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TREASURE SWIMMER【トレジャースイマー】第1話

TREASURE SWIMMER
【トレジャースイマー】


あらすじ
 小学6年生の8月、宝良、千景、凛花は地元の水泳大会に参加していた。3人ともスイミングスクールに通っていたため、それぞれ良い結果を残す。そんな彼らの元に大会の記録係をしていた中学2年生の凪紗がやってきて水泳の強化選手コースに入らないかと勧誘をする。ここから今まで習い事としてやってきた水泳を本気で取り組み始めていく。県内における様々な大会に出場し、ライバル達とタイムを競い合う。日々の練習はもちろん、他チームとの合同合宿や学校での日常など盛りだくさんな毎日にそれぞれがスイマーとして成長していく。個性豊かな登場人物達が繰り広げる、青春スポーツラブコメディ。

概要
 主人公は宝良で、メインとしては宝良、千景、凛花の3人になります。彼らの小学6年生から高校3年生までの6年間を描きます。
 時代背景は2009年8月から物語は始まっており舞台は東北のとある田舎です。
  画像は登場人物たちのイメージカラーです。
  令和の今、平成を彩ったリバイバルが多く見られているのを意識し、漫画映え、映像映する作品を目指し描きました。
  また、この物語はフィクションであり、実在の人物 団体 事件とは一切関係ありません

時系列
 2009年
 8月7日(金)   市内小学校水泳競技大会
 8月18日(火)〜22日(土)
                         強化選手コース仮入部期間
 9月20日(日) タカライ
 9月22日(火) 第3話更衣室での会話
 10月4日(日) 県南水泳記録会


第1話
 夏の日差しがジリジリと照りつけるプールサイド、セミの鳴き声が響き渡り、強い塩素の匂いがツンと鼻を刺激する。そんな8月上旬、水泳部に所属している市内の小学生を対象にした水泳大会がここ、屋外プールにて行われていた。ピッと強い光を放ちながら鳴るピストルの音、その合図でいっせいに飛び込み水しぶきをあげながら水中を一生懸命進む音。出場選手たちを後押しする声援がこの高台にある屋外プールの周辺、また坂を下った住宅街まで届いていた。
 そんな朝から慌ただしく開催されていた今大会も残すところ数競技で終えようとしている。日も落ち着いて周りも多少のんびりムードになっているさ中、自分たちの学校名が入ったテントの下、隅に固まって座りながら話をしている3人がいる。小学6年生の安堂宝良あんどうたから叡山千景えいざんちかげ浜波凛花はまなみりんかである。
 この3人は家が隣同士のいわゆる幼馴染。小さい頃から一緒にいるがそれぞれ性格はバラバラで、元気で活発な宝良、物静かで大人しい千景、そして唯一の女の子である凛花という組み合わせであった。そんな3人が小学6年生になっても隅に固まって何をそんなに仲良く話をしているかと言うと、それは大会の成績に関することであり、お互いを讚えあっている最中であったのだ。
 宝良は自由形、千景は平泳ぎのそれぞれ50mと100mのレースに、凛花は自由形の100mとバタフライの50mのレースに出場し、全ての競技において優勝を収めていたのだ。市内の小さな水泳大会ではあるがどうしてこう3人とも出場競技で優勝出来たかと言うと、小さな頃から週2回スイミングスクールに通い練習を共に行ってきたからだ。
「みんな1位取れて良かったな!」
 宝良はそう言いながら嬉しそうに賞状を眺めている。
「ほんと良かった。それに今年も総合優勝出来そうだから、また学校に優勝カップ持って帰れるね。」
 凛花も嬉しそうにそう伝える。
「まぁ元々うちの学校部員多いからな。この後のリレーも男女それぞれ優勝すれば確実だよ。」
 千景はみんなの賞状を集めてひとつにトントンとまとめながら呟いた。
