しがみつかなくていい 飄飄と
じいじです。
小学4年生の孫の家来をしています。
人生後半戦
「少し疲れたなあ」
と感じているあなたに
私が
「飄飄と」
を人生のテーマにしよう
と思ったときの話をさせて下さい。
母親が亡くなってから
朝晩に仏壇に向かってお経をあげていました。
60歳を過ぎて
お経をあげながら
声を絞り出しているな
力が入り過ぎているな
ふと
そう思うようになりました。
力んでどうするんだ
と。
「飄々とお経をあげられたら」
ふと
そう思いました。
「飄々」を
調べてみると
風が吹くように
物事に執着せず
世俗的な損得や見栄に縛られない
つかみどころのない様子
とありました。
なかなか難しい言葉です。
でも
なぜかしっくりきました。
ブッダの言葉を集めた
スッタニパータ
という経典があります。
仏教の中でも
最古の部類に属すると言われています。
そこにこんな一節があります。
犀の角のように ただ独り歩め
有名な言葉です。
犀は
あの大きな角を一本だけ持っています。
群れを作らず
一頭でゆっくり歩く。
ブッダは
執着や見栄や他者の目を手放して
ただ自分の道を歩け
と言っています。
もう一つ。
水が蓮の葉に留まらないように
妄執を捨てよ
蓮の葉に水を垂らすと
ころころと転がって落ちていきます。
葉も水も
互いにしがみつかない。
それが
「飄々」に近いのかもしれません。
私は元々
気が小さい人間です。
これまでは
周りに気を使って生きてきました。
「周りに合わせて」
そんなことばかり考えていました。
仕事でも
立場でも
人間関係でも
いつもどこかで力が入っていました。
お経でもそうでした。
ちゃんとあげなきゃいけない
声が小さくてはいけない
気づけば
また
力んでいる。
母親は77歳で亡くなりました。
「77歳まで生きられたらいいな」
なんとなく
そう思っていました。
今が60歳。
あと17年
あるとしたら。
スッタニパータの言葉を借りると
残りの17年を
「蓮の葉の水」
のように生きてみたい。
水が葉に留まろうとしないように
私も何かに留まろうとしなくていい。
他人の目にも
自分のプライドにも
力んだお経にも
しがみつかずに
生きていきたい。
「60歳からは飄々と」
これをこれからのテーマにしようと思いました。
声を絞り出さなくていい
風が吹くように
蓮の葉の水のように
力を抜いて
ゆっくりと生きていく。
そんなとこです
❤︎ 蛍さんに 紹介して頂きました。
ありがとうございます。
▪有料noteで
「軽く生きる方法」をまとめています。
よかったら読んでみてください。
▪︎人との距離で少し疲れている人がいれば
読んでみてください。
流れに任せて
飄飄と
いきましょう
