見出し画像

春の星々(140字小説コンテスト2025)一次選考通過作

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

春の文字 「原」
選考 ほしおさなえ(小説家)・季節の星々選考委員会

一次選考を通過した106編を発表します(応募総数964編)。ご応募いただきありがとうございました。

受賞作(入選4編+佳作6編)は6月末の発表予定です。
優秀作(入選〜二次選考通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。

受賞作の速報はnoteやX(旧Twitter)でお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと記事の更新時に通知が送られます。

一次選考通過作


母が、大好きな紫色の、液体になった。母は病気で蝕まれ、治療に脅かされる前の綺麗な身で、生まれ変わりたかったらしい。掌に掬っても、サラサラと流れ出て、地へと落ちる。色々考えたけれど、瓶に詰めて、保管することにした。加工も治療も施されてない、原液の母が、どうしようもなく愛おしいから。

青田風
彼の名前は原。顔も、歩く姿勢も「原」の文字に似ている人だ。
原は、ココアが好き。原の友達は、森と林という。3人が話す様子は、心の奥深くで繋がる親友という風情がある。なにもかも良いなと思う。原の笑顔も、いい。
私は原が好きだ。いつも、そっと眺めている。いつこの気持ちを打ち明けよう。

青塚 薫
澄み渡る青空と、陽光に濡れた木の葉を見上げながら、俺は原っぱを歩いてゆく。散歩日和だ。風が、体毛の中を優しく吹き抜ける。おい、やめろ、首を引っ張るな。そっちじゃない。俺はこっちに行くんだ。こら、抱きかかえるな、降ろせ。俺の散歩だ。あんたのじゃない。決して、あんたのじゃないんだ。

あおやまままさし
 昨日見た夢の続きだ。俺は原野を駆ける馬になっていた。何かに追われているのではない。ただ怒りのまま地面を蹴りつけている。だが走れ走れ。その怒りが体を突き動かすのなら。そして地平線から朝陽が昇ってきた。あぁ夢が終わる。だが俺が目覚めたとしても、お前は走り続けろ。

赤い尻
晩夏の草原を焼くのは、秋祭りの支度です。凹んだ更地のまんなかに櫓を組み、露店がぐるりを囲みます。祭りのあとは川の水を引き入れて、冬は溜め池として使います。春に水を抜くと、泥底から貝が採れます。すまし汁にすると絶品です。十日も待たず、凹地は草原になります。ではまた次の年に。

蛙形
彼女が、私のコーヒーに角砂糖を一つ落とした。黒い水面に星が揺れる。
「お」
「どうしたの?」
「いや、貴女が落ちてきた夜も、こんな感じだったなって」
「やめてよお、いつの話してんの」
彼女は輝く火花のような声で笑う。
あの夜、私の草原に落ちた、湖の星を揺らしたその時のままで。

浅葱佑
岩陰で楚々と咲く彼に恋をした私は、人知れず彼が朽ちることを惜しみ、その一枝を持ち帰った。枝は人から人へ渡り、彼を原種として華やかな園芸種が生まれた。今では皆が彼の血縁を育て、品定めし、刈り捨てる。たまに彼の元へ行くと何も知らない彼は葉陰に私を隠す。途方に暮れる私は息を殺して泣く。

浅野宏斗
 原付をパトカーが追いかける。私は乗用車でその後をつける。原付が急ブレーキをかけたのだろうか、両車は激しくぶつかって横転し、やがて動かなくなった。
 制止した二つのトミカから手を離して、息子はじっとこちらを見る。真剣な眼差しに戸惑い、私は小さな乗用車をころんと転がす。

跡部佐知
教室でかっているシロちゃんがさなぎになった。さなぎの中で体をとかし、せい虫原きというせっ計図をもとにとぶための体を作り直すと習った。シロちゃんがだっ皮した日、じゅぎょうを中だんしてみんなでシロちゃんを見送った。だれに教わったのか、さなぎから出てきたシロちゃんはとび方を知っていた。

穴ゃ〜次郎
花冷えそよぐ野っ原に寝転がる。空に手を伸ばしても雲は分かれず、星は見えなかった。あれは天国にも地獄にも行けない人がまだ死に続けている光で、生者にしか鎮魂はできない、という母の繰り言をつい懐かしんでしまう。どれが誰だか分からないのがいいのかもな。無信心な鼻歌を捧げつつ家路についた。

天沢蓮
いつも思い浮かべるのは決まってこの野原だ。季節は多分春。雨など降らしても仕方がない。だからいつも晴れに。草青々。柵は長めに一つ。落ちるまで跳んで貰おう。あぁ蹴りすぎだ。抉れて土が…おいおいそれはないだろ?モコモコの毛で空は飛べない。夢は何処へ。さぁて、これで羊は何頭になっただろう

天野 周
腸が煮えくり返っている。いや、腸どころか、体全体が熱く迸っていて、あまりの怒りに俺は身を捩らせた。貴様も太陽の前で灼熱地獄にあえばいい。ネチネチ俺に針を落とし続けた貴様も、油で揚げられたようにカラッとするさ。あの海原と同じ色をした目が爆ぜる。手を合わせましょう、いただかれます。

