反・精神論 ― 私が「工数」と呼んでいた人たちへ_④「黒字だから大丈夫」という油断
「会社の稼ぎ頭」と信じていた製品の利益率は、一桁前半だった。誰も注目しない地味な製品が、その三倍で会社を支えていた。看板商品が養っているのではなかった——黒字の中身を割って見る話。
決算書を前にした社長が、ふっと肩の力を抜く瞬間がある。
最終行の数字がプラスで終わっている。
それを指で軽く叩いて、こう言う。
「うちは黒字だから、大丈夫」
この言葉ほど、経営者を安心させ、そして油断させるものはない。
決算は黒字。売上もそこそこある。
資金繰りも、今のところ回っている。
だから、大きな問題はない。
多くの会社が、この「なんとなく黒字」の状態で、何年も走り続ける。
だが、黒字という一つの数字は、たくさんの真実を覆い隠す。
私は、ある製品群の採算を、一つずつ分解して見たことがある。
会社全体では黒字だった。
ただ、なんだか怪しい。
その勘を頼りに、一つずつ数字を並べ直した夜、
製品ごとに利益を割り出してみると、景色がまるで違った。
「会社の稼ぎ頭」と信じていた製品の利益率が、
一桁の前半しかなかった。
値引き合戦に巻き込まれ、売るほど薄くなっていた。
一方で、地味で目立たない、誰も注目していない製品が、
「会社の稼ぎ頭」の三倍の利益率で、静かに会社を支えていた。
私はしばらく、その表から目を離せなかった。
看板商品が会社を養っているのではなかった。
誰も見ていなかった製品が、養っていたのだ。
会社は、いちばん売れている商品で
儲けていると思い込んでいた。実際は、その逆だった。
なぜ、こんなことが起きるのか。
理由は単純だ。「黒字」という数字は、
全部を足し合わせた結果でしかないからだ。

利益の出ている製品と、出ていない製品。
儲かっている顧客と、付き合うほど損をする顧客。
それらを全部ごちゃ混ぜにして、最後に残った数字が、
たまたまプラスだった。それが「黒字」だ。
足し合わせた後の数字だけを見ていると、
どこで儲けて、どこでこぼしているのかが、まったく見えない。
これを見えるようにするには、割って見るしかない。
製品別に。顧客別に。案件別に。
一つずつ、利益を割り出していく。地味な作業だ。
だが、これをやると、必ず発見がある。
「えっ、この商品、赤字だったのか」
「この顧客、こんなに手がかかっていたのか」と。
私がこの作業の大切さを骨身にしみて
知ったのは、商品の企画や開発に関わっていた頃だ。
どの製品をいくらで売り、どこに力を入れ、
どこから手を引くか。それを決めるには、
感覚ではなく、製品別の数字が要る。
データベースを整え、一つずつ採算を見える化していく。
その地道な作業の先に、初めて、正しい判断の土台ができる。
ここで、大事なことを言いたい。
数字を割って見る、というのは、
冷たい話ではない。むしろ逆だ。
製品別の採算が見えていない会社では、
何が起きるか。利益の出ていない製品を、現場が必死で売り続ける。
売れば売るほど赤字が膨らんでいるのに、誰もそれに気づかない。
そして、業績が伸びないと、
「もっと頑張れ」「気合が足りない」という話になる。
現場は、頑張っている。頑張って、赤字の製品を売っている。
問題は、頑張りが足りないことではない。
頑張る方向を示す数字が、見えていないことだ。
数字が見えていないまま「もっと頑張れ」と言うのは、
頑張りの向きを決めずに、量だけを増やせと言っているのに等しい。
間違った方向への努力は、増やすほど損になる。
だから、数字を見える化することは、現場を守ることでもある。
正しい方向に頑張ってもらうための、最低限の礼儀だ。
「うちは黒字だから大丈夫」ではなく、
「黒字の中身は、どうなっているのか」。
そう問い直すところから、設計された経営は始まる。
ここまで、私は構造の話を、わりと冷静に書いてきた。
だが、私がなぜここまで「設計のない経営」にこだわるのか。
その理由を、次は書かなければならないと思う。
少し、個人的な話になる。
第3話 https://note.com/human_crab7218/n/n9ad9bc6a54c4
第5話 https://note.com/human_crab7218/n/n489f6218d5b3
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【今日の問い】
あなたの会社で「いちばん売れている商品」は、
本当に「いちばん儲かっている商品」でしょうか。
製品別の利益を、最後に見たのはいつですか。
