つらい記憶を書くのは、自分を守るため。
性被害にあった被害者が、訴えを起こさないことがある。
以前の私は、なぜだろうと思っていた。被害にあったなら、追求したい。私だったらそうする、と。
労災申請をしたとき、初めて理解した。
書くことは、救いだけじゃない。
されたことを言葉にすることの、恐ろしさ。
申請書を書くとき、何をされたのか、どう思ったのかを言葉にしなければならない。労基署の担当者に、なぜ労災申請をするのかを説明するために。
その苦痛は、驚くほどしんどかった。
もともとひび割れていた心を、さらにいじくりまわすのだ。言葉にするたびに、ひび割れがまた広がっていく。
こんなことを言われた。あんなことをやらされた。どうしてこんな扱いを受けなければいけなかったのか。改めて振り返るたびに、自分はあの人たちにとって、一人の人間として扱われていたのか、と思った。都合のいい駒のような扱いだったのではないか、と。
思い返すたびに体調が悪くなった。部屋にいるのに動悸がして、不安感に襲われる。胸が苦しくなり、喉が詰まる。
キーボードを打つ手は、震えた。
冷静に振り返ろうとすればするほど、あの時の悔しさ、理不尽さ、恐ろしさがよみがえる。それに従うしかなかった自分が腹立たしく、情けなく、やるせなかった。
辞めたら解放されると思っていた。
距離を置けば、恐怖も不安も和らぐと思っていた。記録も証拠もとった。あとは戦うだけ、と。
でも心は、そうはいかなかった。
薄汚い備品にあふれ、白アリが飛び立ち、長年のほこりが壁にへばりついた、暗く淀んだあの事務所。辞めたのに、まだ私は一人でそこに取り残されている感覚だった。
説明をしようとするたびに、上司の顔が浮かんだ。まさに恐怖だった。
同じ言語を話しているのに、会話ができない。何を言っているのか、何がしたいのか、一切わからない。そんな人間と5年間、向き合ってきた。
自分を殺して言いなりになってきた人間が、普通の状態に戻るまでには、時間がかかる。まだ、私は安全地帯にいない。
そこで、やっと理解した。
なぜ被害者は訴えないのか。まだ、安全な場所に身を置けていないから。心がまだ、あそこにいるのだ。
審査請求から1年半以上経った今も、上司の夢を見てうなされることがある。
結果は出なかった。それでも、あれは精一杯やったものだ。区切りはつけた。
戦うことを選んだのは、私の選択だ。でも、戦わなくていい。逃げることも、自分を守る決断だから。
言葉にしなければ、またあの恐怖を体感することはない。記憶は薄れた方がいいものもある。どうするかは、あなたが決めていい。
あなたの人生を、今度こそ自分の好きに。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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