⑤ 何もない島に、何かがある〜焼尻島(2024年9月)
2024年9月12日。いよいよ天売島、焼尻島への出港だ。雨の中、宿のご主人が港まで送ってくれた。港はこじんまりして、北限の離島に向かうのに相応しい雰囲気だ。
夏季は二隻体制であるため、1日あたり4〜6往復の運航があり、両島を観光して羽幌に戻ることも可能である。しかし、9月は一隻体制となるため、運航は1日2往復に減り、いずれかの島に宿泊する必要がある。10月以降はさらに減便され、1日1往復となるため、たとえ一泊したとしても両島を訪れることはできない。効率よく両島を巡るには、9月が最後のチャンスである。

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焼尻島とは
羽幌港から西北西へ約25キロ。
焼尻島は、島の1/3が原生の森。
約50種15万本もの天然記念物の森が広がっています。高山植物や原生花が咲き競い、多くの野鳥が遊び羽根を休めます。
森を抜けると、羊がいる牧草地帯が広がります。
羽幌町観光協会
焼尻島は外周約12kmの小さな島で、人口はおよそ150名。歩いて回ることも可能だが、レンタサイクルを借りるのが一般的だ。ただし、台数が足りるかどうかが少し気がかりだった。
雨の日の離島航路
羽幌のフェリーターミナルは小さいながら、結構賑わっていた。貼ってあった注意書きを眺める。キャンプ場は閉鎖されているので、必ず事前に宿の予約をすること。島内にATMが限定されていること。現金しか使えないこと。しまった……! 手持ちの現金はギリギリだ。船の料金も現金オンリーであった。

8時30分出航。船には意外と乗客が多かった。三連休だからだろう。欠航を心配していたが、雨は降っていても海は穏やかだった。背後に広がる北海道の大地は荒涼としていて、眺めているだけで気が沈む。そして前方の焼尻島は真っ平……その向こうに天売島が見える。

1時間後、焼尻島に到着した。今宵の宿は天売島に予約しているが、ひとまずここで下船する。次の船まで4時間40分。島を巡るつもりだ。雨もあがっていた。半日(4時間)コースで電動自転車を借りることができた。台数には余裕がある。そもそも観光客が少ないのだ。
必死に耐えているような小さな漁港
「時間が余って暇だったら、郷土資料館に行ったら?」と、レンタサイクル屋のおばあさんに言われた。確かに、自転車で巡るには時間が余りすぎてしまう。かといって時間を潰せる場所も特にない。私はすぐに出発した。そしていきなり、おすすめコースを外れて集落のほうへと向かった。

私は離島に行くと、できるだけ集落を訪れるようにしている。観光地も良いが、そこで生活している人の気配を感じたいからだ。
この日も天気が悪かったせいもあるが、小さな漁村は、何かに必死に耐えているように見えた。

西浦漁港の集落には、小中学校がある。
後でわかったのだが、現在は小学生2名、中学生2名が通っているという。
島には新生児もいるので、すぐに学校が無くなることはないだろう……とのことだった。
牧草地と海以外なにもない
観光コースに戻る。焼尻島では、島の中央に広がる自然の森がオンコの自然林として知られている。森の入口にある神社に向かうと、会津藩士の墓があった。戊辰戦争に関係するのかと思ったが、実は、幕府の命による会津藩の樺太出兵で亡くなった藩士たちの墓とのことだった。
奇木が目立つオンコの自然林を抜けると、広大な牧草地が現れる。この頃から急速に天気が回復しはじめ、真っ青な海を背景に、緑の牧草地が果てしなく広がっていた。

焼尻島の民家は港付近にあるだけなので、どこを見渡しても建物が一切ない。海と牧草地だけである。北海道の本土よりも雄大に感じる。まるでアイルランドにでもいるかのような錯覚を覚える。この景色、危うく、もう二度と見ることができなくなるところだった。