植村花帆
生まれ変わったら猫になりたいと口にする人だけを集めて、小都市を創り上げた。草原の中にぽつんとある公園で定例会が開かれる。そこでは女子高生も、くたびれたOLも、脂ぎったおじさんだって猫語で喋るのである。にゃあにゃあ、にゃーんと。議題が終わる頃、私は君の名前を呼べなくなっていた。

雨琴
ご先祖様がりんごの盗み食いをしたらしい。そのせいで子孫の我々まで、いつまで経ってもなじられ続けている。身に覚えもないことで、悪びれておどおどしているほうが気味が悪い。原罪なんて考え方、思いついたやつのほうが罪深いわ。その人もとっくの昔に、閻魔様に舌を抜かれたのかもしれないけどな。

右近金魚
その日、村では野原に百もの椅子を並べる。テーブルにご馳走も用意するが自分達のためではない。「来たよ」子供達の声と共に山から弦や笛の音が降りてくる。やがて椅子の上に楽団員の姿がポツリポツリと灯りだす。楽団は春巡るたび、かつての戦地にだけ姿を現す。私はスミレを小さく摘み、空にかざす。

うたかた
GWに故郷の熊本へかえった。昔は原っぱだった場所に、マンションが建っている。ここで友人達と缶蹴りなどしたものだ。
眺めていると、隣接した公園からサッカーボールが。蹴り返すと「ありがとうございまあす!」と元気な声が返ってきた。

m.moon23
地球に春が来ない原因を究明する調査委員会が設置され、下っ端の僕は宇宙に飛ばされた。捜査すると土星の輪の陰に座って遠くを見ていた春を見つけた。事情を聴くと私が好きだった地球は変わってしまったと、静かに碧い涙を流した。ああ君も僕と同じなのか。僕も地球に帰るのはやめて春の隣に座った。

大西洋子
ずんと重苦しい雲の下、揺れ動く赤黄青の三原色の傘の列。真ん中の黄色の傘が地面すれすれになるたびに、先頭の赤色の傘が立ち止まる。ほら遅れるよの声とともに青色の傘が寄り添い合う。がんばれ、がんばれ、一年生。再び歩き出した黄色い傘に私自身も励まされる。春は「できる」を増やしていく季節。

花明
原本。それは私が久しぶりに帰省した日のごくありふれた一場面だったが、私と母が切り取られると、父はひとり遺され影になった。笑ったから。その一枚でしか笑わなかったから。でもまあよく見つけたね、と私が笑う。いい写真だね、と母が笑う。なかなかいいもんだな、と父が笑う。年に一度の団欒の日。

俄樂大
夕暮れ時にはいつも上手く呼吸ができなくなる。早く夜になれ、そう思いながら空気を探す。子供の頃、さようならの聞こえない場所には、黒猫とは一緒に入れない、と言われたのが夕暮れ時だったのが原因だろうか。黒猫のような闇が降ってくれば、私は私に戻る。

かわむら しまえ
意を決して原田さんのデスクを訪ねた。社長直下だが、いつも倉庫の横の薄暗い場所にいる。最終手段として先輩から聞いたことを思い出し、経緯をまとめた資料を渡すと、黙ってうなずいた。翌朝、すっかりトラブルは片付いていた。半年分の寿命だった。原田さんは社歴がとうに100年は超えている。

氣嶌竜
健康、お金持ちになりたいと願い小銭を放った。チャリンっと誰かの願いとぶつかる音。目を閉じると、そこには大草原が広がり、願いが自由に飛び交っている。心のくすぐったい部分が刺激され、思わず笑みを浮かべた。数日後、金融機関で同じ音が聞こえ、振り返ると小銭が手数料として活躍していた。

北野ヘラジカ
怒号飛び交う夜のオフィスで、私はひたすら書類を裁断している。いつもぼうっと口を開けて餌を待っているシュレッダーが、ごろごろ音を立てながら紙束を飲み込んでゆく。そろそろお腹が膨れてピーピー鳴き出す頃かな。可愛いなぁ。私がいなきゃ何にもできないんだから。あ、待って、今のって原本じゃ

木畑十愛
星野さんは、原理は不明だけど光っている。眩しいので教室では暗幕を体に巻いて過ごしているくらいだ。ある日意地悪な子が鉛筆で突いたせいで暗幕に穴が開き、漏れた光が映写機のように壁を照らした。皆も星野さんも笑っていて、私だけが笑えなかった。咄嗟に隠した鉛筆は、今もまだ先端が光っている。

草野理恵子
昔のアルバムを見ている。肩から上が木だった頃、やさしい鳥たちがとまり、私はやさしい声で瞳にとまらないでねと言う。鳥たちは私の瞳の中に入る。水がごぼごぼと鳴り、瞳は再び水滴で満たされる。私は濃い緑のワンピースを着ていた。白い襟に鳥たちは糞を落とすと広がり刺繍のように草原が生茂った。

久保田毒虫
先週お別れしたはずのハムスターから電話がかかってきた。「どうしたの?」「ちょっとお金と原付貸してくんない?」「なんで?」「この春から、虹の橋を渡るには通行料がいるんだ。それに歩くのがしんどくて」「でもどうやって送るの?」「いいよ急がなくて。君が虹の橋に来るまで待ってるから」

