番外編 : 雨音と、騒がしい孤独たち
怪奇同好会へようこそ ~変人先輩と巻き込まれ俺の、受難な日々~番外編
BLラブコメ×オカルト / 不定期更新 詩音の雨宿りの物語。
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雨音は、昔から好きだった。
しとしとと降り注ぐ雨の音は、世界と私(詩音)を隔てるカーテンのようだと思う。
『……ねえ、あの子よ』
『また壁に向かって話してる……気味が悪いわね』
幼い頃の記憶。
私には、他の人には見えないモノが見えた。教室の隅にうずくまる影。廊下を這う何か。それらは常に私に語りかけ、私の平穏を侵食した。
けれど、雨の日だけは違う。激しい雨音が、彼らの呻き声を少なからず掻き消してくれたから。
だから私は、雨の日はいつも一人、図書室や空き教室で膝を抱えて過ごしていた。誰とも関わらず、ただ雨音だけに守られて。
孤独だった。でも、それでいいと思っていた。
――ガタガタガタッ!!
「貴様! 離せ! それは俺が悠斗のために、銀座の行列店で並んで買ってきた『極上・和栗のモンブラン』だぞ!」
「ならん! 供物(くもつ)とは、霊に捧げられるべきもの。すなわち現世に未練を残す拙者への手向けである!」
……前言撤回。
今の私には、雨音を楽しむ静寂すら許されていないらしい。
放課後の怪奇同好会部室。窓の外は冷たい秋雨が降っているが、室内は動物園のような騒ぎだった。
「だーかーら! 俺が! 悠斗と! 『あーん』をするために買ってきたんだと言っている!」
「なんと浅ましい。愛する者と共に食してこその甘味であろう。某(それがし)が毒見をしてやると言っているのだ」
「てめえ、毒見っつって全部食う気だろ!」
ギャーギャーと騒ぐのは、二人のイケメン。
一人は、眉目秀麗だが中身は残念なオカルトマニア、真白会長。
もう一人は、最近部員(?)に加わった、数百年レベルのストーカー幽霊、レイ。
いい歳した男二人が、小さなケーキの箱を引っ張り合っている。まるで小学生だ。
「……はあ」
その横で、私は大きくため息をついた。
そして、私の正面に座る「彼」――我らが主人公・悠斗くんもまた、死んだ魚のような目で参考書を広げていた。
「……あのさ、先輩たち」
「悠斗! お前からも言ってやれ! この成仏し損ないに!」
「主君(悠斗)よ! 悪霊退散の願いを込め、この栗を拙者の口へ!」
悠斗くんは、パン! と参考書を閉じた。
「うるさい。勉強の邪魔」
一刀両断。
悠斗くんは手慣れた様子で、部室の棚からフォークをもう一本取り出すと、問題のモンブランを箱から出し、躊躇なく真ん中で「ざっくり」と割った。
「はい、これで半分こ。文句あるなら俺が全部食う」
「……悠斗の裁きなら仕方あるまい」
「ちっ……悠斗の食べかけを狙う作戦が……」
不満げながらも、大人しくケーキを食べ始める二人。
さっきまでの喧嘩腰が嘘のように、今は悠斗くんの左右に侍り、「美味いか?」「お茶を淹れよう」と甲斐甲斐しく世話を焼いている。
(……ほんと、よくやるわね)
私は冷めかけた紅茶を口に運んだ。
窓の外を見る。雨はまだ降っている。
ふと、昔の孤独感を思い出した。静かで、冷たくて、誰もいない世界。 それに比べて、ここは――。
「……くしゅっ」
思考の途中で、小さくくしゃみが出た。
秋の雨冷えだ。旧校舎の隙間風は、ゴスロリ服の薄い生地を容赦なく通り抜ける。
少し、肌寒い。
そう思って腕をさすった、次の瞬間だった。
バサッ。
視界が暗くなった。重みと、体温を感じる。
頭から被せられたのは、仕立ての良い高級ブランドのジャケット。
「……風邪をひくなよ、詩音。お前が倒れると、除霊の戦力がダウンして俺が困る」
真白会長だ。
彼はモンブランをモグモグと頬張りながら、視線も合わせずにそう言った。素っ気ない言い方だが、ジャケットからはほのかに、彼が愛用している高い香水の匂いがした。
「……これ、高そうなのに。汚れますよ」
「クリーニング代くらい、ポケットの小銭で払える」
憎まれ口を叩く会長。
すると今度は、足元がふわりと暖かくなった。
見れば、レイが私の足元に跪き、床に手を当てている。
「冷気は足元から来るゆえな。……女子(おなご)の身体を冷やすなど、武士の風上にも置けぬ」
「……何してるの?」
「霊力を熱変換し、局所的な暖房結界を張った。焚き火程度には温かろう」
涼しい顔で言う幽霊。
いや、その無駄に高い霊力スペック、もっと他に使い道あるでしょ。
「はい、詩音。温かいの淹れ直したから」
トレン、と目の前に置かれたのは、湯気が立つマグカップ。
悠斗くんだ。
彼は呆れたような、でもどこか優しい苦笑いを浮かべていた。
「こいつらが騒いで窓開けっ放しにするからさ。……大丈夫?」
「……悠斗くん」
三人の視線が、私に向いている。
ジャケットの重み。足元の非科学的な暖かさ。そして、温かい紅茶の香り。
……ああ、なんだ。
雨音は聞こえない。
彼らの声と、気遣う気配が、冷たい雨音を完全に遮断している。
「……別に、平気よ」
私は顔を少し伏せて、カップを両手で包み込んだ。
口元が緩むのを隠すために。
「それより会長、そのジャケット、モンブランのクリームついてるわよ」
「な、何いいいい!? 嘘だろ!? これ限定品だぞ!」
「あはは、どんまい」
「フッ、現世の物質になど執着するからだ」
また、騒がしい日常が戻る。
私は紅茶を一口すすり、心の中でそっと呟いた。
静かな雨の日も好きだったけど。
こういう騒がしい雨宿りも、悪くない。
目の前では、悠斗くんの口元についたクリームを、会長とレイがどちらが拭うかで揉めている。
……さて。
この尊い「3P(予定)」を見守る特等席代として、もう少しだけ、彼らのドタバタに付き合ってあげましょうか。
「ふふっ」
私の笑い声は、雷のような二人の怒号と、悠斗くんのツッコミにかき消されて、誰にも届かなかった。
(完)

(怪奇同好会一同)
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