「ずっと練習頑張ったもんな、早く青嶋コーチに報告してぇー。」
 青嶋コーチとは3人が通っているスイミングスクールのコーチで、小学生最後のこの大会に向けての特別練習をここ数ヶ月間指導してくれていたのだ。1位を取った嬉しさから宝良はテンションが上がってしまい昨年のオリンピックのテーマソングを口ずさみ、歌い始めた。サビに差し掛かるに伴い声のボリュームも段々と大きくなっていく。そんな宝良の性格を千景と凛花は理解しているため1番いいところで脇腹を人差し指でつついた。すると宝良は「ヒャッ!」と声をだして前屈みになり身体を小さく丸めた。
「まだ大会中だよ、歌うのは帰ってからにして。」
 そう言った千景に宝良は「はぁい。」と小さな声で返事をした。
「そうだね。もう今やってる表彰式終わったら私は先に召集行かないと。」
 凛花はゴーグルと水泳帽をバッグから取り出し準備を始める。
「頑張って。」
「うん、2人もね!」
「おー!絶対リレーも優勝するぞー!」
 競技の合間合間に各種目の表彰式が行われていて、あと残すは男女それぞれのフリーリレーとなっていた。そんな最終種目に向けお互いに士気を高めていた3人の元に近づき声をかける人物がいた。
「おーい、凛花ちゃん!」
「あ、なぎちゃん!」
 声をかけられた凛花は嬉しそうに返事をしてその人物に駆け寄った。セミロングの明るい茶髪、上下青色のジャージを着ている柔らかい雰囲気を纏った女の子がいた。背丈は凛花とそんなに変わらないが明らかに年上できっと中学生だろう。
「2種目とも優勝おめでとう。」
「ありがとう。私もずっとタイム計測してたなぎちゃんのこと見てたよ。」
「これは毎年恒例だからね。」
「かっこいいよね、私もやってみたいな。」
「来年、中学生になったらできるよ。」
「えー!ほんと?」
 彼女はタイム計測係として今大会に関わっていて、白いポロシャツに白い帽子を被っている役員と共に作業を行っていた。大人達の中でジャージ姿の子供が混ざっているのはとても目立っていた為、宝良や千景も彼女のことは見たことがあったもののまさか凛花が知り合いだったとは知らなかったのだ。
「そこの2人も優勝してたよね、おめでとう。」
 不意に声をかけられ驚いた宝良と千景はカタコトにありがとうございますと返した。
「もしかして前に話してくれた幼馴染?」
「うん、そうだよ。こっちが宝良で、こっちが千景。」
 凛花は手を差し伸べながら紹介を始める。
「あと2人にも紹介するね、こちらは凪紗ちゃん。清風学園中の2年生、水泳部なんだよ。」
「初めまして、潮凪紗うしおなぎさです。」
 凪紗は2人に軽く会釈した。すると名前を聞いた宝良は驚いて、
「え!潮凪紗って、パンフレットに名前載ってた。大会記録の所に。」
 そう言ってパンフレットをバッグから取り出し、ページを捲った。自由形の50m、100m、200mの大会記録の欄に凪紗の名前が書かれている。
「すごい、3種目も大会記録になってる。」
 千景も尊敬の眼差しで凪紗を見つめている。
「もうそんなに見ないで、なんか恥ずかしいな。閉じて閉じて。」
 凪紗は身振り手振りでパンフレットを閉じるようにお願いする。
「こんなすごい人といつから知り合いだったんだ?」
 宝良は凛花に尋ねる。
「なぎちゃんはうちの整骨院のお客さんだよ。」
「あー、なるほど。」
 宝良と千景は頷きながら納得した。凛花の家は整骨院を営んでおりその名も『はまなみ整骨院』。要するに苗字をそのまんま使ったわかりやすい名前の整骨院なのである。
「君たちは中学では部活はどうするの?」
 凪紗は宝良と千景に尋ねる。小学校では複数もの部活を掛け持ちをすることが可能で、凛花を含め3人は春は陸上部、夏は水泳部、秋から冬にかけてクロスカントリースキー部に所属をしていたのだ。確かに中学生になると掛け持ちするのは難しいためひとつの部活に絞ることになるだろう。しかし今まで考えたことのなかった質問に2人は悩んでしまう。それを見て凪紗は
