【連載小説】w 「あたしの道草」⑰
(十七)
大学の構内は凄い数の人で、一般のお祭りなんかと違い独特の青臭い熱気が感じられた。
ほとんどは学生なんだろうが、俺のように一般の人も結構いるようだ。模擬店が並び、所々で飛び交う呼び込みの声も張りのある生きの良さがあった。
チアリーダーのような恰好をした女子大生が二列に並んで、一人が叩く太鼓に合わせて踊りながら俺の横を通り過ぎる。これは、何かの宗教儀式か?
大学の構内は、何か異様に感じられる、というと言い過ぎかもしれないが、非日常だがどこか懐かしい空間があった。
俺は、大学に進学しなかったので、大学の学園祭に来るのは初めてだった。
「学生じゃなくても入れるの?」
と、思わずリエちゃんにそう聞いてしまったが、大学の学園祭など意識することのない高卒のニート上がりの会社員にとって、そこは立ち入ってはいけないある種の聖域のようなものだったからだ。
そこには、俺とは違う、いわゆるリア充のご子息、ご令嬢の方々がいらっしゃるハイソサエティな場所というわけだ。あ、もうリア充とはいわないかな、、。
大学の構内は、今まで改修工事でお邪魔させていただくことが何度かあったが、そのときも決して学生さんの邪魔にならないように、迷惑をかけないように、卑屈なほど気を使って歩いていた。
今は学園祭の来訪者として、堂々と歩いていてももちろん誰も何も言わないが、やはりどこか”学生様”に迷惑をかけてはならないという意識が働き、隅の方を歩いてしまう。学歴コンプレックスを持つ高卒会社員の悲しい性だ。
まあ、心の中を深く掘り下げていくと、どこまでも自分のコンプレックスが発掘されるが、実際のところ日常生活では、そのことを意識することはほとんどなかった。俺の周りは皆同じようなコンプレックスを持った似たような人間ばかりだったから。
つまりは、そんな中で、俺はまあ、毎日楽しくやってるってこと。強がりじゃなくてね。
ところで、俺は、ライブイベントの会場である野外特設ステージを探していた。
「音楽が聞こえると思うんで、そっちの方に歩いていけばそこが野外特設ステージです」
まあ、そりゃそうなんだろう。リエちゃんの説明は本当にアバウトだった。
晴天の青い空に響くぼんやりしたバンドサウンドの方へ、なんとなく歩いていただけだったが、気が付くと、本当に目の前に野外に特設されたステージが現れた。
たくさんの人が集まっており、ステージに設置された音響機材の向こう側に学生バンドが大きな音で演奏していた。
会場の中央には客席が用意されていて、その両側に立ち見の観客が集まっていた。
踊ったり歌ったり、また談笑しながら笑ったり、もちろん興味なさそうに後ろを通り過ぎたり、つまりそれぞれがそれぞれの楽しみ方で、この空間を味わっているようだった。
リエちゃんの話だと、大学の軽音楽部が野外でライブ演奏をするということで、軽音楽部にとっては年間の大きめのイベントの一つということだった。
演奏される曲は様々で、流行りの曲のカバーだけでなくオリジナルの
曲を演奏するバンドも少なくない、とリエちゃんは言っていた。
演奏は、それなりにハイレベルに俺には感じられたし、ドンドンと身体に響く重低音も迫力があって観客の学生達もかなり盛り上がっていた。
さて、ところで、なぜ俺はこんなところにいるんだろう。
大学の学園祭なんて今まで全く縁がなかったのに、今、その学園祭の野外会場で学生バンドの演奏を聴いている。
実は、一週間ほど前に高校時代からの親友サカガミシンゴから連絡があった。
シンゴは俺の親友で、リエちゃんの彼氏だ。
「ダイスケ、実は来週、ウチの大学の学園祭があるんだよ、で、その学園祭で、ミナシロがライブデビューすることになったらしくてな、お前、よかったら見に来ないか? 前回、お前が仕事で会えなくて、結局、そのままその後もミナシロには会えてないだろ?」
そう、俺は前回の”あれ”以来、なぜか仕事がとても忙しくなってしまって、まだマリさんには会えていなかった。
※
「ダイスケ、ミナシロが一緒にアメリカに行かないかってさ」
シンゴの言葉を思い出して、俺の胸にそのときの衝撃とドキドキ感が蘇ってきた。
「全米ツアーに一緒に行こうってさ」
何度聞いても、何を言ってるか全くわからない。ミナシロマリさんが、一緒にアメリカに行こうって?