鞍馬アリス
祖父が建てた家は、毎年春になると裏庭に草原が広がる。草原の中央には、必ず同じ青年が椅子に座っている。祖父は青年と無言で向かい合い、ひとしきり笑う。私はその姿を、少し遠くの場所から眺めていた。夕方に風が吹くと、草原は裏庭に戻る。その瞬間の祖父の悲しげな顔は、今も忘れられない。

鞍馬アリス
小説家だった叔母の書斎には、原稿用紙が川となって流れていた。文字が水音のように響き、部屋は常に涼しかった。私は、夏場によく叔母の書斎へ涼みに行った。文字のせせらぎを聞きながら、叔母が記す文字、その羅列から生まれる物語を好んだ。叔母が亡くなると、原稿用紙の川は枯れ、消えてしまった。

ケムニマキコ
通りに溢れる桜の匂いがどこか退屈だと感じたら、それはきっと模造された春だ。
季節庁の地下に眠る春の原本は、もっと複雑な匂いがする。涙で滲んだインクや抱きしめた時のうなじ、歴代の担当者はいつも、去り際に春の記憶をひとつずつ残していく。だからあんなに、泣きたくなるような匂いがする。

歳時記させ
春の野原を歩いていたら、足元の土が柔らかすぎることに気がついた。石の欠片で掘ってみると、そこには私の子供の時の靴が埋まっていた。昨日の夢で履いていたものだ。周りには誰もいないのに、遠くで「早く履きなさい」と母の声がする。靴を手に取ると、中から温かい湯気が立ち上った。

才田リツ
彼も私も牡羊座で、化学が好き。毎朝二人でラッキーナンバーをチェックして、原子番号と結びつける。一昨日はカルシウムの20。一緒にホットミルクを飲んだ。昨日は硫黄の16。温泉に浸かって癒された。今日は銀の47。ちょうどよかった。誕生日プレゼントに、シルバーのネックレスを用意してたの。

佐伯功一郎
自殺した兄の原付を形見分けで譲り受けた。兄が長年乗っていたはずのブルーの原付は傷一つなく、まるで新品のように綺麗だった。私は毎日ブルーの原付に乗って大学に通い、労働に出掛ける。今日は交差点を通り過ぎた時に信号待ちをしている兄の姿を見かけた。兄は電柱に寄りかかりスマホを眺めていた。

佐伯寿和
緑の海を見たことがあるだろうか。それは様々な水で満たされ、水圧はなく、涼やか。泳ぐ魚は6つ以上の足を持ち、これもまた種類に富んでいる。
大草原、そこに寝そべる私は神のように大きく、魚たちの囁きに耳を澄ませば私も海の一部なのだと気づく。
そして、春になれば海は鮮やかに萌えるのだ。

早希子
原稿の文字が飛び散り私は虫取り網で文字を拾って紙に収める。青色の「い」が中々捕まらず私は網を右から左に振る。すると「い」は窓から飛び出し、木の葉に止まった。豆腐屋が鳴らす音が耳に入る。豆腐を買う客が「い」の文字を見つけ「い」をポケットにしまった。「い」が笑うので思わず私も笑った。

早希子
原っぱで寝転がっていると猫が寄ってきて隣に寝転がった。又一匹と猫が来て横たわる。あっという間に原っぱ、いっぱいの猫。猫達は長く手を伸ばし星を食べて寝る。私は起きて列車に乗ると数匹の猫がついてきた。猫が星をちぎって私に差し出す。断るとシャーと鳴いた。窓から柔らかい風が吹き私を包む。

佐和桜介
心の奥の、もう後少しで届きそうなところがいつも痛い。
教室という狭い檻の中で耳が痛い程の笑い声や自慢話に嗚咽し、興味のない数式に嘔吐いている。
孤独が僕を飲み込んでしまう前に、僕は逃げなければならない。
父の原付のアクセルを、壊れるくらいに踏みつけた。

三城庵
ある春の日、公園の原っぱを散歩していると「この綿毛、お姉さんが守ってて。お願い!」五歳くらいの女の子が私に駆け寄ってきて、タンポポを一本渡してきた。真っ白でふわふわの姿になっているそれは今にも風に吹かれて飛んでいきそう。「待って!」私は顔を上げたが、そこにはもう誰も居なかった。

時雨さよ
私の原風景は広い野原だ。そこは銀世界で何も遮るものはない。空は澄みどこまでも青い。その色が、痛くなるほど目に沁みる。1人ぼっちだがなぜか寂しくなかった。座っていた小さな私は立ち上がり、白い息を吐きつつ歩いていく。雪は柔らかくまとわりついてくる。けれど体重が軽いので辛くはなかった。

自由一花
変数 選ぶ = 配列 => 配列[数学.床(数学.乱数() * 配列.長さ)];
画面.表示(`${選ぶ(['湿','草','雪','海'])}原で${選ぶ(['私たち','君','蟲','王'])}が${選ぶ(['生まれる','笑っている','死ぬ','舞い踊る'])}`);

