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雪の降る街で 第六章 「勃発」 ①

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この作品はフィクションです。実在の人物団体事件出来事とは一切関係ございません。


第六章 「勃発」 ①


〝緊急ニュースです。本日十七時、久峨内閣総理大臣は、国内主要都市に於いて警察力では対処できない不測の事態が引き起こされる可能性があるとのことから、自衛隊法第七十八条に基づき、治安出動命令を発令しました。繰り返します。本日十七時、久峨内閣総理大臣は国内主要都市に於いて警察力では対処できない不測の事態が引き起こされる可能性があるとのことから、自衛隊法第七十八条に基づき、治安出動命令を発令しました〟

 落ち着いた様子で原稿を読み上げるアナウンサー。

 さすがプロだな、と感心しながら槙村は画面を見つめていた。

 何せ今、彼が伝えているニュースはこの国の歴史に刻まれるかもしれない重大事案なのだ。さりとて。

〝不測の事態の詳細はまだ分かっておりませんが、都内各地に陸上自衛隊の部隊が出動し、警戒に当たっています。テレビをご覧の皆様はどうかデマなどに惑わされないよう、落ち着いて行動して下さい。なお、現在のところ国内の治安は維持されているとのことですが、事態の収束が宣言されるまで不要不急の外出は絶対に避けて下さい。繰り返します……〟

 そう、原稿を読んでいる彼も、この国で何が起こらんとしているのか知る由も無い。

 ニュースを通じてこちらの動きを彼等に知られるわけにはいかないのだ。

 市民生活を軍事力による治安維持下に置けばこそ可能な、徹底された情報統制。

 もっとも近代国家にとっては諸刃の剣。国際社会に対して国内治安の崩壊を宣言したに等しい。

 恐らく諸外国は自国民に対し、日本への渡航自粛や退避勧告を出すだろう。長引くことになれば、ようやく長期の低迷から脱出しつつある日本経済への影響も測り知れない。

「いつまで持ちますかね?」

 視線をテレビからモバイルに戻すと、槙村は作業を再開しながらぼそっと呟いた。

「分からん。報道管制は敷かれているが、今や情報発信の主流はネットやSNSだからな。さすがにそこまで戸板は立てられんよ。もし、何か事が起これば大騒ぎになる」

 部長の福山自ら、モバイルをカタカタと鳴らしながら苦々しげに答える。 

 統合情報部は総出で、収集した膨大な情報の分析作業に取り組んでいた。

「かつての陸軍皇道派の流れを汲む結社なだけに、二・二六事件に倣い都内要所を占拠するものとばかり思ってたんだが……」
「かなりのリアリストですよ、彼は。ノスタルジックな思想を持ち合わせつつ、打ち手は非常に現実的。頭の中にはきっと明確なアウトプットイメージがあるに違いありません」
「天才参謀、石原莞爾いしはらかんじの再来、か。こっちは後手を踏むばかりだ。彼にはこちらの動きが手に取るように分かっているんだろうな」

 新潟周辺の部隊が敵か味方か分からない今、一通りの調査が完了して信頼がおける首都圏の部隊を送り込むしかないのだが、この季節の新潟は市内こそ積雪は無いものの、周辺は深い雪に閉ざされており、数少ない鉄道と道路を塞がれてしまえば攻略は至難の業だ。

 ヘリによる兵員輸送は普通科が主体となり、即時の都市制圧には火力が不足する。

 となると日本海側から上陸するという手段も考えられるが、大規模な上陸作戦を想定して来なかった自衛隊は海上輸送能力も心許ない。

 上陸作戦には最低でも敵の三倍の兵力を投入する必要があると言われている。仮に敵が千名だとすると、こちらは三千名を上陸させなくてはならないが、それだけの兵力を一度に送り込む能力は今の自衛隊には無い。

 また、これが「内乱」である以上、米軍への支援要請も躊躇われた。よって、今回は陸路による正攻法を選択せざるを得なかった。

「駄目です。糸魚川も連絡が取れません」

 田辺が状況ボードに×印を書き込む。

「これで連絡が取れないのは長岡の第二十三普通科連隊、阿賀野の第四十五普連、中野の第五十四普連、糸魚川の第八施設群。新潟分屯基地に駐留する第六対戦車ヘリコプター隊と空自部隊。海自の新潟基地も駄目、か」

 槙村が結果を声に出しておさらいすると、部員達が一様に押し黙った。

「となると、やはり第十六旅団とその周辺が奴の手中に落ちたと考えた方が良さそうだな」

 福山が頭を抱える。無理も無い。

 第十六旅団の兵力はざっと四千人。二・二六事件ですら反乱軍は千五百人弱。これほど多くの部隊が離反するとは想像すらしていなかった。

「離脱部隊の幹部の大半は仲木戸のシンパと思われますが、末端の隊員まで感化されているとは思えません。恐らく、ゲリラ攻撃に備えた治安出動という名目で動かされているだけだと思います。これが反乱だと知れば曹士達は雪崩を打ったように離反するはずです」

 槙村が強く言い切る。仲木戸恩顧の幹部達ならいざ知らず、一般の曹士達が彼に従う理由などない。だが、福山の反応は薄かった。

「そうならいいのだが……」
「何か気になることでも?」
「まだ分からん。だが……」

 とその時、福山の手元の電話が鳴った。

「はい、統合情報部、福山。……えっ? ……そうですか、分かりました。至急洗います」

 福山が電話を切り、スッと立ち上がると、心得た部員達が彼の下に一斉に歩み寄った。

「陸幕の人事計画課長が警務隊にしょっ引かれた。彼も三楯会のメンバーだったようだ」

 部員達の顔色が変わる。

 それが何を意味するのか、誰もが瞬時に理解した。

「一課は大至急、十六旅団の末端幹部に至るまで経歴を洗ってくれ。仲木戸との接点の有無を、だ。二課は引き続き画像・地理部および電波部と連携して十六旅団の動態情報収集に注力。私は対策本部に戻って総理に状況を報告する。槙村一尉は私についてきたまえ」

