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変えようとしないリハビリ

70代の男性患者さんを担当した。

呼吸器疾患があり、主治医からリハビリの指示が出ていた。

話を聞いていると、

「日頃からそんきょの姿勢をしたりして、股関節動かしてるんや」

「週1回指圧に行っとるよ」

と、ご自身なりに身体のケアを続けているようだった。

運動に対する意識も高い。

僕が行っているトレーニングについても、

「こんな軽い運動でほんまに力つくんかいな?」

と率直な質問が返ってきた。

そこで、

「これは筋力トレーニングというより、筋肉を起こす、引き出すような運動なんです。整える感じが強いんですよ」

と説明した。

すると、

「ふーん、そういうことか」

という、わかったのかわからなかったかのような反応だった。

ただ、この患者さんにはひとつ特徴があった。

僕が身体に触れると、とにかく力が入る。

動きを誘導しても抵抗が強い。

長年、自分なりの身体の使い方や健康法を積み重ねてこられたのだろう。

話を聞いていても、その自信は伝わってきた。

そして労作時の息切れについて話題になると、

「それはわかってんねん」

と返ってきた。

きっとこれまで何度も説明を受けてきたのだと思う。

そんな時、昔の僕ならもっと説明していたかもしれない。

「こうした方がいいですよ」

「ここを気をつけた方がいいですよ」

と。

でも最近は少し違う。

「そうなんですね」

と頷いて終わることが増えた。

もちろん、必要な情報提供はする。

危険なことは伝える。

でも、相手を変えようとすることはかなり減った。

変えようとすればするほど、相手は身構えることがあるからだ。

逆に、自分のやり方や考えを尊重してもらえた時、人は少しだけ耳を傾けてくれることもある。

今回の患者さんもそうだった。

正直に言うと、少し疲れる。

リハビリとして関わる以上、評価もするし、安全面も確認する。

でも、

「この人、本当はそんなにリハビリいらんかもしれんな」

と思う瞬間もあった。

急性期では、時々そんな患者さんに出会う。

主治医の先生から、

「とりあえずリハ」

と依頼が出ることもある。

まるで、

「とりあえずビール」

みたいに(笑)。

それでも関わる意味はある。

治すためというより、

見守るため。

変えるためというより、

今の状態を確認するため。

そして何より、

その人の人生や積み重ねを尊重するため。

リハビリを続けていると、

何かを加えることより、

何もしすぎないことの方が難しいと感じる。

年齢を重ねるにつれて、

僕自身も少しずつ、

「変えようとしない関わり」

を学ばせてもらっているのかもしれない。

あなたは誰かを変えようとして、うまくいかなかった経験はありませんか?

もしかすると必要なのは、アドバイスではなく、相手の話を聞くことなのかもしれません。

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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