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在宅勤務は終わったのか―Return to Office時代に人事が考えるべきこと

はじめに 在宅勤務は、本当に終わったのか

コロナ禍をきっかけに、私たちの働き方は大きく変わりました。

それまで在宅勤務は、一部の企業や一部の職種、あるいは育児や介護など特別な事情を持つ人のための制度として見られることが多かったと思います。それがコロナによって一変し、出社しないことが当たり前になり、会議はオンラインに、資料はクラウドに、上司や同僚とのやり取りはチャットやビデオ会議に置き換わりました。

最初は、多くの企業が戸惑いました。本当に家で仕事ができるのか。社員はちゃんと働いているのか。会議や意思決定は滞らないのか。チームとしての一体感は保てるのか。そんな不安を抱えながらも、実際にやってみると、思った以上に仕事は回りました。

もちろん、すべてがうまくいったわけではありません。オンライン会議が増えすぎて疲弊した人、雑談が減って孤独感を感じた人、新人や若手の育成に苦労した職場、家庭の中で仕事をすることに別のストレスを感じた人。それでも多くの人が、毎日オフィスに行かなくても仕事はできること、通勤時間がなくなるだけで生活が大きく変わること、集中したい仕事はむしろ在宅のほうが進むこと、育児や介護と仕事を両立するうえで在宅勤務が大きな支えになることに気づきました。

在宅勤務は、単なる緊急避難ではなく、働き方の選択肢として社会に定着していきました。

一方で、コロナ後の世界では逆の動きも出てきています。特にアメリカのテック企業を中心に、Return to Office、いわゆる「オフィス回帰」の動きが強まっています。一時はフルリモートを前提にしていた企業が、週数日の出社を求めるようになったり、原則出社に戻したりするケースも出てきました。

その背景には、企業側の問題意識があります。

  • 組織文化が薄れているのではないか。

  • 若手が育ちにくくなっているのではないか。

  • 部門を越えた連携が弱くなっているのではないか。

  • 偶発的な会話から生まれるアイデアが減っているのではないか。

  • オンラインだけでは会社としての一体感が保てないのではないか。

こうした懸念は、決して的外れではありません。オフィスには、在宅勤務では代替しにくい価値があります。たまたま隣に座った人との会話、会議後のちょっとした雑談、上司や先輩の仕事の進め方を横で見る機会、別の部署の空気感、相談するほどではないけれど顔を合わせたから話せること。これらは業務効率や生産性の指標には表れにくいものですが、組織で働くうえでは重要な意味を持っています。

だからこそ、在宅勤務をめぐる議論は簡単ではありません。

在宅勤務には、通勤時間が減る、集中できる、育児や介護と両立しやすい、居住地の制約が小さくなる、多様な人材が働き続けやすくなるという明らかなメリットがあります。一方で、若手の育成、チームの関係性、組織文化の共有、偶発的な創造性、会社への帰属意識、言語化されない情報の共有といった、在宅勤務だけでは補いにくいものもあります。

つまり、在宅勤務は「良い制度」か「悪い制度」かという単純な話ではありません。出社も同じです。出社には価値がありますが、ただ会社に来させればよいわけではありません。目的のない出社は、社員にとって単なる通勤負担になります。オンラインで済む会議のためだけに出社するのであれば、納得感は生まれません。「昔はそうだったから」「会社の方針だから」という説明だけでは、これからの働き方としては弱いと思います。

大切なのは、在宅勤務か出社かを二項対立で考えないことです。これから問われるべきなのは、何のために在宅勤務をするのか、何のためにオフィスに集まるのか、どの仕事は在宅に向いていて、どの仕事は対面に向いているのか、社員の働きやすさと組織としての強さをどう両立させるのか、ということです。

在宅勤務は、コロナ禍の一時的な対応として生まれた制度ではなく、すでに多くの人にとって働き方の前提の一つになっています。一方で、在宅勤務をただ認めておけばよい時代でもなくなっています。制度として導入するだけでは不十分であり、仕事の設計、マネジメント、評価、育成、組織文化とセットで考える必要があります。

この記事では、在宅勤務をめぐる議論について、それが広がった背景、コロナ後にオフィス回帰が進んでいる理由、両立支援やワーク・ライフ・バランスへの効果、生産性や効率的な働き方との関係、オフィス出社によって生まれる偶発的な創造性、若手育成や組織文化への影響、そして企業や人事が考えるべき働き方の設計という観点から整理していきます。

結論を先に言えば、在宅勤務は終わらないと思います。ただし、何となく続ける制度でも、何となく廃止してよい制度でもありません。これから必要なのは、在宅勤務を「認めるか、認めないか」ではなく、在宅勤務と出社をどう組み合わせ、どのような働き方を設計するのかという視点です。

働く場所を選べる時代になったからこそ、私たちは改めて考える必要があります。会社とは何のために集まる場所なのか。人はどこで最も力を発揮できるのか。これからの組織は、どのように人と人をつないでいくべきなのか。

在宅勤務をめぐる議論は、単なる勤務場所の話ではありません。これからの働き方、マネジメント、組織のあり方そのものを問い直すテーマなのです。


第1章 なぜ今、Return to Officeが起きているのか

コロナ禍を経て、在宅勤務は多くの企業に広がりました。一度経験してみると、通勤時間が減り、集中作業がしやすくなり、育児や介護との両立もしやすくなる。オンライン会議やチャット、クラウドツールを活用すれば、オフィスにいなくても多くの仕事は進められることが分かりました。

そう考えると、一見すると不思議に感じるかもしれません。なぜ、いま多くの企業が再びオフィス出社を求めているのでしょうか。

在宅勤務で仕事が回ることは分かった。社員からも柔軟な働き方へのニーズは高い。採用面でも、リモートワークやハイブリッド勤務は魅力になり得る。オフィスコストを抑えられる可能性もある。それにもかかわらず、コロナ後の世界では、Return to Officeの動きが目立つようになっています。

特に海外の大手企業やテック企業では、週数日の出社を求めたり、原則出社に戻したりする動きが出ています。日本企業でも、フルリモートからハイブリッド勤務へ、あるいは一定日数の出社を前提とした働き方へ見直すケースが増えています。

この動きだけを見ると、「結局、在宅勤務は失敗だったのか」と感じる人もいるかもしれません。しかし、私はそう単純に見るべきではないと思います。

オフィス回帰は、在宅勤務そのものが失敗したから起きているわけではありません。むしろ、在宅勤務を一定期間経験したことで、在宅勤務では補いにくいものが見えてきた。その結果として、企業が改めて「オフィスに集まる意味」を考え始めているのだと思います。

企業が取り戻そうとしているのは、組織文化、若手育成、部門を越えた連携、偶発的な会話、スピード感のある意思決定、チームとしての一体感、社員のコンディション把握、会社への帰属意識といったものです。これらは在宅勤務でも完全に不可能というわけではありません。オンラインでも工夫すれば、情報共有も1on1も研修もチームミーティングもできます。

しかし、オンラインで「できる」ことと、自然に「生まれる」ことは違います。ここが、在宅勤務を考えるうえで非常に重要なポイントです。

オンライン会議は、議題があり、資料があり、決めることや報告することが明確な場面では非常に効率的です。移動時間がなく、資料も画面共有でき、短時間で済むため、対面より合理的な場合さえあります。

一方で、目的が曖昧なコミュニケーションは、オンラインでは生まれにくくなります。会議が終わった後の雑談。廊下ですれ違ったときの一言。隣の席の人に何となく聞く相談。ランチ中に出てくる別部署の話。上司が他の人にどう指示しているかを横で見る機会。先輩が顧客や関係者とどう話しているかを何となく学ぶ時間。こうしたものは予定表に入らず、会議体として設計されているわけでもなく、議事録にも残りません。

しかし、組織文化や人材育成の多くは、こうした「予定されていない接点」によって支えられてきたのではないでしょうか。

オフィスにいると、情報は公式なルートだけで流れるわけではありません。会議で正式に共有される情報もあれば、雑談の中で伝わる情報もあります。文章で明文化されたルールもあれば、「この会社ではこう考える」という暗黙の前提もあります。在宅勤務では、この非公式な情報の流れが細くなりがちです。

チャットで雑談チャンネルを作ることもできますし、オンライン懇親会を開くこともできます。しかし、それらは基本的に「意図的に設計されたコミュニケーション」であり、オフィスで起きていた偶発的なコミュニケーションとは性質が少し違います。企業がオフィス回帰を進める背景には、この偶発的な接点をもう一度取り戻したいという思いがあります。

特に、経営層やマネジメント層が強く気にしているのが、組織文化の希薄化です。

会社には、意思決定のスピード、顧客への向き合い方、品質へのこだわり、リスクに対する感覚、上司と部下の距離感、会議での発言の仕方、困ったときの助け合い方、失敗した人への向き合い方など、それぞれ独自の文化があります。こうした文化は、就業規則や人事制度にすべて書けるものではありません。ミッション、ビジョン、バリューとして言語化することはできますし、研修で伝えることもできますが、本当の意味で文化が伝わるのは日々の仕事の中です。

上司がどのような判断をするのか。先輩が顧客にどう対応するのか。チームがトラブルにどう向き合うのか。会議で誰の意見が尊重されるのか。忙しいときに周囲がどう助け合うのか。こうした場面を見て、社員は「この会社では何が大事にされているのか」を学んでいきます。在宅勤務が中心になると、この学びの機会が減りやすくなります。

特に影響を受けやすいのが、新入社員や若手社員です。

経験のある社員であれば、仕事の進め方も誰に相談すればよいかも分かっていますし、オンラインでも必要な情報を取りに行けます。しかし、入社したばかりの社員や経験の浅い若手は、何が分からないのかが分からない、誰に聞けばよいのか分からない、どのタイミングで相談してよいのか分からない、上司が忙しそうで声をかけにくいといった状態に置かれがちです。

オフィスであれば、隣の席の先輩に「すみません、これってどうすればいいですか」と聞けたかもしれません。会議後に上司から「さっきの話、分かった?」と声をかけてもらえたかもしれません。在宅勤務では、こうした自然な支援が起きにくくなります。

もちろん、オンラインでも育成はできます。むしろオンラインだからこそ、計画的な1on1や明確なフィードバック、ドキュメント化されたナレッジ共有が進む面もあります。ただし、それは意識して設計した場合に限られます。何も設計しなければ、若手は放置されやすくなり、本人も周囲もそのことに気づきにくくなります。

オフィス回帰の背景にあるのは、「最近の若手は主体性がない」という話ではなく、若手が育つために必要だった周辺環境が、在宅勤務によって見えにくくなったという問題です。