「中学でも水泳部に入ってみるのはどうかな?」
 と提案してきた。
「もしそうなったら強化選手コースに入って練習していくのが1番いい方法だと思うんだけど……」
 「強化選手コースってなんですか?」
 千景が凪紗に尋ねる。
「強化選手コースっていうのは週5日、1日2時間練習していて、主に中高生が対象の水泳練習チームなの。」
「ほぼ毎日練習で1日2時間も!?泳げるのかな。めっちゃしんどそう。」
「まぁ練習は大変だけど今より泳ぎも上手になるし、絶対タイムも上がるよ!」
 確かに水泳は好きだし、タイムが上がるってのは魅力的だ。
「2人ともポテンシャル高いし、絶対これからもっと速くなるよ。」
 凪紗からこうも褒められ、勧められてしまうと全然悪い気はしなくて、なんだか話に乗ってみたくなってしまう。
「まぁ、みんなお家の人と話し合ってからじゃないと決めれないけどね。もし良かったら話してみてね。」
 凪紗は宝良と千景にそう伝えた。
「凛花はどうするんだ?」
 凪紗の隣で話を聞いていた凛花に宝良は尋ねる。
「私は、やってみようかなって思ってる!もうパパとママにも話したよ。」
「そっかー、しっかりしてるな。」
「全然そんな事ないよ。私も誘われたのついこの前だし。」
 凛花の話を聞いて宝良と千景はまた考え始める。すると凪紗が思い出したかのように話し始めた。
「あ!そうだ。2人が入ってくれたら男子はチームでリレーに出れるよ。」
「へぇー、そうなんだ。」
「今、中1の男子が2人いるからちょうど4人になってリレーが組める。」
 そう言うと周りをキョロキョロ見回し凪紗は遠くにいた中学生であろう男子を呼ぶ。
「あ、いたいた。りゅーが、そーご、こっち来てー。」
 1人は凪紗と同じ青色のジャージ、もう1人は地元中学の体操服を着ていた。
「チームが一緒の南条龍我なんじょうりゅうが平澤壮吾ひらさわそうご。」
 凪紗に紹介され宝良たちは挨拶をする。そうこうしていると女子フリーリレーの招集が始まり凛花はその場を立ち去る。
 この人たちは中学でも水泳続けているんだ。1つしか歳は離れていないのに何故かどことなく威圧感を感じる。
「この2人も昨年大会記録出したんだよ。」
「えっ!そうなの!」
 そう言ってまたパンフレットを開く。すると100mの自由形に龍我、50mの背泳ぎに壮吾の名前がそれぞれ載ってあった。
「ほ、ほんとだ。」
 パンフレットをじーっと見つめている2人に龍我が話し始める。
「そんなに早くないから今年破られると思ってたけど、全然大丈夫だったやつな。」
 それを聞いた今年自由形の100mで1位を取った宝良は鼻を高くしている龍我にカチンときて、言い返す。
「たったあと一秒だったし!全然では無いだろ!」
「はー?1秒差はデカいだろ!そもそも名前聞いた時点で大会記録の人だって気づけよな!」
「タイムしか見てませんでしたー!」
 2人はバチバチと火花を散らす。
「みっともないぞ龍我、小学生相手にムキになるな。」
 壮吾は風で乱れた前髪を手で直しながらそう呟いた。小学生相手と言っているが自分たちだって去年まで小学生であったのに何を言っているんだと思いつつ、何か見えない壁のようなものがあって、この人たちは格上の存在であることを宝良は実感する。それと同時に負けたくない、勝ちたいという気持ちが芽生えメラメラと燃え上がる。
「俺、強化選手コースやります!」
 宝良は声高らかにこの場にいる人々に宣言をした。あまりにも大きな声で宣言するものだから周りの視線が集まっている。
「ちょっと宝良、声でかいよ。」
 やる気に満ち溢れてる宝良が暴走しないように千景は宥めようとする。すると宝良は
「千景もやるよな!」
 と言って千景の肩に手を回しグッと引き寄せた。
「え、そうなの?」
