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【座談会】人生詰みました→司馬遷と家康が来てくれた【時空BBS:歴史板】

ここは時空の掲示板です。次元の壁を越えて書き込み自由。荒らしは雷に打たれます。

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 【相談】人生詰みました
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1:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
すみません、相談させてください。
仕事でやらかして降格、貯金ゼロ、彼女に振られて実家にも帰れないです。
もう人生詰んだ気がします。
こういうとき、皆さんどうしてましたか。

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2:徳川家康 ◆イエヤス【江戸/初代将軍】
詰んでない。

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3:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
>>2
即レス早すぎませんか

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4:徳川家康 ◆イエヤス【江戸/初代将軍】
儂は六歳から人質。
十九歳まで他家の屋敷に住んでいた。
お主の話、まだ手元に何かあるだろう。

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5:范蠡 ◆ハンレイ【春秋/越大夫→商人】
家康の言うとおりだ。
人質十三年で天下取るのが基準値だぞ。
甘えるな。

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6:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
基準値が高すぎる

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 【経験談】底辺経験者、集合
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7:蘇軾 ◆ソショク【北宋/詩人】
わかる。
俺なんて筆禍で投獄されて、出てきたら黄州に左遷だった。
家もない。畑借りた。
東の坂に畑があったから「東坡」って名乗ることにした。
いま思うとふざけてる。

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8:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
>>7
詩人の方が雅号を畑から取ったんですか

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9:蘇軾 ◆ソショク【北宋/詩人】
畑だ。
左遷先で耕してたら、号ができた。
詩も書いた。
「也無風雨也無晴」と詠んだ。
雨も晴れもどうでもよくなった瞬間、楽になる。

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10:司馬遷 ◆シバセン【前漢/史官】
私の話を聞いてもらえるだろうか。

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11:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
お願いします

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12:司馬遷 ◆シバセン【前漢/史官】
私はある将軍を一人弁護した。
それだけのことで、武帝の怒りを買い、宮刑に処された。
男としては死んだも同然の刑だ。
当時の士は、恥を受けるくらいなら自ら命を絶つのが筋とされていた。

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13:蘇軾 ◆ソショク【北宋/詩人】
重い。

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14:司馬遷 ◆シバセン【前漢/史官】
私は死ねなかった。
父から託された一冊の書が、まだ終わっていなかったからだ。
死は時に泰山より重く、時に鴻毛より軽い。
私の死はそのとき、鴻毛より軽くなる気がした。

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15:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
…………

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16:司馬遷 ◆シバセン【前漢/史官】
書き終えたものが『史記』だ。
百三十巻。五十二万字。
恥を忍んで生き延びた理由は、ただ一つ。
やり残したことがあったからだ。

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17:徳川家康 ◆イエヤス【江戸/初代将軍】
やり残しのある男は死ねん。

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 【戦術】詰んだあとの動き方
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18:諸葛亮 ◆ショカツリョウ【三国/蜀丞相】
失礼。
私は南陽の田舎で二十七歳まで畑を耕していた。
誰にも知られず、誰にも雇われず、布の衣を着て生きていた。

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19:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
あの諸葛孔明が二十七までニートだったんですか

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20:諸葛亮 ◆ショカツリョウ【三国/蜀丞相】
ニートではない。
読書と農作業と思索だ。
動かない時期があったから、動くべきときに動けた。
劉備が三度訪ねてきたとき、私は出る準備ができていた。

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21:范蠡 ◆ハンレイ【春秋/越大夫→商人】
わかる。
俺は呉を滅ぼすのに二十年かけた。
途中、王と一緒に石室で馬の世話までした。
動いていい時と動いてはいけない時がある。

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22:蘇軾 ◆ソショク【北宋/詩人】
詰んだときって、動いて余計に詰むパターン多いよな。

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23:徳川家康 ◆イエヤス【江戸/初代将軍】
然り。
儂も三方ヶ原で武田に大敗した。
脱糞しながら逃げ帰った。
浜松城に戻って、自分の情けない顔を絵師に描かせた。
忘れぬためにな。

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24:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
脱糞……

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25:徳川家康 ◆イエヤス【江戸/初代将軍】
言うな。
その絵を生涯傍に置いた。
詰んだ瞬間の自分を覚えていることが、儂を将軍まで連れていった。

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26:范蠡 ◆ハンレイ【春秋/越大夫→商人】
いい話だ。
ところで儂は呉を倒した直後、王のもとを去った。
「飛ぶ鳥が尽きれば良弓は蔵われ、狡兎が死ねば走狗は烹らるる」と書き置きを残してな。
仲間の文種は残った。後で殺された。

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27:諸葛亮 ◆ショカツリョウ【三国/蜀丞相】
……。

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28:范蠡 ◆ハンレイ【春秋/越大夫→商人】
で、儂は名を変えて商人になった。
三回も大金持ちになって、三回ともそれを人に分けた。
陶朱公と呼ばれた頃には、もう前世のような気分だった。

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29:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
人生何回やってるんですか

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30:范蠡 ◆ハンレイ【春秋/越大夫→商人】
詰んだら、看板を変えればいい。
場所を変えてもいい。役を変えてもいい。
お主は「自分」という看板に縛られすぎてないか。

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 【続編】さらに底にいた男
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31:蘇軾 ◆ソショク【北宋/詩人】
すまん、俺の話まだ途中だ。

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32:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
どうぞ

