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春の星々(140字小説コンテスト2025)二次選考通過作

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

春の文字 「原」
選考 ほしおさなえ(小説家)・季節の星々選考委員会

二次選考を通過した25編を発表します(応募総数964編/一次選考通過106編)。ご応募いただきありがとうございました。

受賞作(入選4編+佳作6編)は6月末の発表予定です。
優秀作(入選〜二次選考通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。

受賞作の速報はnoteやX(旧Twitter)でお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと記事の更新時に通知が送られます。

二次選考通過作

青塚 薫
澄み渡る青空と、陽光に濡れた木の葉を見上げながら、俺は原っぱを歩いてゆく。散歩日和だ。風が、体毛の中を優しく吹き抜ける。おい、やめろ、首を引っ張るな。そっちじゃない。俺はこっちに行くんだ。こら、抱きかかえるな、降ろせ。俺の散歩だ。あんたのじゃない。決して、あんたのじゃないんだ。

あおやまままさし
 昨日見た夢の続きだ。俺は原野を駆ける馬になっていた。何かに追われているのではない。ただ怒りのまま地面を蹴りつけている。だが走れ走れ。その怒りが体を突き動かすのなら。そして地平線から朝陽が昇ってきた。あぁ夢が終わる。だが俺が目覚めたとしても、お前は走り続けろ。

赤い尻
晩夏の草原を焼くのは、秋祭りの支度です。凹んだ更地のまんなかに櫓を組み、露店がぐるりを囲みます。祭りのあとは川の水を引き入れて、冬は溜め池として使います。春に水を抜くと、泥底から貝が採れます。すまし汁にすると絶品です。十日も待たず、凹地は草原になります。ではまた次の年に。

浅野宏斗
 原付をパトカーが追いかける。私は乗用車でその後をつける。原付が急ブレーキをかけたのだろうか、両車は激しくぶつかって横転し、やがて動かなくなった。
 制止した二つのトミカから手を離して、息子はじっとこちらを見る。真剣な眼差しに戸惑い、私は小さな乗用車をころんと転がす。

穴ゃ〜次郎
花冷えそよぐ野っ原に寝転がる。空に手を伸ばしても雲は分かれず、星は見えなかった。あれは天国にも地獄にも行けない人がまだ死に続けている光で、生者にしか鎮魂はできない、という母の繰り言をつい懐かしんでしまう。どれが誰だか分からないのがいいのかもな。無信心な鼻歌を捧げつつ家路についた。

右近金魚
その日、村では野原に百もの椅子を並べる。テーブルにご馳走も用意するが自分達のためではない。「来たよ」子供達の声と共に山から弦や笛の音が降りてくる。やがて椅子の上に楽団員の姿がポツリポツリと灯りだす。楽団は春巡るたび、かつての戦地にだけ姿を現す。私はスミレを小さく摘み、空にかざす。

かわむら しまえ
意を決して原田さんのデスクを訪ねた。社長直下だが、いつも倉庫の横の薄暗い場所にいる。最終手段として先輩から聞いたことを思い出し、経緯をまとめた資料を渡すと、黙ってうなずいた。翌朝、すっかりトラブルは片付いていた。半年分の寿命だった。原田さんは社歴がとうに100年は超えている。

木畑十愛
星野さんは、原理は不明だけど光っている。眩しいので教室では暗幕を体に巻いて過ごしているくらいだ。ある日意地悪な子が鉛筆で突いたせいで暗幕に穴が開き、漏れた光が映写機のように壁を照らした。皆も星野さんも笑っていて、私だけが笑えなかった。咄嗟に隠した鉛筆は、今もまだ先端が光っている。

草野理恵子
昔のアルバムを見ている。肩から上が木だった頃、やさしい鳥たちがとまり、私はやさしい声で瞳にとまらないでねと言う。鳥たちは私の瞳の中に入る。水がごぼごぼと鳴り、瞳は再び水滴で満たされる。私は濃い緑のワンピースを着ていた。白い襟に鳥たちは糞を落とすと広がり刺繍のように草原が生茂った。

鞍馬アリス
祖父が建てた家は、毎年春になると裏庭に草原が広がる。草原の中央には、必ず同じ青年が椅子に座っている。祖父は青年と無言で向かい合い、ひとしきり笑う。私はその姿を、少し遠くの場所から眺めていた。夕方に風が吹くと、草原は裏庭に戻る。その瞬間の祖父の悲しげな顔は、今も忘れられない。

ケムニマキコ
通りに溢れる桜の匂いがどこか退屈だと感じたら、それはきっと模造された春だ。
季節庁の地下に眠る春の原本は、もっと複雑な匂いがする。涙で滲んだインクや抱きしめた時のうなじ、歴代の担当者はいつも、去り際に春の記憶をひとつずつ残していく。だからあんなに、泣きたくなるような匂いがする。

佐伯功一郎
自殺した兄の原付を形見分けで譲り受けた。兄が長年乗っていたはずのブルーの原付は傷一つなく、まるで新品のように綺麗だった。私は毎日ブルーの原付に乗って大学に通い、労働に出掛ける。今日は交差点を通り過ぎた時に信号待ちをしている兄の姿を見かけた。兄は電柱に寄りかかりスマホを眺めていた。