 勝手に話が進んでしまいキョトンとする千景。そんな仲睦まじい2人をみて凪紗は微笑む。
「よし、これで4人は集まった。」
「他にも誰かに声掛けたんですか?」
「そう、もう1人女の子にね。その子も今頃召集されてるんじゃないかな。じゃあ私たちも戻らないと、リレー頑張ってね。」
 凪紗はそう言って龍我と壮吾を連れてその場を立ち去った。この後のフリーリレーは男女ともに宝良たちの学校が優勝し、大会は無事幕を閉じたのであった。

 お盆が過ぎて夏休みも残り僅かとなった。今日から5日間、スイミングスクールにて強化選手コースへの仮入部期間がスタートしたのだった。練習開始は17時30分。初日であるため3人は30分早く建物の前に到着していた。
「いつも来てるプールなのに緊張する。」
 凛花はこれから始まる過酷な練習に心臓がバクバクであった。
「もう後戻りは出来ないよ、きっとなるようになる。」
 千景が自分に言い聞かせるように呟いた。そんな2人と代わっていつも通りの宝良は
「もう早く入ろうぜ!」
 と言いながらそれぞれの手を引っ張って中に入っていった。すると入口のすぐ側に凪紗を見つける。
「「「こんにちは!」」」
「待ってたよー、今日から頑張ろうね。」
 凪紗は笑顔で3人を迎え入れた。そんな彼女の横には見知らぬ女の子が立っていた。
「そうそう、この子も今日から仮入部するの。宇佐美うさみいろはちゃん、みんなと同じ小6だよ。この前の大会にも出てたよね。」
「はい、よろしく。」
 腰まであるストレートな黒髪が印象的だ。いろははその場の中で1番背が高くスラッとしていた。クールな返事をするいろはは宝良たち3人と比べると一段と大人っぽく見える。
「じゃあ今から着替えて17時15分までにプールサイドに集合!」
 凪紗にそう言われ男女別れて更衣室に向かった。宝良と千景が男子更衣室に入ると床に座ってゲームをしている龍我と壮吾がいた。
「そうか今日からか。強化選手コースはキツイぞ、お前たちついて来れるかなー」
 龍我はニヤニヤしながら煽るように宝良に近づいて来た。そんな相手に負けじと宝良もバチバチと火花を散らす。
「絶対やりきってみせます。そんで先輩のタイムすぐ越してやりますよ。」
「俺だって絶対負けねぇ!」
 言い合いをしている2人に壮吾は
「今日はただの練習でしょ、馬鹿なこと言ってないで着替えよう。」
 と2人の間に入っていざこざを止めた。水着に着替え水泳帽、ゴーグル、そしてスポーツドリンクを持ってプールサイドに向かう。既に女子たちは到着していて、ビート板を数枚縦に並べてそこに座りストレッチをしていた。
「練習の始まる15分前くらいからプールサイドに来てストレッチするの。前屈したり、アキレス腱伸ばしたりね。」
 そう言われ見様見真似でストレッチを始める。
「30分になったらコーチが来て練習メニューを聞くんだけど、そうだなぁ。今日は簡単な用語を先に覚えちゃおっか。」
 そう言うと凪紗は小学生たちに水泳用語解説を始めた。
「私たちは普段、バタフライのことはバッタ、背泳ぎのことはバック、平泳ぎのことはブレって呼んでいるよ。文字にする時はFly、Bc、Brって英語で略して書くかな。ちなみにバタフライだからFlyじゃなくてBaって書く人もいる。」
 凪紗の説明を受けて小学生たちは「へぇー」と頷く。
 「あと、自由形はフリーね。名前の通りどんな泳ぎでもいいんだけど基本みんなクロールのことをそう呼んでる。個人メドレーのことも個メって略して言うかなー。」
 ほうほう、なんだか専門用語を使うとThe競泳選手って感じで少しテンションが上がる。
 ストレッチも程々に練習開始の5分前、宝良と千景はトイレに向かった。中に入ると鏡の前で髪の毛をいじっている壮吾がいた。あともう数分もすれば練習が始まり、水泳帽を被り髪の毛など濡れてしまうのに、彼は一体何をそんなに整えているのだろうと不思議に思いながら横を通り過ぎる。周りなど気にせず、まるで鏡の中の自分に見とれているようだ。この人はきっとそう、ナルシストなんだろう。
