ロレンツ・ハートの悲しい最期をイーサン・ホークの名演で〜映画「ブルームーン」
「グレイト・アメリカン・ソングブック」という言葉がある。正式な定義があるわけではないが、1920ー60年頃に作られたアメリカの楽曲。ポピュラー音楽、ミュージカル、ジャズといった世界で生まれ、多くの名曲が、今もスタンダードとして愛されている。
著名な作家、アーヴィング・バーリン(1888ー1989年)やコール・ポーター(1891ー1964年)は、作詞作曲を手がけた。ジョージ・ガーシュイン(1898ー1937年)が作曲した多くの作品には、兄アイラ・ガーシュインが作詞を提供した。作曲家・作詞家がコンビとして名を馳せたのが、ロジャース&ハート、作曲リチャード・ロジャース(1902−1979年)、作詞ロレンツ・ハート(1895ー1943年)のコンビで、多くのミュージカルを制作した。
ロジャース&ハートの作品で、超有名なのは、“My Funny Valentine“、“Manhattan“、“Bewitched, Bothered and Bewildered“、“The Lady is a Tramp“。そして、“Blue Moon“。
リチャード・リンクレーター監督、イーサン・ホーク主演の映画「ブルームーン」は、このコンビの作詞担当、ロレンツ・ハートの晩年の一夜を描いている。
ニューヨークのブロードウェイ、上演されているのはロジャース&ハートの新作ミュージカル……ではなく、ロジャースが作詞家オスカー・ハマースタイン2世と組んだ「オクラホマ!」、1943年である。アルコール依存症など、ハートの私生活上の問題は、ロジャースを新しいパートナーへと導いた。
劇場のボックス席から見つめるハートだが、観客からの喝采が鳴り響く中、ショー半ばで劇場を後にする。ハートが向かったのは、レストラン「Sardi's」。バーデンダーのエディとのやり取りが映画ファンにはグッとくる。二人が愛でるのは映画「カサブランカ」である。「オクラホマ!」の初日が終演し、「Sardi's」ではその成功を祝うパーティーが開かれようとしている。
農場を舞台とする楽しいミュージカルと、ハートが愛するハードボイルドと洒落たセリフの世界は対極にある。ハートはパートナー、リチャード・ロジャースが別の人間と協働することに複雑な思いを抱くが、表面的には大人の振る舞いをする。リチャード・ロジャース役のアンドリュー・スコット、どこかで見たと思ったらNetflix「リプリー」の主役だった。
もう一つの軸は、若く美しい女性エリザベス。ショー・ビジネスの世界に入ろうと考える彼女と、47歳という微妙な年齢のハートとの奇妙な関係。エリザベスの周囲には、将来のミュージカル界を担うスティーヴン・ソンドハイム、映画「明日に向かって撃て!」「スティング」などの監督、ジョージ・ロイ・ヒルをモデルとする若き才能がきらめいている。
彼らとは対照的に、ハートと“共鳴“するのは、E.B.ホワイト、児童文学「シャーロットのおくりもの」の作者としても知られる、雑誌「The New Yorker」の有名ライター。ハートと同世代、こちら側の人間である。
ドラマの大部分はロレンツ・ハートつまり、イーサン・ホークの台詞で占められる。これを楽しめるかどうかは、本作を観る上での大きなポイントだと思う。
問題を抱えながら、自身にどう向き合うか。私はロレンツ・ハートを大いに応援していた。映画の冒頭では、ハートの悲しい最期が提示されている。彼の心の中の“Blue Moon“は金色に輝いただろうか