もう一つ、企業が気にしているのが、部門を越えた連携です。

在宅勤務では、自分の所属チームや直接関係するメンバーとはコミュニケーションを取りますが、少し離れた部署や普段直接関わらない人との接点は減りがちです。オンラインでは基本的に、会議に招待された人、チャットの宛先に入っている人、プロジェクトメンバー、直属の上司や部下としか会いません。これは効率的ではありますが、組織全体で見ると情報が細かく分断されやすくなります。

オフィスであれば、たまたま顔を合わせた人との会話から、「それ、うちでも似たようなことをやっていますよ」と話が広がることがあります。こうした偶発的な連携は、組織の創造性に関わります。新しいアイデアは、必ずしも正式な会議の中だけで生まれるわけではなく、違う視点を持つ人同士が偶然つながることで生まれることがあるからです。

在宅勤務が増えると仕事は効率化されますが、偶然の出会いは減ります。企業がオフィスに人を戻そうとする背景には、効率だけでは測れない創造性への問題意識があります。

マネジメントの観点でも、オフィス回帰には理由があります。在宅勤務では、部下の働きぶりが見えにくくなります。本来は成果やアウトプットで評価すべきであり、これは正しい方向です。しかし、現実のマネジメントでは、仕事の進め方、周囲との関わり方、負荷が高まっているサイン、モチベーションの変化、チーム内での孤立といったものは成果物だけでは分かりません。

オフィスにいれば、表情が暗い、発言が減っている、いつもより疲れて見えるといったことに何となく気づけます。在宅勤務では、その「気づくきっかけ」自体が少なくなります。

そのため、マネージャーにはより高いマネジメント能力が求められます。定期的に1on1を行う。業務の進捗だけでなく本人の状態を確認する。仕事の優先順位を明確にし、期待値を言語化する。成果だけでなくプロセスも確認する。こうしたマネジメントができている組織では、在宅勤務は十分に機能します。しかし、マネジメントが弱い組織では、在宅勤務によって問題が見えにくくなります。

オフィス回帰は、ある意味で、マネジメントの未成熟をオフィスという場所で補おうとする動きでもあります。

ここは少し注意が必要です。企業が出社を求める理由の中には合理的なものもありますが、単に「見えないと不安だから出社してほしい」という理由も混ざっていることがあります。これは社員から見ると納得しにくいものです。

仕事の成果が出ている。オンラインでも問題なく進んでいる。わざわざ出社しても、結局オンライン会議ばかりしている。出社した意味が感じられない。このような状態で出社を求められると、社員は「管理されるために出社させられている」と感じてしまいます。

オフィス回帰がうまくいかない企業では、この問題がよく起きます。会社は「コミュニケーションのため」「組織文化のため」と説明するものの、実際には出社日に特別なコミュニケーションがあるわけでもなく、チームで集まるわけでも対面で議論するわけでもなく、ただ自席でオンライン会議をして帰る。これでは社員の納得感は生まれません。

つまり、Return to Officeにおいて本当に問われているのは、「出社するかどうか」ではなく、出社する意味を設計できているかどうかです。

オフィスに戻すのであれば、企業は、なぜ出社するのか、どのような仕事をオフィスで行うのか、どのようなコミュニケーションを重視するのか、若手育成にどう活かすのか、在宅勤務の日と出社日の役割をどう分けるのかを明確に説明する必要があります。これが曖昧なままでは、オフィス回帰は単なる「出社命令」になってしまいます。

そして、出社命令として受け止められた瞬間に、在宅勤務を経験した社員との間にギャップが生まれます。社員はすでに、在宅でもできる仕事があること、通勤時間が大きな負担であること、集中作業は自宅のほうが進む場合があることを知っています。だからこそ、企業が「とにかく出社してください」と言っても、以前のようには受け止められません。

オフィス回帰を進める企業に必要なのは、強制力だけではなく納得感です。「この日は集まる意味がある」「対面で話すことで、確かに前に進む」「若手にとって学びがある」と社員が感じられる設計が必要です。

一方で、社員側にも考えるべきことがあります。在宅勤務のメリットだけを見てオフィスの価値を軽視しすぎると、組織としての力が弱まる可能性があります。仕事は個人のタスク処理だけではなく、人と人が関わり合い、情報を共有し、信頼を築き、時には衝突しながら新しい価値を生み出していくものです。特に、関係性を作る段階、複雑なテーマを議論する場面、新しいアイデアを出す場面、若手を育てる場面では、対面の価値はまだ大きいと思います。

だからこそ、在宅勤務と出社は対立するものではありません。在宅勤務は効率や集中、生活との両立に強みがあり、出社は関係性、文化、育成、創造性に強みがあります。どちらか一方が正解なのではなく、それぞれの強みをどう組み合わせるかが重要です。

コロナ禍で私たちは「出社しなくても仕事はできる」ことを学びました。コロナ後のオフィス回帰では、私たちはもう一つの問い、「それでも、なぜ人は集まるのか」に向き合っています。

この問いに答えられない企業の出社要請は、社員にとって負担になります。しかし、この問いにきちんと向き合える企業は、在宅勤務と出社をうまく組み合わせながら、より強い働き方を作っていけるはずです。

Return to Officeとは、単に昔の働き方に戻ることではなく、在宅勤務を経験した後に、オフィスの意味を再定義するプロセスです。会社は何のために人を集めるのか。社員はどこで最も力を発揮できるのか。チームとして成果を出すために、どのような接点が必要なのか。この問いに向き合うことが、これからの働き方を考える出発点になります。

そして、忘れてはいけないのが、在宅勤務が多くの人にとって「働き続けるための支え」になっているという事実です。次章では、在宅勤務の最大の価値である、生活との両立、ワーク・ライフ・バランス、そして多様な人材の活躍という観点から考えていきます。

第2章 在宅勤務の最大の価値は「生活との両立」にある

在宅勤務について議論するとき、生産性は上がるのか、社員は本当に働いているのか、コミュニケーションは不足しないのか、組織文化は薄れないのか、といった論点がよく出てきます。どれも重要な論点です。

しかし、在宅勤務の価値を考えるうえで、私は最も大きいのは「生活との両立」だと思います。在宅勤務は、単に自宅で仕事ができる制度ではなく、働く人が自分の生活を完全に犠牲にしなくても仕事を続けられるようにする仕組みです。

これまでの日本企業では、働く場所も時間も会社側の都合に合わせることが前提になりがちでした。朝、決まった時間に出社し、夕方までオフィスにいて、必要があれば残業する。通勤時間は本人が負担し、家庭の事情はできるだけ仕事に持ち込まない。こうした働き方は、ある意味では分かりやすいものでした。全員が同じ場所に集まり、同じ時間帯に働くことで、チームとしての一体感も作りやすかったからです。

しかし、この働き方には大きな前提があります。それは、社員が毎日決まった時間に会社へ来られる状態である、という前提です。

育児がある人。
介護がある人。
持病や体調面に不安がある人。
通勤時間が長い人。
配偶者の転勤や家庭の事情で住む場所に制約がある人。
子どもの学校行事や急な体調不良に対応しなければならない人。

こうした人たちにとって、毎日同じ時間にオフィスへ行くことは、決して簡単ではありません。

もちろん、これまでも多くの人が努力してきました。朝早く起きて家事を済ませ、子どもを急いで保育園に預け、満員電車に乗り、夕方になると周囲に申し訳なさを感じながら退社し、帰宅後にまた家事や育児をする。このような働き方を長く続けてきた人は少なくありません。その努力は尊いものですが、個人の努力だけに頼る働き方には限界があります。

在宅勤務は、その限界を少し緩める仕組みです。通勤時間がなくなるだけで、生活は大きく変わります。朝、子どもを送り出してから仕事を始められる。保育園や学校からの急な連絡にも対応しやすい。体調が万全でない日でも、無理に通勤せずに働ける。この変化は単なる便利さではなく、働き続けられるかどうかに関わる問題です。

特に育児や介護は、ある日突然、仕事との両立が難しくなることがあります。子どもが小さい時期は発熱や学校行事、習い事、送迎など日々の対応が必要ですし、介護はいつ始まるか分からず、一度始まると長期化することもあります。こうした事情を抱えた社員にとって、在宅勤務という選択肢があるかどうかは非常に大きいです。

毎日出社しなければならない職場では、本人がどれほど優秀でも、働き続けることが難しくなる場合があります。一方で、在宅勤務をうまく活用できれば、仕事を続けながら生活上の責任にも向き合いやすくなります。

これは社員個人だけの問題ではなく、企業にとっても重要な意味があります。在宅勤務は、人材の離職を防ぐ仕組みにもなり得るからです。優秀な社員が育児や介護、配偶者の転勤、通勤負担、健康上の理由で辞めてしまうのは、企業にとって大きな損失です。採用にはコストがかかり、育成にも時間がかかります。社内の知識や経験、顧客との信頼関係も簡単には引き継げません。在宅勤務によってそうした社員が働き続けられるのであれば、企業にとっても十分に価値があります。

また、在宅勤務は、これまで働く機会を制限されていた人にとっても可能性を広げます。地方に住んでいる人。通勤が難しい事情を持つ人。体調に波があり毎日通勤することは難しいけれど仕事の能力は十分にある人。従来のように「会社の近くに住み、毎日出社できる人」だけを前提にすると、企業が活用できる人材は限られますが、在宅勤務を選択肢として持てば、より多様な人材と働くことができます。

多様な人材の活躍というと、性別、年齢、国籍、障がいの有無、価値観などが語られることが多いですが、実際に多様な人が働き続けるためには「働き方の柔軟性」が必要です。どれほど多様性を掲げても、働き方が画一的なままであれば、結局はその働き方に適応できる人だけが残ります。在宅勤務は、こうした画一的な働き方を変えるきっかけになります。

もちろん、在宅勤務があればすべての両立問題が解決するわけではありません。自宅にいるからこそ仕事と家庭の境界が曖昧になることもあります。家族がいる環境では集中しにくい場合もありますし、住環境によっては仕事に適したスペースを確保できないこともあります。

また、在宅勤務が「いつでも対応できる働き方」になってしまうと、かえって負担が増えることもあります。夜でもチャットが飛んでくる。オンラインだから会議を詰め込まれる。自宅にいるのだから対応できるだろうと思われる。勤務時間と生活時間の境目がなくなり、休んでいる感覚が持てなくなる。これは在宅勤務の大きな落とし穴です。在宅勤務は柔軟性を高める制度である一方で、運用を誤ると仕事が生活に侵食していきます。

