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文学のハイライト. 堀辰雄『風立ちぬ』(3)

こちらは、ホロとケインが文学を語るnote、『文学のハイライト.』
今は『風立ちぬ』と、その作者である堀辰雄の話の真っ最中。

前回はこちら。



登場人物紹介

隙がありそうと思われがち。

ホロ ホロです。直観でエモさを語ります。
述懐じゅっかい担当で、口ぐせは“かなり好き”。

「割と抜けてる」とはホロの評。

ケイン ケインです。内容面の言及に加え、作者のプロフィールや作品の来歴もカバーします。


作品紹介『風立ちぬ』


6.はじまりの隅田川。

 私は四つか五つの時分まで、父というものを知らずに、或る土手下の小さな家で、母とおばあさんの手だけで育てられた。しかし、その土手下の小さな家については、私は殆ど何んの記憶ももっていない。

 唯一つ、こういう記憶だけが私には妙にはっきりと残っている。――或る晩、母が私を背中におぶって、土手の上に出た。そこには人々が集って、空を眺ながめていた。母が言った。
「ほら、花火だよ、綺麗だねえ……」

堀辰雄『幼年時代』

ホロ ……。

ケイン ホロさん。……ホロ。

ホロ ……。

ケイン すっかり読み耽って……。
相変わらずだな。

みんなの眺めている空の一角に、ときどき目のさめるような美しい光が蜘蛛手にぱあっと弾けては、又ぱあっと消えてゆくのを見ながら、私はわけも分からずに母の腕のなかで小躍りしていた。……

堀辰雄『幼年時代』

ホロ ……。

ケイン ホロさん。そろそろはじめますよ。ホロさん。
……やれやれ。
仕方がない。

ホロ ……。

ケイン ……オリヴィア

ホロ ぅわっ!
あァ、びっくりした。
ケインくんったら、急にファーストネームで呼ぶんだもん。

ケイン すみません。
随分集中していたようなので、放っておいた方がいいかとも思ったのですが。

ホロ ううん。
こっちこそ、つい読みこんじゃって。
じゃあ、続きをしよっか。

ケイン ですね。堀辰雄『風立ちぬ』第3回です。


📚️


ケイン ホロさんがさっきまで読まれていたのは、堀辰雄『幼年時代』ですか。

ホロ うん。幼少期からやるっていうから。
それに、まだ読んだことなかったし。
堀辰雄って、エッセイも多いのよね。

ケイン はい。中でも、堀自身がみずからの境涯をふり返る随想が何本かあり、『幼年時代』はそのひとつです。
今回はそれらをもとに、堀辰雄のあゆみを一緒に眺めていこうと思います。

ホロ 本人が書き表しているんなら、話は簡単ね。

ケイン ところがそうでもありません。
堀が書き下ろしたエッセイには『春あさき日に』や『花を持てる女』、『幼年時代』などがあるのですが……。

ホロ うんうん。

ケイン それぞれ発表時期が異なり、執筆当時の堀の認識が実際と食い違っていたなどから記述に差異もあり、堀自身が改稿を重ねたこともあって、必ずしも記述が一致しません。

ホロ そんなことってある?
だって、自分の過去のことでしょ。

ケイン 堀に関してはありうるんです。
それでも……。

ホロ それでも?

ケイン 堀が自身の過去に思いを馳せるとき、はじまりはいつも一緒でした。
それこそ、ホロさんがちょうど読んでいたくだりです。

私は四つか五つの時分まで、父というものを知らずに、或る土手下の小さな家で、母とおばあさんの手だけで育てられた。

堀辰雄『幼年時代』

ケイン 堀の追想は、いつもここからはじまります。

ホロ ……そうなんだ。
ここが彼のスタート地点。
隅田川の土手で母親と見た、夏夜の花火の情景ってわけね。

ケイン 堀は、『幼年時代』や『春淺き日に』などで、この頃のことを何度かふり返っています。

僕はごく小さい時から本所小梅ほんじょこうめ町で育った。

堀辰雄『幼年時代』

僕はごく小さい時分から向島に育つた。なんでも最初は土手下の小家に母と二人きりで住んでゐたのださうである。

堀辰雄『春淺き日に』

ホロ なるほど。
この本所小梅町ってところが、隅田川の近くなのね。

ケイン そうなります。



7.下町っ子、辰雄。


ホロ ちょっと気になるんだけど。
堀辰雄って、下町育ちだったの?

