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⑨ 列車で来て、列車で去りたい秘境駅~宗谷本線(2024年9月)

日本海沿いを沿岸バスに乗り辿り着いた幌延。ここから宗谷本線に乗って旭川まで行く予定である。宗谷本線を普通列車で乗り通すのは初めてなので楽しみにしていた旅程でもある。

唯一の道北に向かう鉄道。宗谷本線

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旅人たちと語り合った幌延駅の夜

幌延は、高校生だった頃、夜更けに急行「はぼろ」でこの駅に着き、翌朝の急行「利尻」に乗り継いだ思い出の場所だ。駅前では、若い男女の旅人たちと一緒に寝袋を並べて眠った。寝袋にくるまりながら交わした会話も、断片的にではあるが覚えている。専門学校に通うお姉さん、優しかったなあ……。

幌延駅

幌延の駅舎に入り、振り返って街を眺める。あのときは夜だったが、駅から見える街の景色は、たしかにこの風景だった。少し、こみ上げてくるものがあった。待合室には、注意書きの張り紙があった。
「駅での宿泊はご遠慮ください」

駅から見た街

感動を覚えるのは一瞬のことだ。列車は3時間後の11時46分まで来ない。暇だ……。特に予定もない。

9時に駅に併設された観光案内所が開いた。近くの見どころを尋ねてみようと思ったところ、近くの無人駅、南幌延と雄信内が廃止候補になっていること知った。時間もあるし、訪れてみることにした。

レンタサイクルでは遠すぎるとのことだったので、タクシーを呼んだ。荷物は待合室に置いたまま車に乗り込んだ。幌延駅付近の廃止候補の駅に行きたいと言った。ちょっと訪ねて、すぐ戻ってくるつもりだった。

ゴーストタウンの中にある無人駅

運転士は雨の中、廃止候補の駅だけでなく、すでに廃止された上幌延や安牛にも立ち寄ってくれた。耳にはしていたが、これほど多くの駅が廃止されていたことには驚かされた。

上幌延


安牛

しかし、いずれも車掌車を改造した、いわゆる「ダルマ」駅舎の駅で、保存されているとはいえ、正直なところあまり面白みはなかった。雄信内についても、あまり期待していなかった。
しかし、たどり着いてみて、その考えが間違っていたことに気がついた。

堂々たる駅舎

雄信内がすごいと思ったのは、その場所だった。周囲の集落はすでにゴーストタウンと化し、倒壊した家屋や学校の跡が、まるで森林に取り込まれるように佇んでいた。駅は、そんな森の中にひっそりと存在している。

商店街があったんだろうなぁ

風格のある堂々とした木造駅舎は、約70年前に建てられたらしい。集落の規模や駅の大きさから推察するに、かつては賑わいのあった駅だったのだろう。

森の中で圧倒される雰囲気

駅には人の姿はなく、どこか廃駅のような雰囲気が漂っていた。正直、少し薄気味悪さを感じた。暗くジメジメした待合室にも長く留まりたいとは思えなかったが、それでも、こうした秘境駅を訪れることができて本当に良かったと思う。

見事な文字

訪れて良かった……?
タクシーで来て、果たして「訪れた」と言えるのだろうか。あの東鹿越の旅人であれば、どんなことがあっても、きっと列車で訪れたにちがいない。  

またやってしまった……。公共交通機関で旅すると誓ったのに……。この訪問はノーカウントだ。雄信内駅がこのような魅力的な駅だとは思っていなかった。

鉄道ファンなら、駅は列車で訪れるべき

幌延に戻って、またショックを受けた。10時33分に、下り列車が入ってきたのだった。
雄信内から乗車することもできたではないか。
時刻表を見ず、スマホだけで検索していたことの弊害だろう。全体を俯瞰できていなかった。

幌延駅で出発を待つ普通列車

せめてもの思いで、駅の窓口に頼み、雄信内発の切符を作ってもらう。
それにしても「雄信内」って、なんと読んだっけ?

