⑩ 函館山を拝んでこそ北海道~道南いさりび鉄道(2025年1月)
宗谷本線の抜海、南幌延、雄信内の三駅が、3月のダイヤ改正で廃止されることが正式にアナウンスされ、雄信内を訪問する時間的余裕がなくなってしまった。しかし、訪問スケジュールがなかなか立てられず、焦りを感じていた。

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旅の計画に心が躍らない
「北海道に心を置いてきたんじゃないですか? 帰ってきてくださいよ」
入社して数年の若手社員に、そう言われた。仕事に手を抜いていたつもりはなかったが、ふとした瞬間、遠くを見つめていたのかもしれない。
そして、忘れられないというより、宗谷本線の雄信内を鉄道で訪れなければ、天売島の旅が終わらないような気がしていた。

とにかく、行かなければならない。なんとか都合がついたのは、1月中旬。公私ともに忙しく、有給を1日取るのが精一杯だった。
天売島から戻ってから、私の生活に変化があった。noteを書き始めたことだ。
このとき書いていたのは、「1984年 16歳の北海道旅行記」。コンテンツには自信があった。
しかし、驚くほど読まれなかった。
実力もないのに、この世界に足を踏み入れたことを後悔していたし、周りにもボヤいていた。

人気クリエーターの素晴らしい記事を読むたびに、自分と比べて自信喪失に陥る。
noteが勧めてくる記事に「スキ」をつけ、コメントも残すが、何のリアクションも返してくれないことが時々ある。
相手をリスペクトしたはずなのに、何が悪かったのだろうか……。うざいと思われたのだろうか……。
見えない相手に理由を問いかけることすらできない。次第にnoteに参加していることがストレスになっていった。
私の記事は、高校生のときに書いた紀行文をそのまま書き写しただけだった。文章が未熟なせいで評価されないのだろうか。そして、書き写しの作業はあまり面白くない。新たに書き下ろせは、何か変わるのだろうか……。

新しい旅に出て、今の自分の記事を書いてみたい。迷っている時間もない。パソコンで北海道の路線図を見る。もちろん目的地は雄信内。陸路で辿り着くことでこそ、達成感があるのだと思う。
しかし、なぜだろう。旅の計画をしていても、全くウキウキしない。noteを書き始めてから、旅の目的が、noteを書くことのように感じるようになっていた。
陸路で北海道に向かう
公私ともに忙しかった。この日も朝早くから地域の仕事を手伝い、その後、新幹線に乗った。リュックの中には会議資料が入っている。許された日程は2泊3日。帰った翌日は重要なプレゼンの日だ。この時期に、すぐに運休や遅延が起きる冬の北海道の鉄道に乗るのは、ある意味賭けである。

無事に新幹線に乗り込み、木古内に着くまで、ずっとスマホを見ていた。これまであまり使うことのなかったスマホ。月に3GBもあれば十分だったのに、今では7GBでも足りない。
自分が旅をしていても人の旅が気になる。
インスタを開く……。キラキラした旅人のタイムラインに嫉妬を覚える。
リコメンドされたnoteを読む……。見事な文章と、写真にとても敵わないと思う。
「離島に行ってデジタルデトックスするならわかるけど、アカウントを増やして帰ってくるとは、どういうことだよ……」そんな声も聞こえてきた。SNSどころかスマホをほとんど見ていなかった私が、SNSを覚え、スマホ依存症になっていた。
函館山を拝んでこそ北海道
木古内で新幹線を降りる。この駅で、今回乗車する4区間分の切符を発券してもらう。
この時期、乗り放題のお得な切符は販売されていない。それでも良かった。JR北海道を応援する意味でも、正規料金で乗車することに、まったく抵抗はなかった

ホームで待機しているディーゼルカーはいわゆるヨンマルことキハ40。国鉄時代の主力車両だ。これから函館まで乗るのは道南いさりび鉄道。窓側のボックスは、私が座ったことですべて埋まった。意外と乗っている。
木古内の在来線ホームに立つのは久しぶりだった。広かった構内は、新幹線の駅に占領され、1面の狭いホームがあるだけの駅になってしまった。


15時19分。一両のディーゼルカーは出発した。ボックスシートに体を埋めていると、国鉄時代の旅を思い出す。ディーゼルエンジンの唸り、重たい走行音、安定した乗り心地、ストーブのある部屋にいるような安心感……。これこそ、北海道の冬のローカル線の旅だよなぁ……。次第に赤味をおびてくる雪原と海を見ながら、ようやく旅に出た気持ちになった。

右手に函館湾を望みながら、列車は走る。基本的に単線なので、列車交換のために停車することがある。そのような時は車外に出て、列車を撮影する。至福の瞬間である。

渡島当別を出ると、函館の市内が見えてくる。かつて快速「海峡」に乗車したときに灯台を見た記憶があるので、もしかしたら葛登支岬灯台が見えるのではないかと期待していたが、残念ながら発見できなかった。
灯台は発見できなかったが、ここから函館湾の先に、台形の函館山が見えてくる。ここそ、道南いさりび鉄道の白眉であろう。この景色を見たくて、わざわざ新幹線から乗り換えたのである。

古くは青函連絡船、新幹線ができるまでは海峡線の車窓から函館山を眺めることで、北海道に来たことを実感していた。それが、私なりの北海道入りの流儀である。
函館山の上に輝く宵月が美しい。インスタのタイムライン用に、縦画角で動画を撮影する。常にカメラを車窓に向けていて、ゆっくり旅情を感じるゆとりがない。これでいいのだろうか……。

途中駅で若者が乗ってきて、ボックス席で会話している。言葉遣いは悪いが、いかにも若者らしい。少しうるさいが、元気がある。苦戦が伝えられるこの鉄道だが、宗谷本線とは違って、公共交通機関としての体裁は保たれているようだ。

16時22分、函館駅に到着。寂れたなどと色々と言われている函館だが、駅は相変わらず立派で、コンビニには人が溢れていた。たしかに連絡船があった頃の賑わいはないかもしれないが、観光客も多く訪れており、北海道の玄関口らしい佇まいを保っていた。
旅に出てもnoteから逃れられない…
今日は、ここに泊まるだけである。ホテルに戻ると、インスタのタイムラインを編集して投稿し、noteの記事を読んだり、コメントしたり、確認したりしていた。
noteに投稿してリアクションがないことを嘆いていたが、私自身もYouTubeで、自分のチャンネルのコメント欄に、返信していないコメントがあることに気がついた。

ほとんどのコメントには返信していたが、不愉快だったり、返信に苦慮するものについては放置していた。かなりひどいことが書かれていたし、意味のわからないコメントも多かった。
それでも、どんなコメントであれ、それは一つのご意見なのだ……そう思い直し、10年分、放置していたコメントにすべて返信する作業をしていた。
今やるべき作業ではないのだが、旅に出て、多少感傷的になっているからこそ、そんなことを始めたのかもしれない。
明日は、函館本線の秘境駅・比羅夫へ向かう。始発の特急に乗るため、早めに就寝しなければならないのに、ついスマホに手を伸ばした。
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