ケイン そうですね。

ホロ そうだったんだ。
私、堀辰雄は『風立ちぬ』から入ったから、勝手にハイソなイメージを持っていたわ。
ところでハイソって、もう死語?

ハイソ … 《high societyから》高級であるさま。上流の。用例:「ハイソな気分」など。

ケイン 本所や向島のあたりを下町と言うのであれば、そう言ってよいでしょう。

ホロ 歯切れがいまいちね。

ケイン 江戸っ子、下町っ子、のてっ子、東京人。
調べはしたのですが、この界隈は明文化されていない線引きや空気感がありそうな気がしまして。
どこまで実態が伴うのか、明確なラインはあるのか。いまいちはっきりせず……。

ホロ しゃーなしか。
主宰者ななくさつゆりだって東京に滞在したことはあっても住んだことはないから、都心周縁の土地勘もいまいちだし。

ケイン その滞在も東大和市で、3か月ほどでしたから。
主宰者にとって東京下町といえば、『こち亀』過去回のイメージです。

ホロ どうせなら昭和文学から持ってきなさいよ。
原色の町とかあるでしょ。

ケイン まァ、そうなんですが。

原色の町 … 短編の名手、吉行淳之介の一作。内容はだいぶ大人向け。

ホロ とにかく、幼い頃の堀辰雄は隅田川あたりの下町にいたってことね。

ケイン ええ。
花火の余波で家の茅葺き屋根が焼けたり、水害で家が屋根まで浸かって使い物にならなくなったりと、引っ越しを余儀なくされたことは何度もあったようですが。

ホロ 川沿いは大変ね……。

ケイン 曰く、

幼い時からずつと隅田川のほとりで育つてきた僕だつた。……

堀辰雄『春淺き日に』

ケイン だそうです。
本人の気の持ちようとしても、下町育ちの意識はあったでしょうね。

ホロ ……うーん。

ケイン どうしました?

ホロ なんか、引っかかる。

ケイン 引っかかる?

ホロ 引っかかるんだけど、その“針”のありかがまだわからないわ。
うん。いったんは大丈夫。

ケイン そうですか。

ホロ 小梅のあたりって、今じゃ墨田区だっけ?

ケイン はい。
すみだ水族館まで徒歩10分、といったところでしょうか。

ホロ あのへんか……
めっちゃ、わかったわ。スカイツリーが超みえる。

墨田区 … 昭和22年(1947年)に北部の向島区と南部の本所区が統合されて発足。由来は隅田川堤の通称“墨堤”の「墨」と“隅田川”の「田」から。

ケイン 堀の文章にも“水戸樣の裏の小梅町に引き移つた。”とあるので、当時の住処がくっきりと浮かび上がりますね。

ホロ 水戸様?

