⑥夕日に染まる芒原を独り占め〜天売島_1(2024年9月)
焼尻島を15時10分に出たフェリーは、島の南海岸沿いを進む。目の前には天売島が近づいてくる。波は高く、揺れも激しくなり、「猛進」という感じで進んでいく。しかし、乗客はほとんどいない……。15時35分、天売島に到着。まだ時間は早いが、明日もあるので、今日は宿で休んでも良いのかと思った。

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天売島とは
天売島も焼尻島と同様、周囲約12kmの小さな島である。人口は300人にも満たず、東海岸の小さな漁港のまわりに、集落が肩を寄せ合うようにして存在している。それでも、焼尻島の倍の規模があるというのは驚きだ。
かつては羽幌線に、急行「天売号」という列車が走っていた。鉄道と船を乗り継いで訪れる観光客も多かったと推察されるが、羽幌線は国鉄時代に廃線となり、現在では時刻表の上でも目立たない島となってしまった。鉄道ファンである私も、この島の訪問はつい後回しになってしまった。
私がユースホステルを利用して北海道を旅していた頃、そして今でも、この島には「とほ宿」のような一人旅の旅人が集う宿泊施設がなく、宿を目当てに訪れることもなかった。
羽幌港から西北西へ約28km。
天売島は、絶滅危惧種のオロロン鳥や、ウトウをはじめとする「海鳥の楽園」。海鳥と人間が共存する世界的にも 貴重な共生の島です。
大自然のいとなみに魅了されながら、散策してみてはいかがでしょうか
羽幌町観光協会
誰もいない草原を夕日に向かって走る
迎えに来た宿の車に乗り込む。先客は1名、サンダル履きで軽装……ワイルドな雰囲気の一人旅の男性だった。そこに若い美女がやってきた。天売島には失礼かもしれないが、このような離島に、どこか昭和的な雰囲気を感じさせる若い女性の一人旅というのは、想像がつかなかった。今宵の宿の客は、この一人旅の3名だけのようだ。

私とワイルドな旅人はそのまま投宿しようとしていたが、女性は「レンタサイクルを明日の朝まで借りて、日没までサイクリングする予定だ」と言っていた。レンタサイクル屋は、ちょうど閉店するところだった。そのような借り方があるとは驚きで、私とワイルドな男性もそれに続いた。
2名は「明日の10時までに返却する」ということで、2,500円(プラン的には4時間分)を支払っていた。しかし私は、明日もあるので2時間2,000円のプランを選び、「18時までに自転車を返す」と伝えた(実際には現金が足りず、差額の500円が命取りになりそうだったからである)。

旅人たちはそれぞれ自転車を借りて、出発していった。どうやら東海岸を進み、時計回りに島を一周するつもりのようだ。最後に自転車を借りた私は、彼らとは逆に西海岸を進んだ。日があるうちに、天売島灯台を見に行きたかったためである。秋らしい快晴。夕日がきれいに見えそうだ。

草原の中にポツンと佇む灯台
天売島灯台は、道路から外れ、ススキが生い茂る獣道のようなダートをまっすぐ進んだ先にある。よほどの物好きでないとここには来ないと思うが、灯台好きにとっては絶対に外せない場所である。

赤白に塗装されたこの灯台は、1968年(昭和43年)11月24日に点灯したとのこと。比較的近代的な灯台ではあるが、私はこの赤白に塗装された(雪国では白一色だと視認が難しいための工夫でもある)北海道の灯台が特に好きである。

西日を浴びた灯台の写真を撮り、島の南端を目指した。ここにも赤岩灯台がある。道中、時計回りに走ってきた2人とそれぞれすれ違った。他の人には誰にも会わなかったので、どうやらこの時間、この島を巡っているのは私たち3人だけのようだ。軽く挨拶を交わし、それぞれまた自分の時間を過ごした。

天売島は、野鳥の楽園と言われている。1か月前に、人気のある民宿を予約しようとしたが断られ、次に電話した「島の宿 大一」という旅館に予約を入れた。電話口では、「今は何もないのを承知の上で連絡してきていますよね」と念を押された。
今回は島を訪れること自体が目的だったので、泊まれればそれで十分だった。それでも最初に断られた経緯から、ある程度の観光客は来ているものと思っていたが、私たち以外の観光客をみかけることはなかった。

まるで断崖絶壁に聳えているように見える
海に沈む夕日は切なすぎて
私は、また来た道を引き返した。夕日を見るには西海岸が最適である。どこで夕日が沈むのを眺めるべきか、思案しながら走る。自転車を返す都合もあるため、できるだけ港付近に戻っていたほうが良さそうだ。

