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星の欠損被害についての調査・捕縛 /ショートショート

前の話





「へぇ、今日は多いねぇ」

月の明かりも届かない入り組んだ路地裏。深く被った黒いヴェールの向こうから、粘度の高い泥のような声が纏わりつく。

「しかも破片まで」

黒い袋を開け、中身を検分する。

「早く、アレを……」
「はいはい、急かすんじゃないよ。ホラ」

黒い皮を纏った手から差し出された小瓶。そこには鈍く光るさらさらとした粉が入っていた。

「じゃ、またね」

踵を返し、更に暗い路地裏の奥へと消えていく。翻したヴェールを縁取っていた金色のレースが、嫌に鮮やかだった。

 






 星が割られていた日の夜。星磨きや星注ぎ達が仕事を終え、全員が帰宅した頃に俺は見回りを始めた。割り振られたのは東ブロック。他の四つのブロックも他の奴が見回りをしている。
 俺が割り振られたこのブロックは人為的に割られたと思われる星が集中している。このブロックだけで十八件。北で四件、西で三件、南は零件だった。


 東ブロックの中でも特に集中していた7から10ブロックを見て回る。正直、昨日の今日で再び犯行に及ぶとは考えにくい。しかし、営巣する黄昏燕は星を啄みに来るだろう。それの確認だけでもしておこう。

 程なくして数羽の燕がやってきて、星に嘴を当て始めた。それを横目に見ながら、不審なことはないか見回っていく。
 人懐こい燕たちは俺が近付いても逃げはしない。ピーピーと鳴きながら星の外殻を拝借していく。星を割るのがお前たちだけだったら、俺もこんな仕事はしなくて済んだんだがな。


 しばらく進むと足元に少量の砂が落ちていることに気付いた。その傍の星を見ると、一部がざらざらとしている。
 星を磨いた後にこんな荒れた部分が残っているなんて事は考えられない。また、このお粗末な仕上がりに星注ぎが気付かないのもおかしい。

悪戯だろうか。いや……。

 足元の砂を証拠として写真に撮る。続いて星の荒れた面も撮った。
 他にも同じような星がないか探していく。相変わらず星をつつく燕を避けながら、裏側も確認する。
 すると、四つの星に同じような痕跡があった。その全てを写真に撮る。
 今日はもう星を割った犯人は出てこないだろう、と見回りを切り上げて本部に戻った。

 





「警察には言わないのかい?」

食堂で日替わり定食を食べていると、星紡ぎのあいつが勝手に向かい側に座る。そいつが持ってきたのは親子丼だった。
 しばらく下らない雑談をしてきたかと思えば、急に声を潜めてそう言った。

「さあな。その判断をするのは俺じゃない」
「ふぅん。でも、今のところ言ってないみたいだ。大ごとにしたくないのかね」
「それも、俺の知ったことじゃないな」

食堂は人が多く、話し声で騒々しい。その騒めきの大半は“星が欠けていたらしい”、“犯人は黄昏燕らしい”という噂だった。

 こいつは、親子丼が半分以下になったところで丼を持ち上げ、箸でかき込む。豪快なやつだ。俺も生姜焼きの肉と玉ねぎをまとめて口に放り込んだ。

 食堂に備え付けられたテレビでは火山に繋がる道を封鎖している門の鍵が壊されたと報じている。あの山は活火山で危険な為、関係者以外の立ち入りが禁じられている。
 鍵を壊した犯人は分かっておらず、警察が監視カメラの映像を確認しているらしい。


 そいつは喉を鳴らして水を飲み、口を開く。

「目星は?」
「おおよそ」
「さすが。頭の切れる男だね」
「一目見たらわかる。何の捻りも無い手口だ」

最後に味噌汁を飲み切って、席を立つ。すると目の前のこいつは「わぁ、待って待って!」と言いながら残りの親子丼をかき込み、慌てて立ち上がった。


 食器を返却口へと返し仮眠室へ向かう。

「じゃあもう捕まえたんだ?」
「いや、証拠がない」
「証拠がないのに犯人が分かったの? すごいね。君はコロンボ? ニンザブロウかな? じゃあ、これから証拠探しか」
「それと、見回りをした時それらしい痕跡はあったが、それを残した人物がノミを使って星を割った犯人と同一人物かはわからない。星を害する不届き者が複数いるとは考えたくないから、同一人物だといいんだが」
「確かにね」
「まぁ、事が落ち着き次第報告する」

いや、いの一番に教えてよ、というぼやきを聞き流し、仮眠室に入る。簡素なベッドが一つ置かれた、狭くて殺風景な部屋だ。
 靴を脱ぎ、薄いくせに妙に重たい布団に潜る。洗濯は行き届いているようで、淡く石鹸の香りがした。

 

 




 見回りも今日で八日目。黄昏燕の営巣時期も終わりに近付いてきた。
 犯人は星をつつく黄昏燕に紛れて星を割っている。そのため、犯行の機会はあと数日も無いだろう。このまま何事もなく終わってくれるならそれはそれで構わないが。
 通常勤務にプラスされた夜間見回りのために寝不足の頭を振った。


 カツ、カツ、カツ、カツ、と無機質な音が鳴っている。その鈍い音は弱い風音と黄昏燕の鳴き声に混ざり、微かにしか聞こえない。
 音に近付いていくと、そこには星の前にしゃがみ込み、小刻みに何かを星に打ち付けている後ろ姿があった。足音を殺し、真後ろまで近寄る。そしてそいつの首元を掴み、後ろに引き倒した。

「ぅえ!? グッ……!」

そいつは、蛙が潰れたような音を喉から漏らしながら無様に転がった。その勢いで手に持っていた金づちとノミも傍らに転がった。

「やはりお前か」

深く被っていた帽子を落とし、顔を確認する。すると、そいつは東8ブロックを任されている星注ぎの男だった。

「昨夜までに東8ブロックで星を削っていたのはお前だな。星注ぎの仕事中、やったんだろう? また九日前、主に東7から10ブロックの星を割ったのもお前だな」

星に照らされた顔は血の気が引いて真っ青になっている。男はぎこちなく首を横に振る。

「この状況で言い逃れが出来ると思っているのか? まあいい。犯人が“やってない”と言うのはミステリーのお約束だからな。ミステリーというにはお前の犯行はトリックとは呼べない程に稚拙だったが」

工夫したのは黄昏燕の営巣時期と合わせた事くらいだろう。


 転がったまま呻き声を上げ、目を白黒させる男の上腕を掴み、座らせる。そのまま両手を背中へと回させ、親指同士を結束バンドで締めた。

「う、ぐ……」
「ああ、痛かったか? 少しの間我慢してくれ。警察じゃないからな、手錠は持っていないんだ」

転がったノミと金づちを回収し、男を立たせる。

「今からお前を俺の上司の元へ連れて行く。自白でも、言い訳でも、無実の主張でも、そこで好きにやってくれ。上司は俺と比べてお優しいからな、お前の話も親身にお聞きくださるだろう」

冷や汗でもかいたのか、男のじっとりと湿った背中を押した。

 




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