ケイン 小梅水戸邸でしょうね。
邸宅自体はすで焼亡しょうぼうしてしまっていますが、隅田公園にその面影を今も残しています。

ホロ ああ、水戸徳川家のお屋敷ね。
明治といえど、東京にはまだお江戸の色香が濃く残っていたのかしら。

ケイン かもしれません。
ホロさんのおかげで、当時の堀辰雄の生活区域まで見えてきました。
まさか、ここを掘るとは思っていませんでしたが。

ホロ えっへん。

ケイン こうなると、堀の随想にあった出来事も、よりくっきりとその正体が浮かび上がってきますね。

ホロ 正体?
……あ、わかっちゃった。
茅葺き屋根が焼けた花火は両国の川開きで、家が屋根まで浸かった水害は明治43年の大水害ってわけね。

両国の川開き … 隅田川花火大会のルーツとされる。花火のかけごえ「たまや」「かぎや」の出どころ。隅田川花火大会と呼称されるようになったのは昭和53年から。

明治43年の大水害 … 東日本1府15県を襲った水害。梅雨前線と台風が重なった豪雨により河川が氾濫した。

ケイン そう考えてよいでしょう。

ホロ ん? ……ちょっと待って。

ケイン どうしました?

ホロ 下町。下町か……。

ケイン ……。

ホロ 町名が先にきたから、今になって実感が沸いてきたんだけどさ。
さっき、本所って言ったよね?

ケイン 言いましたね。

ホロ 本所ほんじょ向島むこうじま
……橋を渡ったら、浅草あさくさ

ケイン ええ。

ホロ となるとさ、このあと昭和に入ったら、このあたりって確か……。

ケイン ……そうです。
その災害もまた、堀辰雄の人生に大きな影響を与えました。

ホロ そうなんだ……。

関東大震災 … 1923年(大正12年)9月1日に発生した大地震「大正関東地震」により首都圏に甚大な被害をもたらした災害。死者・行方不明者は10万5千人以上にのぼる。
堀辰雄がいた本所・向島のあたりは区域の殆どを焼失し、東京市内で最も多くの死者を出した。後に発生日の9月1日は「防災の日」に定められる。

ケイン もう少し、幼少期の堀の話をつづけます。



8.東京下町、親の人情味。


ホロ そういえば、堀の母親の話は出てきてるけど、父親はどんなひとだったの?

ケイン 堀の父親ですか?
堀辰雄の父、上條松吉かみじょうまつきちは、いわゆる江戸っ子肌とでも言うような、さっぱりとした気風きっぷの人だったようです。

ホロ え? なんて?

ケイン 堀辰雄の母・志氣しげも似たような性格だったことから喧嘩も少なく、二人して辰雄をたいそう可愛がったそうですね。

ホロ 親子仲もよかったのね。

ケイン 父母の愛情と、それを受けて育った堀辰雄の心情。
どちらも堀の筆から感じ取ることができます。
ちなみに、両親の職業は何だったと思いますか。

ホロ ご職業?

ケイン 勘で構いませんよ。

ホロ 何かしら。
下町なら、工場とか持っていたのかな。
当時は工場って言うのかわかんないけど。

ケイン おおよそ合っています。
父親の松吉は彫金師ほりものし
母親の志氣は元・煙草屋です。

ホロ へぇ、彫金師ほりものし
……それって、もしかして入れ墨彫り?

ケイン いいえ。どちらかというと、人形や石鹸の原型を彫刻する職人で、今でいえば金型屋や原型師と呼ばれる職業ですね。

ホロ ああ、そういうこと。
にしても、堀辰雄のあのふんわりした文体を思うとちょっと意外ね。

ケイン ……。
母・志氣は、自身の煙草屋稼業を片付け、松吉の家に嫁入りします。
以降は辰雄の養育に心血を注ぎ、余暇で時折生け花を習うなどしていたようです。

ホロ 生け花。お花。
あっ。じゃあもしかして『花を持てる女』って、志氣のことなの?