新出既出
わたしは「原育ち」だ。学童保育よりも、一人で「原」にいくことが多かった。「原」にはいつでも二三人が立っていて、目をあわせたりはしないが、安心できた。「原」はどこでも見つけることができる。夫も「原育ち」だったと思う。来春、産まれてくる子も「原」を見つけ、それを誰にも言わないだろう。

鈴乃さつき
おみずをはんぶん。こっぷにはんぶん。桃色の小さな唇からは少女の知らぬ間にメロディが生まれ落ちている。こっちもはんぶん。瓶詰めされた春の原液をそそいでコップはいっぱいになった。少女はそっとコップに口づけて春を飲み干す。やがて微睡が彼女を誘いに来るだろう。

鈴乃さつき
今年も春の亡骸が見つかったそうだ。葬儀には世界中の人々が参列し、その死を悼むだろう。もちろん私も。でもきっとみんな来年には今年の春を忘れてしまうのだ。花の咲いた原っぱにずらりと並ぶ春たちの墓標を訪れるひとを、私は見たことがなかった。あの子らが生を与えたいきもの達は、我々は薄情だ。

高遠みかみ
原付で迎えに行く、と姉から連絡があった。姉は去年の暮れに死んでいるからおかしな話だった。チャットに返事を入力する間もなく姉は来た。乗りな、と指図する姉。原付は二人乗り禁止だ、と僕。免許見せびらかしたくてさ、と姉は笑った。その後ろから続々と姉がやってきた。僕の姉は二百人いる。

たつき
新しい職場への通勤で久しく通らなかった道を歩く。右手に広がる筈の原っぱは工事現場へと変貌していた。幼き日々に走り回った青く薫る草地は更地となり、新たに草花を植え付けて園芸博覧会場になるようだ。消えゆく自然に思いを馳せて歩き進める。現れたインプラント歯科の大看板越しに職場を臨んだ。

立石博子
はなびら浮いてます、お母さん、ほら、どんどん降ってくる。あら、ほんと、あー、極楽。あっ、お母さん、頭にはなびら乗ってます。加奈さん、あなたもよ。本当だ、ちょうどいい温度ですね、お母さん。そうね、私はもうちょっと熱くてもいいかも。じゃあ、こっち原泉出てますよ、来て、お母さん、熱っ。

tanaka azusa
原田さんが死んだ。この世界では良くある事である。最初は体調が優れないのだと聞いた。原田さんが苦手だった。口煩くて短気だからだ。春が来てもまだ姿がなかった、しつこく聞くと口篭りながら死んだのだと。癌で、病院にも行かず、生まれ育った海へ行き、死んだのだと。好きだった釣りは出来てますか

田中かなた
化学の先生がいつか教えてくれた。僕たちみんな原子でできてる。ふと君の隣で思い出す。粒々が僕を見ている。つぶつぶが僕に近づいてくる。ツブツブが愛していると言う。僕のツブツブは弾けそうになる。「ねぇ、その愛もツブツブでできているの?」僕は宇宙を抱きしめる。

田辺京子
 火花降る戦場で少女が「元の世界に戻して」と涙を零したら、「いいねっ」と神様が相槌をして、スマホもビルも服も兵器もない、緑溢れる地球に戻った。皆んな裸になって、その人類をどこかの偉かった人が「原代人」と名付けたけど、拡まらなかった。誰もが等しく無力で、少女の瞳は燦々と輝いていた。

楽しめっ
原宿では星が見えない。そうだろうか。星はそこらじゅうに歩いているのだ。そして、星は一人じゃ怖くなって互いに引き寄せる。悲しみに暮れた星は光らない。寄り添いあって微かな光を放って、そして燃え尽きるのみであった。原宿では星が見えない。

田村としこ
 その表情が嫌いです。その顔が嫌いです。その話し方が嫌いです。その声が嫌いです。でも、あなたの知識の多さに惹かれます。この原っぱに知識の種をまき育てましょう。その種は私にたくさんの知識の実を届けてくれるでしょうか。そうすれば、私はこれから、びくびくしないで生きていけるでしょうか。

CHIRO
祖父が遺した古びた土塊。庭の隅に置くと、そこだけが太古の草原(はら)になった。名も知らぬシダが茂り、虫が鳴く。都会育ちの孫らは怖がるが、私は時折、その小さな原初の土に裸足で触れている。失われた時間の感触が、足裏から静かに蘇るのだ。

月泉きはる
マリちゃん殺害事件の被告は、悪びれる様子もなく目を擦っている。傍聴席に流れる空気はピンと張った弦のよう。裁判長である夫は、頭を掻きながら重たい息を吐く。裁判を動かしたのは原告である娘だった。「もういいよ」とボロボロの縫いぐるみを抱きしめる。被告のミケは丸まって寝てしまった。

月香 千紘
約束の時間に遅れてしまった僕に、時間通りさ、と星々は云う。オリオンはまだ空にいるじゃないか、と。星たちの時間は幅が広い。時計の指す時刻通りに動けない僕だけど、彼らとの約束を守れなかったことはない。瞬く星との会話に夢中で、乗るはずだった船が海原を滑ってゆくのに今夜も気づかなかった。

