⑧ 最果て通学バスの青春〜沿岸バス豊富羽幌線(2024年9月)
天売島訪問を終えて、もう旅が終わったような気分になっていたが、まだ今日も旅は続く。今日は沿岸バスで幌延まで行き、宗谷本線の普通列車で旭川に向かい帰京する予定だ。

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起点はやっぱり羽幌駅から
羽幌バスターミナル始発の豊富駅行きのバスは6時33分に出発する。昨夜の宿、山崎旅館の目の前の沿岸バス本社前を通るので、そちらから乗車するのが自然だ。しかし私は、あえて起点のバスターミナルから乗車しようとした。なぜならば、そこが羽幌線の羽幌駅の跡地だからである。

早朝だったこともあり、旅館に迷惑をかけたくなかったので、昨夜のうちに精算を済ませ、ひとりで静かに出ていくつもりだった。けれども、女将さんがバス停まで送ってくれるという。さらに、コンビニで買ったおにぎりを食べていたところ、
「お味噌汁を作ってあげるから、食べていきなさい」と声をかけてくれた。この旅館の女将さんが人気を集めている理由が、よくわかった気がした。

到着した時も、乗車した時も乗客はいなかった
バス停まで車に乗せてもらったとき、女将さんに羽幌線のことを聞いてみた。
「札幌まで行くのによく使っていたのよ。炭鉱もなくなって、羽幌線が廃止されて、街は寂れて……」と語ってくれた。
初めて、現役当時の羽幌線の話を直接聞くことができた。
私ひとりを乗せてバスは走る
立派なバスターミナルにやってきた乗客は、私ひとりだけだった。バスの運転士に
「幌延までお願いします。撮影とかします……」と、あらかじめひと言断ってから、いわゆるヲタシート……運転席横の助手席に座った。

街の中心にある沿岸バス本社前からは、スーツ姿の乗客が一人乗ってきたが、雰囲気からして「その界隈」の方のようだった。
もしかすると彼も、ヲタシートに座りたかったのではないだろうか。
バスは2名の乗客を乗せて、オロロン街道を北へ進む。風光明媚なことで知られるこの道も、相変わらず寒々しい曇り空。荒涼とした景色だ。雨男パワーが今回も炸裂している。

かつて羽幌炭鉱鉄道が分岐していた築別で、スーツ姿の乗客が下車した。手にはフリーパスの乗車券を持っていたので、もしかすると彼も廃線跡を巡っている同業者なのかもしれない。
乗客は、私ひとりになった。車窓の風景は、留萌から羽幌に向かう区間とあまり変わらないが、民家はさらに減っている。

寂寥感の漂う原野の中を、バスは淡々とアップダウンを繰り返しながら進む。
左手には、寒々しい日本海が広がっている。
晴れていればきっと絶景なのだろうが、最果ての空気を味わうには、むしろ曇天のほうがふさわしいのかもしれない。
このあたりでは農耕地すら見当たらず、自然の厳しさを感じる。道北らしい風景になってきた。
遺構となった羽幌線の最高の見どころ
かつて急行列車が停車した初山別でも乗客は乗ってこなかった。このバスターミナルは駅跡を利用したものであるが、鉄道を感じられるものは何もなかった。

初山別を出ると、このバス旅最大の見どころが姿を現す。見落とすまいと緊張する。

国道よりも内陸側を走っていた羽幌線は、海に迫る山々に進路を阻まれ、高架橋を用いて線路を通さざるを得なかった。その高架橋こそ、通称「金駒内陸橋」。羽幌線の白眉とも言える存在である。

老朽化により道路に近い部分はすでに撤去されてしまったが、丘側には今もなお遺構がしっかりと残っており、その姿を目にすることができる。
最果て通学バスの青春
7時34分。遠別出張所から、制服姿の高校生が2名乗車してきた。すでに冬服の装いである。冷たい風が吹き付ける中、バスを待っている姿が、何かに立ち向かっているようで格好いい。かつて羽幌線に乗車したときには、セーラー服姿の高校生が見られたものだが、時代は変わった。

その後も各バス停で高校生が少しずつ乗ってきて、座席は全て埋まった。車内は賑やかになった。彼らの話題は、試験のこと、ゲームのこと、ネットの話。北辺の高校生も、都心の高校生も中身は変わらないのだろう。
男女別のグループになっているが、それでも時折、それぞれのグループに突っ込みが入ったりして、「青春だなぁ」と思わず感じる。
このバスには、高校生以外の乗客は私ひとりだけ
……ということは、普段、彼らが座る席はあらかじめ決まっているのではないだろうか。

学生時代の北海道旅行の時だった。道東の湧網線に乗った際、「指定席」に座ってしまったことがあった。そのボックス席は、女子高生のグループの定位置だったらしい。後から乗ってきた高校生に
「ひとりのせいで、皆が迷惑している!」と、はっきりと言われた。今回、直接苦情を言われたわけではないが、やはり申し訳ない気持ちになる。
天塩山地が海に迫る日本海沿いを、アップダウンしながら走って来たバスだが、車窓はいつしか天塩川河口の堆積平野になっていた。果てしなく牧草地が広がる牧歌的な景色になる。

8時10分。バスは天塩高校前に到着する。高校生がドサッと降りる。降車時の運転士と高校生との会話から推察すると彼らは顔見知りみたいだ。
羽幌線の廃線跡をバスで行く
高校生が降りてしまうと、先ほどまでの賑やかさが嘘のように静かになる。それでも、このバス停から、運転士と顔なじみの男性が乗車してきた。新たな乗客は、乗る際に一瞬戸惑いを見せた。
彼の「指定席」は、私が座っている座席だったらしい。やむを得ず、運転士の後ろの席に移動していた。重ね重ね申し訳ない。私が平日の旅をなるべく避けているのは、日常的に利用している方々の迷惑になりたくないからである。

車窓に、道路がつながっていないトラス橋が現れた。国道の付け替えによって廃止された橋である。バス停の名前も「旧天塩大橋前」。橋は保存されているのだろうか、それとも放置されているのだろうか。バスはいよいよ幌延に向かって、最終区間に入る。

高速道路のような高規格道路に入った。この道路は、かつて羽幌線が走っていた跡地に造られている。ということは今、私は羽幌線に乗車しているような疑似体験をしていることになるのだろうか。約40年前に乗った羽幌線でも、きっと同じ車窓が広がっていたはずだ。

踏切を渡り市街地に入る。終点は近い。2時間のバス旅であったが、眠くなることは全くなかった。鉄道旅ばかりしてきたが、バス旅も楽しいと改めて思った。もっと早く気が付くべきだった。
バスは8時38分、幌延に到着した。このバスは豊富まで向かうが、私はここで運転士にお礼を言って降りた。唯一の乗客は、やはり運転席横のシートに移動していた。

豊富ではなく、この駅から宗谷本線に乗るのには理由があった。この地で確認したいことがあったからだ。それを確かめるべく、私は駅に向かった。
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