 福山は矢継ぎ早に指示を出すと、踵を返してオフィスを出て行った。

 槙村は慌ててモバイルを畳むと脇に抱え、駆け足で後を追う。エレベーターの前で追いつくと、福山は険しい表情で階数表示を見つめていた。

「部長?」
「今日の昼頃、新潟市内でJアラートが流されたらしい。我々が情報を掴むよりも先にだ」
「まさか……」

 槙村は絶句した。Jアラートは国からの送信により、自治体の人手を介さずに防災無線やサイレンを自動起動させる仕組みだ。それが出来る人間は限られている・・・・・・・・・・・・・・・

「気をつけろ。少しでも怪しい動きを見つけたら直ぐ私に報告するんだ。例え将官でもだ」

 槙村が頷くと、福山は大きく息をついた。

「あの娘は大丈夫かな……」

 大丈夫ですよ、と言いかけて口を噤む。最早気休めなど言っていられる状況では無い。

 無事に帰ってきてくれよ。若葉あいつの為にも。

 エレベーターの扉が開くと、槙村は上官に続き、足早に乗り込んだ。
 
           *
 
「何を読まれているんですか?」

 部屋に入ってきた配下が覗き込むように本を見ると、仲木戸はおもむろに顔を上げた。

「ん? ああこれか」

 彼はソファに腰を沈めたまま、文庫の表紙を配下に示してみせた。

「憂国……ですか」
「うん。三島先生は〝この短編を読めば私のことは全て分かる〟と仰ったそうだ。いわば私にとってのバイブルかな」

 ページをぱらぱらとめくりながら語る彼。

「六十年安保の喧騒の中で次第に失われていく故国の光芒を、全身全霊で引き戻そうとされたお気持ちが手に取るように分かるよ。ここに描かれているのは日本だ。失われて久しい、今や憧憬の美しき国の姿だ」

 彼はパタンと本を閉じると、配下を見た。

「で、どんな案配だい?」
「静岡と山梨の部隊がこちらに向かっているようです。確認出来た主要部隊は駒門の第一戦車大隊、第一高射特科大隊、板妻の第三十四普通科連隊、北富士の第一特科隊で、これに随伴して第一後方支援連隊が続いています。また、宇都宮の中央即応連隊と習志野の第一空挺団にも動きがありそうです。特殊作戦群は今なお動向が掴めませんが」

 さもありなんといった表情で彼が頷く。

「案の定、疑心暗鬼に駆られて練馬とさいたまの二個連隊を都心の警備に当てたね。お隣さんの第六師団と第十師団は動いてる?」
「今のところ気配はありません」
「そっか。俺なら緒戦で戦力を集中させて一気にぶっ叩くけどな」

 彼の言葉に配下が堪らず吹き出す。

「一佐殿も人が悪い。彼らが動けないよう、自ら疑心暗鬼の状況を創り出しておいて」
「そうかい?」

 飄々と肩をすくめてみせる彼。

「で、いかが致しますか?」
「うん、始めようか。偽りの故国に終止符を打とう」
「了解しました」

 配下は敬礼すると、部屋を出て行った。

 ふっと息をつくと天井を見上げる。

 駒門の第一戦車大隊。

 君は今、一戦車に居るんだったね。

〝あたし、「憂国」は好きじゃないです〟

 頭の良い娘だった。だから、その言葉は意外だった。

〝分かり合うことで好きな人を喪うくらいなら、分かり合えなくてもいいです〟

 彼はゆっくり立ち上がると、窓辺に立ち、夜景を眺めた。暗く、鎮まり返った街。

 君は今、何をしているんだろうか? あの星の下でこの運命を嘆いているのか? それとも、その手でこの私を。

〝違います! ハニートラップなんかじゃない! あたしはっ……貴方のことが……〟

 ああ、分かっていたさ。君の涙に濡れたその瞳を見れば。だがもう全て終わったことだ。

潮騒しほさゐに 伊良虞いらご島辺しまへ 漕ぐ舟に いも乗るらむか 荒き島廻しまみを、か」

 そこは嵐だ。くれぐれも気をつけたまえ。

 妖しく輝くベテルギウスを見つめながら、彼は薄い笑みを浮かべた。


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あとがき

 ようやく反乱部隊の全貌が見えてきましたね。

 彼らを率いる仲木戸もかなり不敵な男です😂

 ここで敢えて記しておきますが、第16旅団は存在しない架空の部隊です。

 23普連、45普連、54普連も現在は欠番で、長岡、阿賀野、中野、糸魚川にも陸自の駐屯地は存在しません。

 調べても何も出て来ませんのであしからず💦

 そして仲木戸が語った三島由紀夫の「憂国」

 読まれたことが無い方は短編ですので、一度手に取ってみてください。

 あまりにも難解で、色々な感情が湧き上がると思います。三島独特の美麗な文筆が濃縮された作品でもあります。

 ということで、次回は9月28日(日)です

 “そこは嵐だ。くれぐれも気をつけたまえ”

 
果たして何が待ち受けているのか。引き続きお付き合いいただけますと嬉しいです🙇‍♀️