月雲
真夜中の草原に、ひとりごろりと寝転がる。視界いっぱいに広がるのは、満天の星々。青白く輝いているのはスピカ。オレンジ色のはアークトゥルス。この季節の星空も、特徴的で賑やかだ。星を数えてひとり過ごす静寂は、とても心地よい。優しく吹き抜けていく風に目を細めた瞬間、一筋の星が空を駆けた。

月越瑠璃
春を謳う詩集を眺む。異国の文字で綴られた原詩は、私たちの言葉にぴたりとは重ならない。名を探し歩くと、ミカンの木で越冬蛹が羽化していた。線のように細い足が意思を持って地を掴む。しんと静まり返った世界は動き出した。柔らかな木々の香りを暖かく包む春陽は、その詩が雪解けの祝福だと教えた。

月越瑠璃
朝の十時、決まって保育園のお散歩カートが店の前を通り過ぎる。駄菓子など食べたこともなさそうな月齢の子どもたちは、店の軒先に並ぶ商品をじっと見つめていた。ごろんと丸い大きな瞳は、やがて一斉にこの先を見る。自然豊かな公園が待ち遠しい。原っぱを駆ける園児の声が遠くなる、静かな春の訪れ。

月坂亜希
ちいさな丸い穴であの子と会話をして、くじを買った。数字を塗りつぶしているとあの子がノートの隅に書いていた黒い点の絵を思い出す。ちいさなその点は、ひとつひとつが蟻だった。あれが蟻を嫌いになった原体験。マークシートやくじを塗るたびに蟻かと思う。イラストレーターにはなれなかったのかな。

月夜でタンゴ
徹夜明けで喪原駅の蕎麦を一人で食べている。ごちそう様。隣から声がした。客が居たんだ。顔は狐に見える。ホーム行のエスカレーターで駅にそば屋あったっけと思う。店員は髪を振り乱し包丁を持った婆だった。苔むしたホームの鏡で顔を見ると血の涙の鬼がいた。あっはっは。笑いながら狂っていく。

妻島 青
祖父のいた村には、空に浮かぶような棚田があった。春は雪解け水で光り、夏は蛙が鳴いた。今では耕す人もいない。けれど夢の中で祖父が言う。「ここが、おまえの原点だぞ」。風の音が稲を揺らした。祖父が亡くなった年、棚田に立った。膝まで伸びた雑草をかき分けて歩くと、泥の匂いが鼻を突いた。

土井奈緒
原っぱの片隅に小さな本屋を開いた。本を買った客たちが陽光の下で読書を楽しめるように色々な形のベンチやハンモックも用意しておいた。彼らがページを捲るたびに、ランダムに挟んでおいた草花の種が風に舞い、地に広がる。花と言葉が原っぱに満ちていく。

藤和
原宿の街は変わってしまった。いつか僕が憧れた、尖ったファッションの人たちは姿を消して、量産型ファッションに身を包む人たちばかり。すこし寂しい気はするけれど、これがこの街が選んだことなのだと思う。街は意思を持って自分の望み通りに姿を変えていく。街並みだけでなく、道行く人の姿さえも。

泥人形
幼い頃、母が寝る前に私に話してくれた話。原野の端、倒れた桑の木。彼女はそこに初恋を埋めたと言う。春、若芽が芽吹くのを見た。夏、星屑の寝床に手を繋いで眠る。秋、金色の草原で愛を束ねた。冬、すべてが終わる。遠いいつかの春にまた芽吹くと信じて、白い電子の紙にその色を記す、私の原点。

中城ユウイチ
図書館できれいな本を見つけた。『四月の午睡』、 原題は『April』。 読んでいると眠気が襲ってきて、僕は瞼を閉じた。目覚めるとすっかり日が暮れている。夢を見ていたようだ。テーブルの本は消え、桜の花びらが一枚残されていた。職員に尋ねたけれど、本はとうとう見つからなかった。

中城ユウイチ
草原に一台のピアノが佇んでいる。夜明け。ピアノは自動保存された演奏を再生する。旋律は風に乗り、市街地跡を吹き抜ける。瓦礫の下に、一体のアンドロイドが眠っている。かつて、彼女は音楽学校の教師だった。地上から都市が消えて百年。朝が来ると、彼女の耳には子どもたちの歌声が今も響く。

夏原 秋
どうもこんにちは。原っぱです。土地を遊ばせるのはもったいないとかで、ずいぶんたくさんの原っぱが道路や建物の下敷きになりましたっけ。そのくせ人工原っぱなんてものを作るんだから、呆れちゃいますよまったく。野生の原っぱを見たい?無理じゃないかな。人間が近づくと、走って逃げますから。

布川ユウリ
究極、人のインターフェースはポストにすぎない。口が一つ。言葉を出したりしまったり。私は原稿を肋骨の隙間にすこんと落としてしまったが、幸いに原稿は長方形をしている。朝になると、郵便配達人が棒でつついて、締め切りに間に合うように取り出す。漉いたばかりの紙のようにまだ濡れたままの原稿。

