見出し画像

雪の降る街で 第五章 「警報」 ④

 本編に入る前に、葉月れお様からお彼岸のイラストをいただきましたので、末尾に掲載させていただきます♪ 

 れお様、いつもありがとうございます(*´ω`)

↓マガジンはこちらです。

この作品はフィクションです。実在の人物団体事件出来事とは一切関係ございません。


第五章 「警報」 ④


「遺書は……、どうやら全員書いておいた方が良さそうですね」

 絞り出すような意見具申は三号車車長の南野新太みなみのあらた一等陸曹。一瞬にして場が凍りつく。

 結局はそういうことなのだ、この命令は。

 努めて冷静に、抑揚をおさえて説明していた藍の目が宙を泳ぐ。

 いかな藍とて、こういう場面で気の利いたセリフを吐けるほどの経験は持っていない。いや、この日本でこのような状況に直面するとは誰が想像し得ようか?

「……各自の判断に任せる。後悔はしないように。他には?」

 藍にはそう答えるのが精一杯だった。皆、黙り込んでいる。

「よし、では一旦解散。十五分間休憩の後、各車作業開始!」

 マジかよ……。意味が分かんねえよ。

 藍の号令で仲間たちが散らばる中、光一は大混乱していた。

 考えてみればここ最近、おかしかったのは事実。クリスマス演習に始まり、年明け早々の特殊作戦群との市街地戦闘訓練。まさか、この事態は想定されていたというのか?

 頭の中を駆け巡る現実感の無い言葉。警察力では対処できない事態、弾薬は実弾、最悪の事態を想定、覚悟、都市制圧、そして遺書―――

「コウちゃん!」

 ポンと肩を叩かれ、我に返った。振り向くと菜々が涼しげな笑みを湛えて立っていた。

「片倉……」
「もう。今は休憩時間中だから〝菜々〟でしょ?」
「あ、ああ」

 悪戯っぽく睨みつけてくる彼女。

「はい。これ、忘れ物」

 渡されたのはクリアパッケージに入ったままのお守り。中敷きの紙には水晶の言伝えと三嶋大社の文字が印字されている。

「幸せの御守? こんなの買ったっけ?」
「ん、初詣の時にあたしが買ったのを渡しそびれちゃってたの。でももう迷わないから」

 恥ずかしそうに横髪を掻き上げる菜々。

「え?」
「あ、ううん、こっちの話。持ってて、お揃いなの。あたし達の守り神様だから」
「ありがとう。……って、まさかお前も出るのか?」
「当たり前でしょ。あたしは本管の通信員よ?」

 不思議そうに首を傾げる彼女を光一はまじまじと見つめていたが、突然、その細い手首を掴むと強引に引っ張った。

「こっち来い!」
「コウちゃん!?」

 光一は菜々を引きずって隊舎の物陰まで来ると、彼女を壁に押し付け、唇を塞いだ。

「んんっ……!?」

 菜々は目を白黒させていたが、やがてそっと目を瞑ると、彼の背中に手を添えた。

 お互いを確かめ合うような激しいキス。彼女が漏らす声が光一を煽る。しばらくして唇が離れると、光一はガバッと菜々を抱き締めた。

「コウちゃん……、苦しいよ……」

 菜々がもがくも、構わず腕に力を込める。

 いつまでも感じていたかった温もり。

「いいか? 危なくなったら全力で逃げるんだぞ。分かったな?」

 菜々の耳元に口を寄せ、縋るように言い聞かせる。だが彼女は光一の胸に埋めた顔を横に振ると、ぐいっと彼を押して腕を解いた。

「あたし、逃げないよ」

 薄明かりの中、強い眼光を湛えた彼女。

「逃げていたら大切なものは守れないもの。だからあたしは逃げない。もう決めたの」

 揺らぎのない瞳。

 そこには、かつて光一が怒鳴りつけたあの女の子はもういなかった。

 途端に光一の中に恥ずかしさがこみ上げてくる。高工校入学以来、常に覚悟を胸に縫い付けてきたはずなのに、有事を前に動揺し、逃げ出したがっている自分。

 その手に握りしめていた大社の御守に視線を落とす。

「あ~あ。せっかくのコウちゃんとの里帰りがまさかこんな形になるなんて」

 重苦しい空気を打ち破るかのように、菜々がおどけた感じで伸びをする。

「関越で行くとね、実家の近くを通るんだ」

 後ろ手で、星空を見上げながら話す彼女。

「……あの桜も近いのか?」

 菜々がいつも自慢げに話していた、棚田に咲く桜。彼女が少し驚いた様子を見せる。

「え? ああ、儀明はちょっと離れてるよ。今行っても雪だらけだけどね」
「雪、か……」
「そ。あたしは雪の脇腹わきばらから生まれたの」
「なんだよ、それ?」
「新潟所縁ゆかりの詩人、堀口大學ほりぐちだいがくの詩よ。ロマンチックでしょ?」
「そうだな……」

