【連載小説】w 「あたしの道草」⑯
(十六)
「ママ、あたしちょっとアメリカ行ってくる」
え、オレも行きたい! という弟のケンタの声が後ろから聞こえた。
「アメリカに何しに行くの?」
キッチンカウンターの向こうで夕食の用意をしていたママが、気にする様子もなく、あたしを見て言った。
「今日、楽器屋さんでアメリカ人のミュージシャンの男の人に声を掛けられて、アメリカに誘われたの、全米ツアーに一緒に来ないかって」
「全米ツアーって、、その人は一体だれなのよ、知ってる人?」
「知らない人、ミュージシャンのギタリストなんだよね、少し演奏してくれたんだけど、プロ並みにギターが上手だったよ、当たり前だけど」
「有名な人?」
「たぶん、ちょっと、まあ、それはわからないけど、今、日本に来ている世界的に有名なアーティストのサポートメンバーなんだって、スティーブっていうんだけど」
「スティーブ?」
「うん、スティーブ・ドゥカップルニャー」
キャハハハハ! 後ろでケンタの笑い声が聞こえた。
「、、変わった名前ね、ドゥカ、、、?」
「ドゥカップルニャー」
キャハハハハ! ケンタがまた笑った。ケンタが笑うので、あたしも釣られて笑いそうになって口元を押さえた。
「ケンタ、人の名前で笑うのはよくありませんよ、失礼よ」
ママがケンタを睨んで言った。
「だって”ニャー”って言うから」ケンタが不満気に小さく言い返した。
「で、そのスティーブが10月から別のグループの全米ツアーに参加するから、それに同行しないかって、費用なんかは全部出すからって」
「ツアーってどれくらいなの? 1ヶ月くらい?」
「半年くらいだって」
「半年、、、」
ママはちょっと困惑したような顔をしてた。
「どうしてそんなことになったの?」
「よくわからないんだけど、どうもあたしのことが気に入ったみたい、スゴイ勢いで褒めまくってきて、で、スティーブもハンサムだったからね、ついついあたしも話を聞いちゃって、、最初はお店の店員さんが来て、その人英語が出来るらしいんだけど、なぜかあたしのコーハイに話しかけて、スティーブがあたしと話したいって言ってるって、どういう気の回し方なのかよくわからないんだけど、コーハイとその店員が話してるときに、スティーブがやって来て直接あたしに声を掛けてきたんだよね、ギターを買うのかいって。
最初は、よかったら食事でもって話だったんだけど、今来日してるアーティストのサポートしてるって言ってたから、有名人かと思ってあたしも気になってきて、話を聞いてるうちに、スティーブが別グループで10月に全米ツアーに参加するって聞いて、、よかったら来るかいって言うから”いく”って」
「マリ、あなた考えなさすぎ、もう少し考えなさいよ、あなたは学生だし、なにより年頃の娘なんですからね」
「費用は全部出すっていうから、いや、あたしもなんかホントかなって思って、やっぱり彼氏に相談してみるって言ったら、彼氏も呼ぶといいよっていうから、、」
「マリ、彼氏なんていつできたのよ」
「彼氏はいないよ、候補はいるけどまだ彼氏じゃないんだよね」
「それ、パパには言わないほうがいいわよ、心配するから、でも彼氏ができたら、ママには言わないとダメよ」
「だから、彼氏と一緒ならアメリカもいいかなって思って、、」
「彼氏はいないんでしょ」
ママと話しながら、あたしは考えてた。もしかしたらアメリカに行くためのネックになりそうなのは”彼氏”ってことになるのかな。
「マリ、あのね、一応言っておくけど、そんな話でアメリカに行くのはママは反対、大体、あなたは学生なのよ、それなのに半年も遊びで海外に行くなんて、お金がかからないとしても、そんなのはダメよ、、あなたのことだから、そのために無理やり彼氏を作るなんてこともやりそうだし、大体、そのスティーブっていう人がどういう人かもわからないのに、どんな目に会うかもわからないのに、そんな話を許可する親はいないわよ」
ママは真面目な顔であたしに言った。
ママの話を聞いて、あたしも、まあそっか確かにって思ったんだよね。あたしの考えでは、今日会いそびれちゃったけど、スズキさんを彼氏にして二人で全米ツアーっていうのも悪くないかなってちょっと思ってたの。でも、確かに、そんな簡単な話じゃないのかも。実際のところ、今あたしには彼氏はいないし、スティーブもハンサムだけどどんな人間かまでは確かにわからないし、もしかしたら国際的な犯罪組織の人間だったってことも可能性としてはゼロではないし、、そうなったら、スズキさんにも迷惑かけるかもしれないし、最悪命の危険もあるかも。
あたしはうーんって考えてしまったんだよね。
※
「ふーん、それで?」
リエちゃんが言って、カプチーノのカップに口を付けた。このあいだの西口の駅前のコーヒーショップ。
「そのあとパパが帰ってきて、音楽雑誌の新聞社の知り合いにスティーブのことを調べてくれるように頼んだだよね、そうしたら次の日に連絡があって、スティーブが今来日してるアーティストのサポートメンバーっていうのは本当で、ミュージシャンとしては色んなグループやバンドのサポートメンバーとして、けっこう評価されてる人だったの、、で、10月から全米でツアーを始めるグループのサポートメンバーっていうのも本当だったの」
「へえ、だったら本当に本当だったんだ、じゃあ本当に行くの、アメリカ」
「いや、それで、ネットではこういうサポートメンバーの細かい情報までは、あまり出てこないんだけど、パパの知り合いが詳しく調べてくれた情報によると、スティーブってかなり女癖が悪くてDVでも訴えられたことがあるんだって、あたしもこれは流石にマズイなって、、すぐに連絡して断ったの、家族にダメだって言われたって」
「なるほどね、まあでも、そんなことだろうとは思ったわ、あんたがアメリカに行くって言い出したときはどうなるかと思ったけど、あ、スズキさんもビックリしてたよ、あんたが、まだ会ってのいないスズキさんも行かないかってアメリカに誘ったから」
「リエちゃん、スズキさんには、アメリカには行かないことになったって伝えといてね、なんか、今回はあたしも反省してる、、パパにも言われたけど、あたし、いろんなことをぶっ飛ばしてる?すっ飛ばしてる?んだって」
「それはそうだよ、だってホラ、あんた、あのとき私と別れたあとその27万もするギターを買ったんでしょ、全く弾けないのに、それだってそうだよ」
リエちゃんは、イスに立てかけてあるSGギターのケースをチラッと見て、呆れたように肩をすくめた。
でもすぐ後に「でもまあ、それが、あんたの面白いところなんだけどね」ってちょっと面白がるように言った。
あたしは、SGギターの黒いケースを見て、
「あ、これはこれから磯部コーハイに教えてもらって弾けるようになるから、、あたし軽音部に入ることにしたの」
って宣言した。
「ええ、そうなの? 掛け持ち?」
頷くあたしに「ホント、なんなのあんた」ってリエちゃんは言って笑った。
「あたしの道草」⑰へ続く
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