だからこそ、在宅勤務を導入する企業は、労働時間や業務量、連絡ルール、会議の入れ方、成果の見方をきちんと考える必要があります。在宅勤務でもきちんと休めること。勤務時間と私生活の境界を守れること。成果や期待値が明確であること。必要なときに相談できること。孤立しないこと。在宅勤務を使うことで不利にならないこと。こうした条件が整って、初めて在宅勤務は両立支援として機能します。

特に重要なのが、「在宅勤務を使う人が不利にならない」という点です。制度として在宅勤務があっても、使うことで評価が下がる、重要な仕事から外される、周囲から楽をしているように見られるといった空気があると、社員は安心して制度を使えません。表向きには制度があるのに、実際には使いづらい。これでは制度として十分に機能しているとは言えません。

在宅勤務を本当に両立支援として活かすためには、制度だけでなく職場の認識も変える必要があります。在宅勤務は特別扱いではなく、楽をしているわけでもなく、働く責任を果たしながら生活との両立を可能にする働き方である。この理解が職場に浸透していることが大切です。

一方で、在宅勤務を利用する社員側にも責任があります。在宅勤務は自由に働ける制度であると同時に、信頼に基づく働き方です。自分の業務状況を適切に共有する。必要な連絡にはきちんと対応する。成果物や進捗を見える形にする。在宅勤務の日でも、チームの一員としての責任を果たす。こうした姿勢があってこそ、在宅勤務は組織の中で信頼される制度になります。

会社側が制度を整えること。上司が適切にマネジメントすること。社員本人が責任を持って働くこと。チーム全体でお互いの事情を理解し合うこと。この4つがそろって、在宅勤務は初めて「生活との両立」を支える力になります。

特にこれからの日本企業にとって、在宅勤務の意味はますます大きくなると思います。少子高齢化が進み、労働人口は減っていきます。育児だけでなく介護と仕事の両立に直面する人も増え、共働き世帯は一般的になり、家庭責任を一人が担う前提では成り立ちにくくなっています。優秀な人材ほど、働き方の柔軟性を重視するようになっています。その中で、毎日出社できる人だけを前提にした働き方を続けることは、企業にとってもリスクになります。

在宅勤務は、社員に優しい制度というだけではなく、人材確保、離職防止、多様な人材の活躍、組織の持続可能性に関わる経営課題です。

もちろん、すべての職種で同じように在宅勤務ができるわけではありません。現場でなければできない仕事、対面でなければ価値を出しにくい仕事もありますし、職種間の公平性をどう考えるかも重要です。だからこそ、在宅勤務を単純に「全員に同じように認める」ことだけが正解ではなく、仕事の特性に応じてどのような柔軟性を提供できるかを考えることが大切です。

在宅勤務が難しい職種であっても、時差勤務、短時間勤務、シフトの柔軟化、休暇の取りやすさ、業務分担の見直しなど、別の形で両立を支えることはできます。在宅勤務ができる職種だけが恵まれる制度にしてしまうと職場内に不公平感が生まれますし、一方で不公平感を恐れるあまり、在宅勤務ができる仕事まで一律に制限してしまうと、せっかくの柔軟性を失います。ここでも必要なのは丁寧な設計です。

在宅勤務は社員のわがままではありません。もちろん、企業が無条件にすべてを認めるべきものでもありません。在宅勤務は、仕事の成果と生活上の責任を両立させるための選択肢です。

単に「家で働ける制度」と捉えれば、在宅勤務は福利厚生の一つに見えるかもしれません。しかし、「人が働き続けるための基盤」と捉えれば、在宅勤務は人事戦略そのものになります。

会社は社員の生活をすべて背負うことはできません。しかし、働き方を工夫することで、社員が仕事を続けやすい環境を作ることはできます。在宅勤務の最大の価値は、まさにそこにあります。仕事のために生活を削るのではなく、生活を大切にしながら仕事でも力を発揮する。それを可能にする選択肢の一つが、在宅勤務です。

だからこそ、在宅勤務を考えるときには、単に「効率が上がるかどうか」だけで判断してはいけません。その制度によって誰が働き続けられるようになるのか、誰のキャリアが途切れずに済むのか、社員の生活と組織の成果をどう両立できるのか。この視点が必要です。

在宅勤務は、生活との両立を支える強力な手段です。しかし同時に、企業が気になるのはやはり「生産性」の問題です。両立には役立つとしても、仕事の成果は本当に上がるのか。次章では、在宅勤務と生産性の関係について、仕事の性質ごとに整理していきます。

第3章 在宅勤務は本当に生産性を上げるのか

在宅勤務をめぐる議論で、最もよく出てくるテーマの一つが「生産性」です。

在宅勤務のほうが集中できる、通勤時間がなくなる分仕事に使える時間が増える、余計な会議や雑談が減るという意見がある一方で、自宅では集中できない、社員が本当に働いているか分からない、コミュニケーションが遅くなる、チームでの一体感が弱くなるという反対の意見もあります。

では、在宅勤務は本当に生産性を上げるのでしょうか。

私の考えでは、この問いに対する答えは単純ではありません。在宅勤務によって生産性が上がる仕事もあれば、下がりやすい仕事もあります。つまり、「在宅勤務は生産性を上げるのか、下げるのか」という問い方そのものが、少し粗いのだと思います。

本当に考えるべきなのは、どのような仕事が在宅勤務に向いているのか、どのような仕事がオフィスや対面に向いているのか、そして個人の生産性とチーム全体の生産性をどう分けて考えるのか、ということです。

まず、在宅勤務と相性がよいのは、比較的一人で集中して進める仕事です。資料作成、データ分析、企画書の作成、レポートの執筆、プログラミング、調査業務といった仕事は、一定時間集中して取り組むことで成果が出やすいものです。

オフィスにいると、誰かに話しかけられる、急な相談が入る、会議室への移動があるといった中断がどうしても発生します。これらは必ずしも悪いことではなく、後述するように偶発的な会話や相談には大きな価値があります。しかし、集中して深く考える仕事をしているときには、中断は生産性を下げる要因になります。在宅勤務では、この中断を減らすことができます。

特に、成果物が明確な仕事では在宅勤務は機能しやすいと思います。今日中に資料を完成させる、データを分析して示唆を出す、コードを書く。このように期待されるアウトプットが明確であれば、働く場所はそれほど重要ではなく、むしろ自分が最も集中できる環境で働いたほうが生産性は高まりやすいでしょう。

また、在宅勤務では通勤時間がなくなります。これは見落とされがちですが、大きな意味があります。片道1時間の通勤であれば、往復2時間です。その時間がなくなることで体力的な負担はかなり減り、余裕を持って業務に入れますし、睡眠時間や家族との時間も確保しやすくなります。

生産性というと、どうしても「1時間あたりにどれだけ成果を出したか」という話になりがちです。しかし人間は機械ではありません。疲労が蓄積すれば集中力は落ち、睡眠不足が続けば判断力は鈍ります。在宅勤務によって生活の負荷が下がるのであれば、それは中長期的な生産性にもつながります。

一方で、在宅勤務に向かない仕事もあります。新しいプロジェクトの立ち上げ、部門をまたぐ複雑な調整、まだ答えが見えていないテーマの議論、新入社員や若手の育成、チームビルディング、新しいアイデアを出す場面といった仕事です。

こうした仕事は、単に情報を伝えればよいわけではありません。相手の表情を見ながら話し、反応を確認し、空気を読み、その場で議論を深めるというプロセスが重要になります。オンラインでもこうした議論はできますが、対面のほうが進みやすい場面は確かにあります。特に、まだ信頼関係ができていない相手との仕事では、対面の価値は大きいです。

また、チームで新しいことを始めるときも、対面のほうが向いていることがあります。新規プロジェクトでは、目的は何か、何を成果とするのか、誰が何を担当するのかという認識合わせが重要です。この認識合わせが不十分なままオンライン中心で進めると、後でズレが大きくなることがあります。チャットでは合意しているように見えても、実は理解が違っていたということは、実務ではよく起きます。対面であれば必ず解決するわけではありませんが、相手の表情や沈黙、ちょっとした違和感に気づきやすくなります。

生産性を考えるときに注意したいのは、「個人の生産性」と「チームの生産性」は必ずしも同じではないということです。

在宅勤務では、自分の資料は早く作れる、自分の分析は集中して進められるという個人の生産性は上がるかもしれません。しかし、組織の仕事は個人のタスクだけで成り立っているわけではありません。情報共有が不十分だと後工程で手戻りが起きますし、認識のズレがあると全体の進捗が遅れます。在宅勤務では、この「全体最適」が見えにくくなることがあります。

自分の仕事には集中できる一方で、他の人が何に困っているか見えない、チーム全体の優先順位がずれている、相談が遅れて結果として手戻りが増える。これでは個人の生産性は上がっても、組織の生産性は上がりません。

だからこそ、在宅勤務では仕事の見える化が重要になります。誰が何をしているのか、今どこまで進んでいるのか、何に困っているのかを意識的に共有する必要があります。オフィスにいれば何となく見えていたものが、在宅勤務では自然には入ってきません。タスク管理ツール、チャット、定例ミーティング、1on1、ドキュメント共有などを活用して、仕事の状態を見えるようにする必要があります。

在宅勤務で生産性を高められる組織は、この見える化がうまい組織です。逆に、見える化をせずに在宅勤務だけを導入すると、仕事は属人化しやすくなり、何をしているか分からない、誰に聞けばよいか分からないという混乱につながります。

また、生産性を考えるうえでは、マネジメントの質も大きく影響します。在宅勤務では、上司が部下を「見ている」だけではマネジメントできません。席にいるかどうか、忙しそうにしているかどうかという見た目の情報は使えないため、上司は期待値を明確にする必要があります。何を成果として求めているのか、いつまでに必要なのか、どのタイミングで相談してほしいのか。これが曖昧なまま在宅勤務をすると、部下は迷います。

上司は「任せているつもり」でも、部下は「放置されている」と感じるかもしれません。結果として相談が遅れたり、手戻りが増えたりします。在宅勤務では、曖昧なマネジメントが通用しにくくなります。

逆に言えば、在宅勤務はマネジメントを進化させるきっかけにもなります。成果を明確にする、業務の優先順位を整理する、情報をドキュメント化する、1on1で状態を確認する。こうしたマネジメントができるようになると、在宅勤務でも十分に成果を出せます。在宅勤務がうまくいかない場合、原因は在宅勤務そのものではなく、仕事の設計やマネジメントにあることも多いのです。