俺は、まだ会ったことのないミナシロマリさんとアメリカに行くのか? しかも全米ツアー? 半年間も? 費用はかからないって?
理解が全く追いつかない。会ったこともないのに一緒にアメリカ? 全米ツアー? それが何なのかもわからない。
いや無理だ。いや、待てよ、でもこれはもしかしたらチャンスなのかも。いやいや、でも仕事はどうする? 半年間も休めるわけがない。、、、やめるか、仕事? いや、何を考えてる。 でも、、、いやおかしい。相手はまだ一度も会ったこともない女子大生だぞ。
俺は、悶々としたまま数日過ごした。現実感のない、そのよくわからない話とリエちゃんが見せてくれたミナシロマリさんの変顔の写真。
日中もボーッとしていて何度も課長に怒鳴られたが、それでも俺はまだ、浅い眠りの中で夢を見ているようだった。
マリさんとアメリカかあ、、。
しかし、寝ぼけたような状態は、数日後のシンゴからのSNSのメッセージであっけなく終了した。
”ミナシロが、アメリカに行くのやっぱりやめるってさ”
”ごめんなさいってお前に謝っといてくれって”
、、、、、ええ、ああ、、まあ、そうだろうな、、、そりゃそうだろ、、そうですとも、そうですとも、、そりゃそうですとも、そりゃそりゃ、、、。
そのとき、着信が入る。スマホの画面に「課長」と表示されている。
「スズキ、クレームだ!」
怒気を含んだ課長の言葉も、まるで現実感がなく、頭を素通りしていく。
「、、、、ハイ、、、わかりました、、、グズッ」
「なんだ、どうした、、お前、具合でも悪いのか、、、、、、え、、お前、まさか、、泣いてるのか?」
※
今、思い出してみても、俺はなぜ泣いていたのか全くわからない。本当に不可解。
会ったこともない女子大生に一緒にアメリカに行かないか、と誘われて、どうしようか悩んでいるうちに、やっぱやめた、ごめんね、って話。いや、悩むか普通。そんなの無理、で終わる話だ。
でも俺は、、なんというか、、一瞬でも、夢を見ちゃったんだよなあ、たぶん。
それで、俺はショックを受けたということなのか? ただ厳密には、俺は、例えばその女子大生に振られたわけではないし、もちろん付き合っていたわけでもないし、もっと言えば会ったことすらない。
それなのに、涙が後から後から流れて、課長の言葉に満足に返事することすらできなくなっていた。
なんなんだ、一体。
そんなことがあった後、俺はどういうわけかメチャクチャ忙しくなって一ヶ月も全く休みが取れないくらいになってしまった。まあ、それはそれで、良かったのかもしれないが。
※
「あ、ああ、もう忙しくて、なかなか休みが取れないんだよ、でもマリさん、まだギターを始めて確か2か月くらいだろ、もうライブとかできるんだ? 」
「あ、まあそれはノリで大丈夫なんだそうだ」
「ふーん、なんか、相変わらずって言っていいのかどうかわからんが、なんか、スゴイな、、マリさん、今度はライブかあ」
シンゴが誰かに電話を替わる気配があった。
「スズキさん、リエです」
「あ、リエちゃん、久しぶり」
「スズキさん、マリもなんか色々お騒がせしてスズキさんに悪かったと思ってるみたいで、気にしてるんですよね、、だから、ライブもそうなんですけど、よかったら、打ち上げに来ませんか、マリも直接謝りたいみたいだから」
「え、いやあ、全然気にしてないから、、ただ今、俺、仕事がマジで忙しくて、でも、もし休みが取れて行けそうだったらマリさんのライブは見てみたいなあ、さすがに打ち上げ行くほど俺も図々しくはなれないけど、、、」
「んーやっぱそっか、じゃあ、とりあえず、マリが出る時間を教えるんで、できたらなるべく来てくださいよ」
「わかった、でも確実に休みが取れるかわからないからマリさんには言わないで、それに会う時はちゃんと会いたいから、でもライブは行けたら必ず行くよ」