野田莉帆
柔らかく暖かい日差しのなかで、天使が魂の洗濯をしている。汚れてしまった部分に洗剤の原液を塗りつけて、歯ブラシで軽くこする。お湯ですすいでから、洗濯機に入れる。どうしても汚れが落ちない魂には、漂白剤を使う。ときどき魂が漂白剤を頑なに拒むので、天使は仕方なく地獄に繋がる穴へ案内する。

波根はずき
広い和室にそぐわない介護用電動ベッドの上で、祖父の呼吸が止む。
握り切ることが出来る腕、無くなった頬の肉。酸素、炭素、水素、窒素。
もう祖父が動くことはない。だからこの身体は、残った原子の集まりでしかない。しかし私は、その粒の塊をまだ愛することができる。

はやしめぐみ
白衣の袖を汚しながらあなたが描く原子結合は一番美しい世界の理だった。無遠慮で難解な話を聞くために通う化学室は、学校の有象無象に翻弄される私の避難場所だったのかもしれない。鼻をつく薬品の匂いを思い出しながら、真新しい制服の生徒たちが読む枕草子を聞く。この春、母校の教師となった。

原田 響
夕闇が迫る原っぱに独り立ち尽くす。十年前に君と埋めたブリキ缶を探すが見つからない。風が草を薙ぐ音にあの日の声が混じる。「ずっと一緒だよ」誓った唇はもうない。約束は風化し原形すら失われたのか。いや、まだ疼くのだ。記憶の棘がこの胸の奥深くで。濃くなる土の匂いだけが夜に満ちていく。

palomino4th
ようやく落手した原書を読み解くために、日本では専攻する者の少ない、その言語の辞典を探しに書店街に出た。独学で始めることになるが、既に手元にある英訳本を参考に、できるところまでやってみたかった。春の初め、大海原に漕ぎ出すための海図である辞典を求めて、書店が軒を連ねる街の通りを歩く。

柊木凜
野原を吹き抜ける春風に、おはよう、とあいさつをする。春風は返事をしない。春風はふりかえらない。春風はただ通りすぎる。ただ微笑んで、通りすぎる。まるで何も見るものは無いかのように。人の子の新たな門出も、新たな出会いも、ただ、通りすぎて行くだけなのだ。

東方 健太郎
あの頃の記憶の中で、彼はいつものように笑って話していた。彼の記憶の中の私は、もしかしたら、私の記憶している私とは、少し異なるものかもしれない。あるいは、私の記憶の中の彼も、彼の記憶の中の彼とは、異なるものかもしれない。白い夕日の照らす原っぱで、それぞれの自転車を押して歩いていた。

非常口ドット
君が初めて泣いた日、僕も泣いた。喜びと恐さがブレンドされた涙だ。生命を預かることが恐かった。そして三人での生活が始まった。すやすや眠る姿も、精一杯叫ぶ声も、温かい身体も、お米みたいな匂いも、なぜだか全て愛おしく思えた。君は人生の中心になった。原因不明のこの愛を「父性」と呼ぼうか。

羊の耳
夜間外来の帰り。夫に背負われ、呼吸が落ち着いた子どもが夜空を指差し、「カーテン」と言う。寝室のドット柄のカーテンを思い出しているらしい。星がまだ理解できない。共働きのわたしたち夫婦と子どもがゆっくり一緒にいられるのはこんな時だけ。いつか今日が原体験となってこの子の中で輝くのかな。

ヒトシ
山は笑っていた。人々が原野を拓き田畑を拵え始めた春も。麓の森で童らが夢中で蝉を追いかけていた夏も。祭囃子が賑やかに響き、花火が空を明るく染めた秋も。若者たちが都会へ出ていった冬も。そして最後のひと家族が村を去り、田畑が原野に戻った日も。何事もなかったように、山は静かに笑っていた。

ヒトシ
畠の真ん中に綺麗な水色の卵が落ちていた。村の長老に尋ねると、興奮した様子で「それは空の卵じゃ」と。数十年に一度、澱み切った空が産み落とす卵。言伝えどおりに綿花で丁寧に包み、空の源と呼ばれる東ノ原神社に奉納すると、翌朝には新しい空が生まれて、世界中に澄み切った青空が広がっていった。

日和 桜
頬にあたる風の柔らかさに、春が来たのだと夢から覚めたように思い出す。桜が綻び、緑が芽生え、たんぽぽが頭を出して、町の色が塗り替えられるように変化していくのが眩しい。あれから一年が経ち、新たな友人が出来ても、ふと惜しむように振り返るのだ。雪原を駆け抜ける八日吹なあの子のことを。

広井 隆司
「人一人ハ大切ナリ」。教職半ばの惑う私には、母校大学の校舎に刻まれた言葉が、いつも心の原点となってきた。この春退職し、京都若王子神社の脇から登り、創始者夫妻の菩提に感謝を伝えた。「いろいろあったけれど、あの教えは、やり切りました」と。満開の桜と爽やかな風に包まれ、哲学の道を歩く。