もう一つ見落としてはいけないのが、在宅勤務の生産性は社員の環境によって大きく変わるということです。一人暮らしで静かな部屋がある人と、小さな子どもがいて仕事用のスペースを確保しにくい人では、置かれている環境がまったく違います。ある人にとっては集中できる最高の環境でも、別の人にとっては仕事をするには難しい環境かもしれません。

したがって、企業が在宅勤務を制度化する際には、「在宅勤務=全員にとって快適」と考えないほうがよいと思います。人によって最も生産性が高い場所は異なるからこそ、働く場所を一律に決めるのではなく、仕事の内容と本人の状況を踏まえて設計することが重要です。

ここで、在宅勤務と生産性を考えるうえでの一つの整理があります。在宅勤務が向いているのは、主に「集中」「個人作業」「成果物が明確な仕事」です。一方、出社や対面が向いているのは、主に「関係構築」「複雑な議論」「育成」「創造」「認識合わせ」が必要な仕事です。

資料作成は在宅でもよいが、資料の方向性を最初に決める場面は対面のほうがよいかもしれない。データ分析は在宅でもよいが、その結果をもとに部門横断で意思決定する場面は対面のほうがよいかもしれない。このように仕事のプロセスを分解すると、在宅に向いている部分と対面に向いている部分が見えてきます。

大切なのは、在宅勤務を「日数」だけで管理しないことです。週2日在宅、週3日出社、原則出社、フルリモートというように、制度としては日数で決める必要がある場合もありますが、実際の生産性を高めるためには、日数だけでなく「その日に何をするのか」を考える必要があります。出社日なのに一日中オンライン会議をしている、在宅日なのに部門横断の複雑な調整を一人で抱えているという状態では、在宅勤務も出社も十分に活かせません。

本来は、集中する日は在宅、議論する日は出社、定例確認はオンライン、雑談や交流が必要な場面は意図的に対面で作るというように、仕事の性質に合わせて働く場所を選ぶべきです。このように設計できれば、在宅勤務と出社は対立せず、むしろそれぞれの強みを活かすことができます。

在宅勤務は生産性を上げる可能性を持っていますが、それは「在宅にすれば自動的に生産性が上がる」という意味ではありません。在宅勤務が生産性を高めるためには、仕事の目的が明確であること、期待される成果が明確であること、情報共有の仕組みがあること、マネージャーが適切に期待値を設定できることといった条件が必要です。これらが整っていれば、在宅勤務は非常に有効な働き方になりますが、曖昧なまま行うと、コミュニケーション不足、手戻り、孤立、評価の不透明さが生まれやすくなります。

つまり、在宅勤務の生産性は、制度そのものよりも運用の質に左右されます。

ここで、人事や経営が注意すべきことがあります。在宅勤務の生産性を議論するときに、「社員がさぼるのではないか」という視点だけで考えないことです。労務管理は必要ですが、それだけを中心に考えると、在宅勤務は監視の対象になってしまいます。パソコンの稼働状況を細かく見る、チャットの返信速度を気にするといった管理は、短期的には安心感を生むかもしれませんが、長期的には社員の自律性や信頼関係を損なう可能性があります。

在宅勤務で大切なのは、監視ではなく信頼と成果の設計です。何を期待しているのかを明確にし、必要な情報を共有し、困ったときに相談できる状態を作り、成果を適切に評価する。このほうが、結果的に生産性は高まりやすいと思います。

これまでオフィスでは、長く席にいる人や忙しそうにしている人が評価されやすかったかもしれません。しかし在宅勤務では、そのような見た目の情報が減り、本当に何を生み出したのか、どのような価値を出したのかという本質的な問いが前に出てきます。その意味で、在宅勤務は企業に対して「成果とは何か」を問い直す機会でもあります。

在宅勤務は、生産性を上げる魔法の制度ではありません。しかし、うまく設計すれば、集中すべき仕事の質を高め、通勤による負担を減らし、社員が自律的に働くきっかけになります。一方で、すべてを在宅勤務に寄せすぎると、関係性、育成、創造性、組織文化といった面で課題が出てきます。

個人が集中して成果を出すためには、在宅勤務は非常に有効です。一方で、人と人が関わり合い、新しいものを生み出すためには、オフィスや対面の価値も無視できません。生産性を本気で高めたいのであれば、「在宅か出社か」を一律に決めるのではなく、仕事の中身を見て判断する必要があります。どこで働くかではなく、何をするか。何をするかによって、どこで働くべきかを決める。この順番が重要です。

そして、この考え方をさらに進めていくと、次の問いに行き着きます。在宅勤務で効率的に仕事ができる時代に、それでもオフィスに集まる意味は何なのか。次章では、オフィス出社によって生まれる「予定されていない価値」、つまり偶発的な会話や創造性について考えていきます。

第4章 オフィスには「予定されていない価値」がある

在宅勤務が広がったことで、私たちは多くの仕事がオフィスにいなくても進められることを知りました。会議はオンラインでできる。資料はクラウドで共有できる。チャットで相談できる。この変化は非常に大きなものでした。それまで「会社に行かなければできない」と思われていた多くの仕事が、実はそうではなかったのです。

一方で、在宅勤務が広がったからこそ、逆に見えてきたものもあります。それは、オフィスには「予定されていない価値」があるということです。

在宅勤務やオンライン会議は、基本的に目的がはっきりしています。この会議では何を決めるのか、誰と話すのか、どの資料を確認するのか。オンラインのコミュニケーションは、予定され、招待され、議題が設定されて行われることが多く、これは効率的です。無駄な移動もなく、必要な人だけが集まり、短時間で話を進めることができます。

しかし、組織の中で起きているコミュニケーションは、本来それだけではありません。むしろ、仕事の中には予定されていない会話から生まれるものがたくさんあります。

会議が終わった後に参加者が少し残って話す。
廊下ですれ違った人に「そういえば」と声をかける。
隣の席の人が困っていそうなので軽く相談に乗る。

こうした場面はカレンダーには登録されず、議事録にも残りませんが、実務ではこうした何気ない接点が意外なほど重要な役割を果たしています

たとえば、ある会議で新しい施策について議論したとします。会議の中では資料に沿って説明があり、質疑応答があり、一定の方向性が決まる。ここまではオンラインでも十分にできます。しかし、本当に大事な話が出るのは、会議が終わった後だったりします。「あの案、方向性は分かるけど、現場は少し抵抗するかもしれませんね」「実は、別の部署でも似たような話が出ています」。こうした会話は、議題にないから、全員の前では言いにくいから、まだ確信がないからという理由で、会議中には出てこないことがあります。でも、こうした違和感や補足情報こそが、仕事を前に進めるうえで非常に大事だったりします。

オフィスには、この「少しだけ話す」機会があります。わざわざ会議を設定するほどではない、チャットで文章にするほど整理できていない、でも顔を合わせたから少し話してみる。この軽さが、オフィスの価値の一つです。

在宅勤務では、この軽い接点が減ります。チャットで聞くほどのことだろうか、相手は忙しいのではないかと思っているうちに、聞くタイミングを逃してしまうことがあります。結果として、小さな違和感が放置され、小さな相談が遅れ、後になって認識のズレや手戻りにつながる。これは、在宅勤務の見えにくいコストです。

オフィスでの会話には、もう一つ大きな意味があります。それは、偶発的な創造性です。新しいアイデアは、必ずしも正式な会議の中だけで生まれるわけではなく、何気ない会話の中で突然つながることがあります。「それ、うちのチームでも同じ課題があります」「昔、似たような取り組みをしたことがあります」。このような偶然のつながりは、オンライン中心の働き方では起きにくくなります。

オンラインでは、基本的に予定された人としか話しません。これは効率的ですが、効率的であるがゆえに想定外の出会いが減ります。違う部署の人と偶然話す、普段関わらない人の考えに触れるといった「余白」は、短期的な業務効率だけを見ると無駄に見えるかもしれませんが、組織の創造性はこの余白によって支えられている面があります。

新しい企画を考えるとき、最初から完璧なアイデアがあるわけではありません。誰かの一言に反応して別の人が補足する。少し脱線した話から新しい視点が出る。こうしたプロセスは予定どおりには進みません。むしろ、予定どおりに進まないからこそ、新しいものが生まれます。在宅勤務は決められた仕事を効率的に進めるには向いていますが、まだ形になっていないものを生み出す場面では対面の価値が出やすくなります。

特に、部門を越えた創造性は偶発的な接点に左右されます。自分のチームだけで考えていると、どうしても視点が狭くなり、同じ前提、同じ言葉で議論しがちです。そこに別部署の人、別職種の人が入ることで見方が変わり、アイデアは現実的になり強くなっていきます。しかし、在宅勤務中心になると、この異なる視点との出会いが減りやすくなります。

もちろん、オフィスに人を集めれば自動的に創造性が高まるわけではありません。同じ場所にいても誰とも話さない、席に座ってオンライン会議だけしているという状態では、出社しても偶発的な創造性は生まれません。大切なのは、オフィスを「作業する場所」としてだけではなく、「人と人がつながる場所」として設計することです。

「出社させればコミュニケーションが増える」という考え方は、少し乱暴です。出社しても仕事の進め方が変わらなければ、社員はただ移動しているだけになります。オフィスの価値は場所そのものにあるのではなく、そこに人が集まり相互作用が生まれ、予定されていなかった会話や学びが起きることにあります。

これは若手育成にも深く関係します。若手は研修だけで育つわけではなく、日々の職場の中で多くのことを学んでいます。先輩がどう顧客に説明しているか、上司が難しい判断をどう下しているか。こうした学びは形式知ではなく暗黙知であり、文章にしにくく研修で教えにくいものですが、仕事をするうえでは非常に重要な知識です。

オフィスには、横で見る、耳に入る、ついでに聞くという形で、この暗黙知を学ぶ機会があります。在宅勤務では、この偶然の学習機会が減ります。オンラインでも育成はできますし、むしろオンラインだからこそナレッジを残す文化が進む面もありますが、暗黙知を学ぶ機会は意図的に作らなければなりません。若手を育てるという観点では、オフィスは単なる勤務場所ではなく、学習環境でもあります。

これは若手だけでなく、中堅社員や管理職にとっても、他者の仕事ぶりを見ることは学びになります。在宅勤務では自分の仕事に集中しやすくなる一方で、他者から学ぶ機会は減りやすくなります。

オフィスのもう一つの価値は、会社やチームへの所属感を生み出すことです。人は仕事の内容だけで会社に所属しているわけではありません。一緒に働く人、チームの雰囲気、何気ない会話、困ったときに助け合った経験。こうしたものが積み重なって「このチームで働いている」という感覚が生まれます。

