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連載小説「圧倒的なブス」【2】

第2話:「やりがい」は腹にたまらねぇんだよ


「天界コンプライアンス法・第32条違反。『労働時間の制限』および、三六協定に相当する労使間の合意なき時間外労働の常態化。さらに第5条『強制労働の禁止』にも抵触する悪質な事例ですね」

​ツンと鼻を突く強烈な硫黄と、むせ返るような薬草の匂いが充満する薄暗い地下室。そこに、レオの氷のように冷徹な声が響き渡った。

​ここは王都のはずれに建つ「国立ポーション研究所」。国の全面的なバックアップを受け、表向きは『若き才能が躍動するアットホームな最先端研究施設』という華々しい看板を掲げている。だが、その実態は、カビ臭い地下の第一製造室にすべてが押し付けられたブラックの温床だった。

​その部屋の中心にある巨大な大釜の前で、ボロ雑巾のように倒れ伏している小柄な少年がいた。名前はルカ。この研究所の「見習い錬金術師」である。

彼の目の下には、どん底のように深く真っ黒なクマが刻まれていた。手は薬品で荒れ果ててひび割れ、虚ろな目は完全に焦点が合っていない。自らの生命力とも言える魔力をギリギリまで絞り出し、フラフラになりながらも、自分の身長ほどある重い木の棒で大釜をかき混ぜ続けている。

​「おい、ルカ! 手が止まっているぞ!!」

​バンッ! と蝶番が悲鳴を上げるほどの勢いでドアを開けて入ってきたのは、恰幅の良い、高級なシルクの服に身を包んだ所長だった。丸々と太った指には、ギラギラと下品に輝く宝石の指輪がいくつも嵌められている。

​「明日の朝までに、王国騎士団へ納品する『特級スタミナポーション』をあと500本仕上げろと言っただろう! なぜまだ半分しかできていない! 最近の若いヤツはこれだから困る、少し徹夜したくらいで根を上げおって!」

​「ひぃっ……しょ、所長……。でも、もう魔力が空っぽで……それに僕、ここ六日間、水しか飲んでなくて、一睡も……」

​「甘えるな!!」

​所長の怒鳴り声が、石造りの地下室にビリビリと響く。

​「お前が孤児院から出てこれたのは誰のおかげだ! これは国のため、騎士様たちのため、そして何より『お前の自己成長のため』の神聖な試練だ! 偉大な錬金術師になるための修行をさせてやっているんだぞ? 『やりがい』と『成長機会』という最高の報酬を与えているのに、不満を言うとは言語道断だ! 私の若い頃は、水すら飲まずに十日間は釜の前に立ったものだ!」

​出た。典型的な「やりがい搾取」の常套句である。

それを聞いて、レオは一切表情を変えずに分厚いバインダー(天界通信端末)を開いた。

​「ほう。『やりがい』ですか。便利な言葉ですね。労働力の不当な搾取を隠蔽するための、最も卑劣で悪質な魔法の呪文だ」

​「な、なんだお前たちは! 私は国から認められた由緒正しき所長だぞ! この小僧は私の弟子だ。労働者ではない!」

​所長が顔を真っ赤にして唾を飛ばす。レオは眼鏡をクイッと押し上げ、手元のデータを冷ややかに読み上げた。

​「天界のログデータによると、彼の今月の時間外労働はすでに280時間を突破。休日取得日数はゼロ。さらに指導と称した精神的圧迫(パワハラ)の記録が1日に平均45回。対して、貴方の今月の出勤日数はわずか四日。しかもその大半は、王都の高級キャバレー『踊るサキュバス亭』での経費を使った接待という名の豪遊ですね。彼が文字通り命を削って生み出した特級ポーションの利益は、すべて貴方の遊興費に消えている」

​「なっ……! なぜそれを……!」

​「『弟子だから労働基準法は適用されない』という偽装請負、労働者性の否定、および安全配慮義務の完全なる欠如。完璧なブラック労働です」

​レオはバインダーをパタンと閉じた。その音は、まるで処刑の合図のように冷たく響いた。

​「よって、本施設に対する天界からの『マナ(魔力)供給』を即時かつ無期限に停止します。明日からは、ご自分の足で山へ薬草を摘みに行き、火打ち石で火を起こすところから始めてください」