ケイン そうなりますね。

ホロ そうなんだ。
母親の話につけるタイトルにしては、なんだか偶像性がつよい気もする。
よほど思い出深かったのね。

ケイン まさしく。その「花を持てる女」は、ある時期までの堀にとって偶像そのものでした。
さすがですね、ホロさん。

ホロ え? ……ちょ、どういうこと?
なにその含みのある言い回し。

ケイン 大事なポイントですから。
ひとまず、話を進めます。

ホロ う、うん……。

ケイン 堀にとって松吉と志氣は、それだけ強く心に残りつづけた人たちでした。
とりわけ母・志氣は辰雄を本当に大切に想っていたようで、辰雄を中学の入学試験に合格させたいからと、浅草でよく願掛けをしていたそうです。

ホロ 本当、親心を感じるわ。

ケイン 松吉は松吉で、少年の辰雄を坊主と呼んで可愛がりました。
しょっちゅう自身の工場へ遊びにくる辰雄に、ゴム人形をプレゼントしたりと、よく面倒をみていたようですね。

ホロ 職人さんらしい心遣いね。

ケイン まァ、人形を与えていたのは、放っておくと机上の機材に喜々としてちょっかいを出す辰雄対策でもあったようですが。

ホロ ホント、職人さんらしい心遣いね……。
子供を職場に入れちゃうとね。あるあるかも。

ケイン 幼い頃のホロさんも、ご両親の研究室に入れば棚の本を広げ倒すのが定番でしたね。

ホロ 私のことは今はいいのよ。

📚️

ケイン そんな父・上條松吉ですが、日々下町を練り歩く辰雄のために、迷子札を持たせていました。

ホロ 迷子札。
今で言うタグとかマーカーみたいなやつね。

ケイン わが子のために腕を振るった真鍮しんちゅうの迷子札で、辰雄の名にちなみ、表に竜が彫り込まれています。

ホロ ドラゴンの札。
男子がそんなのもらっちゃったら、自慢したくてたまらないでしょ。
これみよがしに首から提げていたんじゃない?

ケイン 仰るとおりで、堀は迷子札を松吉から貰い受けたときのことを、このように印象深くふり返っています。

 或る日、私の父が、私のために小さな竜を彫った真鍮の迷子札を手ずからこしらえてくれた。それが私にはいかにも嬉うれしかったのだろう。私はその日の暮れがた近くぷいと誰にも知らさないで家を出た。もうこれからは一人で何処へだって行ける。そんな得意な気もちになってしまって、私はまっ先きにおばあさんのいる小梅のおばさんのところへ一人で行ってみようとおもった。最初は元気よく歩いていった。へんに曲りくねった裏道をすこしも間違えないでずんずん歩いていった。が、そのうちに、大きな屋敷や藪ばかりが続いているところへ出た。そこまで来ると、私は急に何んだか心細く、どうしたらいいか分からなくなってしまった。私はただもう泣き出したくなるようなのをやっと我慢しながら、真鍮の迷子札をしっかりと握りしめて、無我夢中になって歩いて行った。しまいには殆ど走るようにして行った。そうしたらやっとのことでおばさんの家が見え出した。その垣根の中では、おばあさんが丁度干し物を取り込んでいた。

 おばあさんは私が一人なのを見ると、びっくりして飛んできた。「まあどうしたんだい、一人でなんぞ……」そういわれると、私はもう何も言わない先きから、わあと声をあげて泣き出した。ただ自分の兵児帯にぶらさげたその迷子札をしきりに引っ張っておばあさんに教えながら……

堀辰雄『幼年時代』

ホロ ……。

ケイン ホロさん。
涙を誘うくだりなのはわかりますが……。

ホロ なにこのエピソード。
エモすぎて普通に泣いちゃうわ。

ケイン あとでゆっくり読んでください。

ホロ 迷子札が嬉しくて、そのまま気持ちが大きくなって駆け出して、急に心細くなって、泣きそうになりながら走って……。
おばさんの家に着いて安心したら、それまで我慢してた気持ちも一緒に押し寄せてきちゃったのね。

ケイン この迷子札のおかげで、当時の堀辰雄の住所は令和の今にまで知れ渡っています。
向島中ノ郷三十二番地。

ホロ 思い出の迷子札も、今じゃ研究資料になっちゃうか。

ケイン 大事な一次資料ですよ。
ちなみに、厳密にはこうです。
“本所區向島仲之郷町卅二番地上條寿則長男辰雄”。

ホロ うん?
……ああ、そういうこと?

