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⑦寂しいのはいい旅だった証〜天売島_2(2024年9月)

一晩中、部屋の中で「インスタ」なるものと格闘していた。設定しようにも、どうにもできない。エラーばかりになる。なぜ離島に来てまでスマホとほ格闘しているのか、自分でもよくわからなかった。そうこうしているうちに、夜が明けてきた。

島の中央には何があるのだろうか・・・

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焼尻島を背に映える暁の空

私は朝焼けの中、自転車で灯台を目指した。昨日の夕方、灯火のともった灯台を撮れなかった代わりに、朝焼けの中の灯台を撮りたかったのだ。鳥のさえずりがだけが聞こえる中、カブ旅の女性が撮影していたように、ススキを絡めて動画や静止画を撮ってみた。

灯台のシルエットもまたいい。
フルフレネルレンズの灯台だとなおよかったが

朝日は、焼尻島の向こう側から昇ってきた。私は、海に沈む夕日が実はあまり好きではない。寂しくて、切ない気持ちになるからだ。でも、朝日は好きだ。気持ちが明るくなる。日が昇ると、いつのまにか灯台の灯も消えていた。

ご来光

宿に戻ってWi-Fiエリアに入ると、昨日あれほど苦労したインスタの設定があっさりできてしまった。どうやら回線速度の問題だったらしい。ただ、スマホにインスタを入れたはいいものの、これは一体どう使うのだろうか。

談話室から焼尻島を眺める

旅人たちはまた、それぞれの旅へ

朝食後、3人はまたバラバラに出発していった。それぞれ見たい場所が違うのだろうし、おそらく3人とも、ひとり旅が好きなのだと思う。昨夜も、「やっぱり、ひとり旅が最高だよね」といった会話をしていた。そういえば、東鹿越で会った旅人も「旅は絶対にひとりがいい。恋人と一緒だと、相手が可哀そうだ」と言っていたことを思い出した。

天売島灯台がどうしても気になる

私は観音崎展望台に来ていた。断崖絶壁ということは、野鳥が営巣しているということでもあり、種類はわからないが、鳥たちが集団で空を舞っていた。きっと渡り鳥のシーズンになれば、空を覆うほどの野鳥が飛び交うのだろう。ぼーっと海を眺めていると、カブ旅の女性が、上り坂をものともせず、自転車を爆走させてやってきて、そしてすぐに去っていった。その姿もまた、渡り鳥のようだ……。

こうみると焼尻島は本当にペッタンコだ

約束の10時までに自転車を返す。バッテリーはもう残っていない。ワイルドな旅人は、途中でバッテリーが切れてしまったそうだ。カブ旅の女性は、まだ40%残っていたという。彼女は島を2周したらしいが、ずっとローモードで走っていたようだ。体力あるなぁ……。

崖が影になってしまっているのが残念

2名の旅人は、10時25分の船で出発する。私は、船を見送るためだけに港に来た。船を見送るのは、島に残る旅人の義務だと思っていた。
「離島あるあるですね」とワイルドな旅人が言う。宿の主人も、荷物を持って港まで来てくれた。ちなみに、今日は泊まる人はいないとのことだった。三連休の最終日。秋の行楽シーズンでも、観光客は来ないのだろうか。

バックの利尻はやっぱり恰好いい

私が他の宿に断られて、次に見つけたこの宿に泊まったことを話すと、カブ旅の女性が「よかったじゃないですか」と言った。

「5月や6月(渡り鳥のシーズン)はまったく違うよ。またおいで」と宿の主人が言うと、カブ旅の女性は「絶対来ます」と答えた。きっと彼女は本当に来るに違いない。なにしろ、彼女自身が「渡り鳥」のようなものだから……。

私はどうだろう。加藤登紀子さんがエッセイの中で書いたある言葉が脳裏をかすめた……
「旅人は二度と同じ道を歩かない」

利尻、礼文では船を見送るのが楽しかったことを思い出した

歩いて巡ると見えてくるものもある

船を見送ったあと、今度は時計回りに島を周る。時間があったので、今度は歩いて散策することにした。東海岸には数は少ないものの民家が点在しており、集落を離れても、人々の営みや、かつて誰かが暮らしていた痕跡が感じられた。

海に向かう路地
路地の先にあったニシン番屋

おそらく、自転車で走り抜けるだけでは気づかないような発見だった。かつてニシン番屋として使われていた建物は、この島もまたニシン漁で賑わっていたことを彷彿とさせるものであった。

