星の欠損被害についての報告 /ショートショート
前の話
その日、僕はいつものように天の川で水を汲んで、担当区域に向かったんです。えっと、東の8-Dブロックです。それから日の出を待って、「よし、始めよう」と思って星を見たら、欠けてたんです。
僕は話を聞きに来た先輩に正直に答えました。先輩は難しい顔をしたまま腕を組みなおします。ああ、どうしよう。
「すみません。僕が昨日磨いたとき、何かしてしまったのかも、しれません……」
実は、星が欠けること自体はそう珍しいことではありません。星は風などによって少しずつ形を変えていくものです。それくらいなら僕も「よくあることだ」と、いつも通りに仕事を始めます。
しかし、今回の欠け方はそんな感じではなかったのです。昨日まで小さな罅も入っていなかった場所が剥ぎ取られたように無くなっていたのです。
星磨きの仕事を始めて3年ちょっと。教えられた通り、基本に忠実に仕事をしてきたつもりです。
しかし、こんな風に星が欠けてしまった以上、僕に不手際があったに違いありません。血の気が引いて、視界がくらくらしたまま頭を下げました。
「いや、これはお前の責任じゃない。大丈夫だ、頭を上げてくれ」
「でも……」
「これは自然に欠けた感じじゃないね。誰かに取られたみたいだ」
「そうか」
「取られた……?」
先輩が僕に話を聞く間、星を確認していた方がそう言いました。
「やぁ、はじめまして。私は星紡ぎをしている者だ」
「星紡ぎは星の状態を見ることに慣れているからな。だから、今日連れてきた」
「そうなんですね……」
星紡ぎの方とは普段の仕事では関わりがないので、初めて見ました。
「ふうん? “星”の状態を見るならあなたの方が適任だと思うけどね?」「……。自然的な要因で欠けたのなら、その欠片が傍に落ちている筈だ」「でも、それらしいのは見つかっていないね」
「そうだ。だから、誰かが故意的に星を割り、欠片を持ち去ったんだろう」「そんな……」
星を割るなんて、正直僕には考えられませんでした。だって、星とは誰もが尊ぶべきものだからです。
星磨きの研修の最初でもそう教わりますし、子供の頃から「お星さまは大切にしましょうね」と言われて育つのです。
そんな星を害するような人がいるなんて、信じられません。
「きみ、そんな悲壮な顔をするな」
「でも、ここには誰でも入ることができます。犯人が誰なのか……」
「あぁ、それなら大丈夫。犯人の検討はついてるからね」
「えっ」
星紡ぎさんは割られた星の断面を撫でながら、僕に向かってウインクをしました。
「今日、実は君の担当区域以外にも割られた星が結構あったんだよ」
「報告されたのは六十八件だな」
「そんなに!?」
「どれもこの星と同じように意図的に割られ、その欠片は見つかっていない」
「この事件、実は二十五年前にもあったみたいなんだ」
先輩は使い込まれたファイルを開き、色褪せた書類を見せてくれました。
“タソガレツバメの一斉繁殖についての研究”?