ケイン なにかありますか?

ホロ ……ううん。
ちなみに、寿則としのりって?

ケイン 松吉のことです。
名前というよりは、ごうですね。

 … この場合は呼び名。「雅号・元号・国号・山号・称号・商号・尊号・俳号」など。

ホロ 号、か。
今でいえば、ペンネームとかビジネスネームみたいなもの?

ケイン そう捉えてもらって大丈夫です。
昔は、自身の名乗りを変えること自体、それほど珍しいことではありませんでしたから。

ホロ 上條っていう苗字は、号じゃないのよね?

ケイン よくわかりますね。
松吉の姓は上條です。
江戸派の彫金師、尾崎一美に弟子入して跡目を継いだ上條一寿。
その弟である松吉は、そのまま一寿に入門して名を寿則と号ました。

ホロ よし。
つかまえた。

ケイン え?

ホロ そこだったのね。
考えてみれば、そりゃあ最初とイメージが食い違うわけ。
どおりで違和感も抜けないわけだわ。

ケイン どうしました。突然。

ホロ いやいや、大したことじゃないわ。
でもね。

ケイン はい。

ホロ 聞いていて、ずーっと違和感があったのよ。
なんだろう、言ってることは正しいんだろうけど、なんだかズレてる。
まだ見えていないものがある気がする。
そんなモヤモヤ。

ケイン 見えていないもの?

ホロ うん。
それで、ケインくんの話を聞きながらモヤモヤの正体を考えていたのよね。

ケイン もしや、先ほど仰っていた“針のありか”ですか。

ホロ そ。
その違和感というか、ひっかかり?
今の姓の話で、針を見つけた気がする。

ケイン 詳しく聞きたいですね。

ホロ ねぇ、ケインくん。
最初にケインくんが貼ってくれた、堀辰雄のスライドを見せてくれない?

ケイン もちろん、構いませんよ。
どうぞ。

ケイン いかがですか。

ホロ うん、やっぱり。
ヒントは最初からあったのね。

ケイン ……。

ホロ 堀辰雄が自身の過去をふりかえるとき、はじまりはいつも隅田川だった。

ケイン はい。

ホロ 堀自身、みずからを隅田川のそばで育ってきたと思ってる。

ケイン そうですね。

ホロ 実際、私たちはずーっと墨田区……本所、向島、小梅の話をしていたわ。

ケイン 仰るとおり。

ホロ でも、ケインくんのスライドにある堀辰雄のはじまりは、そうと言っていない。

ホロ 麹町。これは千代田区よね?

ケイン ……なるほど。

ホロ 昔の麹町といえば、いわゆる武家屋敷が並んでいた一等地でしょ。
維新後は多くのお屋敷が払い下げられて、酪農とかの一次産業に転用されたけど、大使館や公共施設の集積点で、上流階級の住宅地でもあった。

ケイン 士族授産。よくご存知ですね。

士族授産 … 秩禄処分によって職を失った士族の救済のためにとられた明治政府による一連の政策。農・工・商業への転職の推進、官林荒蕪地の安価での払い下げ、北海道移住の奨励など。

ホロ 今までの話や、堀自身の随想を読む限り、やっぱり堀辰雄って下町のひとなんだと思う。

ケイン はい。

ホロ なのに。
生まれと育ちがこうも食い違ってる。
となると、ひとつ聞いてみたいかな。

ケイン なんなりとどうぞ。

ホロ 堀って苗字、どこからきたの?

ケイン ……さすがです。

ホロ ……ふぅ。そういうことよね。
やーっと、ここに漕ぎつけられたってところかしら。
つまり、上條松吉は養父。
堀家。つまり、辰雄の実父は別にいるのね?