​「は……? ま、待て! マナがなければ釜の火が消えて、作りかけのポーションがすべてパーに——」

​バチィッ! と乾いた音が鳴り、地下室を照らしていた魔法石の灯りと、大釜の下でゴウゴウと燃えていた魔力の炎が完全に消え去った。

「ああっ! 私の利益が!!」と絶望に顔を歪める所長を完全に無視して、私は背負っていたリュックから天界支給の携帯コンロを取り出していた。

​「おい、小僧」

​「……は、はい……」

​「『やりがい』なんざ、いくら食っても腹の足しにはならねぇんだよ。そんな薄っぺらいモンで、お前のすり減った胃袋を満たせるか」

​私はコンロに最大火力をつけ、持参した極厚の鉄板に大量の牛脂を滑らせた。そこに、鈍器のように分厚い、1.5キロはあろうかという超ド級の牛肉の塊を豪快に叩きつける。

​ジュワァァァァァァァッ!!

​爆発的な音と共に、暴力的な肉の焼ける匂いが、地下室の陰鬱な薬品の匂いを一瞬で駆逐した。

肉の表面がカリッと香ばしく焼けたら、そこに遠慮なく、親指大に刻んだ大量のニンニクを放り込む。ニンニクがキツネ色になったところで、丸ごと一個の巨大なバターをぶち込んだ。最後に焦がし醤油を鍋肌から回しかければ、理性を吹き飛ばす悪魔的なガーリックバターソースの完成だ。

​大皿に盛った、湯気を立てる山盛りのアツアツ白飯。その上に、ナイフで分厚く切り分けたステーキの塊をドカンドカンと乗せていく。さらにフライパンに残った極濃のガリバタソースを、上からこれでもかと滝のように流し込んだ。

​総カロリー推定、余裕の6000kcalオーバー。

​「食え。修行の成果ってのはな、満たされた健康な胃袋と、よく寝た脳みそからしか生まれねぇんだよ」

​私が『超絶メガ盛り・ガーリックバター牛ステーキ丼』を突きつけると、ルカは震える手でフォークを握り、肉を口に運んだ。

​「あ……」

​ひとくち咀嚼した瞬間。溢れ出す肉汁とガツンとくるニンニクの刺激、そしてバターの芳醇なコクに包まれ、ルカの目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。

​「おいしい……っ。お肉、あたたかい……。僕、ずっと冷たい固パンと、失敗した苦い薬しか口にしてなくて……っ! こんなに、こんなにおいしいもの……!」

​「よく噛めよ。いきなり流し込むと胃がビックリすっからな。腹一杯食ったら、俺のリュックを枕にして、三日くらいぶっ倒れてろ」

​私がルカの頭をガシガシと乱暴に撫でると、彼は肉の脂と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、「うわぁぁん!」と声を上げて泣きじゃくり、無我夢中でメガステーキ丼を掻き込み始めた。

​『ピロリン♪(徳ポイントを獲得しました)』

​天界の電子音が鳴り響き、再び私の身体が神々しい光に包まれる。

光が弾け、キラキラとした粒子が暗い地下室を照らし出した。

​顔の造形は、相変わらず「茹ですぎて爆ぜた里芋」のような圧倒的なブスのままだ。

​しかし、頭髪だけが、まるで高級な絹糸のように滑らかになり、光を反射して眩いほどの天使の輪を作る『神のキューティクル』へと進化していた。

​「おや」

​レオが、メガネの奥で深く、深くため息をついた。

​「……やはり、顔の造形は絶望的なままですね。ですが、髪の成分だけが神格化されました。究極の美肌に続く、神のキューティクル。……本体の絶望的な造形とのコントラストが際立ち、視覚的な脳のバグを引き起こしそうです。直視すると強烈なめまいと頭痛がします」

​「うるせぇよ。ガーリックとバターの栄養が、毛根にダイレクトに届いただけだろ」

​私がピカピカの頬を揺らしながら、サラッサラの美髪をファサッとかき上げて笑うと、あまりのアンバランスな神々しさと視界の暴力に、暗闇で震えていた所長が「ひぃっ! バケモノ……!」と泡を吹いて白目を剥き、完全に気絶した。

​「さぁ、次行くぞ。お前もガーリックステーキ食うか?」

​「全力で辞退します。カロリーとニンニクの暴力すぎます。明日、私の服に匂いが移っていたら減給処分にしますよ」

​究極の美肌と神のキューティクルを輝かせる圧倒的ブスと、涼しい顔で毒を吐きながらも少しだけ口角を上げる銀髪エリート。

​私たちは並んで、次のブラック案件へと歩き出した。


#創作大賞2026  #ファンタジー小説部門

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