 先程まで使用していたビート板を片付け横1列に並んでコーチが来るのを待つ。そういえばコーチがどんな人か聞いていなかったな、一体どんな人なんだろう。期待と不安に胸ふくらませその時を待つ。
「よーし、練習始めるかー。」
 そう言って我々の目の前に現れたのはとても見覚えのある人物であった。
「え!強化選手コースって青嶋コーチなの?」
思わず宝良は青嶋コーチに問いかける。
「あぁ、そうだ。強化選手コースは今までとは全く違うぞ、厳しくしていくからな。」
 コーチの言葉に凛花は「ヒッ!」と身体を身震いさせる。
「みんな一応面識はあるんだよな。それじゃあ凪紗、挨拶。みんな続けよ。」
 その声に中学生たちはシャキッと背中を伸ばし両手を真っ直ぐ体に添わせ姿勢を正す。それを見た小学生たちも急いで姿勢を正した。
「気をつけ!よろしくお願いします!」
「「よろしくお願いします!」」
 凪紗に続き挨拶をして一礼する。コーチへの挨拶が終わると後ろを振り向きプールに向かって同じように挨拶をする。このように練習の始まりと終わりにコーチとプールに向かって挨拶をするのが決まりとなっているのだ。
「よーし、じゃあ中学生たちはアップ400、小学生たちは300な。」
 練習はプールの2コースを使用し、中学生チームと小学生チームで別れて練習が行われた。アップの400や300というのはそれぞれメートル数のことで練習を始める前に体を慣らすために泳ぐことだ。
 アップが終わってからのメニューは普段の練習よりかなり早いサイクルで進んでいき、泳ぐ距離もいつもの倍以上だった。今まで練習中に水分を取りたいと思った事など1度もなかったのにものすごく喉が渇く。全身濡れているため分からないがきっと汗がすごい量出ているのであろう。タイミングを見計らって持ってきていたスポーツドリンクを飲み、時間が来たらまた泳ぎ始める。宝良たちは与えられた練習メニューを脇目も振らず一生懸命こなしていった。
 そうして時間はあっという間にすぎ練習時間の半分が過ぎた。もう1時間も経ったのかと思っていると、更衣室の扉が開き、数人こちらに向かって歩いて来た。手にはプルブイと呼ばれるビート板やゴーグル、そして水泳キャップを持って、カラフルで丈の短いボックス水着を着た4人の男子たちだった。
「やっと来たな、遅いぞ!」
「今日、登校日だったんですよ。」
 コーチはその4人と話し始める。
「じゃあ自転車で来たんだろ、ストレッチいいからさっさと入れ!」
「待って、肩だけ伸ばさせてー!」
 壁に腕をつけてストレッチをしている。
「丁度もう1コース使える時間帯になったしな、早く準備しろ。」
 その4人は軽いストレッチを終えるとコーチとプールに挨拶をした。時刻は6時半を過ぎ、強化選手チームが全部で3コース使用出来るようになったのだ。
「あれ?今日なんか人多い?」
 4人の中で唯一眼鏡をかけている人物がそう呟く。
「仮入部中の小学生だ!一応紹介しとくか。」
 そう言うと青嶋は手を差し伸べて
「手前から、政宗まさむね零司れいじ正弥せいや、全員高2。で、この眼鏡をかけてるのが新太あらた、こいつだけ高1。次、宝良、千景、凛花、いろは。全員小6。以上!」
 「そんなポンポン名前言われたって覚えられないよ!」
 4人の中でも一際チャラそうな茶髪の零司が困ったようにそう呟いた。明るく楽しそうにしている高校生たちは小学生と比べると遥かに身長が大きいのはもちろん、筋肉の付き方も大人で宝良と千景は目をキラキラさせ見蕩れている。凛花は今までの人生で男子高校生と関わったことすらなかったため未知との遭遇でこれまた緊張し始めた。それに対していろはは顔色ひとつ変えずにいる。
「高校生、4人も居るんだ。」
 怯えている凛花にいろはは大丈夫?と声をかけた。
