受験塾講師さくらママの日記ーこれは正しいのか?第一話多動症さらちゃんの受験⑥結果として
🧩お母様の告白
「先生……不躾なお願いで申し訳ありません。12月分のお月謝の納入を、少しだけ待っていただけないでしょうか……?」
「え……? ああ、それは一向に構いませんけれど、どうかされたのですか?」
私の教室は「前月謝制」で、前月末までに翌月分をいただく決まりになっています。確かにさらちゃんのところはまだ未納でした。私はただ「お忙しくてうっかり忘れていらっしゃるのかな」程度にしか思っていなかったのです。しかし、そこには深い理由がありました。
「本当に恥ずかしいお話なのですが……」
「塾のお月謝、主人は一円もくれないんです。私の独身時代の貯金からすべて払ってきました。『お前が勝手に見つけてきた塾なんだから、当然お前が払うべきだろう』と言われて……」
その言葉を聞いた瞬間、私は自分の「最大の落ち度」に愕然としました。
中学受験においては、入塾の際に「ご両親の意見が一致しているか」「経済的な基盤がしっかりしているか」を毎回必ず確認することを、自分自身の鉄則としてきたはずでした。若い頃、経済的基盤の脆弱さのために受験を断念せざるを得なかった子供たちの悲しい結末を何度も見てきたからです。
しかし、さらちゃんのお父様は世間的にも裕福な「消化器内科クリニックの開業医」です。私はその肩書きだけで「金銭的な問題は一切ないだろう」と完全に油断し、丁寧な確認を怠ってしまっていたのです。これこそが、私の猛省すべき見落としでした。どうしてあの時、「お父様の経済的バックアップは万全ですか?」と念押ししなかったのだろうと、自分を責めても責めたりません。
「今までも、ずっとそうだったのですか?」
「はい。主人から渡される生活費はギリギリで、子供の習い事や塾代はすべて私の貯金からやりくりしてきました。実は、初めて先生のところに伺った時も、私の貯金はもうほとんど残っていなかったんです。でも、どうしてもさくら先生にお願いしたくて、なんとか工面して続けてきました……」
お母様は静かに微笑みながら、胸の内を明かしてくれました。
「では、ここから入試までにかかる費用や、その先のお金はお父様は出してくださるのですか?」
「12月の月謝と冬季講習の費用は、事情を知った私の母が工面してくれることになりました。ですから、もう少しだけ待ってください……。受験費用も母が準備してくれます」
「では、入学金などは……?」
「昨日、主人に言われました。『S校に入学するなら払ってやる。だけどそれ以外は行く意味がないから、ビタ一文出さん。悔しかったらS校に合格してみろ』って……。でも、S校が無理なことは分かっています。要するに主人は、娘にお金を出したくないだけなんです……」
「C校に合格できたらどうされるおつもりですか?」
「車を売ります。あれは私名義の車ですから。それを学費に充てます」
素敵な一戸建てに住み、外車を乗り回し、外見的には何不自由なく幸せそうに見えていたお母様。しかしその裏では、自分の洋服代や美容院代、化粧品代すら自分で工面し、誰にも言えない孤独な悩みを抱えていたのです。
「お父様も、今日は少し冷静になられているかもしれませんね……」
私が少しでも希望を持たそうとそう口にすると、お母様はきっぱりと首を振りました。
「それはないです。主人は心の底から『私と結婚したから、できそこないの子が生まれた』と思っているんです。今までも、数え切れないほど言われてきましたから……」
それでご自分の立場のためにもさらちゃんにはA校に行ってほしかったんだなぁと、納得がいきました。
「でも、初めて面談に来られた時、『さらちゃんの命が守れるなら』って仰っていたじゃないですか」
私のその言葉に、お母様は悲しそうにうつむきました。
「あれは……さくら先生に、いい父親だと思われたかっただけです。外づらを良く見せていたかっただけなんです……」
私は自分の見落としの多さに、改めて強い衝撃を受けました。お父様も受験に理解を示してくれていると、勝手に思い込んでいたのです。私は何重ものミスを犯していました。
🌸 それぞれの選択、そして新しい春
その後、受験の本番を迎え、さらちゃんは見事にC校に合格しました。努力が実を結んだ、素晴らしい結果でした。結局本人の希望でA校もS校も受験しませんでした。
しかし、さらちゃんはC校には入学しませんでした。
いや、できませんでした。
お父様からの「家のメンツ」としての同意がどうしても得られず、地元の学校へ通うことは叶わなかったのです。
結果としてさらちゃんは、家から1時間半かかる、隣の県のG校という学校へ進学することになりました。C校と同レベルの、とても良い学校です。
誰も知る人のいない遠い学校への通学。その金銭的なバックアップは、すべておばあ様が引き受けてくれました。お父様はあの日の宣言通り、1円も出してはくれませんでした。
お母様とさらちゃんは、一度はお父様の家に帰ったものの、その後はおばあ様の家へと移り住み、一緒に暮らすようになりました。お父様が慰謝料を払いたがらないため、まだ正式な離婚には至っていませんが、お母様はおばあ様の家から前を向いて働きに出ています。お父様からの生活費は振り込まれていません。勝手に出て行ったからが理由だそうです。
遠くへ引っ越してしまったため、さらちゃんはもう私の教室へは通えなくなりました。
少し寂しい気持ちはありますが、私は彼女の新しい門出を、遠くからそっと見守りたいと思っています。
教室へ来る最後の日、さらちゃんは私の手をぎゅっと握ってくれました。
初めて教室に来たあの日も、さらちゃんは私と手を繋いでくれたのです。
「先生、ありがとうございました」
さらちゃんもあの日のことを覚えていてくれたのか、はにかみながら、深々とお辞儀をして去っていきました。
多動症だといって連れて来られたさらちゃんでしたが、年齢と共に改善された点がいくつもありました。環境調整がうまくいけば本人自体が過ごし易くなれるということを、私も本人も学ぶことができました。そういう意味ではお互いに貴重な体験が出来た日々でした。
しかしながら、もし、さらちゃんの成績が伸びず、Fランクのままであったなら、お父様も諦めて、あの3人の生活はそのまま続いていたのではないだろうか?
いつからお父様は心変わりしていたのだろうか?
誰の為の、何の為の受験だったのだろうか?
それとも私が知り合うずっと前から何かが壊れていたのだろうか?
と、振り返る日が暫く続きました。
これが彼女たちにとって本当に正しかったのかどうかもわかりません。ただ、私にとっては今でも、少しだけ胸が締め付けられるような、忘れられない受験となったのは確かです。
おしまい。
あとがき
教育は各家庭、様々です。
そして、受験はその時々により変化し続けます。
いろいろなエピソードの中に受験につながるヒントやテクニック、また、成功への秘訣を散りばめてお届けしたいと思っています。
では、また、お会いしましょう。
さくらママ
▼医学部に興味があるけどお金が心配な方へ。きっと安心できます。
