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英語学習は「うさぎと亀」のレースだーグリットとマインドセット

【第16回】 忙しい教師のための『あたらしい第二言語習得論』のエッセンス

みなさん、こんにちは。早稲田大学の鈴木祐一です。

前回(第15回)は、ビリギャルの物語を手がかりに、「英語学習に地頭は必要か?」という問いを考えました。

言語適性は英語学習のスピードを予測するけれど、教え方次第でその影響は変えられる―適性処遇交互作用(ATI)の考え方を紹介しました。

今回は、その続きです。

前回の結論は、「地頭は有利ではある。でも、それがすべてではない」でした。

では、才能以外に何が大切なのか。

今回は、SLA研究で近年注目されている「非認知能力」にスポットを当てます。

才能という足の速い"うさぎ"と、粘り強さという"亀"――英語学習のレースで最後に勝つのはどちらでしょうか。

才能がすべてなら、ビリギャルは慶應に受からなかった

前回紹介したビリギャルの物語で、多くの人が見落としがちなことがあります。

それは、さやかさんが慶應に合格するまでの1年半の「粘り強さ」です。

坪田先生という最高の環境に出会えたことは確かに大きかった。でも、環境が整っただけで合格できるほど甘い話ではありません。毎日10時間以上の勉強を1年半続ける―これは並大抵の粘り強さではできないことです。

SLA研究でも近年、適性のような「才能」だけでなく、粘り強く努力を続ける力―いわゆる非認知能力―の重要性が注目されるようになっています

マインドセットが学びを左右する

まず紹介したいのが、マインドセットの話です。

心理学者のキャロル・ドゥエック(Carol Dweck)は、人の学び方を大きく左右する2つの信念を提唱しました。

成長マインドセット(growth mindset)を持つ人は、「自分の能力は努力で伸ばせる」と信じ、困難をチャレンジと捉えます。一方、固定マインドセット(fixed mindset)の人は、「どれだけ努力しても才能は変わらない」と思い込み、挑戦を避けがちになります。

外国語学習でも同じです。「努力すれば上達する」と思えるか、「自分には語学の才能がない」と思い込むか。

近年のメタ分析では、成長マインドセットを持つ学習者ほど外国語能力が高い傾向にあることが報告されています。

ここで注目したいのは、マインドセットは教師の働きかけによって変えられるという点です。

近年の心理学研究では、教師のマインドセットが学習者のマインドセットに影響を与えることが示されています。つまり、先生自身が「この子は伸びる」と信じることが、生徒の可能性を開花させる原動力になるのです。

ドゥエック本人によるTED Talkでは、「まだできていないだけ(not yet)」という考え方の力が語られています。6分程度の短い動画ですので、ぜひご覧ください。

「第二言語グリット」という考え方

もう一つ、近年SLA研究で注目されている非認知能力があります。グリット(grit)です。

グリットとは、遠い先の目標に向かって持続的に努力し続ける力のこと。アメリカの心理学者アンジェラ・ダックワース(Angela Duckworth)が提唱した概念で、才能や知能よりもグリットが長期的な目標達成に影響するという点が強調されています。

グリットは2つの要素から成り立っています。

  • 「粘り強さ(perseverance of effort)」:困難でも諦めずに努力を続けること。

  • 「情熱(passion)」:長期的な目標や興味を持ち続けること。

SLA研究では、外国語学習に特有のグリットを「第二言語グリット(L2 grit)」と呼んでいます。「私は勤勉な英語学習者です」「外国語の苦手な部分を改善するために時間と努力を費やしています」といった項目で測定されます。

ダックワース本人によるTED Talkでは、彼女自身が教師時代の経験から、グリット研究に至った経緯が語られています。こちらも6分程度です。

うさぎと亀の英語学習レース

では、才能と粘り強さは、英語学習の成果にどう影響するのでしょうか。

近年の研究では、言語適性と第二言語グリットが、いずれも英語学習の成果を予測する要因であることが示されています。

この比喩は、Teimouri et al. (2022) の研究タイトルから来ています。

The Hare and the Tortoise: The Race on the Course of L2 Learning
(うさぎと亀:第二言語学習レース)

