがとうございました!