在宅勤務中心になると、この所属感が弱くなることがあります。仕事はできている、成果も出している、それでもどこか会社との距離を感じる。こうした感覚は短期的には表面化しにくいかもしれませんが、長期的にはエンゲージメントや定着に影響する可能性があります。人は合理性だけで組織に残るわけではなく、人とのつながりや所属感も働き続ける理由になります。

もちろん、オフィスに来れば自動的に所属感が高まるわけではありません。心理的安全性がなければ、むしろ疎外感が強まるかもしれませんし、雑談が苦手な人にとっては過度な交流がストレスになることもあります。だから、オフィスの価値を語るときには単純に「集まればよい」と考えてはいけません。大事なのは、どのような関係性を作るために集まるのかです。

在宅勤務は効率を高める力があり、オフィスは関係性を深める力があります。在宅勤務は集中する力を高め、オフィスは偶然の出会いを生みます。在宅勤務は個人の裁量を広げ、オフィスは組織としてのつながりを作ります。

このように考えると、在宅勤務とオフィスは競合するものではなく、役割が違うのです。問題は、どちらが正しいかではなく、どの仕事に、どちらが向いているかです。

オフィスの価値を見直すということは、昔の働き方に戻ることではありません。在宅勤務を経験したうえで、オフィスに集まる意味を再定義することです。オフィスは単に机と椅子がある場所ではなく、人と人が出会い、会話し、学び合い、違う視点が混ざり、新しいものが生まれる場所です。その価値は数字では測りにくく、短期的な生産性には表れにくいかもしれません。しかし、組織が長期的に力を持ち続けるためには非常に大切な価値です。

一方で、オフィスの価値を過大評価しすぎてもいけません。ただ出社させるだけで組織文化が強くなるわけではなく、同じ場所にいるだけで若手が育つわけでもありません。オフィスの価値は、出社日に何をするのか、誰と誰をつなげるのか、どのような会話を生み出すのかを意図的に引き出す必要があります。これを考えずに出社だけを求めても、社員の納得感は得られません。

在宅勤務を経験した社員は、一人で集中する仕事は自宅でもできること、移動時間には大きな負担があることをもう知っています。だからこそ、これからのオフィスには「来る意味」が必要です。そして、その意味の中心にあるのが、予定されていない価値です。偶然の会話。ちょっとした相談。言葉にならない違和感。他部署とのつながり。先輩の仕事ぶりからの学び。こうしたものは効率だけでは測れませんが、組織で働くうえでは欠かせないものです。

在宅勤務が当たり前になった時代だからこそ、オフィスの価値はむしろ明確にする必要があります。何となく集まる場所ではなく、集まることでしか生まれにくい価値を生む場所へ。それが、これからのオフィスに求められる役割だと思います。

そして、この「予定されていない価値」が失われると、特に影響を受けやすい領域があります。それが、若手育成、評価、そして組織文化です。次章では、在宅勤務が難しくするものとして、この三つの観点から整理していきます。

第5章 在宅勤務が難しくするもの――若手育成・評価・組織文化

在宅勤務には、通勤時間が減る、集中して仕事ができる、育児や介護と両立しやすいといった多くのメリットがあります。企業にとっても、人材確保や離職防止、多様な人材の活躍につながる可能性があります。特に、一定の経験を持ち自分で仕事を組み立てられる社員にとっては、在宅勤務は非常に相性のよい働き方です。

一方で、在宅勤務には見落とされやすい難しさもあります。それは短期的な業務効率にはすぐに表れにくいものです。今日の会議は問題なく終わった、資料も予定どおり完成した。このように見えていると、在宅勤務はうまくいっているように感じます。しかし、時間が経つにつれて少しずつ影響が出てくる領域があります。それが、若手育成、評価、組織文化です。これらは短期的には見えにくいテーマですが、組織の長期的な強さには深く関わっています。

若手育成の難しさ

在宅勤務が広がったとき、多くの企業で最も難しさを感じたのが、新入社員や若手社員の育成だったのではないでしょうか。

経験のある社員であれば、何をすればよいか、誰に相談すればよいかが分かるため、場所が変わっても仕事を進めやすい。しかし、若手社員はそもそも何が分からないのかが分からず、どこまで自分で考え、どこから相談すればよいのかも分かりません。

若手が仕事を覚える過程では、明文化された教育だけでなく、周囲を見ながら学ぶ機会が非常に大きな意味を持ちます。先輩がどのようにメールを書いているか、上司が会議でどのように論点を整理しているか、トラブルが起きたときに誰がどう動いているか。こうしたことは研修資料だけでは学びにくく、職場にいれば横で見える、会議に同席すれば空気感が分かるという日常の中で、若手は仕事を覚えていきます。

在宅勤務では、この「横で見る」機会が減ります。オンライン会議に参加しても、画面に映るのは発言している人の顔や資料だけで、上司や先輩が何に悩み、どう考え、どう判断しているかは見えにくくなります。チャットに残るのは結論や指示であって、その前にあった迷いや思考のプロセスは見えにくいのです。

若手にとって本当に学びたいのは「答え」だけではありません。どう考えたのか、なぜその判断になったのか、どこで迷ったのか。こうしたプロセスこそ成長にとって重要ですが、在宅勤務では見えにくくなります。結果として、若手は表面的なタスクはこなせても、仕事の勘所をつかみにくくなることがあります。

また、若手は相談のタイミングを逃しやすくなります。オフィスであれば先輩の様子を見ながら「今、少しいいですか」と声をかけることができますが、在宅勤務では相談がチャットやオンライン会議になります。チャットで聞くほどのことなのか、相手は忙しいのではないかと考えているうちに、相談が遅れることがあります。相談が遅れると仕事は間違った方向に進み、手戻りが増え、本人も自信を失います。

若手育成において重要なのは、相談のハードルを下げることです。定期的な1on1を設定する、質問してよい時間を明確にする、完成前の段階でレビューする、上司や先輩の思考プロセスを言語化する。こうした工夫が必要になります。

在宅勤務で若手が育たないわけではありません。ただし、自然には育ちにくいのです。オフィスでは偶然に起きていた育成を、在宅勤務では意図的に設計する必要があります。

評価の難しさ

在宅勤務が広がると、評価のあり方も問われます。

オフィスで働いていると、上司は部下の働きぶりを何となく見ています。朝から集中している、会議で積極的に発言している、後輩の面倒を見ている。こうした様子は評価の正式な基準ではないかもしれませんが、実際には上司の印象に影響してきた面があります。

在宅勤務では、このような見た目の情報が減るため、評価はより成果やアウトプットに寄りやすくなります。これは本来良い変化でもあります。長く席にいる人や声の大きい人が評価される文化から、成果や価値に基づく評価へ移行できるのであれば、それは望ましい方向です。

しかし、ここにも注意点があります。成果だけを見る評価は一見公平に見えますが、仕事の中には成果物として見えにくい貢献もあります。チームメンバーの相談に乗る、新人を支援する、トラブルを未然に防ぐ、チームの雰囲気をよくする。こうした貢献は組織にとって非常に大切ですが、在宅勤務では見えにくくなりがちです。これらは成果に直結しているにもかかわらず、上司が意識して見に行かなければ見えません。

在宅勤務では、評価者の情報収集能力がより重要になります。誰がどのような成果を出したのか、その成果はどのようなプロセスで生まれたのか、周囲にどのような貢献をしたのかを、上司が意図的に把握する必要があります。評価が成果物だけに偏ると、短期的なアウトプットは見えやすくなりますが、チームへの貢献や育成、関係構築といった重要な仕事が評価されにくくなる可能性があります。

また、在宅勤務では「見える人」と「見えない人」の差も出やすくなります。オンライン会議でよく発言する人、チャットで発信が多い人は評価されやすくなる一方、静かに成果を出している人や裏側で支えている人は見落とされる可能性があります。

評価の公平性を保つためには、何を成果と見るのか、プロセスをどのように見るのか、チーム貢献をどう評価するのか、在宅勤務の利用有無が評価に影響しないようにするにはどうするのかを整理することが重要です。これらを整理しなければ、在宅勤務は評価への不安を生みます。在宅勤務を使うと評価されにくいのではないか、出社している人のほうが上司の目に入りやすいのではないかという不安が大きくなると、在宅勤務制度そのものへの信頼が低下します。

働き方を変えるなら、評価の見方も変える。これは非常に重要です。在宅勤務を導入しているのに評価の考え方が出社前提のままであれば、制度と実態にズレが生まれます。

組織文化の難しさ

三つ目が、組織文化です。在宅勤務が広がると、組織文化は薄れやすくなります。

ここでいう組織文化とは、単に会社の理念や行動指針のことではありません。この会社では何を大切にするのか、困ったときにどう助け合うのか、失敗をどう扱うのか。こうした日々の判断や行動の積み重ねが組織文化です。文化は文章で伝えるだけでは定着せず、社員が本当に文化を感じるのは日々の仕事の場面です。

在宅勤務では、この文化を体感する機会が減ります。オンライン会議では目的のある話が中心になり、チャットでは用件が中心になり、雑談や余白が少なくなります。結果として、社員は自分の担当業務や直属のチームにはつながっていても、会社全体とのつながりを感じにくくなることがあります。特に、中途入社者や新入社員は影響を受けやすく、この会社らしい判断基準を学ぶことや、信頼できる人間関係を作ることに、オンラインだけでは時間がかかる場合があります。

だからこそ、文化もまた意図的に設計する必要があります。経営やマネージャーが何を大切にしているのかを言葉にする、意思決定の背景を共有する、新入社員や中途入社者が孤立しないように接点を作る、出社日を単なる作業日ではなく文化共有の日として活用する。組織文化は放っておけば育つものではなく、特に在宅勤務が増えた環境では、文化を伝える努力が必要になります。

ここで注意したいのは、在宅勤務が組織文化を壊すと言いたいわけではないということです。在宅勤務でも強い文化を持つ組織はありますし、リモート中心でも高い成果を出している企業はあります。ただし、そのような組織は多くの場合、コミュニケーションや情報共有、マネジメント、価値観の共有を意識的に設計しています。ドキュメントを残す、意思決定の背景を共有する、雑談や交流の機会を作る、新しいメンバーへのオンボーディングを丁寧に行う。こうした努力があるからこそ、在宅勤務でも文化が保たれます。

逆に言えば、これまでオフィスの偶然に頼っていた組織ほど、在宅勤務によって課題が表面化しやすくなります。若手が育たない、評価が難しい、文化が伝わらない、チームの一体感が弱い。これらの問題は、在宅勤務によって突然生まれたというより、もともとオフィスによって何となく補われていた問題が見えるようになったものかもしれません。