瓶底カモメ
河原の石をどかすと、小魚と一緒に【あみのこ】が一匹飛び出してきた。あみのこは網の子。川や海に漂う人工ゴミを捕食し、やがて生涯をかけて集めたゴミと陸へ流れつき一生を終える、環境保全の為に生み出された生物だ。まだ拳サイズのあみのこの腹では、既にペットボトルのキャップ一個が光っている。

瓶底カモメ
ゆで玉子ヶ原の冬は硬い。
白くざらついた地表を握り拳でコンと叩いてもヒビ一つ入らない。北風の走る殻野で一人、うつ伏せになり右耳をあてる。冷たい。しかし、鳥肌をたてながらそのままじっとしていると、殻野の向こうに柔らかな寝息が聞こえた。
あぁ、本当に眠ってるんだ!春の陽は、この下に…

藤沢恵
おにぎりを食べたら、体が光り始めた。慌てて病院に行くと医者は「ああ、原始おにぎり病ですね」と言った。副作用として傘が開かなくなる。おにぎり三日目、公園に光る老人が現れた。「じき慣れますよ」老人の提案で、おにぎり患者会に入会した。毎週火曜、光る人々と開かない傘を語り合うのが楽しい。

藤田ねい
4月の化学は呪文から始まる。スイ、ヘイ、リーベ、僕の船。元素の名は世界の詩だ。宇宙のはじまりにできた原子が、原野を駆け、銀河を越えて、いま教室にいる私を作ってるとか、すごくない!?CもOもKも愛おしいし、この世は原子が繋ぐ粒の冒険譚で、つまり……テスト終わりのチャイムが鳴った。

文月
小さい頃、父が遠くの地図を広げてこう言った。みんな幸せになるために内緒で土地を買ったぞ。これは秘密な。俺はワクワクした。でもそれは原野商法で、母にバレて怒られた。父は背中を丸め小さくした。今日、俺はその土地の売却の書類にハンコをついた。親父ありがとう。娘の手術代なんとかなったよ。


街灯の明かりが、霧雨を、枯葉を、粉雪を、桜吹雪を影絵にするから、アスファルトは灰色の平原になった。月の見えない夜に、光と影の遊び場へ行く。街灯の下で影はオバケみたいにひょろりと長く伸びる。私の影は絵の具の筆。街灯の明かりを筆先に添えて、一夜の物語を描く。平原に色を塗る。夢を描く。


誰もが手のひらに原を持つ。あなたの手は小さくて柔らかいから、守ってあげたくなる。彼の手はいつも泥だらけで、宝物みたいに輝いている。彼女の手はあまりにもしなやかで、不安を包む方法を探している。あんたの手はシワしかないが、誰かを想う儚さを知っている。手の原を重ねる。きみとつながる。


近所の自転車屋によく走りそうな自転車が売られていた。ウチでは無理だと言ったが「原付きだから大丈夫」と店主が笑う。押し切られるように買って帰ると、我が家の周りの建物は消えてなくなり、広い原っぱになっていた。元気に駆け回る自転車を見ながら僕は、明日は海辺の町まで行ってみようと思った。


「秋葉原が言ってたよ」「春葉原の季節が来るよって」「今年はどこに咲くだろう」「毎年一輪だけね、春葉原が開くから」「行ってみないと」「嗅いだらすぐわかるもんね」風が吹き、葉がかすれるタイミングで蝶々たちが噂した。秋は薔薇にこっそり春は薔薇が咲くんだって。人々は知らない、お伽葉成し。

三尾一加
長い雨が降り続いたあと、草原は水に沈む。赤土の大地は凪の海に変わり、空を映す鏡のようにどこまでも続く。魚みたいな尾ヒレを付けた白い雲が鏡の表面をゆったりと泳いでいく。水がひいたら草原には一番美しい季節がやってくる。獣たちはぬかるんだ土を踏んで草をはみ、子を作る。いのちがあふれる。

見坂卓郎
うちの息子は語尾に「草」をつける。草って何だよと訊ねると、「そんなことも分かんないの草」と返る。彼が草と言うたび本物の草が生えてくる。「家じゅう草ばっかで草」高校を卒業して海外でふらふらしていた彼は、今では砂漠を草原に変える仕事をしている。現地では草の神と呼ばれてるみたいで草。

見坂卓郎
400人しか乗れないって言ってるのに、「、」と「。」がぶら下がってくる。「私たちは文頭に来ちゃダメなんです」と照れ笑いする彼らのせいで、舟はいよいよ沈没しそうである。もう一度、メンバーの顔を確認する。削れる箇所はどこにもない。頭を悩ませるたび、原稿の舟はたぷたぷ揺れる。

見立て遊び
彼の原語は訳されていない。クーイングのような発声で彼の意図や感情を私に伝えてくれる。彼は洗車機の絵をよく描くが、知らない人が見たら、それが洗車機とは分からないと思う。彼の次元空間感覚にずっと興味があったので、部屋いっぱい使い、絵を見ながら、彼の指示のもと、紐で洗車機を描いていく。

三津橋みつる
妻の故郷では「原」を「はる」と読んだ。
原田をはるだ、春日原をかすがばる、中原はなかばる、しらきばる、はるこが、ささばる――はる、ばる。舌の上で転がせばなんだかやわらかい。きな粉をまぶした餅が思い出されて無性に食べたくなった。今日の寄り道はスーパーに決まりだ。黒蜜もおまけしよう。