黄昏燕のことは知っています。一年かけて世界をぐるっと一周する渡り鳥のことです。今の時期になると家の屋根などに巣を作って、子育てをします。餌を求めてピィピィと鳴く雛は可愛らしく、道行く人に見守られています。
「黄昏燕の繁殖時期は定まっていないため、番ごとに異なった場所で産卵する。しかし、記録によると二十四年周期で一斉に繁殖するらしい」
「去年それが来るはずだったんだけどね、一年ズレたみたいだ。異常気象のせいかな」
黄昏燕がみんなバラバラの時期に子育てするなんて、知りませんでした。この時期に渡ってきても、卵を産まない子もいるということですね。
でも、今年はみんなが子育てをする年だ、と。町中でたくさん雛が見られるということでしょうか。それは楽しみですね。
ですが、それと星が欠けたことに何の関係があるんでしょうか。首を傾げた僕に、先輩がファイルを捲って違う紙を見せてくれました。
「これは黄昏燕の一斉繁殖による星の欠損被害についての報告書だ」
先輩が指で差したところには“タソガレツバメによる星の欠損被害”というタイトルが書かれています。
「どうして、黄昏燕が星を……?」
「きみは黄昏燕の巣が何を材料にしているか知っているかい?」
「巣の材料、ですか?」
黄昏燕の巣はよく見かけますが、それが何で出来ているかは考えたこともありません。ただ、斑な灰色のような色をしていたような気がしますが……。
「木、とかでは無いですよね?」
「うん、木じゃないよ。正解は泥だね」
「泥?」
「泥というか、砂だな。黄昏燕は砂を自分の唾液と混ぜて練り合わせ、それを巣に成形する」
なるほど。だから、巣の色が灰色なんですね。
「巣も毎年、一から作るんじゃなくて、前年に使った巣をそのまま使ったり、ちょっと手直ししたりして使うんだよ」
「だが、今年は二十五年ぶりの一斉繁殖だ。去年までの巣では圧倒的に数が足りない。だから、多くの黄昏燕は新しく巣を作る必要がある」
「どうも、星はその巣材として使われたみたいなんだよね」
ほら、そこ。と星紡ぎさんが先輩の持っている書類の真ん中あたりを指します。そこには“タソガレツバメは足りない巣を作製するために星の外殻を啄んだ”と書かれています。
「他の欠けた星たちには嘴の跡があったから、今回の原因はこれでしょ。まあ、詳しいことは今夜見回ってみたらわかるんじゃないかな」
「見回るのは俺だが」
「あはは、頑張れ~」
はあ。と大きくため息を吐いた先輩の肩を星紡ぎさんが軽く叩きます。
「時間を取らせたな。お前はこれから欠けた星以外の星磨きを始めてくれ。応援は呼んであるから、そいつと分担すれば日没までに終わるはずだ」
「あ、はい!」
黄昏燕が星を欠けさせていたなんて。でも、原因が人じゃなくて安心しました。
安堵した気持ちで、応援に来てくれた方と仕事を始めます。さて、今日も頑張りましょう!
生き生きと仕事をし始めた後輩を横目に、欠けた星の断面に触れる。ザラザラとした感覚が手に伝わり、時折引っかかる角が些細な痛みを産む。
「今日、欠けていた星は六十八件。……ねぇ、気付いているかい?」
「その回りくどい言い方はやめろと言った筈だが。……四十三件だな」
「ちょっとした戯れだろう? 遊び心が無いやつだ。そうだね。本当に黄昏燕に啄まれたのはそれだけだ」
黄昏燕の嘴は鋭く、啄めば尖った跡が付く。だが、二十五件の星にはその跡が無かった。後輩が発見したこの星もそうだ。
そのかわりに十五ミリ程の真っ直ぐの線、まるでノミを当てたかのような跡が残されている。
「早急に対応が必要だな」
黄昏燕が原因であれば“自然の営み“の一言で終わらせられるが、犯人がいるのならそうはいかない。捕まえなければ。
「でも、さっきの後輩君が言ってたみたいに、ここって誰でも入れちゃうからな~」
「とりあえず上に報告する。お前も見解書を提出してくれ」
「は~い」
まるでやる気の無い声だが、大丈夫だろう。こいつはやると言ったらやるし、その出来も悪くない。
後は俺の仕事だ。聞き取り調査の報告書、欠損箇所の写真の添付、黄昏燕によるものと人為的と思われるものとの比較、こいつの見解書が来たらそれも纏めて……。
いや、先にアポを取っておくか。
「じゃ、お疲れ~。書類できたらまた送るよ」
「ああ、頼む」
端末を取り出したところで、あいつは俺に背を向けて歩いて行った。自分の職場に戻るんだろう。
俺もさっさと書類を纏めなければ。上司への番号をタップし、端末を耳に当てたまま歩き出す。
「お疲れ様です。星の欠損被害について、取り急ぎご報告致しますが……」
次の話
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