晴れていたのはこの時間まで

島には、自転車で巡る旅人が数人いた。人があまりに少ないので、自然と顔を覚えてしまい、展望台などで会うたびに、ちょっとした会話を交わすようになっていた。

次第に空が曇ってきた。「やっぱりな……」
もしかすると、あの2人の旅人は晴れ男と晴れ女だったのかもしれない。ほんのひとときだけ、私の雨男パワーを抑えていてくれたのかもしれない。

伝えたかった携帯もSNSもなかった時代の旅

15時50分に天売島を出発した羽幌行きの船には、乗客の姿はほとんどなかった。ずいぶんと寂しい帰り道である。途中、焼尻島に寄港したが、ここから乗ってくる人も少なかった。ただ、カブ旅の女性がここから乗船してきた。実は、もしこの旅人と再会できたなら、伝えたい旅の話があった。

港からみた天売島の宿

私は学生時代、旅をするたびに紀行文を書いていた。そのことを、彼女に語った。携帯電話もない時代の旅だ。

ユースホステルで知り合った人と、次の旅先で再会の約束をしても、本当に会えるかどうかわからない。そんなドキドキや、切ない思い出を綴った紀行文だった。

天売島を離れて羽幌へ

インスタというものが、ようやくわかってきた。
今の時代、紀行文なんていうまどろっこしいものを書く人は、きっと少ないのだろう。
いまの旅人たちは、スマホで撮った写真や動画をインスタに投稿し、短いコメントを添える。それだけで、旅の気配も空気も、充分に伝わってしまう。
考えてみれば、ブログだって、すっかり廃れてしまったではないか。

だから、SNSを駆使する今どきの20代の女性に、そんな話をしたところで、きっと響かないだろうとは思っていた。
それでも、人気の利尻島、礼文島ではなく、あえて天売島を訪れるような人なら、もしかしたら、わかってくれるかもしれない。

……聞いて欲しかった。
勿論、興味がなさそうなら、黙るつもりだった。

旅の出会いはいつも別れで終わる

船は、17時25分に羽幌へ到着した。日が暮れかけていた。
「相棒に合わせて」とお願いして、駐車場に停まっている旅人の「相棒」を見に行った。
小さなバイクに、小さな荷物。とても一カ月の長旅の荷物とは思えないコンパクトさだった。
「本当の旅人だなぁ」と、感心する。

そして、髪を下ろしたカブ旅の女性は、どこかワイルドな雰囲気に変わっていた。過酷な旅をしていることがにじみ出ている。メチャかっけぇ。

「それじゃ、気をつけて」。別れの挨拶をして、私は港から今夜の宿へ向かって歩き出した。
カブ旅の女性は今夜、羽幌のキャンプ場に泊まるらしい。

羽幌港にもどってきた

次第に暗くなってきた。港から街までの、誰もいない道を、島の余韻を感じながら歩く。旅の出会いは、いつも別れで終わる。旅のスタイルも違うし、世代も違う。それぞれの旅が交わることは、もうないのだろうか……。少し寂しいが、それもまた、旅というものだ。

歩いていると、甲高いエンジン音が聞こえてきた。原付バイクの音だ。

カブ旅の女性が私を追い抜いていった。
「気をつけてね〜」と声が聞こえた。バイクはすぐに右折してしまい、テールランプを追うこともできなかった。

羽幌の街は大都会に見えた

「ただいま」と言いたくなる羽幌の旅館

離島から戻ると、羽幌の街が大都会のように思えた。まずはATMだ。現金を下ろさなければ、今宵の宿代も払えない。スマホでセコマを検索して訪ねてみたが、すべての店舗にATMがあるわけではないことも知った。

宿は、一昨日お世話になった旅館だ。
今日は夕食の提供がないが、近くの食堂を紹介され、そこへ向かった。
食堂は、どう見ても普通の家のリビングのような場所で、実際に店の方が食事をしていた。紹介されていなければ、とても入る勇気はなかっただろう。

山崎旅館付近の夜景

店では、普通の食事ができた。
こんなアットホームな場所に来られるのも、旅の面白さの一つだと思った。

宿に戻り、女将さんと天売島での出来事を語り合いながら、旅館で出た夕食の写真を一緒に眺め、しばし談笑した。山崎旅館。帰ってきたという感じがして、とても心地よかった。

色々と寄り道をしてきたけれど、明日は沿岸バスに乗り、羽幌線を偲びながら幌延へ向かう。
そこから宗谷本線の普通列車で、旭川を目指す予定だ。宗谷本線の普通列車に乗るのは、これが初めてである。

さぁ、自分の旅のスタイルに戻ろう。

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