言語適性の高い学習者を「うさぎ」、グリットの高い学習者を「亀」に喩えたものです。

うさぎは最初、圧倒的なスピードで走ります。文法の規則をパッと見抜き、新しい単語もすぐに覚える。でも、長いレースの中では、コツコツ粘り強く走り続ける亀が追いついてくる。

英語学習はマラソンです。短距離走ではありません。うさぎのスピードだけでは走りきれません。

言語適性が高い学習者は初めのうちは速いペースで進められるかもしれません。しかし、長期的に見ると、グリットのような非認知能力は、適性以上に重要な役割を果たす可能性があるのです。

才能と粘り強さは別物

ここで一つ、重要なポイントがあります。

成長マインドセットやグリットは、言語適性とは相関しないことが分かっています。

つまり、「才能がある人は粘り強い」とか「才能がない人は諦めやすい」という単純な話ではないのです。才能と粘り強さは、独立した別の力です。

ただし、注意が必要なこともあります。言語適性が低い学習者は、すぐに成果が出にくいため、諦めやすい傾向が生まれる可能性があります。逆に、言語適性が高い学習者でも、成功を自分の能力のおかげだと思い込みすぎると、壁にぶつかったときに粘り強さを発揮できなくなることがあります。

どちらの場合も、非認知能力は様々な要因で変化しやすいからこそ、教師の働きかけが重要になるのです。

じゃあ、教室でどう活かす?

前回は「教え方を変える」というATIの視点を紹介しました。

今回のポイントは、「生徒への働きかけを変える」ことです。

具体的には、次の3点を意識してみることをおすすめします。

①成長のプロセスに着目したフィードバックを与える

生徒が書いた英作文に対して、「文と文のつながりがスムーズになったね」「具体例が増えて、分かりやすくなったね」――こうした具体的なフィードバックは、「努力すれば伸びる」という実感を生み出します。結果だけでなく、プロセスの変化を言語化して返すこと。これが成長マインドセットを育てる第一歩です。

②成功を「努力の成果」として捉えるよう促す

テストで良い点を取った生徒に、「才能があるね」ではなく、「よく頑張ったね」と声をかける。些細な違いに見えますが、前者は固定マインドセットを強化し、後者は成長マインドセットを育てます。

外国語学習のスピードには個人差があります。でも、粘り強く努力すれば確実に英語力が向上していく。そのことを実感させることが、教師にできる最も大切な働きかけの一つです。

③長期的な成長を「見える化」する

グリットの核は、長期的な目標に向かって努力を続ける力です。でも、英語力の成長は日々の授業では見えにくい。見えなければ、粘り強さは続きません。

たとえば、学期の最初と最後に同じスピーキングタスクを録音させる。半年前の自分と今の自分を聞き比べたとき、「あ、前より言えるようになってる」という実感が生まれます。この実感こそが、次の半年も頑張ろうという粘り強さの燃料になります。

成長マインドセットが「努力すれば伸びる」という信念だとすれば、グリットはその信念を行動として持続させる力です。そして、成長の実感がその持続を支えるのです。

おわりに

前回と今回で、言語適性について2回にわたってお話ししてきました。

前回のメッセージは、「教え方次第で、才能のハンデを取り戻せる」

今回のメッセージは、「才能と同じくらい、粘り強さが大切だ」

ビリギャルのさやかさんは、坪田先生との出会いで「環境」が整い(ATI)、そこから1年半、粘り強く努力を続けた(グリット)。この2つが揃ったからこそ、慶應合格という結果につながったのだと、SLA研究の視点からも説明できます。

英語学習は、うさぎと亀のレースです。才能という足の速さだけでなく、粘り強く走り続ける力が、長期的なゴールへの到達を左右します。

そして、亀の粘り強さを育てられるのは、日々生徒と向き合っている先生方です。


追記

本記事で紹介した「うさぎと亀」の研究論文は、以下です。言語適性とグリットの両方が英語学習に影響するという知見は、教師と学習者にとって「才能がすべてではない」という心強いメッセージだと思います。

参考文献

Teimouri, Y., Tabandeh, F., & Tahmouresi, S. (2022). The hare and the tortoise: The race on the course of L2 learning. The Modern Language Journal, 106, 764-783.

『あたらしい第二言語習得論』(研究社)の6章では、言語適性と非認知能力についてさらに詳しく解説しています。