宮野鞠
電車内に差し込む春の陽光は眠気を誘う。本のページがぱらぱらとめくれて、どこを読んでいたか分からなくなったけれど、車窓から見える景色があまりにも綺麗で、どうでもよくなった。白鳩の群れが草原を飛び立つのが遠くに見える。明日もこんなに晴れていたらいいのに。切符を握ったまま眠りこける。

モサク
彼は私の心の鍵をキーホルダーから外した。どうやら原状回復するつもりはないらしい。あなたが居なくなれば、私の心には大きな穴が開くというのに。
返された鍵を見つめる。光を反射していたそれは、すっかり黒ずんでいた。
鍵を取り替えよう。私はやっと気がついた。私の心の住人は、私がいい。

森林みどり
私たちは糸を吐き合い、世界を紡いだ。私がソと言うと彼女がラと応えた。彼女がウと言うと私がミと応えた。妄想と想像と真実が混じったが、豊かだった。彼女が死んだ。世界は壊れ、私は一人地に落ちた。小さくアと言ってみる。応える者はなかった。カサコソと八本の脚を動かし、私は白紙の原を行く。

森林みどり
夜の観覧車は殊更大きく見えた。一人が乗り込むと、ゴンドラはてっぺんまで上って行った。夜景はどんなに見事だろう。切符を買って、列に並んだ。すぐ後ろの人が上って行き、それから次々に追い抜かれた。原因はわからなかった。観覧車は満月のように光っていた。見上げる私をも明るく照らしていた。

もりまりこ
電車の中で誰かの着ていたタータンチェックのブラウスが、いつのまにか原稿用紙に見えてきた。まだなにもうめられていない言葉に、わたしはなにも間に合っていない。蜘蛛の巣の糸が雨粒をたずさえて光っている。あの網目のなかにさえ言葉を埋めてしまいたくなる。名前の知らない獲物がそこにいた。

夜市川 鞠
秋は、どんぐり。飛び交う紙飛行機に、ボールペン銃が刺さっては血を流す制服。カーテンに包まる蝶にはならぬ蛹。掃除用具入れに身を隠すミイラもどき。メントスコーラの噴水、雨の如く降り注ぐ教室に、舞い散る蛍光灯の雪こそをかしけれ。燎原の火の如く。われの叫びは届かぬ、いと心憂し。

矢見マドカ
小学生の頃から作文が苦手だった。授業終わりに提出させられる感想シートも、夏休みの宿題に課される読書感想文も、同様に嫌悪感を抱いていた。まるでそれらは、感受性を試してくるようであり、万年無気力人間な僕は幾度も傷ついた。大人になった今も、白紙の原稿に向かい続けている、そんな気がする。

楪二一八
夜更かしが禁止だった頃、布団に潜って本を読んでいた。隠して読む本と顔の近かったこと、ページをめくる度感じた小さな風、見守るような紙の香り、押し殺して吐く息の熱さ。そして懐中電灯を握った手のひらの、肌を透かしたオレンジ色の光。この明かりは原風景となり、今でも私を優しく照らす。

朗々
「水って、手でつかめないね!」近所の好奇心旺盛な少年が言う。「それに空気も。ここにあるのになぁ」言われてみれば不思議だねと、一緒になって簡単に原理の話をしてみた。帰り際、少年は私の目を見て言った。「ここにあるんだから、つかまなくてもいっか!」私の長年の探し物はここにある気がした。

若林明良
あの原っぱにしようと決めたあと、雲雀はしばし考えた。地上は怖いところだ。蛇にのまれたり罠にかかった者がたくさんいると仲間が言っていた。彼らは命からがら逃げたのだ。でも、僕はどうしても行ってみたい。雲雀は急降下し、柔らかい草の上に立った。そうして、その香りを肺いっぱいに吸い込んだ。

若林明日香
原付バイクで走り出す。盗んでもないしバイクでもない。制限速度30キロの原付バイク。車体の澄んだ青は春の空と同じ色。ハル。買ってもらったその日に昔飼っていた犬と同じ名前をつけた。ねえ、ハル。今度は私がどこまでも連れていってあげる。長い上り坂を上りきるその直前、青い空は海にも見えた。

若林明日香
靴を脱いで、靴下を脱いで、何にも覆われていない生まれたままの足で私は駆け出す。長くのびた草が私のふくらはぎをなでて、私は誰にも知られずに笑う。ああ、帰ってきたのだ。原っぱの真ん中で私は踊る。やわらかな土が爪の間に入ることも気にしないで。誰もが忘れたこの場所を私だけが覚えている。

をを
野原に七輪の花が咲いた。「近づかず、離れず、ずっとそこに在る」今日は街を離れていた友と再会し、長年二人でよく遊んだ野原を訪れていた。オリオン座を真似た位置に植えた花。「僕達の友情と似ているな」草に埋もれても、何度も花は確かに咲いている。年を経た彼等の友情は、満開だった。

選考委員メッセージ 参考作品
一次選考通過作 二次選考通過作 結果発表

いいなと思ったら応援しよう!