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33:蘇軾 ◆ソショク【北宋/詩人】
黄州の次は恵州だった。広東の南だ。
さらにその次は儋州、海南島だ。
当時、海を渡って島に流されるのは、ほぼ死刑と同じだった。

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34:司馬遷 ◆シバセン【前漢/史官】
それでも生きておられた。

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35:蘇軾 ◆ソショク【北宋/詩人】
生きていた。
ライチが旨かった。
「日に三百顆食らわば、長く嶺南の人たるも辞せず」と詠んだ。
詩はどこでも書ける。それが救いだった。

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36:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
左遷先のフルーツで前向きになるの強すぎる

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37:蘇軾 ◆ソショク【北宋/詩人】
ようやく赦されて北に戻る船で、こう書いた。
「九死南荒、吾れ恨みず。茲の遊、奇絶にして平生に冠たり」
九回死にかけた南の地、俺は恨んでない。むしろ人生で一番の旅だった、と。

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38:徳川家康 ◆イエヤス【江戸/初代将軍】
強い。

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39:諸葛亮 ◆ショカツリョウ【三国/蜀丞相】
左遷を旅と呼べる人は、もう詰まない。

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 【返答】最後に一言ずつ
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40:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
皆さん、本当にありがとうございます。
最後に一つだけ聞かせてください。
詰んだときに、皆さんが一番やってよかったことってなんですか。

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41:諸葛亮 ◆ショカツリョウ【三国/蜀丞相】
動かないこと。
そして、来たるべき時に備えて読み続けること。

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42:范蠡 ◆ハンレイ【春秋/越大夫→商人】
看板を変えること。
過去の自分にこだわらないことだ。

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43:司馬遷 ◆シバセン【前漢/史官】
やり残したことを、一つ書き出すこと。
それが、生きる理由になる。

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44:蘇軾 ◆ソショク【北宋/詩人】
旨いものを食って、詩を一首書くこと。
詰んでる人ほど詩を書け。

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45:徳川家康 ◆イエヤス【江戸/初代将軍】
情けない自分の顔を、忘れないこと。
それから、待つこと。
急いではならぬ。

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46:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
まとめると——
動くな、書け、食え、変えろ、覚えとけ、ですね。

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47:范蠡 ◆ハンレイ【春秋/越大夫→商人】
そういうことだ。

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48:蘇軾 ◆ソショク【北宋/詩人】
あとライチを食え。

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49:徳川家康 ◆イエヤス【江戸/初代将軍】
ライチは要らん。

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50:ナナシ ◆【現代/二十代後半】
ありがとうございました。
今夜はとりあえず、ご飯食べて寝ます。

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51:司馬遷 ◆シバセン【前漢/史官】
それでよい。
明日、何か一つ書き出してみるとよい。
紙でも、画面でもよい。
やり残したことを、一行だけ。

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─── 歴史ノート ───

■ 司馬遷(前145頃〜前86頃)
前漢の史官。匈奴に降った李陵を弁護したことで武帝の怒りを買い、宮刑(去勢の刑)に処された。当時の士大夫にとっては死より重い辱めとされたが、父・司馬談から託された歴史書の編纂を完成させるため生き延び、『史記』百三十巻を完成。本人が友人・任安に宛てた書簡「報任少卿書」に「人固より一死有り、或は泰山より重く、或は鴻毛より軽し」「鄙陋にも没世して文采後世に表れざるを恨めばなり」と心境を残している。

■ 徳川家康(1543〜1616)
六歳から十九歳まで今川氏の人質として過ごした。元亀三年(1572)の三方ヶ原の戦いで武田信玄に大敗。敗走中に脱糞したという逸話、自分の惨めな姿を絵師に描かせ生涯傍に置いた「しかみ像」(顰像)の伝承が伝わる。しかみ像については近年、江戸後期成立の伝承説も唱えられているが、敗戦経験を将軍位までの自戒とした人物像と整合的な逸話。

■ 諸葛亮(181〜234)
三国時代蜀漢の丞相。二十七歳まで南陽の隆中で晴耕雨読の生活を送り、劉備の三顧の礼によって出仕した。後年の上奏文『出師表』に「臣もとは布衣、南陽に躬耕し、性命を乱世に苟も全うし、聞達を諸侯に求めず」と自身の境遇を記している。

■ 范蠡(紀元前5世紀頃)
越王勾践に仕え、二十年余の臥薪嘗胆ののち呉を滅ぼす。功成って身を退き、名を変えて商人となった。三度大富豪となり、三度それを人に分け与えたと『史記』貨殖列伝に伝わる。同僚の文種に「飛鳥尽きて良弓蔵われ、狡兎死して走狗烹らる」と書を送り去ったが、文種は残り、後に勾践に死を賜った(『史記』越王勾践世家)。後世、商売の神「陶朱公」として祀られた。

■ 蘇軾(蘇東坡、1037〜1101)
北宋の詩人・政治家。「烏台詩案」で投獄ののち黄州に左遷。畑を耕した東の坂から「東坡」を号とした。さらに恵州、海南島儋州へと流される。当時、海を渡る流刑はほぼ死罪に等しかったが、左遷先でライチを愛し「日啖荔枝三百顆、不辞長作嶺南人」(食荔枝)と詠む。北帰途上の「六月二十日夜渡海」では「九死南荒吾不恨、茲遊奇絶冠平生」と詠み、苦難の地を「人生最高の旅」と振り返った。「也無風雨也無晴」は『定風波・莫聴穿林打葉声』。


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