ケイン はい。
詳しくは次回に渡しますが、ここでは名前だけお伝えしておきましょう。
堀浜之助。
彼が堀辰雄の実父です。東京地方裁判所の監督書記でした。

ホロ え。もしかして、士族のお家?

ケイン そうですが、この件で何かお家同士の騒動があったというわけではありません。
いきさつは先行研究が雄弁に語ってくれます。
聞けば、腑に落ちる話だと思いますよ。

ホロ なるほどね。

ケイン さて。
だいぶ話しましたし、このあたりで、ひとまず休憩を入れましょう。

ホロ えぇ、ここで休憩?
まァ、しゃーないか。
いったん小休止ね。

ケイン 僕の中でも、次に何を話すか、整理したいので。
正直、堀の生い立ちについては、ホロさんがここを指摘するまで、取り上げるつもりはなかったんです。

ホロ え、そうなの?

ケイン ええ。
今回はあくまで、『風立ちぬ』と堀辰雄の話です。
そこに、あまりにも堀のパーソナルな事柄ことがらを含ませるのは、少し過剰な気もしますから。

ホロ ケインくん自身、もういろんなことを知ってるから。
ひとつ語るだけで、同時に色んなものも見えてしまうのよ。
たぶん。

ケイン 僕は単に、比較文学を好む者として、作品を通じて当時の社会や世相を見てみたいと思っています。
ですが、なにもそのために、作者自身の生い立ちを大袈裟に語ったり、その人生が唯一無二の悲劇であったかのように見せたりはしたくないんです。

ホロ うん。わかるかも。

ケイン そこは主題ではない。この作品の魅力にとって。
特に今回は、堀の「死の意識」の話につなげるつもりでいますから、なおさら語りによる偏りバイアスに、慎重になっています。

ホロ 養父と苗字が別だったり、被災した過去があったりとか。
それは堀辰雄に色んな影響を与えたけど、あたかもそれが彼のみに訪れた悲劇的な運命であったかのようには、したくないってこと?

ケイン そうかもしれません。
ただ、そういうことがあったと。
ひとつのことがらとしてふり返る。

そのくらいの感じで語っていけたらと思っています。

ホロ 文学作品の魅力って、色んな見方ができるもんね。

ケイン はい。
そして、次回を迎える前にもう一つ申し添えるとすれば。

ホロ ……。

ケイン たとえ彼の身柄が堀家であろうと、上條家であろうと。
関わらず、辰雄は愛されていたということです。

ホロ ……そっか。
うん、それがわかっているだけで、気持ちよく次回を待てる気がするわ。

ケイン では、今回はここまでです。
次回は、堀がみずからの生い立ちの一伍一什いちごいちじゅうを知るところ。
時は昭和十三年に飛びます。

一伍一什 … 一から十まで。はじめから終わりまで。一部始終。

ホロ 一気に飛ぶわね。

ケイン 僕は、彼の「死の意識」に対する変化を、ここで感じとりました。
彼は『風立ちぬ』の執筆中、その変化のキッカケと出会っている。

ホロ それが、ケインくんが辿りついた見解?

ケイン はい。どうせ乗り掛かった舟。
語れるところまで、語ってみましょう。

ホロ うん。たのしみ。
じゃあ、一旦休憩ね。
また次回!

ケイン ひとまずお疲れ様でした。


次回につづく


結び


ホロ ここまで読んでくれてありがとうございます。
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では、また次の記事でお会いしましょう。

ホロ またね!

ケイン ありがとうございました。



『文学のハイライト.』について。

この『文学のハイライト.』は、近現代の文学作品をやんわりと眺め、対談形式でゆるく語ることのできる場所です。

ふたりの対話を追っていくうちに、これまでなんとなくスルーしていた文学というものへの見え方が、「ふぅん」から「なんか、ああいうやつでしょ」という風に変わっていくかもしれません。

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それでは次の記事でお会いしましょう。
みなさま、今日もよい一日を。

ななくさつゆり


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