「いろはちゃんは緊張しないんだね、お兄ちゃんとかいるの?」
「お兄ちゃんはいないよ、でも近所に高校生いるから。」
「そうなんだ。」
「慣れるよ、いつか。」
 そう言って今日初めてちゃんと話したのに慰めてくれた事が嬉しくて凛花はいろはともっと仲良くなりたいと思ったのだった。
「とりあえずいいから、さっさと練習始めるぞー!」
 そうして紹介されたもののそんな直ぐに顔と名前が一致するはずもなく、あやふやなまま練習は再開された。
 残り時間が30分となった所、今日の練習のメインが発表された。
「仮入部初日だからな、タイムアタックをするぞ。お前たち全力で泳げよ。」
 飛び込みで50m全力で泳ぎ切る。コーチがタイムを計っているため自己ベストプラス1秒以内に泳ぎきることが条件であった。基本3人ずつスタートするため残りの人達はプールサイドに上がって順番を待つ。
S1エスワンでいけよ、小学生はクロールとS1半分ずつな。」
「S1って何?」
 コーチから言われたS1が分からず首を傾げる小学生たち。すると近くに立っていた正弥が
「S1は自分の専門種目のとこ。」
 と教えてくれた。それに補足するように凪紗が
「これから50mを6本泳ぐから、最初の3本S1で残りの3本クロールになるかな、フリーがS1の人は6本全部クロールで!」
 わかりやすい説明を聞き理解した小学生たちは正弥と凪紗に感謝を伝えた。こうしてタイムアタックが始まった。順番は年功序列で高校生たちからであった。
「しっかり見とけよ。」
 コーチが宝良たちに話しかける。そしてよーいと声をかけて首から下げていたホイッスルを鳴らす。その瞬間、高校生たちは高らかに飛び込んだ。なんだあの飛び込みは、脚力を最大限に使ったしなやかな飛び込み。しっかり潜水して距離を稼ぐバサロ。泳ぎはあっという間に25mを折り返しスタート地点まで帰ってきた。
「す、凄い。」
「一瞬だった、、」
 そうこうしている間にすぐ自分の番が回ってきた。繰り返す中で順番待ちの間に疲れを取りまた万全の状態で泳げるように準備をする。それでもベストプラス1秒というタイムはなかなか厳しい条件であった。そのため先輩たちの纏う雰囲気が小学生とは違うということを感じ取る。そんな中でも宝良たちはそれぞれがむしゃらに最後まで泳ぎきりこの日のメインメニューは終了した。
「しっかりダウンしろよー。」
 再びプールに戻り、ハードメニューで疲れた体を休めながら泳ぎ始める。宝良はダウン中、先輩たちの泳ぎを思い出していた。初めて生で見た大人の本気の泳ぎに魅了された。迫力のある腕の動きに勢いのあるバタ足。あっという間に目の前を通り過ぎていく高校生たちがかっこよくて堪らなかった。もちろん今までテレビで水泳選手たちが泳いでいる姿を見たことはあったし、何となくその雰囲気もわかっていると思っていた。しかしこんなに目を惹かれるとは思ってもみなかった。ある程度泳ぎ区切りのいいところで、1度足を着いて止まった。顔を水面からあげると目の前にしゃがんだコーチが居た。少し驚いてゴーグルを外す。するとコーチが話しかけた。
「今日の練習どうだった、続けられそうか?」
「はい。俺、先輩たちみたく泳げるようになりたい!」
 宝良はコーチの目を真っ直ぐ見てそう答えた。先輩みたいになりたい、心の底からそう思っている。そんな思いを馳せている宝良を見てコーチは微笑む。
「まだまだ今日初日だから、最終日までへばるんじゃないぞ!」
 そう言って宝良の頭を撫でた。
 選手たちはダウンを終えプールサイドに上がる。そうして全員横1列に整列をした。それを見たコーチが合図をかける。
「政宗、挨拶!」
「気をつけ、ありがとうございました!」
「「ありがとうございました!」」
 こうして宝良たちの強化選手コース仮入部1日目が終了した。

 

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