新出既出
わたしは「原育ち」だ。学童保育よりも、一人で「原」にいくことが多かった。「原」にはいつでも二三人が立っていて、目をあわせたりはしないが、安心できた。「原」はどこでも見つけることができる。夫も「原育ち」だったと思う。来春、産まれてくる子も「原」を見つけ、それを誰にも言わないだろう。

鈴乃さつき
今年も春の亡骸が見つかったそうだ。葬儀には世界中の人々が参列し、その死を悼むだろう。もちろん私も。でもきっとみんな来年には今年の春を忘れてしまうのだ。花の咲いた原っぱにずらりと並ぶ春たちの墓標を訪れるひとを、私は見たことがなかった。あの子らが生を与えたいきもの達は、我々は薄情だ。

月越瑠璃
春を謳う詩集を眺む。異国の文字で綴られた原詩は、私たちの言葉にぴたりとは重ならない。名を探し歩くと、ミカンの木で越冬蛹が羽化していた。線のように細い足が意思を持って地を掴む。しんと静まり返った世界は動き出した。柔らかな木々の香りを暖かく包む春陽は、その詩が雪解けの祝福だと教えた。

土井奈緒
原っぱの片隅に小さな本屋を開いた。本を買った客たちが陽光の下で読書を楽しめるように色々な形のベンチやハンモックも用意しておいた。彼らがページを捲るたびに、ランダムに挟んでおいた草花の種が風に舞い、地に広がる。花と言葉が原っぱに満ちていく。

夏原 秋
どうもこんにちは。原っぱです。土地を遊ばせるのはもったいないとかで、ずいぶんたくさんの原っぱが道路や建物の下敷きになりましたっけ。そのくせ人工原っぱなんてものを作るんだから、呆れちゃいますよまったく。野生の原っぱを見たい?無理じゃないかな。人間が近づくと、走って逃げますから。

野田莉帆
柔らかく暖かい日差しのなかで、天使が魂の洗濯をしている。汚れてしまった部分に洗剤の原液を塗りつけて、歯ブラシで軽くこする。お湯ですすいでから、洗濯機に入れる。どうしても汚れが落ちない魂には、漂白剤を使う。ときどき魂が漂白剤を頑なに拒むので、天使は仕方なく地獄に繋がる穴へ案内する。

東方 健太郎
あの頃の記憶の中で、彼はいつものように笑って話していた。彼の記憶の中の私は、もしかしたら、私の記憶している私とは、少し異なるものかもしれない。あるいは、私の記憶の中の彼も、彼の記憶の中の彼とは、異なるものかもしれない。白い夕日の照らす原っぱで、それぞれの自転車を押して歩いていた。

ヒトシ
山は笑っていた。人々が原野を拓き田畑を拵え始めた春も。麓の森で童らが夢中で蝉を追いかけていた夏も。祭囃子が賑やかに響き、花火が空を明るく染めた秋も。若者たちが都会へ出ていった冬も。そして最後のひと家族が村を去り、田畑が原野に戻った日も。何事もなかったように、山は静かに笑っていた。

瓶底カモメ
河原の石をどかすと、小魚と一緒に【あみのこ】が一匹飛び出してきた。あみのこは網の子。川や海に漂う人工ゴミを捕食し、やがて生涯をかけて集めたゴミと陸へ流れつき一生を終える、環境保全の為に生み出された生物だ。まだ拳サイズのあみのこの腹では、既にペットボトルのキャップ一個が光っている。

藤沢恵
おにぎりを食べたら、体が光り始めた。慌てて病院に行くと医者は「ああ、原始おにぎり病ですね」と言った。副作用として傘が開かなくなる。おにぎり三日目、公園に光る老人が現れた。「じき慣れますよ」老人の提案で、おにぎり患者会に入会した。毎週火曜、光る人々と開かない傘を語り合うのが楽しい。


近所の自転車屋によく走りそうな自転車が売られていた。ウチでは無理だと言ったが「原付きだから大丈夫」と店主が笑う。押し切られるように買って帰ると、我が家の周りの建物は消えてなくなり、広い原っぱになっていた。元気に駆け回る自転車を見ながら僕は、明日は海辺の町まで行ってみようと思った。

三尾一加
長い雨が降り続いたあと、草原は水に沈む。赤土の大地は凪の海に変わり、空を映す鏡のようにどこまでも続く。魚みたいな尾ヒレを付けた白い雲が鏡の表面をゆったりと泳いでいく。水がひいたら草原には一番美しい季節がやってくる。獣たちはぬかるんだ土を踏んで草をはみ、子を作る。いのちがあふれる。

森林みどり
私たちは糸を吐き合い、世界を紡いだ。私がソと言うと彼女がラと応えた。彼女がウと言うと私がミと応えた。妄想と想像と真実が混じったが、豊かだった。彼女が死んだ。世界は壊れ、私は一人地に落ちた。小さくアと言ってみる。応える者はなかった。カサコソと八本の脚を動かし、私は白紙の原を行く。

選考委員メッセージ 参考作品
一次選考通過作 二次選考通過作 結果発表

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