貯金って、守りなんだろうか? 〜安心をつくるお金と、流れを止めるお金〜
前回、景気とは、お金の流れの勢いであり、そこには人の期待や不安も混ざっているのではないか、という話を書いた。
では、景気が不安定で、先が見えにくいとき、私たちはどうするのだろう。
たぶん、多くの人はこう考える。
少し、貯めておこう。
何かあったときのために。収入が減ったときのために。家族や老後のために。
不安なとき、人はお金を使うより、手元に残したくなる。
銀行口座の数字が増えると、心の中に少し余白ができる。
そういう意味で、貯金はたしかに守りである。
ただ、その守りは、思ったより広いところまでつながっている。
貯金は、未来の自分を助けるお金
貯金とは、今日使わなかったお金を、未来の自分に残しておくことである。
急に家電が壊れる。病院に行く。仕事が変わる。収入が一時的に減る。
人生には、予定表に書いていなかったことが普通に起きる。
しかも、たいていそういう出来事は、
「今月は余裕があるので、どうぞ」
という顔では来ない。
だいたい忙しいときに、少し偉そうに来る。
だから、貯金があると助かる。
貯金は、未来の自分へ渡しておく予備バッテリーのようなものかもしれない。
今の自分が少し充電しておき、未来の自分が困ったときに使う。
そう考えると、貯金はかなり優しい仕組みである。
家族ができると、貯金の意味が変わる
独身のころなら、少し無茶をしても、
まあ、自分の責任だし。
と思えた。
でも、結婚して子どもができると、自分の選択が自分だけの問題ではなくなる。
私が子育てをしていたころは、平成のデフレ経済の真ん中だった。
正社員ではあったが、数年後も同じように働けているのか、正直、不安もあった。
そんな中で考えた。
この子が高校や大学に行くころ、本人が望む道をできるだけ応援できるだけのお金を用意できるのだろうか。
そのときになって、お金を理由に選択肢を狭めたくない。
そう思った。
貯金は、未来の自分だけでなく、未来の家族を支える予備バッテリーでもある。
ただの数字ではなく、家族の選択肢を守るものになる。
まず足元を守る
お金だけでは解決できないことも多い。
それでも、お金がないことで問題が大きくなることはある。
だから、生活防衛資金は投資より前に考えるべきものだと思う。
いきなり未来へ攻める前に、まず足元を守る。
ゲームでも、装備なしでラスボスに突っ込む人は、だいたい途中で倒れる。
人生も、たぶん少し似ている。
貯金は、地味だけれど大事な初期装備である。
でも、貯めるだけではお金は止まる
ただし、貯金は別の見方をすると、お金の流れを止めることでもある。
個人にとっては守りになる。
でも、全員が一斉にお金を使わなくなると、お店や会社の売上が減り、誰かの収入も減る。
すると不安が増え、さらにお金を使いにくくなる。
前回の景気の話とつながる。
個人にとって正しい守りが、社会全体ではお金の流れを細くすることがある。
ここが、お金の難しいところである。
個別最適と全体最適は、仲良くしてくれない
私はITの仕事で、製造業の生産管理やサプライチェーンに関わるプロジェクトを見てきた。
そこで何度も感じたのは、
個別最適と全体最適は、そう簡単には共存しない
ということである。
ある部署にとって合理的な判断でも、全体で見ると別の工程にしわ寄せが行き、流れが詰まることがある。
この話を始めると数時間は話してしまう。
聞かされる側は、なかなか大変である。
なので、ここでは我慢する(笑)
お金も同じである。
個人にとって貯金は合理的でも、みんなが一斉にお金を止めると、社会全体では流れが細くなる。
個別には正しい。
でも、全体では詰まることがある。
安心だけでは、人生は動かない
貯金は安心をつくる。
しかし、安心だけを増やそうとすると、使うことも動くことも怖くなる。
貯金が、不安を減らすためではなく、不安を確認するための数字になってしまうこともある。
未来が見通しにくければ、貯めたくなるのは自然である。
問題は、不安を全部お金だけで消そうとすることなのだと思う。
どこまで貯めても不安が消えないなら、その不安はお金だけの問題ではないのかもしれない。
本来、お金は使うためにもある。
暮らす。学ぶ。休む。誰かを助ける。自分の未来を広げる。
貯めるだけでは、お金も生活も動きにくくなる。
貯金には、目的があったほうがいい
だから、貯金には少しだけ名前をつけたい。
生活防衛、家族、老後、住まい、健康、学び直し、いつかやりたいこと。
名前がつくと、ただの数字ではなくなる。
これは未来の自分を守るお金。
これは家族の選択肢を支えるお金。
これは、もう一度動き出すためのお金。
大事なのは、金額の多さだけではない。
何のために残すのか。
どこまであれば安心なのか。
どこから先は、使う、学ぶ、投資する、応援することに回すのか。
そこを考えることなのだと思う。
貯金と投資は、敵ではない
貯金か投資か。
守りか攻めか。
そういう二択ではない。
貯金は、足元を守るお金。
投資は、少し先の未来へ向かうお金。
生活防衛資金がないまま投資をすると、相場が下がったときに生活費のために売らざるを得なくなる。
一方、全部を貯金にすると、物価が上がる時代には価値が目減りすることもある。
貯金と投資は敵ではなく、役割が違う。
自分の生活に合わせて配分するものなのだと思う。
貯金は、心の防災袋かもしれない
貯金は、心の防災袋のようなものかもしれない。
いざというときにあると助かる。
普段は目立たない。
でも、ないと不安になる。
だから、用意しておいたほうがいい。
ただし、防災袋を一生抱えたまま、どこにも行けなくなるのも困る。
安心のために持っているのに、重すぎて動けない。
それでは本末転倒である。
……などと、また少しまじめになってきた。
危ない。
私はただ、貯金箱を見ながら、
「このブタ、守り神なのか、それとも通行止めの看板なのか」
と考えていただけである。
貯金箱のブタも大変である。
守れと言われたり、流せと言われたり。
そのうち、
「どっちやねん」
と鳴き出すかもしれない。
ブヒ。
ということで、次はたぶん、節約について考えてみたい。
節約とは、我慢なのか。
それとも、お金の流れ先を選ぶことなのか。
また中腰で、財布のひもを見つめてみたい。
できれば、あまり怪しまれない角度で。
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この記事は、私自身の経験と思考をもとに、生成AIとの対話を通じて探索・再構成した記録です。いただいたお気持ちは、次の寄り道の燃料としながら、生成AIと人間の共創の研究をさらに深めていきたいと思います。