「おのっぷない」と読めなかったせいで、窓口での会話はひどいものだった。
「読み方が分からないんですが、南幌延から廃止される駅からまでの切符を……」
「廃止って決まったわけじゃありません」
少し気分を害してしまったかもしれない。JR北海道に対しても、失礼な言い方だったと思う。反省している。
……それにしても、北海道の駅名を読むのは、道民以外には難しすぎる。

左側が羽幌線のホーム跡

私は上り列車ではなく、10時56分発の下り列車に乗り、次の下沼で降りた。無人駅で一度降りてみたかった、というのがその理由だった。ここで予定していた上り列車を待ち、旭川へ向かう。

下沼駅もダルマ駅舎

下沼も、JR北海道が公表している平均乗車人員1名未満の秘境駅である。防風林の間に草原が広がるばかりで、駅の周囲には何もなかった。
いつまで残っているのかわからない、そんな駅だった。

下沼駅から上り列車に乗る

訪れてよかったとは思う。
それでも、雄信内で乗り降りできなかった悔しさは払拭できなかった。

窓を開けて、原野を流れる天塩川を眺める

上り普通列車には鉄道ファンとインバウンド客が数名乗っていた。インバウンド客に出身地を聞いてみると、香港とのことだった。香港人は、日本のマニアックなところにも来る印象を持っているので驚かなかった。香港で働く同僚の多くが、日本人でも訪れないようなところを観光していたからである。

天塩川に沿って走る

再び雄信内に到着した。先程は誰もいなかったが、多くの方が列車を撮影していた。車かバイクで列車の時刻にあわせてやってきたのだろう。そして、誰も乗り降りしなかった。ここは列車で来て、列車で去りたい。忘れ物を拾う旅で、新たな忘れ物をしてしまった。絶対に、列車でここに来よう! そう心に誓った。

窓を開けて、原野を流れる天塩川を眺める。癒される……。時々雨が降ってくるので、慌てて窓を閉めることもあるが、風に吹かれてローカル列車に乗るのは久しぶりだ。窓が開かない新型のデクモでは味わえない旅情である。

晴れていればなぁ...…

学生時代、宗谷本線よりも、稚内やその先の、利尻島、礼文島に心が向かっていたので、夜行列車でここを通りすぎることが多かった。昼行の場合でも天北線経由で移動していた。宗谷本線はたんに移動手段でしかなかった。しかし、原野を流れる天塩川を見ていると、もっと宗谷本線に興味を持つべきだったと後悔した。

音威子府駅で。かつては天北線を分岐していた。

音威子府以北の宗谷本線の普通列車は、1日に3往復しかない。この列車には鉄道ファン以外、誰も乗っていなかった。どの駅を見ても、付近に集落らしきものは既になく、ただただ原野が広がるばかりである。雄信内や南幌延だけではない。特急停車駅を除くほぼすべての駅が、利用客のほとんどいない秘境駅となってしまっていた。かつて鉄道の街として栄えた音威子府もまた、乗客の姿は見られず、寂しげな様子だった。

天北線資料室

13時05分に到着した列車は、11分間停車した。駅舎の中には天北線資料室があったが、ゆっくり見る時間はなかった。この駅もまた、かつては通過するばかりで、見学したことはなかった。駅そばを車内に持ち込んで食べたという記録は残っているが、記憶には残っていない。

この日は晴れたり、雨になったり

列車は引き続き天塩川に沿って進む。天塩川は地質学的には若い川で、堤が形成されていない。原野の中で蛇行を繰り返し、宗谷本線もそれにつきあって走る。

窓を開けて、少しひんやりした風に吹かれる。他の乗客なんて気にしなくていい。なにしろ、乗客はインバウンドの2名と、私の3名だけなのだから……。

次の旅は決まった

列車は14時17分に名寄に到着した。ここから快速列車に乗り換え旭川に向かった。こちらはデクモとよばれる新型車両で、車内の座席はほぼ埋まっていた。宗谷本線は名寄を境に様子が異なる。

途中、和寒(わっさむ)や比布(ぴっぷ)といった難読駅にも停車する。駅名標を撮ろうとカメラを向けると、他の観光客もその理由に気づき、私に続いてシャッターを切っていた。

名寄で乗り継ぎ

15時55分、旭川に到着。今回の旅は終わったが、近いうちに再び宗谷本線の普通列車に乗りに来なければならない。雄信内で降りて乗る。それが次の目標である。残された時間はあまりない。

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