目の前に広がる牧草地は、「めん羊牧場」である。
町営だったこの牧場は、赤字続きに加えて飼育員の離職も相次ぎ、2023年8月に閉鎖が決まっていた。
しかし、その後、牧場の承継を申し出た方が現れ、状況は一転。現在は「株式会社焼尻めん羊牧場」として、事業が継続されている。
この物語は有名なので、ぜひネットで検索してみてほしい。
そして、牧場を引き継いでくれた方のおかげで、今こうしてこの光景を目にできていることに、心から感謝している。

先ほどからガンガン入っていたLINEの通知がおとなしくなった。電波が入らないところがあるらしい。LINEの相手は昨日会った友人。ドライブで訪れた場所をリアルタイムでアップしているようだ。色々な意見はあると思うが、旅の間ぐらいはスマホを休んで、旅に集中しても良いのでは……。私はスマホが好きになれない……。

離島から眺める離島
ほとんど歩くような速度で自転車をこいで、景色を堪能しながら島の最西端に到着した。わずか4㎞先には天売島。こちらもぺったんこの島だ。
さらに北には、美しい円錐形の単独峰が海に浮かんでいる。……利尻島である。私は、海越しに見る利尻岳こそ、日本の島で最も格好いい山だと思っている。そして、この島に魅了され、何度も訪れた20代の自分を思い出した。

焼尻島はぺったんこの島だが、西端にある鷹の巣園地は、標高約94メートルの島内最高地点で、崖のように切り立っている。ここから南海岸に向かって、自転車で一気に下ってゆく。道路の周りでは、ススキが風に揺れていた。本州ではセイタカアワダチソウに覆われてしまった景色をよく見かけるが、ここには、日本の秋の風景が確かに残っていた。

白浜海岸では、海に降りることができた。ここにはキャンプ場があるが、この季節は閉鎖されている。若い頃だったら、こんな北限の離島で海水浴をしてみたいと思ったことだろう。そして丘に目を向けると、羊の群れが牧草地に集まっていた。その景色は、北海道本土の牧草地とも異なる、焼尻島ならではのものだった。

自然が厳しいから、美しい
焼尻島灯台を訪れた。1913年(大正2年)2月1日に点灯したクラシカルな灯台である。どっしりと、しかし目立つことなく丘の上に建っていた。周囲ではススキが揺れ、どこか物悲しい雰囲気を漂わせていた。私は背が高く、自然に立ち向かうような灯台よりも、しっかりと地に足をつけたような、背の低い灯台のほうが好きである。

自転車を置いて、改めてオンコ自然林を訪れ、原生林の中を歩く。名木や奇木が独特の風景をつくり出している。冬には、冷たく強い風が容赦なく襲うのだろう。枝の向きや樹木の低さが、この土地の自然の厳しさを物語っている。自然は厳しいから、美しい......そんな言葉が脳裏をかすめた。

時間が余ったので、前述の郷土資料館にお邪魔した。そこは、大富豪の旧家を資料館として開放している場所だった。自転車を返す時間が気になっていたが、館内を案内してくれた方が、「レンタサイクル屋のおばあさんとは友達だから、気にしなくていい」と言ってくれた。

すぐに出ようかと思ったが、いつの間にか地元の方々の井戸端会議に巻き込まれてしまった。「レンタサイクル屋のおばあさん」も加わり、そこでこの島の子どもたちの事情などを知ることができた。

何もないのが魅力的
15時10分発のフェリーでこの島を離れ、いよいよ天売島へ向かう。天気はすっかり良くなったが、海はやや荒れていて、船はかなり揺れた。航路は焼尻島の南岸に沿って続く。私は船室に入ることなく、ずっと離れていく焼尻島を眺めていた。焼尻島が遠ざかったと思ったら、もう天売島に到着していた。

焼尻島……何もないのが素敵な島だと思う。しかし、「何もない」というのは、何も買えないということでもある。今日はたまたま売店がひとつ開いていたので、昼食(菓子パン)を購入できたが、翌日に焼尻島を訪れた人の話によると、祭日で売店も食堂もすべて休みだったため、昼食をとれなかったそうである。

焼尻島にすっかり満足してしまい、天売島に着いたときには、一日がすでに終わったかのように感じられた。しかし、この日の旅はまだ続いていた。
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