というわけで、偶然その日になんとか休みが取れたので、こうしてマリさんのライブデビューを観るために、こっそり学園祭に乗り込んできたというわけ。なんだかんだ言って、俺はまだ諦めてないんだな。
いや、ていうか、まだ何も始まってもいないから。なにしろ、まだ会ってもいないんだから。
※
俺は、学生だらけの人ごみをかき分けて、なるべくステージの方に近づいた。
とにかく熱気が凄い。いや、若さって凄いな。俺もそんなに年は変わらないんだけど、こんな元気はもうないな。
ステージでは、五人組のバンドが最近の曲だろうか、どこかで聞いたことがある曲をテンション高く演奏していた。
意外に上手いもんだな、と俺は思った。
リエちゃんに聞いたバンド名からすると、マリさんのバンドは次みたいだ。
マリさんのバンドといってもマリさんはゲストみたいな扱いらしく最初に一曲だけ演奏して、あとはマリさん以外のメンバーで演奏を続けるらしい。
つまり、マリさんは最初の一曲だけ演奏するゲストってことみたい。でも、マリさん、オリジナル曲を演るんだって。凄いな。
学生の歓声と拍手の中で五人組は演奏を終え、ステージを降りる。
次はいよいよマリさんのバンドだ。
ステージ上に、次のバンドメンバーが袖から出てきた。それぞれのメンバーがセッティングとチューニングを始める。
マリさんらしき人はいないようだ。
よく考えてみると、俺が”生”マリさんを見るのは、これが初めてということになる。なんだか俺は、不思議な高揚感を感じていた。
俺は、リエちゃんが最初に見せてくれたマリさんの変顔の写真と、平常時の写真を思い出していた。
ついに、、。
なんだか俺、アイドルか何かの追っかけみたいだな、俺が思った時、ステージの袖から、紺色のジャージの上下を着た女の子がすたすたとギターを抱えて出てきた。
女子大生にしては、少し幼い印象で、華奢だけど堂々とした佇まいがあるその女の子は、甲高い独特の声でステージ袖の誰かを呼んでいるようだ。
呼ばれた男は、床に落ちていたシールドを拾って、その女の子のギターに挿した。ギターがアンプに繋がった独特のブオンという音がした。
マリーッ! という声が客席の方からした。
その女の子は、声の方を見て嬉しそうに笑って手を小さく振った。
あれが、マリさん? あのジャージ、写真のジャージだ。
俺は、急にドキドキし始めた。
バンドの準備が整い、マリさんがステージ中央のマイクに近付いた。
マリーッ! マリーッ! と客席のあちこちから声が上がった。
マリさんは、ガガガーッ! とギターを弾いて、そしてすぐにやめた。
それからマイクに向かって、
「あ、そっか、えーっと、じゃあ、一曲だけやります、、あ、あたしがね、、、あ、アオイちゃん!」
と言って、また嬉しそうに手を振った。
俺は、ドキドキしながら何かクスクス笑いのような奇妙な感情のカタマリが胸の底から湧き上がってくるのを感じていた。
マリさんは、真っすぐステージの上に立ち、またマイクに向かって
「えっと、じゃあ、あたしは一曲だけです、、あたしが歌詞を書いて、磯部コーハイが作曲しました、、、」
と言って一呼吸おいて
「鼻が光る紳士、、、チェケラー!」
と甲高い声で言って、ガガガガーッ! とギターをかき鳴らし始めた。
歓声が上がる。
同時に、客席のあちこちから、友達だろうか「アハハハ!」という女の子の楽しそうな笑い声が聞こえた。
俺はというと、「チェケラー」で思わず吹き出してしまって、それから大きな声で笑った。
鼻が、、光る、、?
うん、俺はたぶんマリさんが本当に好きになってしまったんだと思う。
まいったな、、ハハハ。
「あたしの道草」最終回へ続く
※)次で最終回です。スキ/フォローありがとうございます。励みになります。