標高140mの断崖絶壁から日本海を見下ろせる観音崎展望台に立ち寄った。断崖の上にはススキが生い茂り、夕日に照らされて真っ赤に染まり、まるで燃えているかのようだった。3人は途中、いくつかの展望台で顔を合わせたが、互いの時間を邪魔せず、それぞれのペースで景色を楽しみ、静かにその場を去っていった。

西海岸は断崖絶壁沿いを進むため、道路もアップダウンを繰り返す。自転車は電動アシスト付きだったが、オートマチックモードにしていたため、見る見るうちにバッテリーが減っていく。ここも焼尻島同様に建物が一切なく、雄大な景色だけが広がっている。焼尻島では牧草地が広がっていたが、こちらでは代わりに一面のススキの原野が続く。そして眼下には焼尻島が見える。天売島の方が標高が高いことを実感する。

私は灯台で夕日を迎えた。しかし、海に沈む夕日は写真に撮るとどこも同じに見えてしまう。観音崎で夕日を見ることも考えたが、先ほどの女性がそこで撮影しそうだったのでこの場所を選んた。夕日を見るときは、一人きりのほうがいいこともある。私もそうだ。

ここの写真ばかり4枚も載せています。
後からワイルドな旅人もやって来て、2人になったが、彼は日が沈むとすぐに去って行った。私は灯火が灯るまで粘りたかったが、自転車を返す都合もあり、泣く泣くここを離れた。そして財布の中身を確認すると、500円くらいなら何とかなる筈だ。他の2人同様に、朝まで自転車を借りればよかったと後悔した。

結局、レンタサイクル屋に戻り、店主の携帯に電話して翌朝まで貸してほしいと交渉した。そして宿に戻り、夕食をとった。ここでは最高の贅沢をしようと、特別料理を予約していた。この旅の楽しみのひとつが、離島の宿での夕食だ。食べる前から美味しいとわかっている。
宿に集う個性豊かな旅人たち
今宵の宿の観光客は、やはり3名だけだった。3人は横に並んで、会話することなく食事をした。美味しかったが、居心地は悪かった。民宿のように旅人同士が自然に会話を交わす空気ではなかった。もっとも、ワイルドな旅人は別として、若い女性と話してもお互いに気まずいだけだっただろう。

さて食後、ロビーに出ると、先ほどの女性がスマホを操作していた。この宿のフリーWi-Fiエリアはロビーで、必然的に3人はそこに集まってきた。まるで現代の誘蛾灯のようだ。
私は女性に灯台を見たのか尋ねた。すると、灯火が灯るまでそこにいたと言った。あんな、何もない寂しい場所に暗くなるまで女性が一人でいたのかと驚いたが、少し悔しい気持ちもあった。
「その写真、見せてくれますか?」と尋ねると、ススキに見え隠れする灯台の動画を見せてくれた。うまい。自分にはこんな風には撮れない。

他の写真も見せてもらったが、どの写真も語りかけてくるようだった。驚いた。同じ場所を見てきたとはとても思えない。
この灯台のことがなければ、私はきっとこの旅人と会話することはなかったと思う。
それから3名は旅の話をした。とても盛り上がった。私はTシャツ姿で、寒くなってきたが、部屋に戻る時間も惜しかった。この感覚は東鹿越駅のようだと感じていた。

女性はカブに乗って、1か月かけて北海道を一人旅している方だった。仕事を辞めて旅をしているとのこと。普段はキャンプ場を転々としているようだが、この島ではキャンプ場が閉まっていたため、やむを得ず旅館に泊まったらしい。
最初は昭和的な雰囲気を持った方だと思っていたが、実際に話してみると、若者特有の現代語を使いこなしており、スマホにも強い。まさに20代らしい、時代の最先端を行く若者だった。

ワイルドな旅人は、登山を趣味としている旅人だった。冬の利尻岳に登頂したという写真を見せてもらったが、冬山に挑むとは本格的なクライマーだ。また、カブ旅をしている女性とご近所だということがわかり、さらに話が盛り上がった。
旅人同士が出会い、それぞれの旅の話をするのはとても面白い。普通に生活していたら絶対に出会わない世代であり、異なる趣味を持った人々だ。かつてのユースホステルの談話室を思い出していた。しかし、旅館で他人と話すのはとても珍しいことだ。
ところで、カブ旅の女性やワイルドな旅人の間の会話で「インスタ」という言葉がよく出てくる。そして、それって何だろう。何ができるのだろう。インスタ映えという言葉は聞いたことがあるが、私のスマホには入っていない(使わないアプリはアンインストールしてある)。
21時。消灯を告げられ、それぞれ自分の部屋に戻っていった。
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