在宅勤務は、組織の弱点を映す鏡である

マネジメントが曖昧な組織では、在宅勤務によって曖昧さが表面化します。評価基準が不明確な組織では、不公平感が強まります。育成が現場任せだった組織では、若手が孤立しやすくなります。文化を言語化できていない組織では、帰属意識が弱まりやすくなります。

だからこそ、在宅勤務の課題を「社員が家にいるから」とだけ捉えるべきではありません。本当に問われているのは、組織として仕事をどう設計しているかです。若手育成を偶然に任せていないか。評価を上司の印象に頼りすぎていないか。組織文化を空気感だけで伝えようとしていないか。在宅勤務は、こうした問いを企業に突きつけます。

そして、この問いに向き合えた企業は、在宅勤務の有無にかかわらず強くなります。なぜなら、若手育成を仕組み化し、評価を明確にし、文化を言語化し、情報共有を整えることは、出社中心の働き方でも重要だからです。在宅勤務に対応するために行う改善は、結果として組織全体の質を高めます。

つまり、在宅勤務が難しくするものは、同時に、これからの組織が強化すべきものでもあります。これらを放置したまま在宅勤務を続けると、短期的には仕事が回っているように見えても、長期的には組織の力が落ちる可能性があります。一方で、これらを丁寧に設計できれば、在宅勤務は組織を弱くするどころか、むしろ強くするきっかけになります。

出社中心の時代には、オフィスという場所が、若手の学び、評価者の日々の観察、文化の空気感、情報の流れの多くを自然に補ってくれていました。在宅勤務では、これらを自然発生に任せることが難しくなります。だからこそ、若手が学べる仕組みを作る、評価の基準を明確にする、文化を言葉と行動で伝える、人と人がつながる機会を作るという、意図的な設計が必要です。

在宅勤務の本当の課題は、場所の問題ではありません。組織運営を偶然に任せていた部分を、どこまで意識的に設計できるかという問題です。

この視点に立てば、「在宅勤務は若手育成に悪い」「在宅勤務では評価ができない」と決めつけるのではなく、「若手育成をどう設計するか」「評価をどう見える化するか」「どの場面で対面を活用するか」と考えるべきです。在宅勤務が難しくするものを理解することは、在宅勤務を否定するためではなく、よりよく活かすためです。

次章では、これからの働き方に必要な「出社か在宅か」ではなく「設計」という視点について整理していきます。

第6章 これからの正解は「出社か在宅か」ではなく「設計」である

在宅勤務をめぐる議論は、どうしても二択になりがちです。在宅勤務を認めるのか、出社に戻すのか。フルリモートにするのか、週何日出社にするのか。

もちろん、制度として運用する以上、一定のルールは必要です。しかし、働き方の本質を考えると、「出社か在宅か」という二択だけでは不十分です。本当に問うべきなのは、その仕事はどこで行うのが最も価値を出しやすいのか、ということです。

在宅勤務には、集中しやすい、通勤時間がない、個人作業に向いているという強みがあります。一方、オフィスには、相談しやすい、偶発的な会話が生まれる、若手が周囲を見て学びやすいという強みがあります。どちらが正しいという話ではなく、強みが違うのです。

だからこそ、これからの働き方は、出社と在宅を対立させるのではなく、仕事の目的に応じて使い分ける必要があります。

たとえば、資料作成や分析のように一人で集中して進める仕事は在宅勤務に向いています。一方で、新しいプロジェクトの立ち上げは、目的をそろえ、関係者の温度感を合わせ、まだ言語化されていない違和感を拾うという点で、対面のほうが向いている場合があります。定例報告のように情報共有が中心の会議はオンラインでも十分に機能しますが、部門を越えた複雑な課題を議論する場面では、利害の違いや発言の背景を読み取る必要があるため対面の価値が高くなります。

若手育成も同じです。知識を伝える研修であればオンラインでもできますが、仕事の勘所を学ぶ場面、つまり先輩の仕事ぶりを見る、その場で質問する、ちょっとした悩みを相談するという学びは、在宅勤務だけでは起きにくいものです。

つまり、仕事にはそれぞれ「向いている場所」があります。これらをすべて同じ場所で行う必要はなく、仕事の種類によって働く場所を変えるほうが自然です。これからの働き方で大切なのは、「勤務場所を固定すること」ではなく、「仕事の目的に合わせて勤務場所を選ぶこと」です。

そのためには、まず仕事を分解する必要があります。一つの職種、一つの部署の中にも、いろいろな仕事が混ざっています。たとえば人事の仕事を考えてみても、制度設計の資料を作る、評価データを分析するといった仕事は在宅でも進めやすい一方で、経営層との重要な議論、労使協議、社員との繊細な面談は対面のほうが向いている場面も多くあります。同じ職種だからといって、一律に「人事は週何日出社」と決めるだけでは、仕事の実態に合わないことがあります。

もちろん、制度運用上は一定の分かりやすさも必要です。個人の自由だけで決めると、チームとして集まる日がなくなり連携が難しくなりますし、会社が一方的に出社日を決めると、在宅勤務の柔軟性が失われます。大切なのは、チームとして働き方を設計することです。

たとえば、チームで集まる日を決め、その日は単なる作業日ではなく議論、育成、相談、関係構築の日にする。一方で、個人作業に集中する日は在宅勤務を活用する。このように、働く場所を「日数」だけではなく「目的」と結びつけることが重要です。

週3日出社というルールがあったとしても、出社しても席で一日中オンライン会議をしているだけでは出社の価値は生まれません。逆に、週1日の出社でも、その日にチームで重要な議論を行い、若手が相談し、部門を越えた情報共有があるなら、その出社日には大きな意味があります。大切なのは日数そのものではなく、出社した日に何が起きるかです。

在宅勤務も同じです。在宅勤務の日が、ただ「会社に来なくてよい日」になっているだけでは不十分です。集中作業を進める、資料を作る、オンラインで済む会議を効率的に行うというように、在宅勤務の日にも目的を持たせることが大切です。出社日は、つながる日。在宅日は、集中する日。このように整理すると、在宅勤務と出社は対立しなくなり、役割分担が明確になります。

ここで重要になるのが、マネージャーの役割です。これからのマネージャーは、単に部下の勤務場所を管理するだけでは足りません。チームの仕事を見て、どの仕事をどこで行うべきかを設計する必要があります。今週は何を優先するのか、どのテーマはチームで集まって議論すべきか、誰と誰をつなげる必要があるか。これを考えることが、これからのマネジメントになります。

オフィスに全員が集まっていた時代は、たまたま顔を合わせる、隣で相談するといった偶然にある程度任せることができました。しかし、在宅勤務が増えると、こうした偶然は減ります。だからこそ、マネージャーが意図的に接点を作る必要があります。定期的な1on1、チームミーティング、出社日の設計、オンボーディング。これらを設計できるかどうかで、在宅勤務の成否は大きく変わります。

在宅勤務制度の良し悪しは、人事制度だけで決まるわけではなく、現場のマネジメントによって大きく左右されます。だから、人事が在宅勤務制度を考えるときには、単にルールを作るだけでは足りません。現場のマネージャーが運用できるように支援する必要があります。

また、働く場所の設計には、社員側の自律性も必要です。在宅勤務は自由度が高い働き方ですが、自由度が高いということは、自分で仕事を組み立てる責任も大きくなるということです。今日は何に集中するのか、どのタイミングで相談するのか。社員一人ひとりが、こうしたことを考える必要があります。

ただし、すべてを個人に任せすぎてもいけません。経験のある社員は対応できるかもしれませんが、若手や異動直後の社員、中途入社者にとっては、自由度が高すぎることが不安になる場合もあります。自律には土台が必要です。期待される成果が明確であること、相談できる相手がいること、心理的に質問しやすいこと。こうした土台があって初めて、社員は自律的に働けます。在宅勤務は自律を求めますが、自律を個人任せにしてはいけません。自律的に働ける環境を、組織が設計する必要があります。

ここで一つ整理してみます。在宅勤務に向いているのは、集中して資料を作る、データを分析する、定例報告をオンラインで行う、生活との両立が必要な日に活用するといった場面です。一方で、出社や対面に向いているのは、新しいプロジェクトを立ち上げる、複雑な課題を議論する、若手を育成する、組織文化を共有する、偶発的なアイデアを生み出すといった場面です。

このように整理すると、在宅勤務と出社の役割が見えてきます。企業が考えるべきことは「どちらを選ぶか」ではなく「どのように組み合わせるか」です。週の前半はチームで出社し方向性をそろえる。週の後半は在宅で個人作業を進める。新入社員や若手は一定期間、出社日を多めに設定する。育児や介護との両立が必要な社員には柔軟に在宅勤務を認める。このように、柔軟に設計することができます。

ただし、柔軟性を高めるほど、公平性の問題も出てきます。在宅勤務できる職種とできない職種の差、上司による運用の違い、在宅勤務を使う人と出社する人の評価差。こうした問題を放置すると不公平感が生まれます。すべてを一律にすると柔軟性が失われ、すべてを現場任せにすると不公平感が出る。ここが人事として非常に難しいところです。基本方針は明確にしつつ、現場の実態に応じた運用も認め、評価やキャリアに不利益が出ないようにするという調整が必要になります。

在宅勤務制度は、単なる福利厚生ではなく、働き方、マネジメント、評価、育成、組織文化、オフィスの意味、採用競争力まで関わるテーマです。だからこそ、制度だけを作って終わりにはできません。社員の声を聞き、生産性や業務品質を確認し、若手育成への影響を見て、評価の公平性を点検するという継続的な見直しが必要です。

働き方に完成形はありません。事業環境が変われば必要な働き方も変わりますし、組織の成長段階や社員構成によっても変わります。だからこそ、「一度決めたルールを守る」だけでなく、「働き方を更新し続ける」姿勢が大切です。

在宅勤務か出社か。この問いは分かりやすいですが、少し単純すぎます。これから本当に必要なのは、どの仕事を、誰と、どのタイミングで、どの場所で行うと最も価値が出るのか、を考えることです。働く場所は目的を達成するための手段です。出社も在宅勤務もオンライン会議も対面会議も、すべて手段です。手段を先に決めるのではなく、目的から考える。この順番を間違えないことが大切です。

そして、この設計を考えるうえで、人事の役割は非常に大きくなります。どのような働き方が社員の力を引き出すのか、どのような働き方が組織の成果につながるのかという観点から、経営と現場の間に立って働き方を設計する必要があります。