 光一が菜々の頬に手を当てると、彼女はその上に自分の手を重ね、目を瞑った。そして、未練を断ち切るかのように彼から離れた。

「じゃあ、あたし行くね。コウちゃんも早く戻らないと上級曹長殿ジンさんに怒られるよ?」
「ああ」

 にっこり笑って駆け出す菜々。その後ろ姿に胸が締め付けられて、光一は思わず叫んだ。

「菜々!!」

 彼女が立ち止まり、光一を振り返る。

「雪が溶けたら一緒に行こう。あの桜を見に」

 柔らかく微笑み、敬礼する彼女。

 光一も敬礼を返すと、彼女は再び駆け出した。

 雪の脇腹、か。

 小さくなる彼女の背中を見送っていた光一は、ふと、我に返り時計を見た。休憩時間をとうに過ぎている。

 やばいッ! 

 慌てて駆け出す。持ち場に戻ると、既に出動準備が始まっていた。

 大隊の隊員だけでなく、出動しない他の部隊の隊員達までが総出で弾薬の積み込みや、履帯へのゴムパッド取付け作業を手伝っている。

 光一は気づかれないよう、そーっと作業に入ろうとしたのだが。

 ゴンッ!!

 案の定、背後からの拳骨を喰らった。

「いってえ……」
「遅いッ! 三分遅刻だ!」

 鬼の形相の上級曹長殿。

「すみませんでしたッ!」

 相原に向き直り、敬礼する。相原は光一の顔をジロリと一瞥すると、ニヤッと笑った。

「ふん。ま、いい面構えになったじゃねえか。おし、作業始めっぞ」
「ハイッ!」

 作業に取り掛かる。もう迷いはなかった。

 そんな二人のやり取りを、藍は砲塔の上で十二・七ミリ重機関銃の手入れをしながら、頼もしく見つめていた。

 家族同然の大切な仲間達、そして必死の思いで手に入れた安息の地。だからこそ、何が何でも守りたい。

 敵の正体は分かっている。きっと彼だ。止められなかった悔恨。

 だから、あたしはこの手で貴方を。

「ところでお前、あの娘とはもうやったんか?」

 突然、不粋な言葉が飛び込んできて藍は顔をしかめた。視線を戻すと、相原が光一の肩に腕を回してニヤつきながら迫っている。

「なっ……、やや、やってませんよ!」

 光一の慌てぶりに相原は深い溜息をつくと、藍を見上げた。

「藍ちゃんどう思うよコイツ? 多分童貞だぜ?」
「ちょっ! 何で藍さんに振るんですか!?」

 藍もまた、深い溜息をつくと眉間の皺を指で押さえた。

「ジンさん? あたしこれでも一応、妙齢の女ですからね?」
「え? 今のもしかしてセクハラ?」
「その疑問自体がおかしいわよ!」

 藍のツッコミに作業中の隊員達からドッと笑いが起こる。藍も大袈裟に肩をすくめてみせると、皆と一緒になって笑った。

 絶対に守って見せる。この大切な人達を。

 南の冬空に輝くオリオンを見つめながら、藍はそっと唇を結んだ。


リンク

次の話 雪の降る街で 第六章 「勃発」 ①|京

前の話 雪の降る街で 第五章 「警報」 ③(Special Thanks 譬喩様)|京

最初から読む
雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京

いただきもの

 れお様からいただいたお彼岸の日のイラストです♪ お彼岸はあの世とこの世が最も近くなるとされている日。
 このようなお話を書いている手前、今は大切な人や先人たちの声にそっと耳を澄ませてみようと思います。

©葉月れお様

あとがき

 第一戦車大隊、ついに出動です。

 そして菜々ちゃん、強い女の子です。普通なら逃げ出したくなりますよね。

 目の前に迫る危機に立ち向かうのは常に最前線の自衛官。政治家や官僚ではありません。

 また、彼らは政治のツケをはらう道具ではありません。私たちと同じ、喜怒哀楽の感情を持った生身の人間です。

 光一の弱さを笑える人など、誰一人としていない筈です。

 だからこそ私たち国民は国政をいい加減な形で放置してはいけないと思います。

 なお、菜々ちゃんの言っていた堀口大學の詩は「雪国にて」になります😊

 次回は9月25日(木)、章題は「勃発」。

 引き続き、お付き合いいただけますとありがたいです🙇‍♀️