これからの正解は、出社か在宅かではありません。正解は、仕事の目的に応じて、働く場所を設計することです。在宅勤務は終わりません。出社の価値もなくなりません。大切なのは、その両方をどう活かすかです。

次章では、人事が考えるべき在宅勤務制度の設計ポイントについて、実務的な観点から整理していきます。

第7章 人事が考えるべき在宅勤務制度の設計ポイント

在宅勤務をめぐる議論は、どうしても「認めるか、認めないか」に寄りがちです。しかし、人事の立場で考えると、在宅勤務制度は単に「使える制度」を作ればよいわけではありません。社員の働きやすさだけでなく、業務の生産性、マネジメント、評価、公平性、労務管理、育成、組織文化まで含めて設計する必要があります。

在宅勤務は、福利厚生の一つであると同時に、働き方の基盤です。制度の作り方を間違えると、社員にとっても会社にとっても中途半端なものになります。在宅勤務を認めているのに実際には使いづらい、部署や上司によって運用がバラバラになる、出社している人と在宅勤務の人の間に不公平感が生まれる。こうした問題は、制度そのものよりも、設計と運用の不十分さから生まれることが多いと思います。

ここでは、人事が在宅勤務制度を設計する際に検討すべき論点を整理します。

対象業務と対象職種を明確にする

在宅勤務は、すべての仕事に同じように適用できるわけではありません。資料作成、データ分析、企画検討、システム開発など場所に依存しにくい仕事は在宅勤務と相性がよい一方、製造現場、店舗、物流、医療・介護など物理的な場所や設備が必要な仕事は在宅勤務が難しい場合があります。この違いを無視して全員に同じ制度を適用しようとすると、現場に無理が出ます。

さらに、同じ職種の中にも在宅でできる仕事と出社したほうがよい仕事が混ざっています。人事の仕事でも、制度資料の作成やデータ分析は在宅で進めやすい一方、労使協議や社員との繊細な面談は対面のほうが向いています。つまり、在宅勤務の適否は「職種」だけでなく「業務内容」で見る必要があります。人事としては、在宅勤務に向く業務、出社が望ましい業務、対面が必要な業務を整理し、現場が判断しやすいガイドラインを作ることが大切です。

日数や頻度より「目的」で考える

多くの企業では、週何日まで在宅勤務を認めるかが議論になります。日数のルールは制度として分かりやすく、管理もしやすい一方、日数だけで考えると働き方の本質を見失うことがあります。本当に大切なのは、何日出社するかではなく、その日に何をするかです。出社日は議論や相談、育成のための日、在宅日は集中作業や効率的な会議のための日、というように日数と目的を結びつけることが重要です。

出社日の設計

在宅勤務制度を作るときに見落とされがちなのが、出社日の設計です。在宅勤務を認める制度を作ると、申請方法や勤怠管理に意識が向きがちですが、在宅勤務が広がるほど、出社日の価値をどう作るかが重要になります。出社したのに意味がない、出社しても誰にも会えないという状態になると、社員は出社に対して不満を持ちます。

人事やマネージャーは、出社日を「管理の日」ではなく「価値を生む日」として設計する必要があります。チームごとに共通出社日を設け、その日には定例報告だけでなく議論や相談、育成の時間を入れる。会議後に雑談や補足ができる余白を残す。こうした設計があると、出社の意味が明確になります。

評価制度との接続

在宅勤務制度を導入するなら、評価制度との関係を必ず考える必要があります。在宅勤務を使うことで評価が下がるのではないか、出社している人のほうが上司の目に入りやすいのではないかと社員が感じてしまうと、制度は安心して使われません。

成果で評価すること自体は重要ですが、成果だけでは見えない貢献、たとえば若手を支援する、他部署と調整する、チームの雰囲気を支えるといった貢献をどう評価するかを考えなければなりません。そのためには、期待される成果は何か、プロセスはどのように見るのか、在宅勤務の利用有無が評価に影響しないようにするにはどうするのかという評価基準を明確にすることが必要です。在宅勤務制度と評価制度は、切り離して考えるべきではありません。

マネジメント支援

在宅勤務制度がうまく機能するかどうかは、現場のマネージャーに大きく左右されます。同じ制度でも、成果と信頼を前提にマネジメントできる上司もいれば、見えないことに不安を感じ細かく管理しようとする上司もいます。このような差が広がると、制度への不満が生まれます。

人事は、在宅勤務制度を作るだけでなく、マネージャーが運用できるように支援する必要があります。期待値設定、オンラインでの1on1、進捗確認の仕方、出社日の設計、孤立やメンタル不調への気づき方。こうしたテーマについて、マネージャー向けのガイドや研修を用意することが重要です。在宅勤務は、マネジメントを不要にする制度ではなく、むしろマネジメントの質がより問われる制度です。

労務管理と情報セキュリティ

在宅勤務では、労働時間の管理が難しくなります。出社していれば始業・終業の様子がある程度見えますが、在宅勤務では仕事と生活の境界が曖昧になりやすく、夜に少しだけメールを見る、チャットが気になって勤務時間外も反応してしまうといったことが起きやすくなります。労働時間の把握、休憩時間の確保、時間外労働の管理に関するルールを明確にする必要があります。また、自宅で仕事をしているときの労災や、長時間座りっぱなしによる健康への影響、メンタルヘルス不調の把握といった、会社の責任が及ぶ範囲も整理しておく必要があります。

加えて、在宅勤務では会社の情報をオフィス外で扱うことになるため、どの情報を自宅で扱ってよいのか、公共の場所での作業を認めるのか、端末やネットワークの条件をどうするのかといった情報セキュリティのルールも欠かせません。セキュリティを厳しくしすぎると在宅勤務の利便性が失われるため、リスクに応じてルールを設計することが重要です。

公平性への配慮

在宅勤務制度で最も難しい論点の一つが公平性です。在宅勤務できる職種とできない職種がある、上司によって認め方が違う、育児や介護がある人は在宅勤務しやすいが、そうでない人は使いづらい。こうした状態になると不公平感が生まれます。

人事は、公平性を「全員に同じように認めること」とだけ考えないほうがよいと思います。仕事の特性が違えば、同じ制度を同じように適用することは難しいからです。むしろ公平性とは、仕事の特性や社員の事情を踏まえたうえで、納得できるルールと運用を作ることです。在宅勤務が難しい職種には、時差勤務や休暇の取りやすさなど、在宅勤務以外の選択肢も含めて検討する必要があります。

オンボーディングと若手育成

経験豊富な社員にとっては在宅勤務は快適でも、入社直後の社員にとっては不安が大きい場合があります。誰に聞けばよいか分からない、会社の雰囲気が分からないという状態が続くと、孤立感が強まります。そのため、オンボーディング期間中は意図的に接点を増やす必要があります。入社直後は出社日を多めにする、メンターや相談相手を明確にする、定期的な1on1を設定する。在宅勤務を認める場合でも、育成上必要な対面機会は意図的に作るべきです。

制度の見直し

在宅勤務制度は、一度作って終わりではありません。働き方は事業環境、組織の状態、社員構成、テクノロジーの変化によって変わります。社員の声を聞く、マネージャーの困りごとを把握する、若手育成や評価の公平性への影響を点検する。こうしたレビューを行いながら制度を更新していくことが大切です。在宅勤務制度は完成品ではなく、運用しながら育てる制度です。

すべてに共通する考え方

ここまで見てきたように、在宅勤務制度を設計するには非常に多くの論点があります。対象業務、勤務日数、出社日の意味、評価制度、マネジメント、労務管理、情報セキュリティ、公平性、育成、制度の見直し。これだけ見ると複雑に感じるかもしれませんが、すべての論点に共通する考え方があります。

それは、在宅勤務を「社員に任せる制度」としてだけ見るのではなく、「組織として成果を出すための働き方」として設計することです。社員にとって働きやすく、しかし会社としての成果も出る。個人が集中できて、しかしチームとしての連携も弱まらない。このバランスをどう取るかが、人事の腕の見せどころです。

在宅勤務制度の失敗は、多くの場合、制度文言の問題ではありません。「何のために在宅勤務を認めるのか」「何のために出社するのか」という目的が曖昧なまま制度だけを作ることにあります。目的が曖昧だと現場の運用も曖昧になり、現場の運用が曖昧だと社員の納得感が下がります。逆に、目的が明確であれば制度は運用しやすくなり、社員にも説明しやすくなります。

在宅勤務制度において、最も重要なのは「納得感」です。会社が何を大切にしているのか、なぜ在宅勤務を認めるのか、なぜ出社が必要な日があるのか。これを説明できるかどうかが、制度の成否を左右します。

在宅勤務を制度として整えることは、規程を作ることでは終わりません。働く場所の意味を再設計すること。出社の意味を再定義すること。そこまで含めて、在宅勤務制度の設計です。そして、制度をどれほど整えても、最後に重要になるのは、会社がどのように社員へ説明するかです。

次章では、企業が「出社命令」ではなく「出社する意味」を語るべき理由について考えていきます。

第8章 企業は「出社命令」ではなく「出社する意味」を語るべき

在宅勤務を経験した社員に対して、企業が出社を求めるとき、最も重要になるのは「納得感」です。

コロナ前であれば、出社は当たり前でした。「仕事とは会社に行ってするもの」という前提が強くあったからです。しかし、在宅勤務を経験した後の社員は違います。会社に行かなくても進む仕事があること、通勤時間がなくなるだけで生活に大きな余裕が生まれること、育児や介護と仕事を両立するうえで在宅勤務が大きな支えになることを、社員はすでに知っています。

この経験をした後に、企業が単に「出社してください」と言っても、以前のようには受け止められません。なぜ出社しなければならないのか、その仕事は在宅でもできるのではないか、出社しても結局オンライン会議ばかりではないか。こうした疑問に答えられないまま出社を求めると、オフィス回帰は「出社命令」として受け止められ、社員の納得感は下がります。

もちろん、会社には業務上の必要性があります。チームで集まる必要がある、若手育成のために対面での関わりを増やしたい、組織文化を維持するために一定の接点が必要である。こうした理由は十分に理解できます。問題は、その必要性を社員にきちんと説明できているかどうかです。

「会社の方針だから」「やはり顔を合わせることが必要だから」という説明では弱いと思います。社員はすでに在宅勤務でも一定の仕事ができることを知っているからです。出社を求めるのであれば、企業は「なぜ集まるのか」を具体的に語る必要があります。チームの関係性を作るため。若手が先輩から学ぶ機会を増やすため。新しいプロジェクトの初期段階で認識をそろえるため。部門を越えた連携を深めるため。このように、出社の目的を具体的にすることが大切です。

そして、その目的に合った出社日の設計が必要です。「コミュニケーションのために出社する」と言いながら一日中個人作業をしているのであれば、出社の意味は薄くなります。言葉だけでは不十分です。出社する意味は、実際の体験として社員が感じられる必要があります。

出社したら確かに相談しやすかった、チームで集まったことで議論が前に進んだ。社員がこう感じられれば出社には意味が生まれます。逆に、結局家でもできる仕事だった、出社しても誰とも話さなかったと感じてしまうと、出社は価値ではなく負担になります。

企業が避けるべきなのは、「出社そのもの」を目的化することです。出社は目的ではなく手段です。何のための手段なのか、ここを明確にしなければなりません。これは在宅勤務についても同じです。在宅勤務も目的ではなく手段です。集中して仕事を進めるため、通勤負担を減らすため、生活との両立を支えるため。このような目的があるから、在宅勤務には意味があります。

つまり、これからの働き方では、出社も在宅勤務も、どちらも手段として捉える必要があります。大切なのは、目的に合わせて手段を選ぶことです。目的が関係構築なら対面のほうが向いているかもしれない。目的が集中作業なら在宅のほうが向いているかもしれない。このように考えると、出社か在宅かの議論はかなり整理されます。

企業が社員に出社を求めるときには、まず目的を語るべきです。そして、目的を語るだけでなく、実際の運用もその目的に合わせるべきです。出社日をチーム単位で合わせる。若手と先輩が同じ日に出社するようにする。一人で集中する作業は在宅日に回せるようにする。こうした工夫がなければ、「出社する意味」は生まれません。

また、出社を求める際には、社員の生活への影響も理解する必要があります。会社から見れば「週数日の出社」であっても、社員から見れば生活全体の組み替えになります。特に、在宅勤務を前提に生活リズムを作ってきた社員にとって、出社日数の増加は大きな変化です。だからこそ、企業は「会社に来るのは当然」という前提ではなく、「出社には負担がある。その負担をかけてでも集まる意味がある」という説明を心がける必要があります。

これは、社員に迎合するという意味ではありません。会社として必要な出社は、きちんと求めるべきです。ただし、その場合でも、なぜこの日は集まるのか、なぜこの会議は対面なのかという理由を説明することが大切です。理由が分かれば社員は納得しやすくなりますが、理由が分からなければ、同じ出社でも不満になります。

人は、単に命令されるよりも、意味を理解したときに動きやすくなります。「出社してください」ではなく、「この日はチームで集まり、次の方針を決めるために出社しましょう」と説明されれば、出社の受け止め方は変わります。逆に、企業が説明を怠ると、社員は自分なりに理由を推測します。会社は社員を信用していないのではないか、経営が昔の働き方に戻したいだけではないか。実際にそうでなくても、説明が不足すると、このように受け取られる可能性があります。

ただし、ここで注意したいのは、きれいなメッセージだけでは不十分だということです。経営メッセージで「コミュニケーションを活性化するため」と言っても、現場でそのような体験がなければ社員は納得しません。出社の意味は、メッセージと現場運用の両方で作られます。経営が方針を語り、人事が制度を設計し、マネージャーが出社日の目的を作り、社員がその場で意味のある関わりを持つ。このすべてがつながって、初めて出社の意味が生まれます。

人事は、この接続役を担う必要があります。経営の意図、現場の実態、社員の声をつなぎながら、働き方の意味を設計する必要があります。そのためには、出社方針を決める前に、私たちは何のために社員に集まってほしいのか、どの仕事は対面で行うべきなのか、出社日を社員にとって意味ある日にするには何が必要かといった問いを立てることが大切です。

もちろん、日数を決めること自体が悪いわけではありません。組織運営上、一定の共通ルールは必要です。しかし、日数は目的を実現するための手段であり、目的がないまま日数だけを決めると、社員にとっては単なる拘束になります。同じ「週3日出社」でも、その中身によって意味のある出社と意味のない出社が分かれます。企業が目指すべきなのは、出社日数を増やすことではなく、意味のある出社を増やすことです。

これは在宅勤務にも言えます。在宅勤務を増やすこと自体が目的ではなく、集中すべき日に活用する、生活との両立が必要な日に活用するという、意味のある在宅勤務を増やすことが大切です。

つまり、これからの企業は、出社と在宅の両方について「意味」を語る必要があります。出社は関係性、育成、創造性、文化共有のため。在宅は集中、効率、両立、自律的な働き方のため。そのうえで、社員にも、自分の仕事の成果やチームへの貢献と結びつけて在宅勤務を考えてもらう必要があります。

会社が意味を語ること。マネージャーが出社日を設計すること。社員が自律的に働き方を選ぶこと。この三つがそろって、ハイブリッドワークは機能します。企業が出社を求めるなら、社員を管理するためではなく組織として価値を生むためであるべきです。社員が在宅勤務を求めるなら、単に楽をするためではなく自分の成果と生活の両立を高めるためであるべきです。この相互理解がなければ、在宅勤務と出社は対立し、会社は「社員が家にいたがる」と感じ、社員は「会社が無意味に出社させたがる」と感じてしまいます。

逆に、出社と在宅の意味が共有されていれば、議論は建設的になります。この仕事は在宅で進めたほうがよい、このテーマは対面で議論したほうがよい、というように、仕事の目的を起点に話ができるようになります。

出社命令ではなく、出社する意味を語る。これは、これからの企業にとって非常に重要な姿勢です。働き方の選択肢が増えた時代には、社員は「なぜ」を求めるようになります。出社を求めること自体が悪いわけではなく、在宅勤務を制限することが必ずしも悪いわけでもありません。問題は、その理由が説明されず、社員が納得できないまま運用されることです。

企業には、業務上必要な出社を求める権限があります。しかし、これからの時代は、その権限を行使するだけでは不十分です。社員に対して、なぜその働き方が必要なのかを語る責任があり、その説明が実際の働き方と一致している必要があります。

「出社する意味」を語ることは、単なるコミュニケーション施策ではありません。働き方の方針を、組織の価値創造と結びつけることです。何のために集まり、何のために離れて働くのか。これを語れないままでは、在宅勤務も出社も中途半端になります。必要なのは、意味のある働き方を設計し、その意味を社員と共有することです。

第9章 まとめ――オフィスは「希少資源」になった

ここまで、在宅勤務とオフィス出社をめぐる論点を見てきました。最後に、一つだけこれまで触れていない視点を加えておきたいと思います。

それは、対面で集まれる時間そのものが、これからの企業にとって「希少資源」になるという視点です。

コロナ前、オフィスでの対面は無尽蔵にありました。毎日顔を合わせるのが当たり前だったからこそ、私たちはその時間を「特に意識せず」に使っていました。雑談に時間を使っても、会議が多少非効率でも、明日また顔を合わせれば埋め合わせができる。対面という資源は、いくらでも補充される前提で運用されていたのです。

ハイブリッドワークが定着したいま、状況は変わりました。出社日は週に数日、あるいはチームで顔を合わせられる時間はさらに限られます。つまり、対面の時間は「いくらでもある」ものから、「限られている」ものに変わったということです。

ここで多くの企業がやってしまう失敗があります。対面の時間が減ったにもかかわらず、その使い方は変えずに、出社日にも在宅日と同じような仕事の進め方を当てはめてしまうことです。せっかく集まったのに、各自が黒い画面に向かってオンライン会議をしている。これは、希少な資源を無自覚に消費しているのと同じです。

石油や水のような有限な資源を企業が扱うとき、何も考えずに使うことはありません。優先順位をつけ、最も価値を生む用途に配分します。これからの企業は、対面の時間に対しても同じ発想を持つべきだと思います。

具体的には、こういうことです。

出社日にやってよい仕事と、やってはいけない仕事を決める。 個人で完結する作業は、出社日に持ち込まない。 一人でもできる定例会議は、対面の時間を使わない。 逆に、認識合わせ、若手の相談、部門を越えた議論、まだ言葉にならない違和感を拾う場には、対面の時間を惜しまず使う。

つまり、「対面でなくてもできることは、対面でやらない」という引き算の発想です。これまでの出社は、足し算で考えられてきました。せっかく来たのだから、ついでにこれもやろう、あれもやろう。しかし、対面の時間が希少になった以上、これからは引き算で設計するほうが理にかなっています。

この発想を持つと、出社日数そのものに対する見方も変わります。週に何日出社するかという議論は、突き詰めれば「対面という希少資源を、どれだけ確保するか」という話です。多ければ良いわけではなく、少なければ悪いわけでもありません。必要な用途に対して十分な量を確保できているかどうかが問題になります。

これは、若手育成や組織文化という、本書で何度も触れてきたテーマにも直結します。新入社員が先輩の仕事ぶりを見て学ぶ機会、部門を越えて偶然知り合う機会は、対面という希少資源の「最も価値の高い使い道」の一つです。これを、惰性で続いている定例会議や、本来オンラインで済む報告に消費してしまうのは、もったいない使い方だと言わざるを得ません。

この視点に立つと、人事やマネージャーに求められる役割もはっきりします。それは、対面の時間を「割り振る人」になることです。

このチームの出社日は、何のために確保するのか。 その時間を、誰のために、どの議題に使うのか。 個人作業がその時間に紛れ込んでいないか。
これを定期的に問い直す役割が必要です。

在宅勤務をめぐる議論は、これまで「在宅勤務を認めるか、出社を求めるか」という制度の話として語られることが多くありました。しかし、対面を希少資源として捉え直すと、問いは少し変わります。「限られた対面の時間を、自分たちは何に使っているか」という、資源配分の問いになるのです。

在宅勤務は終わりません。通勤負担を減らし、生活との両立を支え、集中作業の質を高める手段として、これからも働き方の標準装備の一つであり続けるはずです。一方で、出社も終わりません。関係性、育成、組織文化、偶発的な創造性という、オンラインだけでは生まれにくい価値を支える手段として、その重要性はむしろ高まっていくと思います。

ただし、両方を「何となく」運用し続けることはできません。在宅勤務は、目的を持って活用しなければ、組織のつながりを弱めるリスクを抱えています。出社は、意味を持って設計しなければ、希少な対面の時間をただ消費するだけの行為になってしまいます。

これからの企業に求められているのは、在宅勤務か出社かを選ぶことではなく、限られた対面の機会を、最も価値の高い場面に配分し直すという発想です。

何のために集まり、何のために離れて働くのか。 この問いに、自社なりの答えを持てる企業が、これからの働き方の競争で一歩前に出ていくのだと思います。

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